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8の扉 デヴァイ
全てを包む 愛
しおりを挟む「いやね?「愛」なんて。軽々しく、口に出してはいるが「わかって」いるものなんてそうそういるもんじゃ、ない。そのくらいは、難しいんだ。その、「愛」ってやつは、ね。」
そう言って、奥のキッチンからとうとうサンドイッチを持って来てくれたイストリア。
始めから用意はしてあったのだろう。
しかし、思いの外私達の話が終わらなかったのでとうとう出す事にした様である。
その手に勧められるまま受け取って、話の続きを待った。
「いや、本来ならば。また、言うけれど本来ならばね?そう、難しものではない筈なんだ。だって、私達は。「愛するいきもの」だし、「愛したいいきもの」の、筈だからね。」
「えっ。ムググ、何ですかそれ、素敵。」
詰まる私に笑いながらもお茶のお代わりも淹れてくれ、自分もサンドイッチを手に取るイストリア。
しかしそれを口に入れる事なく、再び話は始まる。
「だって、私達が本当に求めているものが「愛」なんだから、それは当然のことなのさ。至極、当然の、成り行き。そうなるように、できている筈なんだ。本来ならば、ね。しかし、そうはなっていない。逆に、足りなくて、しかも何が足りないのか分からなくて。彷徨っているという次第さ。ある意味、滑稽だよ。」
「…………彷徨ってる…。なんか、それは。解ります。」
やっと一口、頬張ったイストリアを見て私が話した方がいいかと、つらつらと頭の中身を漏らす。
この人にはこの手でいいので、とても楽なのである。
「みんな、何かしら、何処かしら。縛られていて、「他人の基準」で、動かされていて。やっぱり、分かりやすいのは子供達だと思うんですけど。始めから例えば家族とかに充分な愛を与えられていれば。みんな、すくすくと元気に夢を見れる子に、育ちますよね?」
「まあ、そうだろうね。しかし子供への愛というものは、些か難しいものでもある。愛を注ぎすぎて、逆に窮屈に感じる子供の話なんて、君の世界では無いかな?」
「あ!ありますよ。うん?こっちでもあるんですか??」
「勿論。デヴァイなんか、その典型だよ。だから私は、あの子を置いて来たしね。逆に寂しい思いは、させたろうが………。」
確かに。
イストリアはそれが嫌で、ウイントフークをラピスへ置いてここにいるのだ。
「なんか………ホント、難しいですよね、愛って。」
与え過ぎてもいけない、でも無くてはいけない、もの。
植物にとっての水の様な、ものなのかも知れないと思う。
だから、もっともっと、一つ一つ、それぞれの花を見る様に。
「その色」に合わせて。
与える量が調節できるのが、いいのだと思うけれど。
きっと「このくらいが適量」「こうでなければおかしい」、そんな風に決められて、いて。
ラピスのことや、アラルの言っていた「生きるって、そういう事なの?」という言葉が胸に過る。
切なさと共に迫る憤り、今はどうしようもないという、思い。
きっと顔に丸っと出ているであろう、そんな私に優しく微笑んだ、後。
クシャッと笑い、再び口を開いたイストリア。
「そうだね。でもね?個人の間の、愛は。色々あるのだと、思う。」
「色々?」
「そう。親子の間だって、色々だし恋人達だって、夫婦だっていろんな形が、ある。どんなものであっても「本人達が」愛だと言うならば、私はそれで良いのだと思うよ。心からの、「愛だ」と、思えれば。それを「こうじゃないから愛じゃない」とか、「それは違う
これが愛だ」とか、言うのは無粋だろう?」
「………確かに?」
「他人の。心の、中なんて。事実、解りやしないんだ。それでも、「お互い」が「信じ合えて」「愛だと」、思えたならば。それは、奇跡に近いと思うよ。見えないものを信じるのは、難しい。それが尚更、他人の気持ちならね…………。」
「…………。」
たし、かに。
想像してみて、唸る。
事実その通り、他人の心の中など、覗く事はできない。
それを。
一部の、疑いも、無く。
「愛し合っている」と「お互い」が、思えたならば。
「成る程、それは。奇跡、かも知れませんね………。」
深く頷いてそう言った私に、ゆっくりと微笑むイストリア。
「だろう?そういった二人は滅多にいるものでは、ないが。とても、美しいものだと、思うよ。」
「そうですね………確かに。誰に決められるわけでも、ないですもんね。「これが愛だ」って。」
