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8の扉 デヴァイ
知ること 見ること 納得すること
しおりを挟むいつもの濃い、ハーブの香り。
それは私の魔女部屋よりも複雑で古く、深い香りが落ち着く、フリジアの様な匂いでも、ある。
この魔女部屋は、いつからこうなのだろうか…。
そんな事を考えつつ、極彩色を下ろしキョロキョロと辺りを確認していた。
来る度に少しずつまじない道具が変わっているこの部屋は、いつ来ても飽きる事がない。
自分の部屋で魔法の袋を作る様になってからは、訪れる頻度も減ってここに来るのは久しぶりなのだ。
「………なんか。…あれも………あれも?見た事ありませんよ?あれは?何ですか??」
「まあ、座りなさいな。で?とりあえず、何か訊きたい事があったんじゃないのかい?」
「あ。」
すっかりもてなされる風に、既に椅子に収まっている狐。
フリジアと目で会話していたのだろう「ほれ見たことか」と言う風に、私の事を呆れた色で見ている。
失礼しちゃう…!
しかし、当たっているので言い返せない。
とりあえずは自分もフリジアの用意してくれたカップの前に座り、その美しい銀彩を眺めることにした。
お茶受けとして出してくれた、今日のおやつは素朴なビスケットの様なものである。
モグモグとそれを頬張りつつも、器用に自分の聞きたい事だけを質問した私はすっかり全部話した気になって、ゆったりと座っていた。
勿論質問したのは「占い」のこと、セフィラの日記にあった生まれ月と占いの関係、歴史のこと。
どれも繋がっていそうな内容なので、なんとなくひっくるめて質問したのだが、きっとこの人ならば私に適した答えを返してくれる事は、知っている。
そうして自分の仕事はすっかり終わったつもりの私は、フリジアが少し首を傾げ考え込んでいるのを見ながらも、呑気にお茶をお代わりしていた。
「しかし、お前さんや。」
「えっ?はい。」
「その、質問について私の知る事はそう多くない。すぐに答えられよう。しかし、何か他に。気になる事が、あるのじゃないのかい?」
「………他、に?………気になる、こと………。」
なんだ、ろう?
フリジアの真剣な緑の瞳を見て、私も少し考え込む。
「占い」 「歴史」「隠されていること」
「愛」 「みんなを救う 愛とは」
「魂」 「檻の中」「未来のこと」
他にも疑問に思っている事は、沢山あるけれど。
ほんのりとした蝋燭の灯り、お皿に残る2枚のビスケット。
なんとなく、チラリと隣の極彩色を見る。
その紫はまた複雑な「世界の窓」の様な、色を映していて。
私に「もっと深く」と言っている様に、見える。
人型の時よりもくるりと丸く大きなその瞳は、深く、濃い紫に沢山の色が混ざった、宇宙の様な。
奥の深い、色なのだけど。
「この瞳」をする時は、特に。
「千里」という、名の意味を思い出すのだ。
あの、朝が言っていた全てを見通すという「千里眼」の、こと。
この深い二つの瞳が映す「いろ」は、いつかどこかで見た様な、「全てを含む なにか」の様に見える。
「知っている」けど 「知らない」「いろ」
その、深く、暗くはないが重い色に魅せられて、私の「なかみ」はどんどん、自分の中に潜って行った。
うん
どう して?
知ってる 知っている よ
でも
何故
え また
どう して?
また やるの?
もう 嫌だ 苦しいよ 辛い
痛い 悲しくて 悲しくて 寂しいよ
待って でも。
「気付いた」 から
え? でも?
いいや
でも
いや 「やる」 「やりたいんだ」
え?
どう して
全部 「わかった」「仕方が無い」
「見ているだけ」
「見守る のが 」
「 それしか ない 」
くるくる、くるくると回る沢山の「想い」、知っているものと知らないものの、応酬。
理解も、納得も、した筈なんだ。
でも。
どうして?
