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8の扉 デヴァイ

知ること 知りたい こと

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その、無垢な想い、純粋に在ることって。

あの、石に。
似てる。

あの、私の。

金色の、石に。



フリジアの話、「人は死んだら還り、ただあるものになって知りに来る」というのを聞いて、そう思った。

人は美しいし、興味深い」という、あの石。

私は、嫌な事なんて無い方がいいし不幸な人もいない方がいいと思う。
でも。

それすらも。

「純粋に、ただ、見てると面白そうなのかな………。」

分からない。

解らない、けど。

「うーーーーん………?」


お茶を飲みながら再び唸り始めた私の前に、一つの箱が置かれた。

古い、木の色。
決して豪華とは言えないその古びた木目と飾りの無い外見、無骨な出立ちはしかし、その箱の持つまじないが強い事をありありと示していた。

チラリと目線を上げると、頷く抹茶色の瞳。

開けたいけど。
開けても、大丈夫なんだろうか。

でもフリジアさんが駄目なもの出してこないよね………。


灰ががった木目、開くのかどうかも微妙なその蓋に手を掛ける。
魔女箱と同じ作りだと思う、それは中に何が入っているのだろうか。

冷たい感触、指を掛けたその隙間から何故だか風が吹いた、気がして。

「えっ?!ヨル、開けれるんですか?!」

いきなり飛び込んできた甲高いメルリナイトの声、しかし私は一瞬で違う何処かへ飛んで、いた。



えっ。

ここ、どこ。


誰も居ない。
廃墟でもない、しかし何も無い部屋、剥がれた壁と床、もしかしたら最初のフェアバンクスの空間に似ているかもしれない。

しかし、そこにある空気は似て非なるものだ。

灰色の、寂しさに塗れたその空間は嫌が応にも私の胸を締め付けてきた。


なんなの?
なに、ここ??


ガランとした何もない部屋、しかし窓の外は灰色で遠くには木もある気がする。

でも、何も無い。

その時、フッと横から差し出された箱、何故だか私はそれを自然と開けて中を、見る。

そこまで来て。
は、私の記憶では無いと判る。

またきっと、誰かの中に。
入ってしまっているのだ。


その箱の中にあったのは、小さな陶器の蛇口と何かの部品の様な、もの。

ただ、それだけ。

でも私の外側は「それ」がこの部屋のものだと知っていて、「それ」が唯一残された物なのだと。

「解る」のだ。

もう、生きている「もの」は、何も無くて。

ただ。

これだけ。

が無性に、切なくて涙が出そうだがこの人は泣いてはいない。

ただ、この空間に想いを馳せ目に焼き付けているだけだ。

自分の中に、ずっと、とっておけるように。
しまって、おける様に。


暫くその部屋を眺めていた。

私の中には、その「想い」だけは侵蝕していて。

「これで最後」
「目に焼き付ける」
「もう 無い」
「でも いつか 」

ギュッと押し潰されそうなその「想い」、でも気丈に立つその姿も、解って余計に切ない。

しかし、私がその切なさを感じきる前に。

その人は、踵を返しその、部屋を出た。





「ヨル?…………ヨル??」

「ああ、大丈夫だね。悪かったよ。まさかとは。」

あれ?

薄暗い部屋、ハーブの香り、橙の灯りが揺れるこの部屋は。

「あれ?もどっ、た?」

「どこ行ってたんですか?いや、どこも身体は行ってませんでしたけどね?」

私の顔を覗き込んでいるピンクの髪が、目に眩しい。

色の無い世界から帰ってきた私にはそれは酷く鮮やかに見えて、また切なさが引き戻されてきた。

「大丈夫かい?」

フリジアが差し出したハンカチを受け取ると、涙が出ている事に気付く。
さっきは、「誰か」の中だったから。

きっと、泣いてはいなかったのだろう。

「はい。」

チラリと目を合わせ、安心する様微笑むとあの箱に視線を戻した。

蓋は閉じられている。

「あの、これって………。」

「ああ、すまないね。これはずっと昔に創られたまじない箱で、誰も開けられないんだ。そう、さっきお前さんが言った「まじないが満ちていた」頃の、物だと思うよ。こんな物が、溢れていて。きっと、この空間自体が「生きて」いたんだろうね………。」

「生きて………。」

いる、よね………?

