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8の扉 デヴァイ

紡ぐ

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「君がやっている事は、「紡ぎ直し」なのかも知れないね。」

静かに階段を上ってくる、足音。

迎えに来たイストリアは、そう言ってゆっくりと優しく、微笑んだ。




青灰の礼拝堂。
相変わらずの瓦礫を避け、ベンチを横切り真っ直ぐ、進む。

私は、「さあ、なにに どう 祈ろうか」と考えながら円窓への階段を上っていた。

この頃あった、沢山のこと。

この前ここへ来て「あの話」になってから。
その後ラピスへも行って、なんだか考える事は目白押しなのだけれど。

私の頭の中に、「今」ある、思いは。

なんなの、だろうか。


ごちゃごちゃ考えるのは、性に合わない。
多分、無理だとも、思うし。

きっと何やら色々、考えたところで、「出たとこ勝負」なのは変わらないとも、思うんだけど。


なんだろうか。

「軸」の様な、もの。
「芯」の様な、ものが。

あれば、きっとそれに向かって精一杯、祈れるのは分かっていた。

いつもだったら単純な私の事だ。
すっぱりと「アレかな」なんて思い付いて、祈れるだろうけど。

この頃の複雑な気配、まだまだ知らなかった「自分」の、こと。


「ちょっと一回、整理したいんだよね…………。」

トボトボと踊り場の真ん中に立ち、円窓を見上げ話し掛ける。

この子は…………

応えて、くれるんだっけ、な…………?


ただ真っ直ぐに、前を見て。

その、切り取られた小さな花びらに「空」が映らないかと、じっと目を凝らしていた。


円窓は一つ一つが花びらや花の形をしていて、それが集まって大きな円になっている。

今日も変わらずその曲線に積もる塵、しかしそれすら美しく照らす光に。
頷いて、一人呟いていた。

「…………私達も。きっと、だよね………。」


そう、私達みんなが。

一つ、一つ、欠けてはならない、美しい花を形作っている、一部で。

でも。
どうしてこんな風に。

美しく、咲けないんだろうか。


「……………うーーーーん。閃か、ない。」

珍しく美しいものを見ても、なんら反応のない、私の「なかみ」。

そのままぐるぐると踊り場の、円の周りを回る。

真ん中はハキが出てからも、そのままの光沢ある鏡の様な丸になっていて。

「埃が溜まってきたな…?」

そう言って屈み込んでいると、イストリアが迎えに来たのだ。

「何してるんだい?探したよ。」

そう、言って。





「いや、あの子から「多分そっちに居る」と、連絡が来てね?きっと神殿だろうと、ぐるりと周ってからここへ来たのだけど見えないから焦ったよ。」

「すみません。さっきまでは立ってたんですけど。」

丁度私が蹲み込んでから礼拝堂へ入って来たらしい。

「何故、どうやって来たのか」をなんとなく説明し終わった私が再び円窓を見上げて唸っていると、何かを考え込んでいたイストリアが思い付いた様に、言ったのだ。

私がなにかを、「紡ぎ直して」いる、と。


「君が「なにか」を繋いでいるのは間違いないだろうし。やはり祈りの場が「そう」であれば、消えかかっていたその「光の道」を紡ぎ直す役目なのかも知れないね。それか、「知らしめる」役目か。」

私が見ていた円窓を見上げながら、水色の髪が揺れている。
一人頷きながらそう話すイストリアの口調も、弾んでいた。

「知らしめる?」

「そう。だって、「そこ」が在る事すら、知らなかった者が殆どだ。それに目的や使用方法が分からなくて、そのまま埋められる事だって、充分あり得る。君が行ってくれて良かったんだよ。ハーゼルも役に立ったみたいだね。」

「………確かに?そうかも、ですね。」

そう言えばハーゼルは。

「私が来たからこうなった」みたいな事、言ってたしな?

確か「スイッチが入った」的な事を、言われた気がする。
場所と、私が。
共鳴した、みたいな。


「…………だと、いいですね。」

「まあ、そうなるだろうよ。自ずと、ね。…しかしそれが分かれば、みんなで光を繋ぐ事だってできるんだ。素晴らしい事だよ。」

「確かにそれは、間違いないですね。」

そう言って貰えると、嬉しいし。

何より、「これから」の事に役に立てるのが一番、いい。
そう、どうしたって私は。

ずっとここに、居る訳にはいかないのだから。


なんだかしんみりしていると、イストリアが祭祀の話を店でしてくれると言う。

「少し、疲れたろう?それに、その移動方法についても詳しく知りたいしね…。」

「………かも知れませんね。ありがとうございます。」

本部長と同じ様な目をしたイストリアに、少し危険を感じたものの。

確かに私は少し疲れているのだろう。
意識すると、体が少し重いのが分かる。

そうして私達はゆっくりと階段を、下りて。

あのガッチリとした扉へ、向かう事にしたのであった。





「ところで、君。ソフィアの所へ、行っただろう?」

「えっ 」

なんで??
バレたの???

