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8の扉 デヴァイ
楽しむ こと
しおりを挟むあっ。
絶対、おかしな子だと思ってるわ、これ…………。
まあ、いつものことっちゃ、事か………。
丸くなった青い瞳を眺めながら、そんな事を考えていた。
私に「楽しいこと」を質問されたブラッドフォードは、一応ちゃんと考えてくれては、いるらしい。
始めは訝しげに私の事を眺めていたけれど、気を取り直して目の前に並ぶ彩りの良い背表紙を眺めながら考え始めた。
その様子を眺めつつ、自分も「楽しいこと」を考える。
まあ、「私の」楽しい事なんて。
ほぼほぼ、決まっている様な、ものだけれど。
うーーーん??
でも?
デヴァイでだと、すれば。
結構、難しいかもね?
でもなぁ、別に廊下を歩いてるだけでも結構楽しいしな………まあ欲を言えば窓がうちみたいに青空で鳥なんか舞っちゃってるともっと良いんだけど………?
ここ図書館のまじない窓は、美しいがただ、青が塗られたキャンバスの様で、ある。
真っ白の本棚、壁も床も白いこの小さな空間に深い色合いが美しく並んでいる、この様も。
なかなか美しくて、嫌いじゃない。
少し褪せてはいるが、きっとこんな色が作れたのなら………。
ん?でも?
それを実現………えっと、どうすればいいかな?
その前にコーネルピンさんの家とかも行きたいなぁ?
絶対楽しそうだよね………。
あーーー、ユークレースの工房ももう一回行ってもいいな………てか、通ってもいい………。
「…………ヨル?」
ふと目の前を通り過ぎる、影。
どうやらブラッドフォードは、何度か私の目の前に手を翳していたらしいのだけど。
「あ、すみません………。」
案の定、暫く無視をしてしまっていたらしい。
とりあえずは現実に戻る事にして、くるりと薄茶の髪を見た。
この白い空間ではサラリとしたキューティクルが、より映えるのが分かる。
「楽しい事と言えば、そう娯楽は多くないんだが。俺が好きなのはカードや本も好きだ。あとはまあ、…………色々…。」
そんなブラッドフォードは言おうか、言うまいか。
迷っている様な顔をして私を見たり、本を見たり。
チラチラと動く青い瞳、少し微妙な表情になるとベオグラードに良く似ている。
いつもは堂々としているので、雰囲気が違ってそう似ているとも感じないのだ。
しかし、割とはっきりとものを言うこの人が言い淀む様な、しかも「楽しいこと」って?
なんだ、ろうか?
「えっ、内緒の?「楽しいこと」ですか?」
なんだか楽しくなって冗談混じりに、訊いたつもりだった。
だがしかし。
返ってきた返事は、私の予想に反して「楽しくないこと」だったのだ。
私達の他には誰も居ない、この白い静かな空間。
黙り込んだ彼とそれを見つめる私、少しだけ緊張した空気が流れた、その後。
一瞬の逡巡の色の後、決めた様に真っ直ぐ私を見た青い瞳は、真剣だったから。
「その言葉」に驚いたけれど、すぐに反応する事なく一旦、飲み込む事ができた。
「俺達にとっては、貴石も。そうかも、しれん。」
「えっ。」
ピクリと耳の後ろで動いた気配がして、自分のバランスを取り戻す。
そのまま口を噤んだブラッドフォード、キンと耳に響く、耳鳴り。
一瞬固まった思考はしかし、耳元の微かな動きでゆっくりと動き出した。
えっ。
ちょっと、待って?
ここで?
この、話題?
二人きりのこの空間、一応「婚約者」のブラッドフォード、何故か目の前に放り出された「貴石」の話題。
いきなりのパンチに頭はぐるぐるしていたが、目の前の瞳の真っ直ぐな青と、耳元の気配でなんとか持ち堪える。
多分、体裁は保てているだろう。
耳鳴りがはっきりと聴こえるくらい静かなこの空間で、ベイルートは喋らない筈だ。
でも、多分?
チラリともう一度、目の前の瞳を確認する。
この人は。
どういう意図で。
私に、「今」「この話」を、しているのだろうか。
見たところ揶揄う様子は無い。
悪びれる様子もなければ、弁解する様な素振りも。
じゃあ?
「なに」を?
「言いたい」のか
「察して」欲しい、のか?
それとも?
うーーーーーーーん??
分からない。
でもな……………。
一瞬浮かんだ「嫌な気持ち」、自分が貴石に対して思っている感情が解った気もして気まずくも、思う。
貴石が、嫌いな訳じゃない。
でも。
複雑なのは、確かだ。
どうしたって溢れてくる「過去」と「夢」、どちらなのか、どちらもなのか、絡んでくるラピスの人攫いのこと、「搾取」という言葉。
イストリアの言う「今は無くせない」という事実、レナの言う姉さん達の言い分も、分からなくはない。
でも、なんだ、ろうか。
それだけじゃ、なくて?
顔を上げ目の前の瞳をもう一度確認する。
この人が言いたかった事、それにヒントが無いだろうか。
「嫌なこと」、それだけで済ませられる程簡単な問題じゃ、ない筈なんだ。
これは。
ぐるぐるしながらも無言で自分を見ている私の様子を、逆に観察し始めたブラッドフォード。
少しそのままじっと見ると、私が話し始める様子が無いのを見て口を開いた。
「あのな。お前にはまだ、解らんかも知れないが。実際、ここの男達にとっては、あそこは「楽しいもの」である、という事も「事実」では、ある。」
むん。
その「事実」をドンと、突きつけられて何も言えない私の顔を見て再び彼は口を開く。
「理解できないかも知れないが。それは、何ら穢らわしい事でもないし、ある意味コミュニケーション手段でも、ある。双方が理解し合って、「楽しめば」。成立するんだ、それは。」
ブラッドフォードはそう言って言葉を切り、少し私から離れて本棚に凭れた。
えっ。
これって?
私に、「考えろ」って、こと??
目の前に提示された問題。
いや、「問題」なのか、なんなのか。
それは彼等にとって「事実」なのは確かなのだ。
しかも。
私もそれは 「知っている」んだ。
その、「知っている」ことを、確かめる、為に。
私はスポン、と再び自分の沼に堕ちて、行った。
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