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8の扉 デヴァイ
魂 とは
しおりを挟む「それで、だけど。」
「カチリ」とカップを置いたイストリアが話し始めたのは、ドライハーブの木漏れ日が大分テーブルを過ぎてから、私達が二杯目のお代わりをした時だった。
再び違う色になった、お茶を確認し香りを愉しむ。
さっき迄は紅茶の種類だったけれど、多分今回はハーブティーだろう。
黄金色のお茶に、爽やかな草の香り。
白のシンプルなカップに入ったそれを、顔の前で薫せながら再び始まった話に耳を傾けた。
「で、だ。そのね、私達が求めている「何か」が
「愛」だと、して。君はその行為が愛ではないと、思うかい?」
「うん??」
「少し分かり辛いかも、知れないが。「埋まらない何か」が、やはりあるとすれば。それが、「愛」であるならば「その行為」では、愛は得られないという事に、なる。「愛に似たもの」と、いうことかな。」
「えっ。そう、なんですか??うん?「愛し合ってる」から、するんじゃ、なくて???」
「君、レナも言っていただろう。「愛してなくとも」できる、と。それはそれ、あれは、あれと言っていたろう?」
「…………えっ。確、かに…。」
少し楽しそうに私を見る薄茶の瞳は、しかしまだ何か隠し持っている様子である。
流石に。
「あれ」に「愛がない」と、するのは。
寂し過ぎる、と思うのだけれど「そういうもの」なのだろうか?
私の混乱している顔を眺めながら、少しゆっくりとお茶を飲むとイストリアはこう言った。
「まあ。無い、とは言わないよ。流石にね。でもね、これはとても難しい概念なんだが…………。」
「えっ。何ですか?教えて下さい。解るか、分かんないけど。」
クスクスと笑うイストリアに懇願の瞳を向けながら、私もお茶を一口、飲んだ。
だって。
どんなに難しくとも、「そこ」を解っておかなければ。
悲し過ぎない、だろうか。
いつだって。
どこ、でも。
そう「されて」きた、私達に。
一片の、一欠片の、愛も「無かった」なんて。
思いたく、ない。
思っては、いけない。
「なにか」が 保てなく なる し
きっと そうじゃ なく て
多分。
絶対。
何処かしらに、「愛」は 存在した筈なんだ。
そう、思いたいだけなのかも、知れない。
本当は、「無かった」のかも、知れないけど。
カケラがあるのなら、見つけなければならない。
そうして 一つ残らず
一つも残さず
全部 を。
連れて 持って 行かなければ
帰らなければ。
私 私達
わたし は ?
「ヨル?」
スルスルと仄暗い空間に落ちて行く感覚、自分の奥の、奥に入り込みそうになった所で、引き戻される。
イストリアの、明るい声。
どんな時でも。
変わらないこの声に、スルリと引き上げられた気がして顔を上げた。
「…………あ、の。聞きたい、です。その話。」
何処にいるのか、何の話をしていた、のか。
少し考え思い出して、そう口に出した。
まず、私はその話を訊かなければならない。
例え、解らなくとも。
少しでも解る様に、沢山訊けば、いい。
段々とはっきりしてきた思考に自分で頷き、薄茶の瞳をじっと、見た。
すっかり光の向きが変わり、頭上からの光はもう、店の小窓へ移動して階段を照らしている。
始めは私の顔を見て考えていたイストリアは、その視線を小窓から階段、店へと彷徨わせながらも何やら考えている様だ。
基本的に迷うことのないこの人が、こんなに考えなければならない内容、とは。
私、理解できるかな??
大丈夫?
でも多分、簡単に説明してくれようと悩んでるんだよね??
