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8の扉 デヴァイ
途切れ途切れの 歴史
しおりを挟む「隠されている、いや「隠さなければならない」、理由があった筈なんだ。必ず、な。」
そうボソリと呟き、銀の二人以外を帰した、ウイントフーク。
ラガシュは残りたそうな顔をしていたが、首を振ってブラッドフォードとアリススプリングス以外を閉め出した。
いや、あと一人はスッと奥へ消えていったがな?
若者達が騒ぐ中、帰宅したウイントフークは少し部屋の様子を眺めていたかと思ったら。
「この二人以外は、今日は帰れ」と、皆を帰してしまったのだ。
きっと目的があっての事だろうが、目をキラキラさせていたラガシュにも「帰れ」とピシャリと言った本部長。
その顔を見て渋々帰ったラガシュとは対照的に、ハーゼルは「やっと帰れる」とばかりにサッサと帰って行った。
レシフェだけは。
暗黙の了解の様に、奥の小部屋へ入って行った。
まあきっと、あいつはウイントフーク作戦のグロッシュラー支部みたいなものだからな?
きっと何かの指示でもしてあるのだろう。
そうしてウイントフークはヨル曰くの「糞ブレンド」を振る舞いながら、事情聴取を始めたのだ。
「ラガシュくらいは残すかと思いました。」
そう、言ったのはブラッドフォードだ。
確かに俺も、もうほぼ身内の様なラガシュならばここにいても大丈夫だと思ったのだが。
しかしウイントフークは首を振ると、アリスの方を見ながらこう言った。
「根底を覆す様な、話なのだろう?まだ、俺が聞いてから判断するとしか言いようが無いな。」
その言葉に頷きながらも、少し首を傾げたアリス。
きっとウイントフークがどこまで知っているのか、気になったのだろう。
俺はまだ、姿を見せていないからな。
図書館で聞いた話を知らないと思っている筈だ。
だからきっと。
どこまで話したものか、考えているに違いない。
しかし隣のブラッドフォードが、くるりと横を向いて言った。
「結局、この人に訊くしかないのだろう?」
「まあ、な。しかし不明な点が余りにも、多い。お前の所が一位だった記録も、無いのだろう?」
「ああ。父に訊いても、あまり埒が開かないんだ。あの子が話せば、或いは………あの時だけは、意識がしっかりしてたからな。」
「そうか。まあ、とりあえずそれは仕方が無い。で、だ。」
そこで言葉を区切り、白衣を見上げたアリス。
じっとウイントフークを見つめていたのだろう、スッと逸らした茶の瞳がチラリと俺を見ている。
いや、俺だって男に見つめられたくはないけどな?
「ずっと、昔は。こちらが一位だった事は知っていますか?」
そう言ってブラッドフォードを指す、アリス。
それを見たウイントフークは、その話に喰いつく様な素振りでソファーの向かいに座った。
「きっと、殆どの者が知らない事実です。多分、長老達は知っていると思いますが。まあ、わざわざ話して睨まれる事はないと、誰も口にしないのでしょうけれど。多分何度かは一位が交代している筈です。私の家の前は、ブラッドの所。その前は分かりません。しかしきっと、銀は昔一つだったと思うんです。それが「別れた」から。多分、その時々で力の強い家が、「あれ」を継いでいたと思うんだがな………。」
最終的には独り言の様になりながらも、中々重要な話をしているのは、解る。
ウイントフークが眼鏡を抑え始めたから、危ない。
これから長そうな気配を察し、もう少し聞きやすい場所へ移動する事にした。
あの仕草が始まると、長いんだ…。
「ヨルは。全体礼拝では力が「何処か」へ吸い込まれたと、言っていた。それと、関係あるのだろうな?」
確信犯のウイントフーク。
素知らぬフリをして、いきなり本題へ切り込んだ。
「知っていたのですか??………え?あの子が。まあ、そうか………。」
なんだか不味い予感がしなくもないが、ウイントフークの判断だ。
俺の見立てで言えば、まだアリスはヨルを「獲物」としてしか、狙っていない筈だ。
利用しようとしているだけなら、まだいい。
いや、良くはないんだが。
気焔にブラッドフォード、レシフェ…?は、どうなんだ?
