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8の扉 デヴァイ

まだ

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「ですから…。どちらが正しい、と言い争うのは意味が無くて。どちらも正しいのです。争いは、争いしか生みません。」

「やられたらやり返す、それを続けていてはいつまで経っても人は。野蛮なままなのです。悔しい気持ち、悲しみや恐怖。「どこにも行けない想い」は、歌や踊り、祈りで飛ばす事ができます。「許し」が、一番難しいですが。」

「自分に、「許す」事を認めれば。許す事も、できる様になります。どうにもできない、重たい感情は。「許せない」という、想いは飛ばして終えば。」

「いつかあなたの元に、綺麗になって戻ってきた時に許せる様になります。」


毎日同じ話を、聞きに来てくれる人がいる。

みんなみんな、悩んで、いる。


いつからなのだろうか。

時折ぼんやりと浮かぶ、頭の中の景色では。

まだ、人々は幸せそうに日々を過ごしていた気がする。


朝の光に、感謝をし。

空の青さに微笑み。

見上げた雲の形に感動して。

質素だけれど新鮮な食事の美味しさ、その恵みの有り難さに、手を合わせ。

日々、生活する為に必要なことを楽しんで、やり。

寄り添う人がいて、共に眠り、また朝を迎える感謝の気持ち。


そんな。

そんな単純な、何もない、でも「全部がある」暮らしだった様な、気がするのだけど。



日々相談に来る人達の話は、殆ど同じ話だ。

内容は勿論、違うのだけど。

愚痴、不満、心配、未来への恐怖。
まだ起きていない事への、過剰な心配。
周りへの、過度な配慮。

行き先がわからなくなった不安はどこまでも尽きる事は、無く。

日々、降り積もってゆくのだ。


この、世界全体に。

 少しずつ、少しずつ。





そんなある、冬の夜。

強く扉を叩く音に驚いて飛び起きた。

「喧嘩を仲裁して欲しい」

確か、そんな内容だった気がする。

急いで上着を羽織り、家を飛び出し村の奥へ向かった。


少し外れの小屋、薪しかない筈のその小屋には沢山の村人が集まっていた。

全て見知った顔、それによく相談に来てくれる人達ばかりだ。
何か、訊きたい事でもあるのか、それともみんなの意見でも聞くのか。

そんな事を思いつつも、背中を押され小屋へ入る。

その、背中に受けた手の勢いに。

違和感を感じなかった、訳じゃない。
でも。

私が村の人達を疑う事は無かったし、になるまで。

事態を把握していなかったのは、私だけだった。

そう、小屋の中には男だけしかいなかったし。
「その目つき」を知らなかった私に、なす術はなかった。

それに、もしなす術があったと、しても。

選ばなかっただろう事は、分かる。

「必要なこと」だったのだ。


」には。




「やあ、今日もみんな凍えそうでな?温まろうかと、集まったんだ。そしたらあんたの話に、なってな?」

「そうそう、やはり。争いは、良くない。しないとな?」

「そうだそうだ。やっと意味が分かったんだ。これまでの事は忘れようって。楽しい事をして、水に流そうってな?」

「なぁに、みんなで踊れば。すっきり、忘れるさ。」
「なあ?」
「おお。」

。ちょいと、「いい」かい?」


さっぱり、意味が分からなかった。

ただ、男達の目つきがいつもと違うのだけは徐々に感じ始め、奥にいるマリーの伴侶と目が合った、時に。

ハッと、気付いた。

その人だけは、「すまない」という、目をしていたからだ。


やっと、男達が「悪いこと」をしようとしているのが解って全員の顔を見渡す。

「皆さん、お酒でも。飲んでいるのですか?」

「いやいや、少しだけ、な?」
「なぁに、いつもと変わらんよ。」

「それとも、何かい?には、価値も、無いと?」

「そんな、価値、ですか?」

「そうさ。相手にする、価値だよ。まあ、お綺麗な聖人様には俺達は合わないのは仕方ないがな?」
「やっぱりな、口だけだよ。」

?慈悲を、くれよ?」

「証明してみろよ?俺達が、穢れてないと。」
「そうさ。」
「結局お高くとまってて、俺達になんて触れたくも無いんだろうさ。」

「まあな。どうせ。」

「俺達は動物だもんな?動物となんて。できないだろ?」
「まあ、聖女様とは価値が、違うからな?」

「明日からはもう、俺達は家畜だなぁ。」
「なあ?」
「そうだな。」
「残念だ。」


この人達は。

何を、言っているのだろうか。

私に。

何を、させたいのだろうか。


ただ、欲求を満たしたいだけ?