覆い被さる、重たい「なにか」、それは私の胸をどんどん圧迫してきていて。
無意識に、胸を抑えて、いた。
「…………おい。大丈夫か?」
心配そうな声、しかしその極彩色の色が届く、その前に奥に在った、「燈」が点る。
「………うん、だいじょぶ。…………えっ、これ、かなぁ?」
胸に金色の光を感じつつ、手を当てたまま緑の瞳を見る。
「分かったかい?」
ゆっくりと頷いたフリジアを見て、頭に浮かんだ事を口にした。
「えっ。やっぱり?私、解ったつもりで、解ってないの、かも…………?なんか、納得してるけど、納得してない??みたいな?」
「うーーーーーん。考えてる時は、「それでいいんだ」って、思えるんですけど。なんかこう、現実に戻って来ると「沸々とイライラが湧き上がる」?と言うか………なんだろうな、これ??」
自分でも、話しながら訳が分からなくなってきた。
何度も、何度も考えたし。
やってきたし、納得した、筈だったんだ。
それで。
もう、「繰り返さない」と。
決めた筈なのに?
「………どうして 」
そう、ポツリと呟いた私に返事が来る。
ゆったりと、納得した様なフリジアの声だ。
「そりゃお前さん、その年齢で。自分は何もしない方がいい、あるがままでと。達観してしまったなら、生きるのが億劫になってしまうさ。いや、或いはしかし、お前さんならば………?」
「達観………?」
「そうさね。だから。無意識のうちに、避けてしまっているのかも、知れないね。納得する事を。悟って、しまう事をね。」
「…………。」
「性格も、あるだろうけれど。」
「でも。納得、した筈だしきっとその「占い」とか歴史を上手く、活かせれば。もっとみんなが生きやすくなるし、ハッピーになる予定なんですけど。…………なんでこんなに、気分が晴れないんだろうな………?」
自分でも、よく分からない。
確かにフリジアの言う「まだ納得したくない」と言うのはよく、解る。
性格上、「私の中のみんな」が、解ったと、しても。
わたしが、解らない、解りたくない、と言うのは酷く納得できるから。
「うーーーーーむ。」
「そうさね、それに。お前さんは本能的に、知っているんだろうね。」
「えっ?」
「そう、多分だけどね。人間は、それを知っても。そう、上手くは回せないんだ。」
「…………。」
私の顔を見て、仕方の無さそうな顔をしたフリジア。
またきっと、丸っと。
顔に出ているのだろうけど。
そっと微笑むと、隣にあるカゴから糸巻きを取り、巻きながら再び話し始めた。
「何事にも、「段階」がある。今どこにどんな、状況でいるのかによって、その対応は変わるだろうし。もし、その「生きやすい道」が提示されたとしても「そうしない」「従いたくない」者は、いるだろうさ。結局、ヤツらからしてみればそれは大きなお節介でも、ある。」
「…………でも。」
「まあ、そうさね?だから、それも「選べば」いいのじゃないか?「知りたい者」は知ればいいし、上手く活用もするだろう。「知りたくない者」は、聞かねばいいのさ。ただ、「その存在」を知らしめるのは「あり」だと、私は思うけどね?」
確、かに。
ゆっくり深く、頷いた。
そうか。
それって?
そういうこと、なの??
私の世界も、おんなじで。
「使いたい人だけ」使えば。
確かに、いいか…………。
そうなんだ。
思った 筈だ
感じた 筈なんだ
証明が 大切な訳じゃ無くて
「なにを」「どう」「信じるか」
「 自分が 」
それだけ、なんだ。
「成る程、成る程、じゃあ。「こんなのありますよ」的に宣伝して、来た人にだけ教えればいいですもんね?それで「楽しそう」とかなれば、それがまた噂が噂を呼び………ウフフ、的な感じでみんなが扉を開いて?明るく?なっちゃったりとかしたりして??そういうこと、だよね??」
くるりと隣を、見る。
既に複雑な濃紫は形を潜め、いつもの鮮やかな色に戻ったその、瞳は。
「まあ、いいんじゃないか。いつも通りで。」
「違い無いね!」
なんだかケタケタとフリジアが笑い出して、極彩色の毛並みもフルフルと揺れている。
えっ。
なんか。
とりあえず?
解、決???
物凄く名案、とまではいかなかったけど。
でも。
とりあえず、また星屑を拡げられそうな、気はしてきたよね?
二人の笑いに、揺れる蝋燭の灯り、笑いながらも糸を巻くフリジアの様子が可笑しくて。
結局一緒に、私も笑い始めてしまった。
そうしてまたひと段落してから。
具体的な「占い」と「歴史」についての、話を始めたのである。
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