ラガシュは脇に置いておくとして………。
これ以上、ヨルを巡ってごちゃごちゃされるのは勘弁して欲しいものである。
そんな俺の心配を他所に、話は進んでいた。
「ええ、その「力の行き先」なのですが。何故それに気が付いたのかと、言うと父が亡くなって暫くは何の問題も無かったのですが。暫くして、長に会えなくなりました。理由は、分かりません。ただ………。」
「ただ?」
眼鏡の奥の目つきが、怖い。
「急に黒い男が、代わりに現れたのです。「長の代理」だと。言っていました。その男が何処から来たのか、どうやって入り込んだのか。全く、分かっていません。しかし、凡そ人間が。入れる様な、場所じゃないんだ………。」
また独り言になっているアリスを、興味深そうに見ているウイントフーク。
そうして奴は、ズバリとまた核心へ切り込んだ。
「その代理には、会ったんだな?人が入れない様な場所とは?まじないが強過ぎるとか、そういった場所なのか?」
「そうですね。そう、聞いています。いつも謁見の際は別の部屋が用意されていて、そこで長に会う手筈になっています。そこでまあ、色々…」
「ふん、埋葬や「その奥」の事だろう。まあ、それはいい。とりあえずは代理が、長は無事だと、言っているんだな?」
心底驚いた様な顔をしているアリスに、サラリとそう言うウイントフーク。
しかし銀の家がデヴァイの墓地を管理している事は、周知の事実だ。
何故そう驚いているのか、俺にはその方が不思議だったのだが。
ゆっくりと口を開いたアリスの言葉を聞いて、それが解ったのだ。
「あなたが言う、「その奥」とは。…………知っているのですか?」
いや、あれは知らない顔だぞ?
まんまと作戦にハマっているアリスだが、俺にも不都合は無い。
少し笑いながら、バレない様に手前に寄った。
「それなら。………仕方が無いですね。そうです。ここ、デヴァイの墓地は別の扉の奥に、あります。皆は銀の家の奥が墓地だと、思っていますが本当は。別の扉、なのです。」
ふぅん??
しかし、深刻な顔の銀の二人に対し特に問題が無いと思っている俺達。
いや、あの顔はそうだろう。
俺だって。
何が問題なのか、解っていないからな。
「ふぅん?確かに?「穢れている」とされる、外へ埋葬されている事を知れば。怒る連中は、いるかも知れないな?」
奥から聞こえた声の主は、勿論レシフェだ。
そうしてその言葉を聞いて、やっと。
俺は解ったのだがウイントフークは表情を変えていない。
ポーカーフェイスのまま、奴は再び口を開いた。
「これまで散々、外は穢れていて。「ここだけ」が、特別だと。時折、学びに行くグロッシュラー除いて、他へはほぼ、出た事のない人間が殆どだからな。死んでから別の場所へ運ばれてると知れば、まあ問題になるだろうな。それだけ縛って、きたのだから。」
静かになる部屋の中。
俺達はラピスから来たから。
あまり、その重大さを肌で感じていないのだろう。
しかし確かに生まれてからずっと、そう強いられてきたならば。
死んでからは違う物の様に扱われ、「穢れている」という「外」へ埋葬されるとしたら。
確かに居た堪れない、気になるかも知れない。
粗末に扱われると勘違いする者が、殆どだろう。
実際、「そこ」が、穢れていないとしても。
しかし一体、次の扉とはどんな場所なんだ?
本当に墓地なのか………?
俺が悶々としていると、若者達の顔を見てウイントフークがくるりと話題を変えた。
「それで?お前さんは、一位が移った事で記録が消え、途切れた部分があると。思っているという事で、いいな?」
ハッとした様に顔を上げ、横のブラッドフォードの顔を見ながら話し始めるアリス。
しかしやはりブラッドフォードは何も知らないのだろう。
アリスの話をそのままただ、頷きながら聞くだけだ。
「色々な本に、よれば。為政者が変わると歴史が焼かれる、とありますが私達は変わっていない筈だ。しかし、我が家にある歴史書以前の記録が、無い。うちの前がブラッドの所だった事も、ポロリと父が漏らしただけでそれ以外の事は何も分かりません。何故こちらに権限が移ったのか、まじないの差だけならば記録はあってもいいと思うのですが………。」
「それ以前の、一切の記録が、無いと?」
「ええ、そうなりますね。」
再び静かになる書斎、レシフェがウイントフークの隣に収まり男達が向かい合う形になった。
しかしそのまま、誰も口を開かずに。
各々が、それぞれの頭の中を整理している様だ。
「変わった事による、隠蔽なのか。」
「私もそう思っていましたが………。しかし、理由が。解らない。同じ銀同士で、何故…?」
「そもそも。元から、繋がってなんていなかったのかも知れないな…。」
「は?」
いきなりそう言い出したウイントフーク。
その突拍子もない話に、一同目を丸くするしか、ない。
「だって、世界ですら分断しているんだ。歴史、いや時間が繋がっていなくとも。そう不思議ではあるまいよ。」
「は、あ……。いや。そう、ですね…。」
「それとも。繋がっていると、何か不都合があるのか。」
「俺達に。知られたくない事は、何なのか………。」
そう、呟くと。
いつもの様に立ち上がり、書斎を回り始めたウイントフーク。
とりあえずこの場を締める役が必要だろうと、こっそりレシフェの肩へ移動する。
ただ、俺が話し始める前に意図を汲んだレシフェが二人にお開きの合図をし、その場は解散となった。
そうして俺達は。
この部屋の主が戻って来るまで、再びそれぞれが頭の中を整理する事にしたのである。
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