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8の扉 デヴァイ
見えない 縛り
しおりを挟む俺達には、分かり難いと言ったウイントフーク。
その、意味とは。
テーブルをぐるぐると回りながら、考えていた。
向かいのソファーでレシフェも首を捻っている。
「俺達には?」
「何だろうな?まあ、確かにお前は特殊な環境で育ったし、俺は割と優遇されていた方だがな?何かあったか?」
レシフェと二人、ブツブツ言いつつ顔を見合わせているとウイントフークがおかしな事を言い出した。
「お前達は、あいつと同類だからな。」
「?あいつ??」
「ヨルだよ。変わってるんだ、この世界では。」
「「 ………。」」
無言で顔を見合わせる、俺達。
しかしそんな事はお構いなしのウイントフークは、その理由を「一応言っておく」と説明し始めた。
「俺もな?母親がああだったから、ほぼ父親に育てられたし、あまりその辺に気付かず育ったが。まあ、俺自身もこうだしな。しかし、デヴァイへ来てからも、ハーシェルなんかの愚痴を聞いていても。殆どの人間は普通に縛られていて、寧ろそれにすら、気が付いていないのだろう。」
「縛られている………。」
「気付いてない?」
「そうだ。」
立ち上がり再び歩き始めたウイントフーク。
コツコツと小さく響く靴音が、静かに話す奴の声に重なる。
「まあ、人として生きていく以上、ある程度のルールと躾は子供の頃から教育される筈だ。家によって多少違いはあるだろうが、基本的に「してはいけないこと」を教えられるだろう?」
「まあ、そうですね。でも、そうしないと無法地帯になりますからね?」
「そうなんだ。そうなんだが、その教え方に問題があると、俺は思ってる。ずっと考えてたんだが………。」
ピタリと止まり、俺達二人の事を交互に見る。
「お前達、人が集団で暮らす際に一番大切な事は、何だと思う?」
「え。」
しかし、問いかけた割に答えを待たずに再び話し始めるウイントフーク。
「「他人に迷惑をかけてはいけない」「目上の人の言う事はきちんと聞く」「人を傷付けてはならない」「物を獲ってはいけない」まあ、もっと細かい事を言えば色々、あるが。」
「俺達が幼い頃から教えられるのは、基本的に「他人に迷惑をかけるな」これに尽きる。しかし他人に迷惑をかけなければ何をしてもいい訳じゃないがな。だが、一見当たり前に見えるこの基本的な事柄に隠されている意図。それは「いつでも他者が優先されること」。他者の、次に自分が来るんだ。母親なんかで言えば、家の中では自分は最後だろうな。そしてルールから外れるな、は「自分の意見を言うな」だ。解るか、それが?」
確かに。
言葉尻だけ取れば、「当たり前」の、事。
しかし、全体を見て解るのが「己」「自分」の存在が、何処にもない事だ。
ラピスでは、大きな犯罪はそうそう無いが喧嘩の末死人が出てしまった時や、大きな金銭問題が発生した時は会議が開かれ罪状が検討される。
しかし、ウイントフークが言っているのはそういった類の事では、なく。
もっと根本的な、俺達が生まれてからずっと言われ続け、染み込み過ぎて見えなくなっているルールの事を言っているのだろう。
「「和を乱すな」そういう事か。」
ポツリとレシフェが言う。
「まあ、一言で言えばそうだな。それが、一番厄介だ。「~すべき」や、「こんな事をすると将来ろくな大人にならない」などの言葉は、呪いに近いからな。」
「………確かに。「和を乱す事」が「恐怖」ならば。恐怖は人の心の奥に刺さると、抜けない杭のようなものだからな………。」
グロッシュラーでの子供達の瞳が思い出される。
初めの頃は。
全く、笑う事が無かった子供達の瞳が変化するのにも大分時間がかかった。
そんな事を思い出していると、レシフェが言う。
「でも。デヴァイでは、そこまでの恐怖ってありますか?出られないとか、自由は無いが贅沢な暮らしをしてるんだし………。」
まあ、確かにレシフェから見ればそれは解らないだろうな。
