透明の「扉」を開けて

美黎

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8の扉 デヴァイ

作戦本部

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「郷愁の回廊なんて、言葉だけ聞けば格好いいけどな?」

そんな独り言を言った俺を、バッサリと切るのはいつものこの男だ。

「フン。あの老人どもらしい。しかし皮肉だろう?滅びゆく運命を解っている様じゃないか。」

「まあ、「今」じゃない事だけは、確かだからな。」

「だから早く終えてしまえば、いいんですよ。その、生をね。」

「物騒だな。」

「膿は切り捨てる事も大切ですから。まあ、姫が怒るのでやりませんけど。」

男三人、いつもの書斎。

きっとまだ排除説を諦めていないラガシュは、今日も鼻息荒くやって来た。
 


定期的にこの書斎を訪れ、報告を兼ねこれからの相談をしている俺達。

先日図書館で聞いた話、千里が赤の区画で見た事。
ラガシュは相変わらず家で青の本を調べているらしく、この度メディナの許可が出て幾つか持ち出す事ができたらしい。

「全部は駄目ですって。あそこにあっても、読む人は限られてるんですけどね。」

そう言いながらも、テーブルに乗る抱えて来た数冊の本を指し示した。

勿論、ウイントフークは既にそのうちの一冊を手にして、話を聞いているのか、いないのか。
半分愚痴になってきたラガシュに相槌を打ちながら、テーブルの上を青の本を眺めつつ歩いていた。



「やはり、そう目新しい事はこれには書かれていないな。後から他の本も持って来い。」

パタンと青の本を閉じ、歩き回っていたウイントフークはラガシュの向かい側に座り本を積み直し始めた。
俺の隣の青の本に、持っていた分を重ねるとここにある本は、六冊。
デヴァイこちらには、何冊保管されているのだろうか。

確かヨルが知っている筈だ。
しかしきっとそれも把握しているであろう、この男。

そのウイントフークはじっと腕組みをしたまま、視線だけを本の山に彷徨わせていた。


「でも、解決の糸口は掴めたんじゃないか?千里が言っている事がならば。この世界は、保たれるだろう?ラガシュの言っていた事も、実現出来そうだな?」

報告だけして何処かへ行ってしまった千里は、赤の区画で秘密の場所を体験して来ていた。

奴曰く、「力の通る場所」。

そして、ハーゼルが言うには各家にそれは在るだろうと。
信憑性は分からないにしても、いい材料は向かいに座っている。
とりあえず、俺の言葉を聞いて嬉しそうに頷いているラガシュに訊いてみる事にした。


「青の区画には?見た事が、あるか?」

「それが、無いんですよ。いや、僕が知らないだけかもしれないんですが。」

確かにラガシュは青の家では、若手だ。
基本的に、大切な事は上の方で秘密にされているのだろう。
知らなくても、不思議ではない。

「誰かに訊いてみる事はできそうか?青の家も一枚岩じゃないだろうが、この間のメディナの様子を見れば………」

「俺から頼んでおく。」

そう、口を挟んできたウイントフーク。
考え事は終わったのだろう、顔を上げてラガシュをじっと見ている。

そうして小さな溜息を吐くと、立ち上がり再びいつもの様に歩き始めた。



「しかし………しんば、する事によってこの世界が保たれると、しても。」

暫く無言で歩き回った後。
そう話し始めたウイントフークの足が、ピタリと止まる。

「それは、根本的な解決とは言えないのだろうよ。」

「?どうしてですか?力が通って、ここが保たれるならば。………解決、するのでは?」

なんとなくウイントフークの言いたい事が分かって、黙ってラガシュの灰色の瞳を見ていた。
多分、こいつは。

ヨルが、軸にならないならばそれでいいのだと、思っているに違いない。
まあ、確かにそれはそれで、いいのだが。

「解決」とまで、言うには早いんじゃないか?


「まだ解っていないのか」という目を向けられているラガシュは「違うんですか」という目を、何故か俺に向けてきた。

頭の中に浮かんでいる考えを、とりあえず口に出してみる。
俺だって、ハッキリした答えを持っているわけじゃあ、ないからな。

「そもそも、「力を繋ぐ」と言っているのがヨルだ。、繋ぐのかも俺らは解っていないし、繋いでどうなるのか、それがいつまで続くのか、ヨルが居なくても大丈夫、なのか。」

「その、「仕組み」じゃないが、何故あいつがして、それがそうなるのか。俺らとあいつの違いは、何なのか。「同じ」には、ならんかもしれんが何らかの方法としてきちんと解っておかねば、ならないだろうよ。この問題は、きっと後々も起こるだろうからな。」

渋い顔のラガシュに、ゆっくりとそう言い聞かせる。

この間も話したが、ヨルはずっとここに居る訳じゃない。
こいつもそれが解るから、この顔なのだろう。

寧ろ「ついて行く」と言いそうで怖いな、こいつは。

「まあ、そう心配するな。すぐじゃ、ない。」

が、いつまでなのか。

あいつの性格からして、ここがどうにもならないうちに何処かへ行くとは思えないが、俺達が引き止めるのは、違う。
そもそもおんぶに抱っこなのも、違うしな。

そんな俺達の話を聞いていたウイントフークは、再びソファーにドサリと座り、今度は全く違う話を始めた。


「『歴史は塗り潰されている』、アリススプリングスが言っていた言葉だ。」

「うん?もう話を聞きに行ったのか?」
「ああ、お前に聞いてから割とすぐだな?薬を届けるついでもあったんだ。だがな……。」

「どうした?」

成果が芳しくなかったのか、渋い顔をしているウイントフーク。
青の本に視線を飛ばしながら、恨めしげに話し始めた。

「大分、処分されたと言っていただろう?が、どうやら長の指示だったらしい。どこまで、どう真実なのか、本当に無いのかは分からんが。兎に角、アリスが言うにはその部分が歴史の真実を記していたのではないか、と。」

