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8の扉 デヴァイ
知っている者
しおりを挟むしかし。
値踏みする様な視線を向けたまま、彼の口が開く様子は一向に無い。
そのままじっと、様子を伺っていた。
彼が好意的では無い以上、私が先にボロを出す事は避けたい。
きっと家格はこちらが上なので、黙っていても差し支えはない筈だ。
そうして暫く。
私は徐々に彼の髪色と瞳、その見た目で言えば柔らかそうな物腰と色合いが、絶妙な事に気が付いてそれに気を取られていた。
いや、いつもの事なのだけど。
サラサラの髪、濃灰と紺に近い青、ここデヴァイの中では暗めだが落ち着いた色合いの彼を「ふむふむ、美しいな」と観察をしていたのだ。
多分それに気が付いたのだろう、彼はやっと口を開いた。
「なにか?」
えっ。
私が質問したんじゃなかったっけ??
しかし。
「なにか」と言われれば、不躾な視線を向けていたのは私かも知れない。
いや、確実に私だけど。
でもあなたもそこそこ、見てましたよね………?
この部屋に入ってから、彼は殆ど私から視線を逸らしていない。
しかし彼の色合いに気を良くしていた私は、それはあまり気にならなくなっていた。
「え、っと………。いや、綺麗、いや美しい…いや、素敵だなぁと、思いまして………はい。」
男性に対する、上手い褒め言葉が見つからなくて怪しい返答になる。
いつものメンバーならば「綺麗」とか「美人」で、いいんだけど。
しかし、やはり。
更に目つきが厳しくなったところを見ると、適切ではなかった様だ。
「男に使うにしては、適切ではありませんね。」
キッパリとそう言われてしまうと、返す言葉が見つからない。
「すみません。」
とりあえず謝っておいて、再び口を噤むしかない。
なにしろ私は口を開かない方が良さそうだし、あっちを見ない方がいいかも…。
そう思って横を見ると、フォーレストの緑の瞳があってホッとした。
朝と彼に気を取られてすっかり忘れていたけれど、フォーレストはきちんと私のソファーの隣に居てくれた様だ。
そうして再び黙りこくってしまった彼をチラリと見て、「お茶でも淹れようか」とキョロキョロし始めると。
突然、その話は始まったのだ。
「貴女は責任を取る為に、ここへ来たのですよね?」
「?責任?」
「代わりなのでしょう?」
えっ。
答える前に、言葉が続く。
「まじないが落ちているのだってあの人の所為だ。長はもう、長くない。早く挿げ替えれば。もっとまじないが上がるかも知れないじゃないか。何故、そうしないんだ?」
「………。何を言っているのか、解りません。」
いや。
ぶっちゃけ、全部何が言いたいのかは解ってるつもりだけど。
でもさ、それをその言い方で本人に言う?
「早く生贄を生きのいい方に変えろ」ってことだよね??
