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8の扉 デヴァイ
銀の秘密
しおりを挟む「実はこの前。君を家に呼んだのは、私の意思では無い。」
「???」
小さな声で始まったその話。
私は聞き間違えたのかと思って、ハテナ顔をしていたんだと思う。
アリススプリングスは私の顔を確認すると、噛み砕いたその言葉を繰り返した。
「色合わせの、ことだ。」
「!」
ああ!と声が出そうになって慌てて口を塞ぐ。
そのまま灰色の瞳にコクコクと頷くと、チラリと青い瞳を確認した。
て、いうかこれお兄さんも知ってる話だよね?
特にブラッドフォードとあの家に行った話はしていない。
青の家の事も何も言われなかったし、この人は一体婚約の事をどう捉えているのだろうか。
くるくると色を変えた青い瞳は、チラリと私を確認すると一旦落ち着いてアリススプリングスの方を見る。
やはり頭の回転は速いのだろう、「兄上は女癖が」の話がチラリと私の脳裏を過った。
「と、すれば?誰の意思なのですか?」
ぐるぐるしている私の代わりに、そう質問したブラッドフォード。
確かに、彼も同じ疑問が浮かんだのだろう。
一応、彼は私の婚約者だし銀の家同士なのだからきっと呼び出した事は知っているに違いないのだ。
私達二人の視線を受けた、灰色の瞳。
含みを持ったその色はくるりと色を変えると、ぐっと背もたれに寄り掛かりこちらに近づく。
そのまま、アリススプリングスは不思議な事を言い始めた。
それは、グロッシュラーからずっと、私に付き纏っていたフワフワした疑問の総仕上げなのか、何なのか。
その巨大な靄の様な、掴みどころの無い話を始めたのだ。
「私の家は、「なにか」に囚われている。」
静かな小部屋の中、チラリと扉に視線を投げると一旦言葉を切り、確認する様に私達の顔を交互に見る。
「君は家に来て、「なにか」を感じなかったか?私はね、君に色合わせまでするつもりは無かった。あれは、あの「場」の意志だ。」
「今はもう亡き父は。取り憑かれていたのかも知れない。そんな様な、最期だった。今も残る、関係していた長老達も。祭祀で光は降らず、きっと終わりは加速している筈だ。光は私にも、降らなかった。」
「お前のところは。大丈夫だろう?きっとこの子の所為だ。薬も噂になっている。」
コクリと頷く、ブラッドフォード。
確かにさっき、ブラッドの父が私のチカラで光っていたのは、判った。
それがなにか、守りになるのはなんとなく、解る。
あの家の「場」とは。
その、「囚われている」と関係が、あるのか。
確かに私の「好きな色だけ」降らせた祭祀で、この人の赤黒い色を避けた自覚が、チラリとあった。
なんとなく覚えている、雪の祭祀で感じた恐怖、避けた、あの色。
ここに来て「悪い人じゃないのかも」とも、思ったけれど。
結局この、アリススプリングスは。
どちらの、立場なのか。
ラガシュが言っていた「排除したい」者達の中に、入っているのだろうか。
パッと頭に過ぎるアラルの事、初めの印象と変わってきた彼の態度とこの家の話。
信じたい、と思うけれど。
「すぐに人を信用し過ぎ」と言われている私、自称「神の一族」として搾取しているデヴァイの人間、ロウワの子供達の顔もチラリと浮かぶ。
色んな事が頭の中をぐるぐる巡るけれど、まだ判断できる材料が少ない。
勿論、状況的にはかなり、黒には近いのだけれど。
きちんと、彼の為人を自分で、解りたいとも、思うのだ。
多分、これからの私には必要な筈だから。
しかし、彼の言う状況が全く読めない。
チラリと隣を見ると、何やら考え込んでいる青い瞳はくるくると色を変え、ピタリとその青が濃くなった。
あ、解ったんだ。
それを見て、そう思う。
とりあえず何も分かっていない私は、そのままブラッドフォードの解を大人しく待っていた。
「俺達ですら。そう、する様に仕向けられている、という事か。」
「そうだ。」
ゆっくりと口を開いたブラッドフォード、あまり多くは語らないが、キッパリとそう答えたアリススプリングス。
ブラッドフォードが何をどこまで、どう、解ったのか私にはきっと半分も分かっていない。
でも。
この、二人にとって何か大切な事が共有できたのだけは、解る。
多分、良い、方にだ。
フッと緩んだ空気、二人が目を合わせ何かを感じているのが、分かる。
なんだかそれが嬉しくなって、ニコニコしているとくるりとこちらに向き直ったブラッドフォードに「解ったのか?」と尋ねられた。
「いいえ?勿論、解ってないと、思います。」
満面の笑みでそう答えたら、なんだか残念そうな目で、見られたけど。
でも、いいんだもーん。
とりあえず「仲が悪い」と言われていた、銀の筆頭の若者二人だ。
