透明の「扉」を開けて

美黎

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8の扉 デヴァイ

フリジア曰く

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橙の小さな炎。

部屋の沢山の場所を照らす、その小さな灯りの心地よい揺めき、薄暗く落ち着くハーブの香り。

うっかりすると寝てしまいそうなこの部屋は、考え事には向いていなそうである。

フリジアがお茶の支度をしている間、自分なりに「死後の世界」を考えてみたけれど。

「ティレニア」「蝶たち」「みんなが入ったあの扉」「グレース…なんとか?」

色んな事がごちゃごちゃになった私の頭の中は少しの休憩を欲し、こっそりと瞼を下ろそうとし始めていた。



「カチャリ」と置かれた、薄水色の茶器。

パッと目の前に髪色が蘇って、ハッと目が覚める。

「ありがとうございます。」

用意されたお茶を一口飲むと、答えが気になってすぐに緑の瞳を見てしまった。

テーブルの蝋燭に揺れる緑の瞳は、静かな水面の様にただ私を映している。
その、瞳は。

「お前さんも、知っているだろう?」という色を含んでじっと見つめていた。


「あ、の。私は。」

無言の問いかけに、今自分が持つ答えを簡潔に答える。
でも。
私の、この想いは「答え」と言うより「希望」に、近い。

「体は。役目を終えて、お墓に入ったりするんだと思うんですけど。中身、魂は。輪廻の森に還って、また次の生を。幸せに、生きられるといいな…と、思うんですけど。」

そこまで話すと、既にじんわりと滲む、涙。


あの時、みんなが。
美しく、昇って行った様が浮かんでどうしたって、泣けてくるのだ。

「人」は。
美しかったから。

また、次の生で。
「自分の色」で、輝ければ。

「………それが、一番、いい。」


「ふぅん?お前さんは。を、見たのだね。」



袖で涙を拭き、顔を上げた私をじっと、見つめているフリジア。
どうやらまた口に出していたのだろう、優しく細まる、瞳が。
私の気持ちを、肯定してくれていた。


では。確かに、死んだ者はグレースクアッドへ運ばれ埋葬される。しかし、それが、そこへ行った者は無いし、「本当のこと」は分からない。ただ、代々継がれているその役目の者に、任されているのさ。」

それが、今は長、という事なのだろう。

私の想像では、もう動けないくらいのお爺さんの筈なのだけど。
それとも、誰か手伝ってくれる人がいるのだろうか。

パッと、白いあの人が思い浮かんだがフリジアの言葉に消える。

「ただね。私も、魂はあると思うよ。昔、何かの本で読んだのかね?ずっと、考えていた。死んだら、なるのかを。この頃なんて、そろそろだと昔よりはまた考える様になったしね?」

クスクスとふざけて言うフリジアに、再び目がじんわりとする。
誰にでも、寿命はある。

仕方の無い事だと、解るのだけど。

もう、目の前で人が死んで欲しくは、ないのだ。

「ああ、泣きなさんな。人は皆、きちんとその時期が来たら終わる。程、不幸な事は無かろうよ。」

「あの………。」

エルバの言葉が不意に浮かび、つい口を突いて出る言葉。

フリジアの瞳は「なんだい?」と優しく問い掛けている。

あの、エルバが言った「きちんと死ねなかった者」と。
その、「きちんと終われない」こと。

それはやはり、同じ事なのだろうか。

そう尋ねると、フリジアは少し考えゆっくりと頷いた。

「多分ね。、思うよ。でもね?もまた。寿命なのか、と思うことも、ある。」

「?」

首を傾げた私に、ゆっくりと言い聞かせる様に話すフリジア。

「お前さん、さっき「次は幸せに」と、言ってくれたね?でもね?「今」も、多分「次」なんだ。私もいつも思うよ。「幸せになっていい、私達は知ってる筈だ」って。」

は。閉鎖された、世界だ。「何でもあるが、何も、ない」そんな世界さ。そう、表立って不自由は無いがやはり不都合はある。「どうしてそちらを選ぶ?」なんて事は、沢山あるよ。それこそ若い頃から変人呼ばわりされていた私からしてみれば、「どうして?」の連続さ。「何故、そちらを選ぶのか」。全く、分からない事も多かった。相談される事も多かったが、結局皆、選ぶのは「決められた道」。」

