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8の扉 デヴァイ

意図

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「あまり気は進まないが。やはり、行くしかないだろうな。」

そう言って、本部長が私と千里、フォーレストを引き連れやって来たのは白の区画だ。


「やはり歴史は隠されているのだろう。多分、知っているとすれば…。あまり借りは作りたくないんだがな…。」

今朝、食堂でブツブツ言っていた本部長は、まだ白の区画に入ってもそんな事を言っている。

「そんなに嫌なんですか?別に良い人ですよね、フリジアさん。」

初めて普通に訪ねる、白の魔女部屋への道にワクワクしながらそう言った。

何か弱味でも握られると思ってるのかな………?


前を歩く背の高い銀ローブを見失わない様、チラチラと見ながら周りを見るのに忙しい。

私の隣にはいつものフワフワ、その柔らかい巻毛に手を置いているのできっと転ぶ事はない筈だ。
そうして調子に乗って、忙しく視線を動かしていると揶揄う様な声が、する。

「お前、鳥でももう少し大人しいぞ?」

「失礼しちゃう。」

魔女部屋へ行くからなのか、今日も狐姿の千里はウイントフークの背後をピョコピョコと歩いている。
あまり周りを見ていない様子からして、白は見知った場所なのかも知れない。

そんな極彩色の尻尾を視界に捉えつつも、過ぎて行く店の明かりと、見えてきた白く広い通路、その行先に見知ったピンクの髪が見えて。

「あっ。」

そう、声を発した時には既に向こうも大きく手を振りながら近づいて来ていた。



「お久しぶりです!ね?」

釣られて首を傾げてしまったが、確かにメルリナイトに会うのは久しぶりな気がする。

この前、魔女部屋へお邪魔した時には不在だったからだ。

「久しぶり。最近は何を作ってるの?」

「あのですね、凄いんですよ?あの………」
「おい、とりあえず歩きながら話せ。」

「あっ、すみません!」

ピシャリとウイントフークに言われ、やや飛び上がったメルリナイト。
だが、そんな事で勢いの衰える私達では、ない。

勿論、魔女部屋に着くまで新しいまじないの話を聞きながら、キャイキャイと姦しく歩いていたのである。



そうして白い道を歩く事、暫く。

真っ直ぐに伸びるその道を突き当たりまで行った、その奥の奥に魔女部屋は存在していた。

いや、私の説明がイマイチだが、突き当たりまで行ったその後は並ぶ建物の隙間をスイスイと縫って歩くメルリナイトのピンクの髪を追うのが精一杯で、道なんて覚える余地が無かったのである。

うーん、流石秘密の空間。
もしかしたら、何処かでまじないでもかけてあるのかもしれない。


「やあ、来たね。」

そう言って迎えてくれる声に安堵しながらも「きっと知ってる」顔の狐を眺めつつ、落ち着く蝋燭の灯りに入って行った。



「………だから、何か知らないか。全体礼拝と、各家の毎日の祈りの関係や、グロッシュラーの歴史。何度も滅び、再生してきた筈なのに今回はほぼ、そのままだった事。神が現れ裁定したと言われているが、その記述は………いや。」

「人は昔から都合の良い様に「神」を使うからねぇ。」

えっ。

私は口を挟むなと、本部長から言われている。

二人の会話を邪魔しない様に、思わず口を押さえたがどういう事だろうか。

目だけを二人の間で彷徨わせつつ、手を離してカップを取る。
メルリナイトが入れてくれたお茶は、ハーブティーだろう。
鮮やかな紅が、薄黄緑のカップに映えとても可愛らしい。

味も美味しそう………。

話していいであろう、空気になるまでは我慢である。
壁際の新しい道具に視線を滑らせながら、話の続きを聞いていた。


「やはりか。あまりにも都合がいい。その「扉から神が現れる」という記述もそうだ。だが、思う?昔は本当に「」だったと、思うか?」

「まあ、あり得ない事じゃないね。もっと「満ちて」いた頃は、今はもう亡きまじないも沢山あったろう。今は魔法陣すら、遺されていない。本当ならばは普段から便利に使えるまじないの類なのだろうね。」

魔法陣?
それはもしかして、移動の時に出てきた「アレ」の事だろうか。

「そうだろうな。俺もあれについては研究しようと思った事があるが、途中で辞めた。時間が掛かり過ぎる。」

意外………。
どこまでも集中しそうなこの人が、諦めるなんて?
いや、それに対してもっと割のいいものがあったのかも知れない。
ただ、「できない」と諦めるタイプではないからだ。

