516 / 1,684
8の扉 デヴァイ
フリジア曰く
しおりを挟む橙の小さな炎。
部屋の沢山の場所を照らす、その小さな灯りの心地よい揺めき、薄暗く落ち着くハーブの香り。
うっかりすると寝てしまいそうなこの部屋は、考え事には向いていなそうである。
フリジアがお茶の支度をしている間、自分なりに「死後の世界」を考えてみたけれど。
「ティレニア」「蝶たち」「みんなが入ったあの扉」「グレース…なんとか?」
色んな事がごちゃごちゃになった私の頭の中は少しの休憩を欲し、こっそりと瞼を下ろそうとし始めていた。
「カチャリ」と置かれた、薄水色の茶器。
パッと目の前に髪色が蘇って、ハッと目が覚める。
「ありがとうございます。」
用意されたお茶を一口飲むと、答えが気になってすぐに緑の瞳を見てしまった。
テーブルの蝋燭に揺れる緑の瞳は、静かな水面の様にただ私を映している。
その、瞳は。
「お前さんも、知っているだろう?」という色を含んでじっと見つめていた。
「あ、の。私は。」
無言の問いかけに、今自分が持つ答えを簡潔に答える。
でも。
私の、この想いは「答え」と言うより「希望」に、近い。
「体は。役目を終えて、お墓に入ったりするんだと思うんですけど。中身、魂は。輪廻の森に還って、また次の生を。幸せに、生きられるといいな…と、思うんですけど。」
そこまで話すと、既にじんわりと滲む、涙。
あの時、みんなが。
美しく、昇って行った様が浮かんでどうしたって、泣けてくるのだ。
「人」は。
美しかったから。
また、次の生で。
「自分の色」で、輝ければ。
「………それが、一番、いい。」
「ふぅん?お前さんは。それを、見たのだね。」
?
袖で涙を拭き、顔を上げた私をじっと、見つめているフリジア。
どうやらまた口に出していたのだろう、優しく細まる、瞳が。
私の気持ちを、肯定してくれていた。
「ここでは。確かに、死んだ者はグレースクアッドへ運ばれ埋葬される。しかし、それがどういう事なのか、そこへ行った者は無いし、「本当のこと」は分からない。ただ、代々継がれているその役目の者に、任されているのさ。」
それが、今は長、という事なのだろう。
私の想像では、もう動けないくらいのお爺さんの筈なのだけど。
それとも、誰か手伝ってくれる人がいるのだろうか。
パッと、白いあの人が思い浮かんだがフリジアの言葉に消える。
「ただね。私も、魂はあると思うよ。昔、何かの本で読んだのかね?ずっと、考えていた。死んだら、どうなるのかを。この頃なんて、そろそろだと昔よりはまた考える様になったしね?」
クスクスとふざけて言うフリジアに、再び目がじんわりとする。
誰にでも、寿命はある。
仕方の無い事だと、解るのだけど。
もう、目の前で人が死んで欲しくは、ないのだ。
「ああ、泣きなさんな。人は皆、きちんとその時期が来たら終わる。きちんと終われない程、不幸な事は無かろうよ。」
「あの………。」
エルバの言葉が不意に浮かび、つい口を突いて出る言葉。
フリジアの瞳は「なんだい?」と優しく問い掛けている。
あの、エルバが言った「きちんと死ねなかった者」と。
その、「きちんと終われない」こと。
それはやはり、同じ事なのだろうか。
そう尋ねると、フリジアは少し考えゆっくりと頷いた。
「多分ね。そう、思うよ。でもね?それもまた。寿命なのか、と思うことも、ある。」
「?」
首を傾げた私に、ゆっくりと言い聞かせる様に話すフリジア。
「お前さん、さっき「次は幸せに」と、言ってくれたね?でもね?「今」も、多分「次」なんだ。私もいつも思うよ。「幸せになっていい、私達は知ってる筈だ」って。」
「ここは。閉鎖された、世界だ。「何でもあるが、何も、ない」そんな世界さ。そう、表立って不自由は無いがやはり不都合はある。「どうしてそちらを選ぶ?」なんて事は、沢山あるよ。それこそ若い頃から変人呼ばわりされていた私からしてみれば、「どうして?」の連続さ。「何故、そちらを選ぶのか」。全く、分からない事も多かった。相談される事も多かったが、結局皆、選ぶのは「決められた道」。」
一度言葉を切り、私を見つめるフリジア。
多分、「解っているか」確かめたかったのだろう。
その時私の頭の中には、アラルの言葉が浮かんでいて。
「全てがある様でいて、何も無い」
「ここに居るのに、存在している気がしない」
「自分の存在への、漠然とした不安」
それが、ぐるぐると渦巻いていて。
きっと、顔にも出ていたのだと思う。
