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8の扉 デヴァイ
魂の 家族
しおりを挟む「綺麗………。」
寝る前の、まったりタイム。
天蓋の星空を見ながら、腕を紺色のビロードに向かって上げる。
左手の、薬指に嵌る、その指輪を眺めていた。
実際、この指輪がここに嵌められてから。
あまりじっくり、眺める様な事はしていない。
それは私にとってはとても珍しい事だ。
美しいものが、身近にあったなら。
必ず、舐める様に観察するのが常だからだ。
原因は、分かっている。
いや、分かっているつもりなのか。
「千里が変なこと、言うからだよね………。」
そう、あの礼拝堂で「そろそろ」と言ったあの極彩色。
それを聞いて、思い出されるイストリアでの家のこと、私のことを一生懸命探った結果、見つかったディディエライトの、こと。
その後どうなったのかは。
私にとっては「一大事」なので、ある。
「あんなの………が、また?」
そりゃ、仕方が無いと言えども。
「恐れるな」と言う方が、無理なのである。
「怖かった」とも、違う。
「辛い」 確かに。辛くは、あっただろう。
「苦しい」「悲しい」「嫌」「喪失感」
「残る 温かさ」「深い 」
沢山の感情、未だ整理しきれていない部分と、自分にはきっとまだ解らないであろう、部分も。
兎に角、大切だけれども「重い」それが、また。
来るのかも、知れないのだ。
「うぅ~~ん。しかし。………確かに、「美しさ」だけ、では。先へは進めないものなのか…………。」
「なぁに、言ってんのまた?明日はフリジアの所へ行くんでしょう?早く寝なさいな。」
「あれ?今日はこっち?」
いつの間にかベッドの端に座っている朝に、シリーの所へ行かないのかと確認する。
この頃は私の蝶も一緒に行動している事が多いシリーは、大分ここにも慣れたとは、言っていたけど。
私としては、こちらには極彩色がいるので朝はシリーの所の方が安心なのだ。
「ううん、とりあえず通りがかったらまたやってるな、と思っただけ。じゃ、寝なさいよ?」
「はぁい。おやすみ。」
「はいはい、また明日ね。」
やはり慣れ親しんだこの挨拶を聞くと、安心する。
改めて自分の不安に小さな溜息を吐き、刺繍のベットカバーを撫でて、いた。
「リラックスが大事だぞ。何事も、な。」
「あれ?おかえり。」
猫用扉から入ってきた狐にそう言われ、なんだか腑に落ちないがこれ以上掘り返すのはやめた方がいいと判断した。
なにしろもう、夜は遅い。
「じゃ、おやすみっ。」
きっと私の頭の中など。
この狐には、お見通しなのだ。
余計なアドバイスでぐるぐるする前に、寝てしまうに限る。
「明日は良い話が聞けそうだ」
眠りに落ちる前、なんとなく聴こえた意味の分からない、一言。
しかし、それをきちんと考える前に勿論、眠りに落ちたのである。
「お前、とりあえずそのコンパクトは書斎へ持ってきておけ。今日は彼処へ行くのだろう?」
「はーい。分かりました。」
次の日の朝、食堂で言われた一言で思い出した。
すっかり忘れていたけれど、そう言えばあの長い名前の人から貰ったアレが、問題になっていた筈だ。
自分の記憶に呆れながらも返事をし、朝食後にきちんと書斎のテーブルへ置いておいた。
これから魔女部屋へ行って、カードで移動するのである。
虹に乗るのも中々楽しくて、テンションが上がるのだ。
そのまま書斎を出て真っ直ぐに青の廊下を走っていると、調度品達に「フフフ」と笑われたけれど。
きっと少しだけ昨日の余韻が残って、無意識にはしゃいでいたのかも、知れない。
「綺麗ね」とホールの鳥達に声をかけながら、魔女部屋への通路を潜って行った。
揺れる薄灯り、心地良く深い、ハーブの香りの中。
「呼ばれているのさ。みんな、お前さんの「その色」に。」
私が漏らした、半分愚痴の様な、不安に。
静かにそう言ったフリジアの言葉をただ、黙って聞いていた。
そもそも今日は、魔法の袋の材料の調達に来た。
その、ついでに。
この頃の私の不安を、漏らしたくはなかった、と言えば嘘になるだろう。
「相談」とまではいかなくとも、話すだけでも気分が軽くなるだろう事は、分かっていた。
それに。