とぼけたふりをして、じっとその瞳を見ていた。
この人が一体、何を言いたいのか。
何をしに、来たのか。
誰から何を聞いて、こんな風に、なっているのか。
そう、アイギルは多分歳の頃はハーゼル達と同じくらいだろう二十歳前後だと、思う。
このくらい若い人が、この話を、すること。
「私」が「セフィラ」の身内だと、分かっていてそうして長の代わりに、早く取り替えようとしていること。
やはりこの世界のまじないは落ちていて、それがセフィラの所為だと思っている人が、こうして目の前にいること。
沢山のことがいきなり目の前にドスンと落ちてきた気がして、心臓が早鐘の様に打ち始める。
落ち着かなきゃ。
そう思って、ギュッと握った拳を胸に当てる。
その瞬間、フワリと燈る、金色、寄り添ってくれるフワフワの緑。
ああ、大丈夫。
まだ。
駄目駄目、落ち着かなきゃ………。
大きく息を吸って、再び正面の瞳を、見た。
「貴女、何しに来たの?」
うっ。
目が合うと同時に、撃ち込まれる言葉の刃。
フリジアに訊かれた時とは、訳が違う。
敵意があるのだ、明らかに。
その重さに固まる私の膝を、ちょんと押すのは下の子だ。
チラリと合う瞳が、心配しているのが分かる。
大丈夫。
頑張る。
そう、目で応えて再び顔を上げた。
「私は。小さな光を、撒くだけ。謳う、だけ。できる事は少ないけど。でも、ここは変わってきた。」
シンとする、部屋。
しかし私のその言葉を聞いた瞳は、目の前でまた色を変える。
「嘲り」「侮蔑」「嘲笑」
そんな「いろ」を含んだ、紺に変化した瞳は甲高く訴える。
「その姿!その姿をして今更ここを変えようなんて、どの口が?」
「誰も変わる事など望んじゃいない。ラピスへ帰りな。」
「嫌です。」
「フン。嫌だなんて、言っているうちに。もしも、ここが沈んだらどうしてくれる?もしもここが、揺れ壊れたら?もしもここが、まじないが無くなったら?………もしもどんどん人が減り、滅びたらどうするつもりだ?」
そう捲し立てながらも彼自身の色がどんどん燻んできた気がして、再び心臓が煩くなってきた。
何かが、まずい。
でも、とりあえずは彼の興奮を止めるのが先だ。
そう感じて、あまり考えずに口を開いた。
「あなた、「もしも、もしも」ってばっかり言ってるけど。」
「結局、その「もしも」を、全部守ったとして、よ?それであなたは、幸せなの?この、世界は。いい方向に、行くのかな?それで何が、解決するの?その「もしも」は、本当に絶対、起こることかな?」
「だって世界は、事実、衰退してきてる。でも、まだ終わりじゃない。少しずつ、巻き返してる途中…いや、巻き返し始め?なの。それで私が代わりになったとしても。多少は保つのかも知れないけど………うーん、それなら考えなくもない…いや、無いか。………ん?あれ?」
いつの間にか下を向いていた顔を上げると、アイギルの姿が消えている。
私の独り言&ぐるぐるの間に、出て行ってしまったのだろうか。
「えっ?嘘?なんで??」
「なんか、「チッ」とか言って出てったわよ。」
「え?ホントに??」
いつの間にか戻っていた朝が、扉の辺りを嗅ぎながらそう教えてくれた。
朝は出て行こうとした彼の行く手を阻もうとしたけれど、中々の勢いで扉を開け、行ってしまったらしい。
ていうか、私それでも気が付かないってどんだけよ………。
自分のポンコツぶりに呆れつつも、今更か、と朝の様子を観察する。
「大丈夫?蹴られたりしてないよね?」
「それは大丈夫よ。流石にそこまでされたら私もね…フフフ。」
「えっナニソレ。怖い。」
朝だって普通の猫じゃ、ない。
でも、不思議な能力は見た事がないけど。
「まあ、なんにせよ。報告だわね。」
「あれ?ベイルートさんは?」
そう言えば姿は見ていないけれど、きっと赤の人が来るならばここにいる筈だ。
「また俺頼みか、ヨルは。」
やっぱり。
本棚の陰から出てきたベイルートは、やれやれといった程である。
「いや、私が報告してもいいんですけど、多分ウイントフークさんに途中で怒られると思う…。」
「違いないわね。諦めて先に書斎へ行ってなさいな。」
「分かった、まあそうだな。」
そんなにアッサリ納得するなら何故訊いたんですか、ベイルートさん………。
しかし報告をベイルートに任せた方が気楽だし、確実に正確に伝わる事は分かっている。
玉虫色が扉から出たのを見て、ドサリとソファーに沈み込んだ。
「あーあ。結局、何だったんだろう、あの人………。」
「さあ?何処にでも文句を言いたい輩はいるものよ。」
「まあそうなのかも知れないけどさ………。何この、「言われ損」みたいなやつ。勝手に帰ってるし………。」
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そうして応接室を出ると。
特大の溜息を吐いて、自分の部屋へ向かったのである。
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