「うん?それはアリススプリングスの予測か?それとも?見た事は?」

「いや、あいつが生まれる前らしい。なにしろ長は長命だ。多分、先代のエクソリプスの代に処分されたのだろう。銀の家は図書館を管理しているからな。一応歴史を学ぶし、調べるだろう?違った記述があるものがないか、調べた事もあるらしい。しかし、一般的なものしか残されていない様だな。一応、ブラッドフォードも同席していたが何も知らんと。グラディオライトは……多分、もう話はできんかもしれんな。」

「どうしてだ?知っているとすれば………。」

「この間、ヨルを連れて行った時は大分加減が良い日だったらしい。殆どは寝たきりで、記憶も曖昧らしいんだ。…だから、あの日はあいつので。ああ言ったのだろうよ。」

「まるで薬だな。あの姿で、やはり正解って事か…。」

「まあ僕は姫を晒す様なやり方は、好かないですけどね。」

いきなり横槍を入れてきたラガシュを無視して、再び口を開くウイントフーク。
やはり奴も、何度も滅びを繰り返してきた原因を知りたいと思っているのだろう。

しかし、そんなウイントフークの切り出してきた提案は。
いきなり敵の本拠地に、乗り込む様なものだったのだ。


「俺はヨルを、アリススプリングスの屋敷に行かせようと思っている。その、奥にな。本来ならば、会える筈なんだ。公にはしていないが、誰が見ても血縁なんだからな。しかし、その前には準備が要る。それに、会えるのか。それも怪しいと俺は思っている。」

「どういう事ですか?そんな敵の本拠地に放り込む様な事………!」
「本当に、会えるのか………?怪しい?」

案の定、デヴァイここだと血の気の多いラガシュが立ち上がり抗議する。

しかし、「シッシッ」という手付きで青ローブを座らせたウイントフークは珍しくきちんと説明を始めた。
ラガシュを大人しくさせる為なのだろう。
俺の方もチラリと見ながら話しているので、ヨルのサポートをする為にしっかりと耳を傾ける。

あの子はややこしい説明を覚える気が無いからな…。

「とりあえず、あいつには空間を周らせて引き続き振り撒いて貰うことにする。それに、「仕事」と称して礼拝堂や図書館へも祈りか何か、やりに行かせよう。あとは白の空間か。」

「それで暫くすれば影響が出て来る筈だ。積極的に動けば動く程、顕著に出る筈だからな。そうして群がる害虫を誘き出し、この場所を少しでも保たせ全体礼拝の意図を探す。ヨルが祈る事でこの場が保つならば。あの礼拝はやはり、違う「なにか」に繋がっているという事だ。」

が、判れば。少しは、糸口が掴めるのだがな?この前も少し、話したが。これは、この世界だけの問題じゃ、ない。俺達をその「仕組み」に組み込んだ奴がいるとすれば。その先に、ヒントがある筈だ。」

「………成る、程。」

あの。
「俺達は最後の家畜」とかいう、不吉な予言みたいなやつだな。

確かに、俺達も、長老達ですらも。

この本部長に言わせれば、「仕組み」の中にいる、という事なのだろう。


「アリスはもうある程度協力する気では、あるだろうな。まだ頭の中迄は侵されてなかったらしいな?ブラッドフォードに頼まれた件だからな、あいつにまた貸しもできた。さて、長の件はどこに当たるかな………。」

そこまで言うと、再び立ち上がり歩き始める。

中々辛辣な語り口だが、こいつなりに若者の行く末を心配しているのだろう。

俺とラガシュは顔を見合わせ本部長の計画に「流石だな?」と肩をすくめ、頷き合った。
いや、俺は少し頭を下げただけだがな?


「しかし、ヨルは喜びそうだな…。」

「まあ…それなら仕方が無いですね。しかし誰もいない時にできるんでしょうね?」
「それはアリスかブラッドフォードに頼めるんじゃないか?そもそも図書館なんかは許可が必要だろうしな。」

「それならいいですけど…。秘密で祈るだけならあまり危険も無さそうですしね。……じゃあとりあえず僕は、他の青の本ですかね。」

動き回る白衣を目で追いながら、そう言って立ち上がるラガシュ。
多分ウイントフークが戻ってこない事は分かっているのだろう、そのまま俺に挨拶だけして書斎を出て行った。

まだ、ぐるりと周っている、白衣。

いや、とりあえず俺もそろそろお暇するか…。


未だ帰って来なそうな白衣を、もう一度チラリと見る。

そうしてブツブツ言っているウイントフークに「じゃあな」と一応声を掛け、ラガシュが開けて行った隙間からスルリと部屋を出たのであった。





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