フリジアならば、何かいいアドバイスをくれるだろうという目論見も、勿論ある。
そうして二人で材料の加工をしながらも、私の近況を訊いてくれるフリジア。
相談したい事は沢山あるが、自分の中での纏まらない内容と、複雑な感情を取り留めもなくポツリ、ポツリと話し始める。
そうして私の散らかった話を上手く聞き取ってくれるのは、やはりイストリアの師匠だからなのだろうか。
粗方話終わった私がいつもの様に唸っていると、フリジアは。
「私の色に、呼ばれている」と。
そう、言ったのだ。
「「私の色に呼ばれる」、って?どういう事、ですか??」
分かる様な、分からない様な。
「雰囲気」という事だろうか。
それならなんとなく、分かる気はするんだけど。
首を傾げながら、抹茶色の瞳を見つめていた。
今日は少し暗めの方が石の光が見易いだろうと、蝋燭の灯りが少な目の魔女部屋。
この位の灯りなら、フリジアの瞳は濃く見え抹茶色に似ているのだ。
その、瞳の変化を確かめながら答えをじっと待っていた。
「漠然とした不安はあるだろうし、それは消えるものでは無いのだろうよ。しかし、いつでも。お前さんは、ひとりじゃ、ない。」
そう、キッパリと言い私の瞳を真っ直ぐに見る、フリジア。
「みんな、頼んでいなくとも。お前さんを、手助けしてくれる者がいただろう。お前さんを恐れる者もいたかと思うが、好いて助けてくれる者も、また。必ず、いるんだ。」
「不安もあるだろう、心配は多かろう。それは、そうだ。お前さんはまだ子供だ。いや、子供と言うと語弊があるか。……まだ、若い。助けは勿論、必要だろうよ?それだけのことを、しに「ここ」へ来ているのだろうから。」
全てを話している訳では、ない。
だが、この人は。
どうしてこう、はっきりと、灯りが見える様な事を言ってくれるのだろうか。
一人で暗闇を歩いている気分だった私のことを。
掬い上げて、くれるのだろうか。
橙の薄灯り、深い木の色に積み上げられた不思議な道具たちの息遣いが聞こえて来そうな、この魔女部屋は。
部屋の主と同じ、温かい空気で私のことを包んでくれている様で。
ふっと、少し心が軽くなる。
瞳が潤んだのが、バレたろうか。
向かいの瞳は小さく笑うと、纏めるように、こう言った。
「大いなる、「流れ」の中で。なるべくして、そうなるし、集まるべき人間が。お前さんの周りに、集まってくるんだ。」
ゆっくりと沁み込んでくる、優しい抹茶色と、フリジアの言葉。
その温かさを味わいながらも、自分の中に飲み込み入れて、考えてみる。
私の周りにいつも自然と、居てくれた人達のことを。
いつも不思議だった、この世界で私を受け入れてくれる人達の存在。
「ちょっと変わった」「おかしい」「変な」
「恐ろしい」 「気持ち悪い」
そんな風に取られても仕方のない、私の事を家族の様に迎え入れてくれたあの、緑の瞳から始まって。
相談に来てくれ、一緒にお店もやったキティラやイオス、そうして友達になったエローラとはシャットも一緒に行った。
どう見てもおかしな私の事を、訝しむ事もなく受け入れ「ヨルだから」と流す、エローラ、セフィラの服を持っていたマデイラのこと。
森で暮らしていたザフラと長老はそろそろ私の正体に気付いているだろうか。
その、娘のシリーはなんとデヴァイまで、ついて来てくれている。
そして、黒い光で大切な人を消した、レシフェも。
結局、いつも大切な場面で私の背中を押す言葉をくれるのは、彼だった。
彼のした事は、大変な事だけれど。
それを裁く権利は私には無いし、もしかしたら誰にも無いのだろう。
ここまで来て、そう思うようになったこと。
そこまでしてでも、「変えようと動いた」レシフェの「想い」。
沢山の事が複雑に絡み合う、この世界で。
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だって、言われてみれば。
「みんな」が。
「同じ色」を、持っていたからだ。
「その 中」に。
返事は、無かった。
でも。
充分に肯定の色を宿したその瞳は、再び緩く細まると。
頷いて、お茶のお代わりを淹れ始めたのである。
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