ウイントフークが見つけた「割のいいまじない」が、どれなのかを勝手に予測しつつ再び部屋の中をぐるりと見渡す。

なんだか二人の話がずれ始めて、難しいまじないの話になってきたのだ。
この空間で見るウイントフークの珍しさに、なんだか可笑しくなりながら少し離れた机で作業しているピンクの髪を眺めていた。




「そのね、出来事を通して。したいのか。しようとしているのか、着地点とされているのは何処なのか。が起こる事によって引き起こされる事態や反応、人の動きは、どうなのか。それを見る必要があるね。」

ゆっくりと、噛んで含める様力強く話す、言葉。

それに耳が反応して、くるりと向き直った。


メルリナイトが作る、まじないのオルゴールの様なものを凝視していた私は、すっかりその間の話を聞いていなかったのだが。
その、フリジアの話し方と二人の間の空気からして大事な話をしているのは、判る。

しかし、その「意味」は分からなくて本部長の答えをじっと、待っていた。
きっとそれが、ヒントになるからだ。


「確かに。………やはり、「もっと大きな「なにか」が絡んでいる」と、考えた方が辻褄が合うからな。あのジジイどもにそんな知恵があるとも思えん。しかし、いつから絡め取られているのかと考えると、昔はもっと優秀な奴も多かっただろうからな………」

「それはあるかもしれないね?だがね?私としては、ここまで来ると一人の考えが巻き起こした事とは、思えないんだ。時間が経てば、経つほど物事はずれて行くのが普通だ。しかしきっと、は。大いなる流れの中で、「きちんと」やって来ている流れなんだろうよ。」

「「気付く者」が現れ、奮闘するがやはり争いは起こり滅びを繰り返す。そうして「なにか」が葬られて「知る者」が亡くなり「気付く者」も減って行く。どの、世界にも綻びが始まり我先にと保身に走る者、知らずに過ごす者、やはりまた走り回っても無駄に終わるのか。「この流れ」は。何を、意味しているのか。」

そこで言葉を切ったフリジア。
ウイントフークはそのまま黙りこくって、既に自分の中に入っているのだろう。

そのままの彼をじっと見つめると、くるりと私に向き直った黄緑の瞳はニコリと微笑んだ。

「さ、これもお上がり。」

小さなワゴンに置かれていた、箱から出て来たのは不思議なお菓子だ。
以前食べたのと形は違うが、きっと素材は同じなのだろう。

ハーブのプチプチが入ったスコーンの様なものを一つ、手に取り「ありがとうございます」と頂くことにした。
とても美味しいのだ、これは。


ウイントフークが話し始めると思って、黙って食べていたのだがすっかり食べ終わりお茶を飲んでも帰って来る気配は無い。

フリジアも、知っているのかそんな彼を放っておきながら私にこう訊いてきた。

「さあて、お前さんはどうかね?この頃は大分、派手にやっている様じゃ、ないか。」

ニヤリと悪い顔をしながらそう言うフリジア。

何をどこまで知っているのかは分からないが、きっと「素敵な魔法」の種を蒔いている人達だ。
この世界の空気が、少しずつ軽くなっていればいい。
私自身は大分息がし易くなった気がするが、あまり他人の意見を聞く事は無かったのでそのまま尋ねてみることにした。

「そうさね。勿論、気付いていたよ。しかし、まだ気が付いていない者の方が多いだろうね………それを考えると少し、恐ろしいよ。何もかもに鈍感になるのは、やはり危険な事だ。いざという時、自分の身を守れない事に繋がるからね。しかし、「この環境」では致し方ないものか………。」

「………この環境?」

それは、パミールやガリア、アラルに共通するあの事だろうか。
フリジアは私の目を真っ直ぐに見ながら小さく頷くと、チラリと奥のピンクに視線を飛ばしながら話し始める。
案の定、メルリナイトは気付いていないけれど。

「あの子の、様に。自由にやれている者は殆どいないからね。しかしあれを「自由」と言うには些か狭い自由では、あるが。なにしろ「感覚を奪われ続けている」様なものなんだ。「感じる」事を、奪われてしまったなら。それは、人形に近いかも知れないね?まじない人形を使っちゃいるが、私達だってそう変わりはしないだろうよ。」