あの厳つい扉を抜けて、ハーブ畑の中を歩いている途中。

いきなりそう言われて、モゴモゴしてしまったけれどイストリアに咎める様な様子は無い。
多分、内緒にしてくれているのだろう。

その表情を見ながらも、自分の中ではぐるぐると疑問が渦巻いていた。

「いやね、やっぱり中央屋敷とは繋がりは、あるよ。時折あの子の様子も教えてくれていたしね。でも、大分具合が良くなかったから心配していた。君のお陰で以前の彼女に戻ったんだ。本当にありがとう。」

「えっ、あっ。いえ。私は………はい、ありがとうございます。」

トンチンカンな返事をしつつも、とりあえずお礼の言葉を受け取ろうと返事をする。

ソフィアと話した内容も、かなりデリケートな話だったけれど。
イストリアになら、話せる内容が殆どだ。
そう思い直して、体勢を整え直そうと大きく息を吸った。

それに…?
なんか、後でイストリアさんに訊こうと思ってたこと、無かったっけ??


ついでに思い出そうとして、再びぐるぐるしていると、もう木立へ入って行く後ろ姿が見える。

とりあえずは店で話そうと、遅れない様私もキラキラの枝の間へ進んで行った。



「しかし。思うんだが。」

「はい。」

薄紫のティーカップ、初めて見るその可愛らしい形に釘付けになりながらも、耳を傾ける。

まじない空間だからなのか、きっともう時間的には夕方だと、思うのだけど。

明るく白っぽい光が差し込む頭上のドライをチラリと確かめて、薄紫の取手を持った。

「一度、ラピスへ帰ったらどうだろうか。そう長くは居られないだろうが。」

「えっ!いいんですか???」

思わず前のめりに、なる。

「まあ、そうだね。」

少し含みのある、その声と静かな薄茶の瞳に何かを感じて、落ち着いて座り直した。
嫌な予感、とまではいかなくとも。

イストリアが、きちんと話そうとしているのが分かったからだ。


一呼吸おいて、お茶も一口飲むと再び口を開いたイストリア。

それは、さっきの神殿で私も感じた事だったから。

驚きつつも、私の目を見てしっかりと話すその様子に胸がぐっと熱くなるのは仕方が無いと、思う。

しかし泣かない様に、ぐっと拳を握りしめて。
膝の上の手に、力を込めていた。

「君がデヴァイあそこから何処へ行くのか、分からないけれど。ラピス向こうには、暫く帰っていないだろう?ここからは直接移動してしまったしね。この前、ソフィアから話を聞いて「それもあり」かな、と思ったんだよ。」

「実際。次、いつ帰れるのかは。分からないからね。」

「…………。」

そう、この話題は。

考えない様にしていた、私の弱点の様な、部分で。


もしか したら?

もう?
このまま、進めば?

もう  会えない 可能性  も

  なく は  ないんだ



ぐっと握り締めた拳にあまり意味はなく、ジワリと涙が目に、滲む。

いやいや もう  泣かないって

いや? でも?

これは 無理じゃ ない???


「大丈夫だ、ヨル。君は、だろう?ついさっき、自由それを証明したじゃないか。」

「?」

「きっと君は、この世界も繋ぐのだろうけど。この空間をも、紡ぎ直して渡って行ける筈だ。」

「…………そう、かも…?」

鼻水が、出てるけど。

確かに。
だわ…………。

その言葉に頷いて、鼻を啜りながら微笑む。

イストリアは慰めのつもりはないのだろう。

でも。
私も、思うから。

「うん、そう考えると。元気、出ます。」

「そうさ。あまりそう、堅苦しく考える必要はない。ただ、単に。暫く帰っていない、というだけさ。この頃、沢山の事があって君は少し混乱している。あのね、スタートに戻るというのは時に非常に有効な手段でもあるよ。きっとすっきりして、祭祀に挑めるだろう。………ん?まあ、挑むって言うとおかしいかな。」

「いや、多分合ってます………。」

私的にはいつも、そんな認識だ。

それに、確かに。
沢山の事があって、こんがらがっているのも、事実だし。

久しぶりに、会いたい人もいる。
それに、原点に帰る、と言うのは確かになんだか…………。

「いい感じ…………です、よね?でも、許可が出ますかね??」

「それは多分大丈夫だ。君がここに飛んだ時点で、ちょっと想定外だからね。………少しは準備も必要だろう。」

「えっ、なんか………すみません…?」

しかし案の定、ケタケタと笑うイストリアは楽しそうである。

「女性の参加も検討しているんだろう?どうせ、時間はかかる。その間に、サッと行っておいで。気分転換も、必要だろうし。きっと向こうに行ってからは、ずっと気を張っていただろう。いいんだよ、休んでも。どうせ君はまた、走り出すんだから。」

「…です、ね。ありがとう、ございます?」

完全に、読まれているけれど。

ここは、甘えておいていい場面だろう。


楽しそうに私の逃亡計画を練るイストリアを見ながら、きっとあの手紙の頃から心配をしてくれていたのだと、思い出す。

何やら紙を出しメモをして、色々と連絡先を考えてくれている様だ。

「そのまま 在ればいい」

そう書いてくれた、あの手紙を思い出しながら。

話石を手に取った、その後ろ姿を眺めて、いた。


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