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8の扉 デヴァイ
夜の青の道
しおりを挟むルンルンと軽い足取り、夜道が楽しいラピスの道は。
きっと白く照らされた煉瓦の、月明かりの所為だろう。
順調に中央屋敷を目指して歩き続けている私は、キョロキョロと辺りを観察するのに忙しくて道中何度も狐のお小言を聞かねばならなかった。
いやしかし。
久しぶりに訪れた、この美しい街並みを素通りするのは、無理な話である。
斯くして「こっちか?」「あっちなのか?」「いや、いい加減にしろ」という小さな声を聞きながら、やっと青の道迄辿り着いたのは、大分夜も更けた頃。
きっと黒の時間、それもとっぷりと暮れたビロードが更に深くなる、そんな丑三つ時に近い頃であった。
「少し屋敷の周りを見てくる。」
「気を付けてね。」
「お前が、な。」
そんな会話をヒソヒソとしつつ、しかしこの中央屋敷近くに建物がない事を知っている私は、小さく手を振り和かに見送るフリをして。
月明かりに煌めく毛並みが見えなくなると、早速ウキウキとスキップをしながら青のタイルを進んでいた。
そう、この青の小道はどこもかしこも素晴らしい装飾に囲まれていて。
一人でじっくり、ウキウキと堪能する方が、良いに決まっているからである。
「グフフ…………」
漏れる声を抑えつつ、少し進んでは止まり、止まっては進みと、美しい色合いを堪能しながら、歩を進めていた。
しかしそれは徐々に、私の心の中に。
蟠っていた「問題」を、沸沸と浮き上がらせる役目も、果たしていたのだ。
行きつ戻りつ、青の道をノロノロと進んでいた。
その、間に。
私の心は「ウキウキ」から「しっとり」に変化し、月明かりに照らされたタイルの道を突き当たりまで進む頃には。
すっかりと深い青の様に落ち着いた心で、「青の少女」像の前に立つ事と、なったのだ。
「イスファ、ちゃんと見たかなぁ…………。」
そんな事を呟きながら、これまでの事を思い出し、像を眺める。
あれから。
沢山の事が、あったけれど。
チラリと見上げる美しい屋敷の壁、ここからでも判る煌びやかな装飾。
緩やかなカーブを描く窓、白い人影が見えたあの部屋は、まだずっと。
あのまま、だろうか。
いやきっと。
ずっとずっと、あのままなのだろうけど。
キュッとなる胸の奥をそっと包んで、小さく息を吸い振り返る。
視線を青の像に戻し、ふと思い出すのは、沢山の少女の姿。
ラピスで攫われる、子供達のこと。
シリーのこと、ザフラのこと、そこから繋がったレシフェ、貴石、レナの話とブラッドフォードの。
あの、話のこと。
「良いものでも、あること」
「今すぐ無くせないこと」
「でも」
だって どう して。
私達の 想い は。
すぐに堕ちて行きそうになる思考、仕方の無いという思いと、憤り。
「わかっている」のか、「いない」のか。
自分でも、「わかりそうにない」この自分の中の、思い。
でも。
「割り切らないと」いけない、の?
しかし、「持っていく」と、決めたのは私だ。
だって「それ」は、捨てる事など到底できない「わたし」の事でもあって。
もし、「置いていく」ならば、「置いていけた」ならば。
「わたし」が「私」では、なかったのだろう。
沢山の夢を見たからこそ、それも、解る。
見上げる夜空、瞬く星はこんな日でも、どんな、日でも。
堪らなく美しく瞬きをして私を励ましている様に、見える。
その美しい星々が囁くのは励ましの言葉と、チカラになる、光だ。
それはきっと、あの時話した「愛」でも、あるのだろう。
星達が、空が、自然が、「世界」が。
「私」に味方をしてくれているのは、わかる。
しかし。
やっぱり。
でも……………。
ぐるぐる、ぐるぐると同じ所を回り、何度も何度も繰り返した、この「問い」。
「世界」は「宇宙」は私の敵ではなく味方で、みんなみんな、いつでも見ていて守って、くれてチカラを降り注いで、くれているのだろうけど。
「私」は。
「どうして」?
「わからない」?
「理解しない」? 「納得 できない」?
「なにが」 「どこが 」 「どう」
「どれだけ 」 「知っている筈」
「でも」 「だって 」
「私」の 「真ん中」 が。
そこにあるのは ぐるぐると渦巻く黒く複雑な深い色
直視するのも躊躇われる様な、どす黒い「なにか」
「血の様な」 「ヘドロの 様な」
「 肉体の成れの果ての様な」
死んでる様な、生きてる、様な。
しかしそれは未だ真っ赤な血を流し続け、死に続けているというのに、神々しくも、あって。
何故
どうして
なにが。
でも。
「知っている」
「あれ」 は
「わたし」だ。
どれも、これも。
どんな時でも、置いて行くことができずに持ち続けてきた、「じぶん」で。
だから。
未だ癒されない「想い」、積み重なる「なにか」、それはきっと天まで届きそうに長く、ずっとずっと、積み重なり続いている「なにか」で、あって。
きっと「どうにかして」解消しないと、癒さないと。
「とりあえず」は祈れたとしても、普通に生活できたと、しても。
折に触れ、血を流し続けるのだろう。
私の「なかみ」は。
でも?
だって?
どう、すれば………………………?
自分の「なか」の未だ血を流し続ける部分に、目を向けれはしたものの、その対処法など分かりは、しない。
やっと。
ようやっと、目を向け「自分の本当のこと」を見つめ始めた、私に。
どうしろって、言うの…………。
誰、何、どうして………?
なに、が??
ぐるぐる、ぐるぐると渦巻く自分の鈍色の渦。
それに再び堕ちそうになっていた、私に。
一筋の、優しい声が響いたのはその時だった。
「…………あら?意外な、お客様ね。」
「あっ。」
そう、ゆっくりと振り返ったその先、青の道に居た女性は。
月明かりに照らされた髪が銀色にも見える、青い瞳の、あの中央屋敷の女主人だったのである。
以前よりもしっかりとした様子で私の事を眺めているソフィアは、大分体調が回復している様子が見て取れる。
「カンナビーを使われていた」という彼女は、森の泉で大分回復していた様子だったけど。
きっとそのまま通い続けているのだろう、この人本来が持つ清浄な空気を体の周りに纏わせているのが、分かる。
ゆっくりと私を眺めているその青の視線は、青の像と私を交互に、移動すると。
「悩み事が、あるのかしら?」と、私の心の中を見透かした様に優しく微笑んだのだった。
そうして、結局。
この不思議な月明かりの青の空間で、私の心の内は殆ど、吐き出されたと言っていいだろう。
初めは勿論、言い淀んでいた私だけれど。
何故だか全てを見透かした様なこの青の瞳に。
じっと覗き込まれて逃げ場を無くし、こう言われてしまったのだ。
「よく、知らない間柄だからこそ。話せる事も、あるものよ。ルシアには、言えないでしょう?」
そう、言われてふと考えてみる。
えっ。
ルシアさん、に…………?
その、あれや、これ、を…………???
そしてブルブルと首を振った私は、気になっている事、洗いざらいをこの穏やかな人の前で話すことになったのである。
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