私の表情を確かめ、再び口は開かれる。
「だからね。私は「この子達はそうしたいんだ」と、思う事にしたんだ。ああ、ちょっと難しいね。なんと言っていいのか………。」
多分私の顔が「えっ?!」という顔だったのだろう。
どう話すか、真剣に考え始めた。
そうして少し。
薄水色のカップを両手で持ち、揺ら揺らとお茶を揺らし手で温める。
これでピンと張った冷たさは取れた筈だ。
冷めたお茶を啜っていると、どうやら話を整理してくれたのだろう。
少し違う視点から、再び話は始まった。
「あのね。お前さんはさっき「みんな昇って行く」と言っていたが、その行き着く先は輪廻の森にと言っていたろう?そこは、満ち足りた世界だ。そう思わないかい?」
「………た、ぶん。そう、思います。」
あの白い森ではまじないに騙されそうになったり。
カエル長老がいたり、なんだか不思議な感じはするけれど確かに「完成されている世界」ではあったと、思う。
きっと魂達は。
あそこで緩々と遊ぶ事ができるだろう。
あの子だけは。
彷徨ってた、みたいだけど………。
「それでね?みんな死んだら、まあ、何処かへ還る。それはね、やはり「満ち足りた世界」だと、思うんだ。「人」を終えて、何者でもなくなりただ、そこに、あるもの。それは、幸も不幸もないただ純粋なものだと、思うんだ。」
「だからこそ。「知りたい」と、思うのじゃないか。私は、そう思う事にしたんだよ。私が何を言っても、頭では解っていても「できない」「無理だ」と言って、選ばない者達をずっと見てきた。それを見て「どうしてなんだ、何故分からない」と私が憤っても。仕方が無いんだ。それその者の、生なのだから。」
ああ。
その瞬間、私の中にもストンと。
堕ちた。
「多分ね?知りたいんだよ。みんな。経験したいんだと思う事にした。ただ、在るだけでは知れなかった感情、経験、見るもの聞くもの全ては「その人」の、ものだ。私が。どうこう、できるものでは無いし、してはいけないもの、だと。それでいいんだよ。みんなそれを。「自分で」選択しているのだから。」
「ただね?自分でそれを選びたくない、ともがく者には。何かしら、してやりたいと思う。それが、この小さなまじないさ。」
悪戯っぽく周りにある、まじない達を指す。
この、部屋には。
沢山のハーブ、並んだ何かの小さな袋、積まれたカードの箱やきっと魔女箱であろう箱達が。
所狭しと、出番を待っているのだ。
「みんなね。思っていない、訳じゃない。「自分の求めるものを選びたい」と、思ってはいるが。「何が欲しいのか」「どうしたいのか」それすら見失った者も、多いんだ。だがね、純粋なものは。それを見つける、助けになる筈だ。」
「………それは。解ります。」
きっと。
グロッシュラーでみんなに希望を持って、欲しくて。
私が降らせた、光とおんなじ、なんだ。
狭い、世界で。
暗い、世界で。
何も見えない、分からない、いつも同じ毎日で。
「欲しいもの」「やりたいこと」「好きなもの」
そんなのも、難しいかもしれない。
その時、ふと思い付いた。
ここって。
昔は、こうじゃなかったんだよね?
「フリジアさん、ここって昔はもっとまじないが満ちてたんですよね?」
いきなりの私の質問に少し驚いていたフリジアだが、少し考えて教えてくれる。
「多分ね。お前さんの連れているスピリットも、もっと沢山いた筈だ。個人の力も、もっと強かった。この世界自体のまじないが強かったのかも知れないね?」
「もしかして、ここって。昔は、もっと満ちてたんじゃありませんか?そもそも廊下の調度達だって喋り出しそうなのばっかりだし、礼拝堂然り、図書館然り。この、世界だって………それなら………。」
もっと。
満ちて、いたならば。
そこに花や草、自然は無くともスピリットがいてまじないが満ちて、いれば。
圧倒的に過ごし易い筈だ。
それにグロッシュラーに自然があって、行く事ができていたならお庭感覚でもある。
この世界は、この世界で。
きちんと、自然に成り立っていたのでは、ないか。
「でもそうすると、どうして…………。」
「ほら、とりあえず冷めないうちに。」
「あ、ありがとうございます。」
どうやら私のぐるぐるの間に、お茶を淹れ替えてくれた様だ。
温かいカップを持ち、ホッと息を吐く。
チラリと、緑の瞳を見ると。
深く、再び抹茶色になった目が私をじっと見つめて、いた。
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる