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8の扉 デヴァイ
解って欲しいと いう思い
しおりを挟む「…………なんか。」
「やらなきゃ、解らないって事は分かってるんですけど、でも。やっぱり現状、辛い人とか、場所とかを見てると「変えたい」と思っちゃうし、でもそれは私の独りよがりかも知れなくて、「あった方がい」と思ってる人もいるし………今無くすと余計複雑になるかも知れないのも、分かるんですよ。頭では。でも多分。気持ちの上?心?なんか、どっかに引っ掛かりが、あるんでしょうね…………。それもそうすれば解決…………あばば………。」
私の独り言の雲行きが怪しくなり、口を塞ぐ。
隣のソフィアはクスクスと笑いながら、少し首を捻った。
「でも。そう思う事自体は、悪くないじゃない。何に悩んでいるの?」
「分かったつもりで、解って、なかったのか………自分の中でも混乱して、なんだかぐちゃぐちゃなんです…。」
「そう、わかったから、よね………。」
その私の愚痴の様な、呟きに。
そう、静かに言って青い瞳を伏せたソフィア。
その話し方に含みを感じて、次の言葉を待っていた。
だって、その「わかった」には。
様々な複雑な「いろ」が、含まれていたからだ。
「あのね。「知っている」という事は。「知らぬ」事よりも、時として辛い事の方が、多い。」
真っ直ぐに私を見る、その青い瞳はまるで「石」の様で。
揺らぐ事のない、凛とした青さに見つめられ、あの時金色が言っていた「吾輩に似たもの」という言葉が再び、過ぎる。
そういえば?
「何代も継がれている」というソフィアの石は、どんな石なのだろうか。
そんな事を考えつつ、頷いて続きを促す。
まだ私にはそのソフィアの言う「知る事と知らぬ事」の意味が、よく解っていなかったから。
そのまま静かに、話の続きを待った。
「「知って」しまうと。どうしても、「道を示してしまう」し「示したくなってしまう」わ。それは仕方の無いこと。目の前に穴があったならば教えないと落ちてしまうし、最悪死んでしまうかもしれない。「知って」いるなら尚更、自分の所為だと考えてしまうかもしれないわね。あなたの様な子は、特に。」
「でもね?難しいけれど、「見守る」事も、愛よ。穴がある事を教え、道を教え、………ずっとずっと側について、沢山の落ちている小石を拾い続ける訳にはいかない。それは、解るわよね?」
「………はい。」
「どうして分からないんだろう、なぜ同じ失敗をするのだろう、そう、思うわよね。でも。彼等は失敗する権利があるし、勇気もあるの。だって「やりたい」んだもの、それはやっぱり「やってみないと分からない」のよ。「やらせてみないと」いけないの。どんなに大切でも、可愛くても。可愛い子には旅をさせろ、って言うでしょう?」
それ、この世界でも言うんですね………。
そんな事を思いつつも、無言で頷く。
「それに、あなたが思う「解って欲しい」「知って欲しい」それ自体は、悪い事じゃないわ。だって、「わかろうとしている」から「わかってほしい」と、思うのだもの。人間って、そういうものよ。でもね、物事を飲み込む早さは人によって違うし「準備ができていないと」結局、「わからない」のよ。あとは、「わかろうとする」「勇気」ね。」
「…………勇気。」
ソフィアの言葉の中で気になったワードを呟きながら自分の中に落とし込む。
そう、私が探しているものの、中に。
確かに「勇気」も、入っているからだ。
「そうね。あなたには「勇気」があるから、「わかろうとする」のよ。そう、できるの。でもね、大概はそうじゃない。これは育ちの違いもあると思うけれど。私はやっぱり、個々が持つ資質が大きいと思うわ。どれだけこれまでに経験してきたか。その魂の歴史じゃないかと、思うのだけど。」
再び出てきた、魂の話。
深く複雑に絡み合い、しかし絶対に切れない筈のこの大切な「魂」のことは。
何故こうも、知られていないのだろうか。
不思議に思いつつも、頷いて続きを聞く。
「魂の、歴史?」
「そう、初めはみんな、同じよ?でも、小さな石すら、取り除いてしまったならば、結局失敗する事が怖くなるでしょう。そうすると、次へ進めない、進む勇気が無くなるのよ。もし、それが繰り返されたならば。成功したことしか、無かったのなら。ちょっと、まずい事は分かるわよね?」
「はい、それは。なんとなくですけど。」
「そうね。」
そして、ニッコリと頷くソフィア。
「私達は。繰り返してきてる。でも。やっぱり、「初めてそれをやる」子達は、やらないとわからないのよ。だって、それをやらなければ。その失敗をする為に、また同じ様に、生まれたならば。それは、不本意だと思わない?」
「確、かに…………。」
「実際、私達も。何度も、何度も、繰り返して。やっと、ここまで、来た。だから解ったのよ。心底、納得したの。でないと、次へ行けないのよ。それは何でも同じ。この「生」の中でも、「繰り返し」の中でも。その間隔が長いか短いかの、違いだけよ。だからその辺りは、他人が手を出してはいけない………いや、出さない方がいい領分なのよ。辛いけれど、見てるだけなのはね………。でも、それは。」
ピタリと言葉を切り、青の瞳が真っ直ぐ、私を見た。
