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8の扉 デヴァイ
私の愚痴
しおりを挟む「お前、面倒だから少しここへ行ってこい。」
そう、本部長に言われ渡されたのは白いカードが一枚。
見覚えのある、それは。
「えっ。いいんですか?」
「まあ、彼処ならな。滅多な者は入れん。」
そうしてお許しを頂いた私が虹に乗ってやって来たのは、勿論白の区画、魔女の部屋である。
アイギルの訪問から何かとグダグダしている私を見兼ねたのか、厄介払いをしたかったのか。
本部長なりの気遣いらしいが、そんな気を回す事自体が、怪しいと言えなくも、ない。
しかし勿論、ベイルートからの報告は聞いているであろうウイントフークは、意外と何も言っては来なかった。
「それなら、それで。」
自由にやれと、いう事なのだろう。
なにしろ私には癒しの時間が与えられたのだ。
これは楽しまなくては、損なのである。
そうしてヒョイと、飛んできた仄暗い部屋。
伝達してあったのだろう、突然現れた私を迎え愚痴を聞いてくれるのは勿論、フリジアである。
とりあえずの挨拶を済ませ、あの日あった事を一頻り話し終わった私は、落ち込んでいる様な、怒っている様な泣きたい様な。
絶妙に複雑な、気分だった。
お茶の支度をする手元を、なんとなく眺めていた。
今日は赤い花に緑の蔦が可愛らしい、ティーセットである。
フリジアの部屋にあるにしては、可愛すぎやしないかとチラリと思ってしまったのだが、絶妙なタイミングでその疑問は解決した。
「これはメルリナイトが作ったものだよ。あの子らしいだろう。」
「確かに。いただきます。」
カップを出しながらそう言われ、「バレたか」と心の中で舌を出す。
そんな私の様子を目を細めて見ていたフリジアは、小さく息を吐いてこう言った。
「なにしろとりあえず。流れに身を任せてみたらどうだい?早急に答えを求めなくとも。」
静かな声で、そう言い向かい側に腰掛ける。
そのままじっと私の目を見ていたが、頷くと再び口を開いた。
「「本物」で、あらば結果は必ずついてくる。皆、飽き飽きしているのだから。」
「「本物」?……飽き飽き?」
「そうさね。変わらないことを望む者も、多いがこの停滞した世界に飽き飽きしている者も、それはいるさ。だがどちらを選ぶのかは。その者、其々のこと。私達にできる事は、魔法の種を蒔くことだけさ。いつでも、ね。」
「そう、ですね………。」
飽きる、というのはなんとなく分かる気がする。
確かにずっと停滞していたならば、鬱々としてくる人もいるだろう。
しかし、「本物」とは。
どういう意味だろうか。
一人ぐるぐるしていると、フリジアがその「本物」について話してくれる。
でも、その内容は少し難しいもので、今の私にはぼんやりとしか掴めなかった。
でもきっと、これからの道標になるであろう事は、なんとなく分かったけれど。
「お前さんがここへ、来て。色々と動く事で、色々な事を言う者はどうしても、いる。」
「でもね?それは仕方の無い事だ。当然の様に「神の一族」として暮らしてはいるが、奪う事に慣れたならば。同時に奪われる事を恐れるし、ずっと頂点で君臨してきた自分達を意に介さず行動するお前さんが。…異質で、危険に見えるのだろうね。奪われる事、変わる事を恐れる。それは似た様なものかも知れない。」
「………はい。」
「しかしね、必ずお前さんの「真意」「本当」を理解する者も、いるという事だ。それは必ず一方ではなく両方ある、という事。どうしたって、光があれば影もある。さてそれを、どうしていくかね………。」
なにやら考え込んでいる、フリジアのきっちりと結い上げられた白髪を、見ていた。
静かな仄暗い魔女部屋は、今日も蝋燭の灯りが揺れ所々のまじない道具が光っている。
揺れる暖かい灯りと、「なにかが込もる」気配。
それに大分落ち着きを取り戻すことを手伝ってもらいながら、私の頭はゆっくりと動き出していた。
「本当のこと」 「私の真ん中」
それは今もきちんと、できているだろうか。
誰に対してもちゃんと、誠意を見せてる?
でもそれは「分かって欲しい」という、私の我儘の現れだろうか。
自分の価値観を、押し付けていないだろうか。
ずっと。
「変えようとするな」と、言っていたフリジア。
確かに私も散々グロッシュラーで失敗してきた。
選ぶのは、「みんな」だから。
「つい。焦っちゃうんですよね………なんだろな、この一人でジタバタしてる感じ…。」
クスリと笑いながら蝋燭の火を動かす、その皺の多い手を、見ていた。
この人も。
ずっとここで、見守っていたんだ。
この前聞いた話でも、「其々の望んだ事なのかも知れない」と言っていたし。
きっと沢山の葛藤があったのだろう。
私も、時間が経てば。
そんな風に、達観?できる、かなぁ………。
うん?
いや?
でもそんなにのんびりできないから、焦ってたのかな………うん??
