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8の扉 デヴァイ
子守唄の後
しおりを挟む「今後も。この様な事があれば、また協力する様に。では各人片付けに入れ。」
「はっ。」
集まっていた人々が、散って行く。
くるりと振り返った明るい灰色の瞳が「さあ、説明して貰おうか」と無言で圧を掛けてきていた。
「お前、どうするんだ。」
コソコソと私に耳打ちするのはブラッドフォードである。
「どうもしませんよ。私は私の本当のことを………言える範囲で、言うだけです。それに、あの人。悪い人じゃ、ないと思うんですよね…。」
この前、全体礼拝で。
あの、声を聴いて判った。
この人、悪い人じゃないって。
なんというか、私としては。
ミストラスに、似ていると思う。
ある意味祝詞は、まじないに近い。
いや、呪文に近いと言うべきか。
だから発すれば、わかるのだ。
その人が、どういう意図で。
それを、発しようとしているのか、が。
多分あの先導している者の祝詞だけは、少し違うものの筈だ。
ミストラスがあの靄を操る様に、アリススプリングスもあの靄を集め「なにか」に吸い込ませているのだろう。
ただ、二人ともそれに悪意は感じないのだ。
でも、ある意味それも問題なのだけど。
「とりあえず、何処かへ落ち着きませんか?」
私をじっと見ている二人の男にそう、提案する。
そもそも聞かれていい話なのかも微妙だ。
青と灰、両方を交互に確認するとお互い顔を見合わせた男達は頷いて何処かへ歩き出した。
この二人………仲、悪くないんじゃない?
そんな事を思いつつも、大人しくついて行った。
この図書館はまだ私にとっては未開の場所も多い。
この前片付けに来た時は、殆ど手前迄だったし禁書室も中央辺りにある筈だ。
その、禁書室の柱を過ぎ右手にずっと入って行く。
ブラッドフォードよりも少し背の高い彼の金茶の髪がくるくるしているのが見えて、「この人はまじないも強いのか」と考えていた。
確か以前、誰かに「以前はブラッドフォードの家が一位だった」と聞いた記憶がある。
どの位前の話なのか判らないが、一位が変わることもあるのだろうか。
しかし尋ねると面倒な事になりそうなのは、流石の私も解っていたので、口を開く事なく前を歩く茶髪を眺めていた。
ベオグラードに似た、サラリとした髪である。
そういやベオ様は何時、戻るんだろう?
そんな事を考えつつ「きっとレナと離れたくのないかもね」なんて考え、ニヤリとする。
背の高い本棚の間を幾つも抜け、そろそろ一人では帰れなくなりそうだという頃。
グロッシュラーの図書室にもある、本を読めるスペースが見えてきた。
区切られた机と椅子、大体が一人用でそれぞれの家のプレートが付いている。
赤、茶、黄、白。
白が幾分広い様な気はするが、その奥に続く銀のプレートの扉が見えて目を丸くしてしまった。
ここでは、当たり前なのかもしれないけど。
銀のスペースだけ、個室の様になっているのである。
しかも、三つ、部屋がありブラッドフォードに「銀の中でも三つある」とは言われていた事を思い出した。
多分、それぞれの家が何処を使うのか決まっているのだろう。
青のスペースだけが無いのが気になるが、彼処は別で図書室があるとベイルートに聞いている。
あまりここで調べ物をする事は無いのかもしれない。
そうして一番奥の広そうな部屋の前に立ち止まったアリススプリングスはくるりと振り返ってブラッドフォードにこう言った。
「予言の本を持って来い。」
「いや、しかし…」
少し躊躇い、私をチラリと見るブラッドフォード。
きっと私と二人にするのが心配なのだろう。
でも、ベイルートさんもいるし…断れないんだよね?
「大丈夫」と目で言い、頷くと「すぐ戻る」とブラッドフォードは足早に本棚の道を戻って行った。
「さあ、どうぞ。」
嫌な、予感………?
その灰色の瞳の、意図は分からない。
でも。
まさかここで逃げ出すわけにもいかないし、私はこの人に言いたい事も、訊きたい事もあった。
ぐっと腕輪を服の上から抑え、なんとなく伝えておく。
最悪、呼ぶしかないだろう。
そんな事にならないといいんだけど。
そうして開かれたその扉の中に入って行った。
その小部屋は壁で仕切られている、天井が無い部屋である。
きっと大きな声を出したなら、外へは容易に聞こえるであろうその造りに安堵すると、早速内部の観察を始めた私。
この図書館は大きなまじない窓が幾つもあるので、基本的には明るい。
ここも、上は開いているのでそのままの明るさなのだが造り付けの机にはきちんと照明も完備されている。
そう、広くもないが狭くもない程良い広さの部屋に背中合わせになる様に机が二つ。
其々集中できる様にか、壁に向かい左右に設置されている。
その、右側の椅子を一つ私に座る様に出すと、自分は左の机の椅子に収まった。
うん?
話が始まる訳じゃ、ない………?
顔を突き合わせているという程ではないが、若干気まずい。
アリススプリングスは背もたれに腕を乗せ私をじっと見たままで、何を話すわけでもない。
沈黙に居た堪れなくなって、先に口を開いたのは私だった。
もしかして私から話しかけない方がいいのかもしれないけど。
もう、知らないもんね~。
いいんだ、「自由」だから。
それに。
この人から、特に嫌な空気は感じられない。
あの歌の後、みんなを解散させた時は「説明しろ」みたいな顔をしていたけれど。
今は、ただ静かに私の事を観察しているだけなのが判るのだ。
それがいいか、悪いのかは、別として。
「あの。」
「なんだ」、という瞳。
それを見て話してもいい事が分かった私は、とりあえず心にあった事を口に出した。
「ありがとうございます。皆さんにまた協力する様に、言ってくれて。」
「………ああ。」
多分私に礼を言われると思っていなかったのだろう。
少し驚いた様子で再び私をまじまじと見ると。
小さな溜息と共に、こう呟いた。
「君は。………いや、結局、どちらなんだ?」
ん?
これ、は………?
その言葉を聞いて私がピンと来たのは、アラルの事だ。
多分、この人はあの時私達が歌って、光が降りて。
「そうかもしれない」という思いが、多少なりとも浮かんだ筈だ。
だから多分、今この言葉が、出たのだと思うのだけど………?
でも。
それならどうして、「色合わせ」をしようと思ったのだろうか。
表立ってブラッドフォードとの婚約に反対などはしていない筈だ。
私が知らないだけなのかもしれないけど。
「うーーん?」
つい、いつもの癖で呟きが漏れた。
「ヨル。」
しかし、注意を促すベイルートの声と同時にノックの音が響く。
「失礼します」そう言ってすぐに扉を開けたのは、明らかに急いで来たであろうブラッドフォードであった。
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