「お前から見ればそうなんだろうが、人間何処にいてもその環境が普通になれば一定の疑問や不満を抱くものだ。しかし変えようと思っても変えられない、変えたが最後。消えるらしいぞ?メディナが言っていた、以前も「おかしい」と言った者や貴石の女を本当に愛した者が、消えた事。それを誰がどう、やって消しているのかは解らないが、まあ「恐怖」には充分なるだろうな。」
「そうして絡め取られてゆくのさ。古い因習のまま、ずっと、な。」
「口伝のようになって伝わってるのかも知れないな?ほら、子供の頃から聞かされる話ってあるじゃないか。悪さをすると悪魔が来るみたいなもの。そうして刷り込みのように、従う人間の完成、って事だ。…………嫌だな。」
「消されなくとも。一族から爪弾きにされるともう、この狭い空間では生きてはいけまいよ。どの世界も、狭い。分断されているしな。そこもミソだ。」
「なんだか八方塞がりですね。ああ、でも俺らがヨルに近いってのは、なんとなく解りました。確かに、そう言った意味では雁字搦めでは、なかったもんな…。」
「そうだ。普通は染み付きすぎていて、「はみ出す」事すら、思い付かない。考えもしないだろうよ、そういう事だ、本能で縛るということは。人間は恐怖を本能的に避けるからな。」
シン、とする書斎。
場の空気が暗くなった所で、レシフェが溜息混じりにこう言った。
「なんか。…………いい事無いんですか。明るい話題とか。」
「近々祭祀をやる予定だぞ?ヨルを連れて。」
「ええっ?!それ、明るい話題??まあ、暗くは無いがある意味心配事が増えるな…………。」
「まあ、「星を見せます!」とか言ってはり切っていたからな。恐ろしい事には、なるだろうよ。」
「そっちの「恐怖」なら、良いんですけどね…………」
「それはあるな。」
「ん?それで結局、その扉の中に居る俺達を操っている?者ってなんなんですか?そこは結局は教えてくれないんですか?」
俺達二人が再び騒ぎ始めたのを黙って見ていたウイントフーク。
腕組みのまま、ニヤリとしてこう言った。
「それはまだ、判らん。」
「ええ?!」
「そうか。まあ、そう簡単には分からんな。」
「確かめる術は今は持たん。まあ、自ずと判ろうよ。ただ、俺達が覚えておかなければならないのは「誰が、何が」じゃなく「全体を見る事」だ。一点に気を取られると、もう煙に巻かれて一緒くた、だ。」
ウイントフークの言いたい事は、解る。
俺達がやるのは「犯人探し」では無いという事。
この世界の「全体」を見て、「仕組み」を変える事なのだ。
「犯人とっ捕まえて、終わりじゃないって事ですよね。まあ、落とし前付けるには敵さんはデカい方がいいからな。」
「また大きな事言ってるな。」
「それはいいが、勝手な事はするなよ?とりあえず報告は、しろ。」
「はいはい、分かってますよ。」
一度座った所を既に立ち上がっているウイントフーク。
話は終わったという事か。
しかし。
俺はまだ、聞いていない事があるぞ?
「なあ、さっきの。じゃあ逆に「集団で生活をするのに一番大切な事」って、何なんだ?お前はどう思ってるんだ、ウイントフーク。」
俺の質問に、くるりと振り返った奴は。
少し考えてから、こう言った。
「小さな事は幾つもあるだろうが。一番大切な事は、うちのお姫様を見てれば解るんじゃないか?」
ニヤリと悪い顔をして、そう言ったウイントフーク。
奴がヨルの事をそんな風に言うのは珍しいが、この頃の若者達の動向や以前言っていた「あいつはその為に来たのだろうよ」、という言葉。
それを考えると、何となく、その意味が解る。
「じゃあ帰れ。」
「早いな!」
「俺はヨルの部屋に戻ろう………」
「えっ?じゃあ俺も?」
「阿呆。五月蝿いから何処へ行っても良いが、とりあえずここから出て行け。」
俺達の冗談をシッシと追い払うウイントフークに、顔を見合わせ、部屋を出た。
「お前、まさか………。」
「いや、冗談ですよ。真っ直ぐ帰りますって。」
ヨルの部屋は、すぐそこだ。
しれっと前を通り過ぎる事にしよう。
とりあえずレシフェを青のホールへ送っていく事にして、見張りとして奴の肩に留まったまま。
耳元で近況をブツブツと喋りながら、青の廊下を進んでいたのだった。
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