「えっ、でも。フリジアさんは………」

焦る私に、豪快に笑い出すフリジア。
なんだか切なくなってしまった私の心を見透かす様に、その明るい声で小さな寂しさは吹き飛ばされたのだけど。

その、代わりにまた別の切なさがやって来たのだ。


「みんながみんな、「自分の為に生きていい」って、言われてないから。お互い、縛り合うんだよ。」

「縛り、合う………。」

「そう。「あの人はやってるからお前もできるだろう」「誰もやっていないから無理」「みんな我慢してるんだ」「私だけ我儘は言えない」「それが家の決まりだから自分だけが勝手はできない」そんな風に。口に出していない「縛り」が沢山あって、それが悪い方に作用したのだろうね。いつしかがんじがらめになった私達は身動きが取れなくなってしまったのさ。」

「誰も、いい顔をしないだろう、こうした方が褒められる。そんな「誰かの視線」によって全ての行動が決まるなら、自分の意志、感覚は寧ろ邪魔になるからね。捨てた方が、楽なのさ。そうして段々と何も感じなく、なってゆく。」

言いようのない切なさと迫り来る圧迫感、胸がギュッと締め付けられる、気がして。

思わず胸に、拳を当てて無意識にその温かさを確認する。
少し、その金色に触れると。

徐々に解けてきた私の真ん中は、素朴な疑問をスルリと口に、した。

「それって。でも。ロウワも、ここも。みんな、同じだって事ですよね。いや、ラピスも?シャットだって?結局、みんな。………え?嘘でしょ?私達って。?」


静かな、蝋燭の灯り、沈黙が訪れる。

黄緑の瞳がこちらを見ているのが解っていたが、私は顔を上げることができなかった。
きっと、酷い顔をしている筈だ。


しかし、自分でを、口にして。

始めにフリジアが言っていた「意味」が、ストンと落ちてくる。


「誰が、何の為に、どう言う意図で、仕向けているのか。そうする事で、どう、なるのか。それを考えること」


私は。

「その事実」に、憤っているだけじゃ、駄目なんだ。

「それ」を覆したいんだったら。

もっと、もっと「それ」の「本当」を追い求めて、そこから考えなきゃいけないんだ。


「えっ。でもそれ私に解るかな??」

私のぐるぐるの着地に、返事が来る。

いつだって、何処でだって。

みんなが、私にいつも言ってくれる、その「答え」だ。


「お前さんが「自分の本当」であれば。やはり、自ずと知れるのだろうよ。きっと、そういう風に出来ている。始めにそう言ったんだ。「本当であれ」、と。」

確かに。

初めてここを訪れた時の少し怖かった思い、しかしそれも今となっては。

私にとって、大きな分岐点だったのが、解る。

あの時フリジアにそう言って貰えてなかったら………。


それを想像すると、ブルリと震えてしまった。


「誰の許可も要らずに自由に行動するお前さんの姿を、知らしめるのが目的だった。そしてそれは、予想以上の効果が、あったさ。少しずつの変化は、今はまだそう目に見えなくとも。私達の撒いた芽は、きっと芽吹き始めるだろうよ。」

優しく細まる瞳、ふんわりと結いあげられた白髪はくはつの横顔。
私の心もふんわりとして、しかし一つの事が気に掛かった。

「えっ………でも、それって。に許可を、貰うものなんですか?」

いや、まあ、私も大概自由にやってるけれど。
許可を貰って、バンバン祈っちゃうけども。

でも、フリジアが言うその意味が、そんな事ではないのは分かる。

もっと、小さな事から、全てが。

なのだろう。


自分で言って、しんみりしてきた私に優しくこう答えてくれる。
やはり、いつだって。

「私の事」を考え、アドバイスをくれるこの人に感謝だ。

「ここでは、今は、そうだという事だ。「許可」が無いと、何もできない。しかし、それを縛っているのも自分なんだ。みんなが自分に「許可」を、出せる様に。お前さんは、チョイと誘惑してやればいいんだよ。」


「あまりおかしな事を吹き込まないでくれ。」

ぐるぐるが終わったのか、いきなり口を挟んできた本部長に、顔を見合わせ、笑う。

そうして再び話し始めた二人を横目に。

私はずっと、フリジアに言われた事を反芻していたのだった。
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