その時、私のぐるぐるを止める、いい香りが流れてきた。
鼻がキャッチしたそれは、どうやら何かの焼き菓子の様である。
確かに、小腹が減ったかも知れない。
「どうぞ。」
差し出されたそれを目の前にすると、私の盛大な筈のぐるぐるはシュンと形を潜めたのであった。
フリジアの用意してくれた不思議なお菓子を食べ、ホッと一息吐くと少しは私の頭もスッキリしてきた様だ。
そんな私の顔を見て、ニコリと諭す様に茶緑の瞳が細まる。
「流れを変える。それは難しいことさ。誰にも「誰か」のことは、変えられないからね。お前さんも、嫌だろう?誰かに、変えられようとしたならば。」
「…………確かに、そうですね。」
「それならどう、するさ?」
少し意地の悪い笑みを浮かべ、私を見るフリジア。
視線を目の前のカップに移して、考えてみる。
揺れる炎に、ハーブティーが紅く色付いて、とても美しいその様子。
白い陶器に描かれた、赤い、花。
緑の、葉。
変わらない、色。
変えられない、色。
何故、変わらないのか。
何故、変わりたくないのか。
それは、自由だ。
でも。
チラリとアイギルの色が過ぎる。
あれは。
「不満」というか。
「それで良いとは思っていない」顔だ。
どうするのかの、方向性が違うだけで。
「満足」「幸せ」「楽しい」
そんな表情では、やはりなくて。
きっと笑ったならば。
とても、素敵だろうに。
それなら?
どう、する?
何が。
足りないのか。
何を。
すれば?
するの?
彼の、為に?
いいや。
みんなの?
為に?
うーーーん。
何をしたとしても多分、素直に受け取ってはくれないだろう。
それは、分かる。
だって、あの目は。
「あの子達」と、同じだ。
今はもう、その影も無く輝く瞳の子供達。
でも、最初に見た時は恐れと怯え、疑いの眼差しだった。
それと、「諦め」。
「諦めが。一番、悲しいかも知れない………。」
ポツリと呟いた私に返事をする者は誰もいない。
カップを持ち、揺ら揺らと水面を揺らしてふっと息を吐いた。
「でもなぁ………私の、できる事って。」
口を付けずにカチリとカップを置くと、返事が、来た。
「そら、お前さん決まっているじゃないか。」
「やっぱり?そう、思います?」
私達の。
できる、事と言えば。
「そうさね。なにしろ。それが、
一番いいよ。」
「そうだといいな…………。」
でもやっぱり。
それが、一番良いのはなんとなく、分かる。
「与える」とか「受け取る」とか、そんな大層なものじゃない方がいい。
私は、ただ。
いつもの様に、謳ったり、踊ったり、何かを振り撒いたりして。
「光」を。
降ろす、だけなんだ。
そうして、ただ、ただ、光を降らせて。
悩んでるモヤモヤでも、浮かれてる時のウキウキ、例え少し暗めの色だって。
きっと、光で溢せば。
ありったけの、溢れる想いをその度に飛ばせば。
「いつか、いっぱいに。なる、かなぁ………。」
カチカチと茶器の音がして、お代わりが用意されたのが分かる。
茶緑の瞳と目を合わせ、頷いてカップを手に取った。
「なるさ。誰しも。「器」は、持ってる。しかし、空っぽなだけなんだ。それに気付いてすら、いない。」
「器?」
「そうさ。器は。いっぱいにならなければ、溢れない。溢れなければ、他者に与える事などできやしないさ。なにしろここでは。「与える」よりも「奪う」事が、当たり前だったからね。いつからこうなってしまったのか、今では知る由もないが嘆いてばかりでも仕方が無い。」
「はい。」
「なにしろ。お前さんが来てくれて、私達のまじないも随分と捗っているのは確かさ。このまま様子を見るのも、悪くない。あの子は勝手に動く事はできないだろうし、お前さんの守りは固い。その間に少しずつ緩むと、いいのだけどね。」
「そうですね………。」
多分、今回一人でアイギルが訪ねて来たのは彼の衝動的な行動なのだろう。
本部長の様子とこのフリジアの話し方から、それが分かる。
だけど。
それなら、それでまた彼のもどかしさが悲しく思えて、私がそう思ってしまうのも何故か申し訳なくて。
とても、複雑な気分だ。
もし、次に会う事があれば。
どうすれば、いいだろうか。
ポツリと漏れていた私の心の声に、フリジアがこうアドバイスをくれる。
「彼が、「お前さんを訪ねて来たこと」の意味を考えると、いいかも知れないね。」
「「訪ねて来たこと」の、意味………。」
私に「文句を言いに来た」のではない、彼の心理とは。
わざわざ忌々しい筈の私の所まで、出向いたその、意味とは。
何故、その行動になったのか考えろということなのだろう。
それ、私に分かりますかねフリジアさん………。
「まあそう、構えなさんな。いつも通り。それが、一番いい。」
「はい。」
確かに今はぐるぐるしているけれど、きっと私も最後はそこに着地するに違いないのだ。
この問題は、複雑だ。
それも、分かる。
でも、少しだけ。
彼の為に、悩む事も許されるだろう。
私の心の、中だけならば。
そうして少し、甘さが加わった紅茶を啜りながら。
揺ら揺らと揺れる、炎を眺め考えていた。
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