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8の扉 デヴァイ

ラピス 再会

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少しだけ肌寒い、朝靄の森。

パキパキと小枝を踏み鳴らしながら、迷わず道を進んで行く、極彩色が見える。

この人………。
一度来ただけで、道覚えたのかな?


ついこの間、会ったばかりのお爺さん達は素通りする事にして、迂回している森の道。
あの大木は森の真ん中近くにある。

その両脇には、あの懐かしの小屋とザフラ達の村がある。
本当ならそろそろ村へも寄って、報告の一つでもしたいところだが、まだ早朝だし。

それに、ザフラに会ってしまったならきっとシリーの事を内緒にできるとは思えなかった。

「………うーん、でもすぐに会わせてあげられないから仕方無いよね…。」

「その話は終わったろう?ほら、そろそろだぞ。」

その声に顔を上げると、前方にはもう木々の切れ目が見え始めた。


朝の、ぼんやりとした空気に浮かぶ、白い塀。

「わ………ぁ。この時間も、いいな。ん?」

初めてラピスを見たのも、こんな時間だったかな?

確かハーシェルが早朝迎えに来て、最初に街に入った事を思い出した。

「いかん。」

灰色の長髪が思い出されて、ジワリとする目元。

まだ、街にも入っていないのに泣くのは流石に早過ぎる。
それに、今回は泣かずにサラッと大人な再会を目論んでいる。

その、筈なのだけど…。

「………うーーーん。」
「何やってる。行くぞ。」

「はぁい。」

そうして私達は、ぐるりと街を囲んでいる白い塀を目指して歩き始めたのだ。




一応、話石はした、と。

本部長は言ってたけど。

あまり足音が立たない様に、石畳をゆっくりと歩く。

急ぎたいのは山々だけど。

チラリと極彩色の揺れる髪を目に映して、溜息を吐き空を見上げた。


朝のスッキリとした空気の中、白かった空が水色に侵食され始め、青の街を鮮やかに浮き立たせている。

所々にある花とハーブの鉢、今は夏の終わり頃か。
デヴァイに居ると季節感が無いので、辺りを見渡しながら風の匂いを嗅ぐ。

そう強く風が吹く事はあまり無いが、やはり風があるここの事を思い出してクスリと笑った。

「やっぱりここは。美しい、な………。」

「そうだな。」

珍しく素直に返事をする、極彩色は人型を解くつもりは無い様である。

それも私の足が重い、理由の一つだ。


ていうかさ………。
一応、一応、気を遣って貰っていいかな………。
ハーシェルさんはまだしも、ティラナにはなんて言えば??
うん?
「お兄さん」?
いやいや、こんな鮮やかなお兄さん、いないでしょ………。

思い返してみれば、きっとラピスここでも千里の髪色は珍しいに違いないのだ。

「えっ?なに、それどうすんの??」

「うん?ウイントフークが、上手くやってるだろうよ。」

気軽にそう答える、千里。

そりゃ、そうなんでしょうけどさ………。


その後姿を見つつ、真面目に悩んでいるのが馬鹿らしくなってきた。
私達が滞在するのは、そう長くない。

噂には、すぐになるだろうけど。

ま、いっか…………。


「ちょ、待ってよ!流石に私が先に、行くわ。」

そんな事をぐるぐるやっているうちに、教会が見えてきた。
この人に扉を開けられるのは、何かが違う。

そう思って脚の長い、極彩色を小走りで追い越すと。

ギュッと拳を握り締め、深呼吸をしながら見慣れた三角屋根に向かって行ったのだ。




結果的に、言うと。

号泣、した。


「とりあえず、どうぞ。」
「あ、俺はいい。」
「そうかい?ヨル、ティラナは落ち着いたら呼んでくるよ。そろそろ起きて来るとは、思うけどね。」

「 ………。」

泣かない様に、とかどうして泣いちゃうんだろうか、とか。
大人になるって決めたのに、とか。

色々な事はぐるぐるしていたのだけど、結果的に緑の瞳を見ただけで、涙腺君は旅立ったし。

ギュッと、抱き締められてからは何も喋れなくなった私は、今、居間の長椅子に座っている。

うん、駄洒落ではない。


そんなアホな事を考えていたら、少しずつ涙が止まってきた。

「………ありがとうございます。」

やっとお礼を言って、まだまだ何か言いたい事はある気がするけれど、とりあえずハーシェルが淹れてくれたお茶を飲む。

多分、落ち着かなけばまた、涙が出てくるに違いない。
それは分かっているので、ゆっくりと喉から伝う温かさに集中してお茶を飲んでいた。


「それなら君は、部屋はヨルと同じでいいのかい?」
「ああ。」

「ん?!?」

チラリと二人の視線を感じて、パッと顔を上げた。


えっ?
なに?
どこまで どう 説明済み????

絵面だけ見ると、デカい派手な、男が。
「私と一緒に寝る」と、言っているんだけど??

お父、さん??

しかしハーシェルの表情は、至って落ち着いている。
それならば。

ウイントフークはある程度、説明済みと見ていいだろう。
きっと金色と同じ様なもの、程度の認識である筈だ。

それなら、大丈夫か………。


ニヤニヤしている紫の瞳を無視して、ティーカップに視線を戻した。

「ハーシェルさん、これ新作じゃないですか。」

「あ、分かるかい?流石ヨルだね。今回工房へは行けないだろうけど……。」

「そうですね?………そう言えばロランは  」

「お姉ちゃん!!!」
「!」


そうして起きて来たティラナを抱き締めて、再び一頻り泣いたのは。
うん、言うまでも、ない。




「で?こっちにいる間、予定はどうなってるんだい?」

再び落ち着いた私に、朝食の用意をしてくれていたハーシェルがそう尋ねる。

「家を見てくる」と、二階へ行った千里を放って、私達は久しぶりの三人での朝食を取っていた。

「あのお兄ちゃんも変身するの?」
「まあ、そうだね?可愛いよ。」
「えっ?!可愛いの???」
「とりあえず君の事はエローラにしか言ってないけどね。あとは、ルシアか。」

「あー、でも多分その位ですね。でもちょっと屋台には行きたいかも………。うん、狐になるんだよ。」

「その位なら大丈夫じゃないか?」
「狐って何?お父さん。」
「そうだな?こっちにはいないな?」

「はっ。そうかも?………でも名前が違うだけなのかもな………??」

久しぶりの私達は、会話が入り乱れながらも美味しく朝食を楽しんでいた。

そして、改めてハーシェルの言葉を聞いて自分が殆ど無計画でここへ来た事に気が付く。

まあ、いつもの事だけど。
とりあえずエローラの所に行って………ルシアさんの店?も行きたいな。

それで屋台に寄って?
中央屋敷にも顔出した方が、いいよね??


「ヨル。とりあえず、ゆっくりするのが優先だよ。会いたい人は、多いだろうけどね。」

「はい。」

私のぐるぐるを見透かした様に、そう言うハーシェル。

その優しい緑を見て、またジンと来るから、いけない。

いかんいかん、私はいつでも。
ここに、来れるんだ。


そうしてイストリアの言葉を反芻しながら。

久しぶりのティラナのパンを、味わっていたのだった。




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