「自分の事だけを、考えているからよ。相手の事を、きちんと考えれば。分かる筈、あなたならば。」
その、一段低くなった、声と言葉に。
「バチン」と叩かれた気が、した。
確かに。
「正しい道」だと、勝手に決めているのは私なのだ。
本当に、相手の事を考えたならば。
「失敗」する方が、近道なのだ。
ただ、私が「見ていたくない」だけで。
手を出していい、問題じゃ、ない。
目の前がくらくらしている私に、元に戻った優しい声が降ってくる。
「解るわ、当然よ、なにしろあなたはまだ、若い。知っているとは、言っても。人間って。「そういうもの」だから。」
目の端に映る、フワリと揺れる薄灰色の髪。
柔らかく、しなやかに笑うこの人の様に。
自分の髪も目に映し、「そう」なれるだろうかと顔を上げる。
傍らの青の象、キラキラと星屑の光を受け光る、石の青は、とてつもなく美しくて。
「何処かで」見た、「とてつもなく美しい青」、私の「なかみ」と今の、私自身の思い。
「私 自身の想い なのか」
「色々な わたし の 想いか」
「それとも 」
色んなことが、ぐるぐるとぐちゃぐちゃで。
とりあえずは落ち着く為に、輝く金彩に視線を集中した。
シュツットガルトが集中してこの彩色を仕上げている姿が浮かんで、つい笑みが溢れる。
そう、こんな風に。
笑って。
未来を、考えたいんだ。
暗い色、悲しい色、そんな色ばかりじゃなくて。
私達は。
だって、こんな美しい色を見る為に、生まれてきた、筈だから。
そう思って、「楽しく」って。
決めた、筈なんだ。
ブラッドフォードと話した内容、「楽しくないと続かない」と笑って相談した、こと。
世界には、こんな美しい景色がある、って。
そう、思って、知らせたくて。
これまでだって、やってきたんだ。
キラキラと未だ残る星屑を見ながら、決意を新たにする。
ぐっと握った拳に力を入れていると、傍らのソフィアがこう、言った。
「でもね、やっぱり「何かしたい」と思うのが、人間だから。それは別の方法で、あなたにしかできない事をしてあげたらいいと思うの。」
「私にしか、できない事…ですか?」
「そうね………何がいいかは、分からないけど。きっといい事を思い付くわ、あなたなら。さっき、「勇気」の事で、悩んでたけど。それを、与えたくて光を見せたんじゃないの?」
「えっ?」
光?
あの、初めの祭祀の事だろうか?
ソフィアさんは、知らない筈じゃ………?
ぐるぐるしている私に、笑いながら教えてくれる。
やはり、中央屋敷には沢山の情報が集まるらしいのだ。
「あれだけの事をして、みんなが知らないと思っていたの?それに、あの頃はまだ。ウイントフークが、こちらにいたでしょう。」
「あっ!確かに。」
確かに本部長ならば。
え…………じゃあハーシェルさんも知ってるのかな…心配かけてないかな??
そんな私の心を見透かした様に、教えてくれるソフィア。
やはりハーシェルは何度か中央屋敷で私の話をしていたらしい。
…………でもなんか。
お父さんになにかがバレる感覚は、ちょっとやっぱり、あれだね………。
「心配、してましたか?」
「そうね。心配は、心配なんでしょうけど。あなたのお陰でラピスも、明るくなってきてる。ハーシェルもそれは承知だし、それがグロッシュラーまで届くならば。それは、その方がみんなにとっていいものね。誇りに思ってると、思うわよ?」
「………。」
うっ。
この話題は涙腺君によくない………。
無言の私を気遣う様に、ソフィアは一人で頷き続けた。
「「なにか」をしたい、というのは人としての気持ちだし、良いものだと、思うわ。でもやり方を考えるとすれば。やっぱり、それが一番良い方法だと思うの。よく思い付いたわね?自分で考えたのかしら?」
「………?光の、事ですか?」
「そうよ。無理矢理、変える事でなく。それを「見せる」事で、促すこと。中々、思い付かないと思うけど。」
「うーーん。でも。その時も確か色々悩んで。結局、「これしかできない」って思ったんですよね………そうなんだ。みんなは、自分で、できるんだって。…………なんだ、やっぱり私。おんなじ所を、ぐるぐる回ってるんだよなぁ………。」
最後のぼやきを聞いてクスクスと笑うソフィアの声が、耳に心地良い。
しかし。
そんなふんわりとした空気を打ち破ったのは、やはり。
視界の先でくるくると回り出した、極彩色が眩しい狐であった。
キラキラと流れる薄くなった星屑を蹴りながら回る様は、どう見てもバレない様隠れているとは思えないけれど。
どうやら隣のソフィアは気が付いていない様である。
きっともう、帰らなければならない時間なのだろう。
そう、私達は大分。
話し込んでいた筈なのだ。
頭上を見上げ、遠く残るビロードが薄れてきたのを確認する。
確かにそろそろ不味そうだ。
そう思って隣を見ると、頷いてソフィアも立ち上がった。
「さあ、帰るのでしょう?気を付けてね?」
チラリと青の道へ視線を飛ばしたソフィアは、気が付いているのかも知れない、と思ったけれど。
それを確認している暇は無さそうだ。
どんどん空が白んできた様な気がする。
そうして、ソフィアにまた来る事を告げると。
手を振りながら、青の道を急いで駆けて行ったのだ。
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