それとも。

「聖人」「聖女」と呼ばれている、私を。

虐げ、辱め、嬲って悦びたいのだろうか。


 を、して。

気が、済むのだろうか。


「本当に。を、望みますか?」

「本当に。で、気が済むのですか?」


「ああ、また説教か!」
「おうおう、またそうして俺たちを馬鹿にしてんだよな!結局そうだ。」
「気なんて済むに、決まってるさ!すっきりするさ!」
「お高くとまりやがって。」
「そうやっていつも、いつも。俺達を言い聞かせようとして、馬鹿にしてんだろ!」
「だから気が済むから、そう言ってんだろ!」
「なんでもいいから早くさせろよ!!」
「なあ、見たくないか?」
「そうだ!」「ああ」
「早くやっちまえ!」


私の言葉が、彼等に火をつけたのか。

それとも。

初めから、私の言葉に、意味なんて無かったのだろうか。

これまで、ずっと。

あの、真剣な顔で相談に来てくれた、おじさんも。
いつも助けてくれた、隣の旦那さんも。

既にマリーの彼も、周りの男達と同じ顔になっていて。

人の、「狂気」「裏の顔」「隠しているもの」「動物的本能」、それを一瞬で見た気がして。


頭の中は、酷く冷静だった。

いつも自分が話している、内容が全く通じない、世界。

しかし本にはしっかりと描かれている、「人間の顔」とは。


は、紛れもない人間ひとの「本当のこと」で。

逃げ場のない自分、「お綺麗だ」と言われる自分の事、ではこの人達は。

自分の事を「醜い」と。
思って、いるのだろうか。


ああ、でも、それで。

「価値が無い」と。

「俺達は無理」と。

言ったのだ。


醜くなんか、ない。

が、人間ひとなのだから。


人間ひとには沢山の顔があって、全ての人にいい顔もあれば、悪い顔も、ある。
それが当然なのだ。

私だって。

悪い顔の時は、あると思う。


どう、する?

どうしたら?
でも。

話を聞いてもらえる状態じゃ、ない。

じゃあ?

納得、して貰うには?


   「私」を?


   「犠牲」に?


いや、それは犠牲なのか、それとも。

それが、「気付き」に、なる事はないのか。


価値があるか、無いか。
そんな問題では、ないのだと。

人は等しく、平等で。

いや、平等ではなく、「同じ」で「ひとつ」なのだ、と。


を、解って、貰うには?


やはり。

それしか、ない。


「その時」は、そう思ったんだ。




ただ、それは何度繰り返されても、終わる事はなかった。

「その時」の、私は。

その後、息を引き取って。



「その次」の、私も。

やっぱり、を証明する為に身を投じた。


「その次」の、僕は。

危険視され、葬られ。

「その次」の、俺も。

安息の地を得たが、やはり旅立ち道半ばで絶えた。


、おかしいのだろうか。

馬鹿げた、考えなのだろうか。


誰か、他にも。

事を、考えている人は?

いないの、だろうか。


いいや

 きっと


   いる はずだ





   「 まだだよ 」

     
       「  まだなんだ  」



  「  もう 少し  」




繰り返す度に

何処からか聴こえるその

声なのか  音なのか

  それとも。


   この 瞬く光が  聴こえるのか




そうか

まだなのか


でも。



 「無理だ」とは。


 言わないのだな




 それならば。


 その時間ときが来るまで


 待つとしようか




途切れない よう

擦り切れない よう

失くならない ように


少しずつ

少しずつ


上手くは やらないけれど


少しずつ  「なにか」を  拡げられたなら。



きっと。


間に合う


追い付く



    私 が。


   時代ときに。



  何処かにいるであろう 仲間  に。





 きっと。



       いつか    は。





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