「そこだよ。他人の事に対して「あれは愛じゃない」「あんなの違う」なんて、側から言っているなんて、とんでもなく美しくないよ。他人の事なぞ、放っておいて。さっさと、自分の愛を探しに行ったら、いい。」
クスクスと笑う私を見ながらピタリと視線を止める。
そうして。
ゆっくりと瞬きをすると、「もう一つの愛」についてイストリアは語り始めた。
すっかりとサンドイッチも食べ終わり、ゆったりとした午後の空気はやさしく私を包み込んで、いる。
暑くも、寒くもない心地良い店内、どういう仕組みなのか再び光が差し込み始めた天井のドライハーブの、隙間。
そこから差し込む光と、水色の髪、照らされて金色にも見える薄茶の瞳がとても綺麗だ。
そんな極上の空気を味わいながら、その話に耳を傾けていた私は。
イストリアの口から出た、言葉に驚いて思わず訊き返して、いた。
「慈悲…………?」
「そう。愛には勿論、色々あると言ったろう?そのね、「二人の間にある愛」や「対象がある愛」に、対して。「全体に降り注ぐ愛」が、あると思うのだよ。私は、ね。しかし、君が振り撒いているものは「愛」とも言うだろうが「慈悲」に、近い。」
「もうね、壮大なものだと思うよ?「誰に」や「何処に」を超えた本当の………と言うとあれかも知れないが、いや、それこそが。疑いようのない「本当の愛」だと、思うよ。個人の間を超え、自らの愛も知り、そうして溢れ出す根本的な、もの。自分が満ちていなければ決して溢れさせることができない、奇跡の泉。しかし、一度そこへ到達したならば。「溢さざるを得ない」「永遠の泉」、「降り注ぐ光」「溢れ出すギフト」、そんなものが。「慈悲」だと思うよ。きっとね。」
ただ、ただ暖かい瞳で私を見て、そう言うイストリア。
思い出されるのは、以前言ってくれた、言葉だ。
「みんなが持っていないもので、君があげれるもの」
「とても良いものが入っていると期待してしまうギフト」
「ないならば、あげれば、いい」
「湧き上がる抗えない、期待をしてしまう、もの」
そんな想いを、抱いて。
光を、降らせた筈なんだ。
あの、雨の祭祀で。
「………でも。私。」
ふと、差した暗い影に声が落ちる。
「どうした?」
「あの時。みんなに。降らせた、訳じゃ無いんです。」
「…………ああ。でもそれは。君が、あの子の言う事を素直に聞いたからだろう。そこはね………まあ、ある意味仕方が無いよ。」
「でも………。」
「まあ、終わってしまった事は仕方が無い。それはそれで、良い面もあるんだ。実際私達は仕事がやりやすいのだよ、君のお陰で。だから、そんな顔しなさんな。」
あの時。
私が「自分の好きな色だけ」を、降らせた光。
そう、だからあの時は。
「全ての人」に。
光が、届いた訳じゃ無いんだ。
下を向いている私に、優しい声が降ってくる。
「全てのものを置いて行けない、君のことを。「全て」は、解っていると思うよ。だから。君に、協力もするし光だって降る。」
「すべ、て?」
「そう。それを、神と言うのか何なのか。私は、知らないが「愛を知るものは全ても知る」と、私は思うしだからこそ。光を、降らせることができるのだと、思うよ。君を、見ているとね。「存在に愛される」という事が、どういう事なのか。わかる、気がするね………。」
「存在、に………愛される………。」
存在、とは。
なんだ、ろうか。
でも?
確かに「ぜんぶ」と、近い気はする。
神。
自然?
宇宙??
なんだろう。
でも。
なんとなく、わかる。
「すべて」が、私に協力してくれて。
光を、くれること。
それを届けたいと、「思った」「願った」「望んだ」時に。
「そうしてくれること」、それも。
それ自体が。
愛に、違いないこと。
言葉にはできない。
できないけれど、「わかる」のだ。
あの「落ちてきた時」、みたいに。
ふと、顔を上げて差し込む光を見、くるりと薄茶の瞳を探す。
説明する言葉を持たない私は、そのまま黙ってその美しい色を見つめていたのだけれど。
きっとこの人は、私の言いたい事はなんとなく、解る筈なのだ。
そう、きっとそれもまた「その時」が、来れば。
説明する事も、できるのかも知れない。
そう思いながらも、示されたティーカップを手に取る。
そうしてゆっくりと、少し温くなった柔らかい香りを楽しみながら。
自分の中に、それを、染み込ませていった。
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