つい真似をして腕を組み、真剣に考え始めた私を見て、クスクスと笑始めたイストリア。
どうやら、話す事は決まったらしい。
ゆっくりと背凭れに寄り掛かりながら、確かめる様に口を開いた。
「そもそも。君は「魂」というものを、知っているかい?」
その、「魂」という言葉を聞いた時。
パッと思い出したのが、フリジアのあの言葉。
「魂の家族」
それがふと、思い出されて首を傾げた。
「あ。」
そうか。
フリジアさんは、イストリアさんの師匠だって、言ってた。
自分の中で合点がいって、ゆっくりと頷く。
そして気になっていた事を、口に出した。
フリジアとは当たり前の様に、話していたけれど。
そもそもこの世界では、私の世界と捉え方が違うかも知れないのだ。
「あの。前に少し、フリジアさんとも話したんですけど。私の世界では、魂って自分の「なかみ」みたいなものだと、思うんです?うん?別に教えられる訳じゃないんですよ…ただ、私がそう思ってるだけなんですけど………だから多分、「魂はない」と思ってる人も、いるだろうし?信じるか、信じないか、みたいな。なんて言ったらいいんだろうな………?」
私の話を興味深そうに聞いていたイストリアは、頷いて応えてくれる。
「こちらでも似た様なものだよ。しかし、殆どの者が知らないだろうな。まあ、考えた事もない、と言うか。私もこの話をしているのはフリジアくらいしか、知らないからな。」
「うーん。じゃあ私の世界よりも広まってない考え方なんですね………えっ、オバケとかいないんですか?」
「お化け?それは、「抜けた方」の事かい?」
「うん?多分?その、体がなくてフワフワしてるやつみたいな………?」
笑いながら答えてくれるのだが、いるのだろうか。
向こうに帰ったら、黒い廊下が怖くなったらどうしよう………?
私の想像の中身が分かったのか、笑いながら教えてくれる。
どうやら、デヴァイでは見た事がない様だ。
「「あの場所」が、あるだろう?あそこでね、たまに。見えるんだよ。怖くはないが、「なんだろう」とは、ずっと思っていてね?ある時、フリジアに訊いたらそんな事を言っていた。それで私もその時初めて「これか!」と思ったよ。」
「良かったぁ。ん?良くは無いのか??」
「まあ、良かったんじゃないか?あの祭祀の後はとんと、見ないよ。君がみんな、連れて行ってくれたんだろう?」
そう言って、じっと私を見つめる薄茶の瞳。
確かに、あの雨の祭祀で開いた扉に。
「みんな」を。
送った、けれど。
私の中にいる、蝶もいる。
その時ふと、吸い込まれてしまった蝶達を思い出して胸がギュッと、した。
「どうした?大丈夫かい?」
そう訊いてくれるイストリアに頷いて、訊いてみる事にした。
多分、後で聞こうと思うと、忘れる筈だ。
「魂」の話の後なら、尚更。
そう思い、話は逸れるがとりあえずの疑問を口にする。
「あの、祭祀の時。昇って行けるものは、扉に入って。まだ、昇りたくないものは。私が、蝶にして預かってたじゃないですか。あの後なんですけど………。」
私がハーブ畑で蝶を飛ばしている様子を、良く知っているイストリアは目を細めながら頷き続きを促す。
しかし、私が言い淀んでいるので少し首を傾げ始めた。
「あの、蝶達が。全部じゃないんですけど全体礼拝で吸い込まれちゃったんです…あの、「なにか」が吸い込まれるの、知ってますか?祈った時。」
あ。
なんか。
まずそう…。
イストリアの表情、瞳が変化したのを見てそれが「いい話」じゃないのは、解る。
でも。
あの、「向こう側」の感覚、次の扉、金色の表情。
どれを、取っても。
「いい話」じゃないのは、解っている事だ。
それでも少しでも情報があるなら、知りたいと、思うのだけど。
どうだろうか………?
チラリと私を見る薄茶の瞳は、少しだけ、曇っていたけれど。
諦めた様にゆっくりと瞬きをしたイストリアは、再び溜息を吐きながら背凭れに寄り掛かった。
そうしてゆっくりと確かめる様に、私に質問を始めたのだ。
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