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8の扉 デヴァイ
大きく息を吸うこと
しおりを挟む「いつしか私達は。呼吸の仕方も、忘れてしまったのかも、知れないね………。」
ポツリとそう、呟いたフリジア。
いつの間にかメルリナイトはユークレースと内部の装飾についてあれこれ話し合っているし、ダーダネルスは少し離れて私達を見守る体制だ。
ここでも番犬よろしく、控えている彼がなんだか可愛く思えてつい、笑みが出る。
いや、大きさ的に言えば全然全く、可愛くはないんだけどね………。
フリジアは、粗方私に戻った蝶の残りを名残惜しそうに見つめ、未だ視線は堂内を彷徨っていた。
確かにさっき、ダーダネルスも「軽くなった」と言っていたし。
私自身もあの時感じた、少しの風と明るい空気。
やはり、少しずつでも。
変わってきて、いるのだろうか。
そう尋ねようとすると、あの二人が呼んでいる。
「ヨル!凄いですよ!見て下さい、早く、早く!」
「え、ちょ、ちょっと待って?」
二人が呼んでいるのは、正面祭壇下の装飾の辺り。
階段から続く、彫刻のある辺りだ。
這いつくばる様に屈んでいる二人の陰を覗き込んで、思わず口を押さえた。
「………これは………いいね?」
そう、そこにあったのは。
私の蝶がきっと溢したであろう、彩りと鮮やかな光だった。
きっと色は、チカラの一部なのだろうけど、それが上手く曲線の上に乗ってキラリと光る光沢となっている。
それが細かな彫刻の中に無数に散りばめられていて、小さな星がキラキラしている様な、ラメの様な。
そんな仕上がりになっているのだ。
「これは腕が鳴りますね………。」
ユークレースは既に頭のメモ帳に何やら描き出しているらしく、また手が動いている。
メルリナイトは「師匠、師匠!」とフリジアを呼んで来て、私達は三人でそこへ蹲み込む事になった。
「本当にお前さんのまじないは応用が効くね………。」
そう言いつつも彫刻を撫で確かめているフリジア。
それを見つつ、「フリジアさんなら知ってるかも」と思い先程の質問を投げてみた。
「絵かい?…………絵か。」
これは、知ってる顔。
でも、仲良くないのかな?
言い渋っている様なフリジアの様子に、尋ねてみる。
名前だけでも教えてくれれば、ウイントフークに訊いてみてもいい。
そう思って尋ねた私の質問に返ってきた返事は、何処かで聞いたこの言葉だった。
「ああ。面倒で偏屈だがね。絵の腕だけは、あいつが一番だろうよ。今は、ね。」
「今は」という部分が気になるが、きっと廊下の絵を見ても昔は沢山腕のいい画家がいたのだろうと分かる。
今は。
そもそもきっと、人自体が少ないのかな………。
衰退するこの世界、寿命が短いとミストラスからも聞いている。
でも。
ユークレースも、さっき「まだ終わりじゃない」と、言ってくれた。
うん、とりあえず…。
自分のぐるぐるに入る前に、切り替えフリジアの緑の瞳を確認する。
「えっと、その人は銀のカードを作る人、で間違い無いですかね?」
「そうだ。あいつにお前さんを会わせるのは反対だが………。必要なのだろう?」
何故反対なのか。
訊いてもいいだろうか。
しかし顔に出ていたのだろう、理由と共に説明してくれる。
「いやね、きっと「絵を描かせてくれ」と言われると思うんだ。今はもうあまり残っていない、「知るもの」がまた何か………おかしな事にならないといいが。」
「………成る程。でも。うーん。ま、一応断れそうなら断るので大丈夫ですよ…」
しかし私に自信は無かった。
多分、その人が物凄く絵が上手いのならば。
その人が描いた「自分」を、見てみたいと思うからだ。
とりあえず何か言われたら、本部長に訊いて下さい、って言えばいいか………。
でも、そもそも「描きたい」って言われるか分かんないよね…?
とりあえずの疑問は解決したので、みんなで他に色が着いた場所が無いか、礼拝堂内を確認する。
私がぐるぐるしている間に、ダーダネルスが大概の場所はチェックしてくれていた様で、後は残った祭壇の周りをみんな無言で眺めて、いた。
真っ白の礼拝堂の中に、色が有れば。
目に入った時に、すぐに気付くからだ。
「ここしか無さそうですね?」
「ああ。」
「貴重ですね!」
「これは知らせておかないと………」
白の人達が何やら相談している中、色着いた箇所を見て大きく息を、吸う。
そうして自分の色を取り込んだ私の頭の中は、あの旧い神殿へ飛んでいた。
あのカードの作者は、水彩画の様な繊細な柔らかいけれど、力強い絵を描く人だと、思う。
白い魔法使いの禁書室で、初めて見た時の、感動。
風の中に在る、宝物の様な剣だった、あの絵。
美しい物って。
それだけで、人の心を動かすし、満たすし、力を与えると、思う。
あの「風のカード」を見て、私は祭祀で剣を出したし、空も見えた。
雲を、切ったから。
優しい色合いに真っ直ぐ中央に掲げられた美しい剣、煌びやかだが凛とした空気を纏う装飾、周りには星が光っていたと、思う。
「実際に見えるもの」ではない、ものを表すことって。
その人の、頭の中が、めっちゃ気になるよね?
「面倒で、偏屈、かぁ…………。」
ポソリと呟き、ベンチに座る。
みんなはまだ、話し合い中だ。
私はまだぐるぐるしてても、大丈夫。
すぐそこにある、自分が差した色を眺めながら想いを馳せる。
頭の中にあることを、描くことと。
私が「留めておきたい」と思った、景色を描くことは違うかも知れない。
でも、それって?
この前フォーレストに言われた事が頭の中を、ぐるぐる回って。
「いつでも、行ける」「自由だ」
だよね?
それは、「在る場所」は違うかも知れないけど。
「実在」と、「想像」の、違いとは。
でも。
どちらも。
「大切だし、貴重、だし、美しい、よね?」
うん。
それは、そう思う。
どっちが「いい、悪い」とか「上下」とかじゃ、ないんだ。
そもそも。
それって、空間とか、時間とか。
その、「そこに在るもの、こと」への愛じゃ、ないだろうか。
それが在る場所、実在の有無は、関係無くて。
どんな景色も、美しく愛おしいものであることは、間違い無いと、私は思う。
「…………やっぱ、愛だよ、愛。」
「そうさね。」
「えっ。」
いきなり返事が来て、驚いて振り返るとみんなは話を終えてこちらを見て、いた。
えっ、ちょっと恥ずかしいんですけど………?
しかし私の呟きにそう答えたフリジアは、こうも言った。
「お前さんのまじないが、強いのは。その、「愛」が。大きいからだ、と思うよ。」
えっ。
愛。
愛って、何だか、よく分かってないと思うけど。
多分、私の顔を読んだフリジアは、続ける。
「色んな形が、あるよ。なにしろそれは、「愛」だね。」
「そうですね!愛は偉大ですよ!」
う、うん、私もそう思うよ………。
相変わらずのメルリナイトに、みんながクスッと笑う。
確かに、人への愛はまだ分からないけど。
多分、美しいものへのこの気持ちは「愛」かもね………。
そう思いつつ、白い天井を見上げいつの間にか出ていた蝶を呼ぶ。
「きっとこれも、そうですよ。」
側に来てキザな事を言う、ダーダネルス。
「………ありがとう。」
しかし彼にはこんなセリフも似合うなぁと思いながら、まだ残る蝶を回収する事にした。
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