その二人が仲良くしてくれるのならば、私の仕事もきっと捗ると思うのだ。
あの灰色の世界で聞いた、みんなのそれぞれの世界観、大切なもの、歴史とそれぞれの考え方。
何故だか判らないが、私にはそのモヤモヤとこの話が関係あると思えた。
何か、糸口が見つかりそうな。
そんな、予感だ。
うん。
それに、絶対。
もし、アリススプリングスが「なにか」に囚われている所為で「この状態」であって。
自分の意思で、まじないを吸い取っているのでなければ。
そしてこの二人が、協力し合えたならば。
きっと、光が見える。
それは、確信だ。
全く、誰に、何を「どう仕向けられている」のかは解っていないけれど。
うん。
兎に角ニコニコしている私を、二人はとりあえず放っておく事にしたらしい。
再び何やら小さな声で話し始めた、男二人。
それならその方が、都合がいい。
そのまま私も二人の内緒話を、しっかりと耳を欹てて聞き始めたのだ。
「私はあの「場」に問題があると思っている。」
「………昔、父に聞いた事がある。「奥」だろう?」
「ああ。昔はそちらの、だったからな。何か聞いているのか?」
「いや、詳しくは。「重要だ」というだけだ。大分前の事だしな。しかし………」
「まあ、そうだ。重要には、変わりないんだ。しかし「何に」影響を受けているのか。私の父がそちらだったのか、それとも「あの人」自身に、囚われていたのかは結局分からない。しかし、やはり父も急逝し次は私の番になった。」
「長は?何も、話さないのか?」
「ここ何年も話すのは聞いた事が無い。世話役が代弁しているのだろう、謁見が叶った時のみ少しだけ…」
えっ?
会えるの?
そのアリススプリングスの言葉を聞いて、瞬時に頭の中はあの不思議な空間へ飛んだ。
薄明かりの灰青の木立、水面に見える金糸の水流の様な、大きな岩の数々。
でも。
あの静謐な空間に、普通の人間が入って行けるとは思えない。
いや、この世界の人間、と言った方が正しいか。
この澱んだ空間とあの清浄さがどうしても、交わらないのだ。
どうにかして会う方法が、あるのだろうか。
うん?
でも、会った事あるって言ってたな………?
私の頭の中はあの橙の迷路で「長に会った」と言っていたベオグラードの言葉と。
「神々しかった」と恍惚とした表情で言ったミストラスの顔が浮かんで来た。
そう言えばそんな事言ってたな………。
どんな形で、会ったのかは分からないけど。
会えるのならば、私も会いたい。
でも。
会って。
大丈夫なんだろうか…………。
もしかしたら、あの二人に。
引き摺られて、しまわないだろうか。
沢山の想いと不安が渦巻く中、耳に少し明るい声が聞こえてきて自分が戻ってきたのが、分かる。
不安定な足元を確かめる様、座り直して二人の髪色を視界に入れた。
綺麗な金茶と薄い茶色、二人とも茶系の明るい髪だ。
この小さな部屋の中も、基本的には白で統一されている。
自分の中に「いろ」を取り込んで一息吐くと、改めて二人の話に耳を傾けた。
えっ。
仲良くなってるんですけど??
どうやら二人は定期的に報告し合う約束をした様だ。
私のぐるぐるの間に、大分話は進んでいたらしい。
「とりあえずあの家から離れれば。きっと大丈夫なんだ。何故だかこの頃、自分の意識が戻ってきたのが、判る。しかしいきなりの変化は勘付かれる可能性が高い。何処で、どう繋がっているか判らない今はまだ…」
「そうだな。アリスが消されると流石に僕も困る。」
チラリと私の事を見て、そう言うアリススプリングス。
少し含みがある様に感じるのは気の所為だろうか。
話が纏まったらしい二人は、私の顔を見て察したのだろう。
「子供の頃はこんな感じだった」と言うブラッドフォード、アリススプリングスは少し笑うとこう言った。
「いつからか。絡め取られて行くんだ、私達は。何か、世界の大きな柵にな。」
その灰色の瞳を見て再び、アラルの銀灰の瞳がフッと浮かんだ。
「小さな頃は、仲の良いお兄ちゃんだった。そのまま、好きなった」
確か、そう言っていた筈だ。
もしかして、この人達も…………?
一体、「何に」囚われているの…?
「さあ、そろそろお喋りは終わりだ。私達三人は目立つ。」
「そうだな。では、また。」
ブラッドフォードに背中を押され、立ち上がり扉へ向かう。
私の頭の中は、未だぐるぐるが沢山の色を含んで回っていたけれど。
その中には小さな光が、混じってきたのも、分かる。
止まりそうになる私の背を押すブラッドの手を感じながらも、一瞬部屋の中を振り返る。
そこには私達をじっと見送る、少しだけ明るくなった、彼の顔が見えた。
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