まだ。


そう、思ったけれどまだ上手く頭が働かない。

そもそも。
「誰か」の中ではこの中に入っているのは蛇口だった。
なんて事ない、大事なのかも分からない、でも大切な生活の、一部だったもの。

あの時。
あれから。
あの、世界は。

無くなって、しまったのだろうか。

あんな風に、誰かが。


風化してゆく、何かを惜しんだのだろうか。


再び目線を箱に戻すと、しっかりと閉じられている蓋を見つめていた。
中身は。
入って、いるのだろうか。


「あの、中って。見えました?」

いつの間にやら隣に椅子を持ってきて、お茶を飲んでいるメルリナイトはチラリとフリジアの方を見る。

「私は見えませんでしたけど。」

そう言って奥へ行ってしまったフリジアの返事を待っている様だ。

しかし、そもそも。
この蓋って、開くの………?


「こら。何度も開ける様な物じゃない。」

こちらへ戻って来ていたフリジアに咎められて、持っていた箱を置いた。

「何処へ飛ぶのか知らないが、お前さんの負担になる事は間違いない。そうパカパカ開けるもんじゃないよ。して、何が見えた?」

ああ、そこはやっぱり気になりますよね………。


掻い摘んで、説明してみたけれど正直よく分からなかったと、思う。

だって、基本的には。
何も、無くてただ「想い」だけが。

私の中に、色濃く残っているからだ。


「そうか。でも。だったんだろうね………。」

そう言って、私の拙い説明で何かを感じ取ったフリジアは箱を見ながらこう話す。

「今は。もう、失われたもの。でも、残っているものも、ある。お前さんが歌ってくれた礼拝堂も、だ。所々に残る、それは鳴り響く鐘の音に触発され良い効果があるだろう。それにプラスしてまじないが籠るものが散れば。また、少しは保つかもしれない。」

「其々の、選択は自由だ。知りたい事を知り、経験したい事を体験すればいい。でもね、やはり。少しでも、気持ちのいい世界であれば。…………そう、思うよ。」

「………はい。」

「ですねっ。」

変わらない、メルリナイトの返事にクスリと笑う。

「ほら、もう少し飲みな。」

「あ、ありがとうございます。」

足してくれた温かいお茶に、ホッと息を吐いてまた口に含む。

温かい物が喉から流れ込み、私の中に落ち沁み込んでいく。

「誰か」の、「想い」と、共に。

これも、やはり蝶にして。
飛ばせば。

でも、もう少し。
きちんと味わって。

その「想い」も、解って。

飛ばしたいと、思う。


「人は死んだら、何処へ行くのか」
「繰り返すのか」
「幸せになれるのか」
「私たちは」
「人と して」
「人とは」
「生きる とは」


フリジアの思いを当て嵌めるならば、私はやはりあの時。

追い掛けなくて。
正解だったのだろうか。

セフィラは、彼女は、彼女なりに。

「彼女の生」を、生きたろうか。


わからない。

わからない、けど。


多分、答えは一つじゃないしは彼女にしか解らないのだろう。

私が、すること、できることは。

「後悔」では、ないのは確かだ。


私の中の、「あの子」も。

それで、良かったのだろうか…………。



「いつか。「こたえ」が、解るかなぁ…………。」


その呟きが聞こえたのだろう。

小さな声でフリジアが答えてくれる。

「解るさ。お前さんがきちんと、自分の道を進んでいれば。ずれてもいいんだ。でも、ちゃんと真ん中に、真っ直ぐに戻って。歩んで行けば、自ずと。見えて来るのだろうよ。」

「はい。」

その、美しい緑の瞳は。

やはり真っ直ぐに、私を見ていて。
この人も、ここでずっと、ずっと自分の道を進んできた事が解る。



きっと、私の心にもストンと入ってくるんだ。


「さ!そろそろ本格的に詰めようかね。」

「そうですね…。」

「ヨル、これは?これはどうです?」
「ああ、可愛いかも。」


そうしてメルリナイトが持って来たものを物色し出した私達。
トレーの上にはハーブや乳鉢、端切れや針と糸。
どうしてセレクトがこうも的確なのだろうか。

寂しさに少し押されていた私を、グッと戻してくれる魔女部屋のもの達。

それを持って来てくれた彼女の温かい空気に癒されながら、どうしてフリジアが彼女をここへ置いているのかが、解る気がした。





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