一度言葉を切り、私を見つめるフリジア。
多分、「解っているか」確かめたかったのだろう。

その時私の頭の中には、アラルの言葉が浮かんでいて。

「全てがある様でいて、何も無い」
「ここに居るのに、存在している気がしない」
「自分の存在への、漠然とした不安」

それが、ぐるぐると渦巻いていて。
きっと、顔にも出ていたのだと思う。


私の表情を確かめ、再び口は開かれる。

「だからね。私は「この子達はんだ」と、思う事にしたんだ。ああ、ちょっと難しいね。なんと言っていいのか………。」

多分私の顔が「えっ?!」という顔だったのだろう。
どう話すか、真剣に考え始めた。


そうして少し。

薄水色のカップを両手で持ち、揺ら揺らとお茶を揺らし手で温める。
これでピンと張った冷たさは取れた筈だ。

冷めたお茶を啜っていると、どうやら話を整理してくれたのだろう。
少し違う視点から、再び話は始まった。

「あのね。お前さんはさっき「みんな昇って行く」と言っていたが、その行き着く先は輪廻の森にと言っていたろう?そこは、満ち足りた世界だ。そう思わないかい?」

「………た、ぶん。そう、思います。」


あの白い森ではまじないに騙されそうになったり。
カエル長老がいたり、なんだか不思議な感じはするけれど確かに「完成されている世界」ではあったと、思う。

きっと魂達は。

あそこで緩々と遊ぶ事ができるだろう。

あの子だけは。
彷徨ってた、みたいだけど………。


「それでね?みんな死んだら、まあ、何処かへ還る。それはね、やはり「満ち足りた世界」だと、思うんだ。「人」を終えて、何者でもなくなりただ、そこに、あるもの。は、幸も不幸もないただ純粋なものだと、思うんだ。」

こそ。「知りたい」と、思うのじゃないか。私は、そう思う事にしたんだよ。私が何を言っても、頭では解っていても「できない」「無理だ」と言って、選ばない者達をずっと見てきた。それを見て「どうしてなんだ、何故分からない」と私が憤っても。仕方が無いんだ。それその者の、生なのだから。」

ああ。

その瞬間、私の中にもストンと。
堕ちた。

「多分ね?知りたいんだよ。みんな。経験したいんだと思う事にした。ただ、在るだけでは知れなかった感情、経験、見るもの聞くもの全ては「その人」の、ものだ。私が。どうこう、できるものでは無いし、してはいけないもの、だと。んだよ。みんなそれを。「自分で」選択しているのだから。」

「ただね?自分でそれを選びたくない、ともがく者には。何かしら、してやりたいと思う。が、この小さなまじないさ。」

悪戯っぽく周りにある、まじない達を指す。

この、部屋には。

沢山のハーブ、並んだ何かの小さな袋、積まれたカードの箱やきっと魔女箱であろう箱達が。
所狭しと、出番を待っているのだ。

「みんなね。思っていない、訳じゃない。「自分の求めるものを選びたい」と、思ってはいるが。「何が欲しいのか」「どうしたいのか」それすら見失った者も、多いんだ。だがね、は。それを見つける、助けになる筈だ。」

「………それは。解ります。」

きっと。

グロッシュラーでみんなに希望を持って、欲しくて。

私が降らせた、光とおんなじ、なんだ。


狭い、世界で。
暗い、世界で。

何も見えない、分からない、いつも同じ毎日で。

「欲しいもの」「やりたいこと」「好きなもの」

そんなのも、難しいかもしれない。


その時、ふと思い付いた。

って。
昔は、こうじゃなかったんだよね?

「フリジアさん、ここって昔はもっとまじないが満ちてたんですよね?」

いきなりの私の質問に少し驚いていたフリジアだが、少し考えて教えてくれる。

「多分ね。お前さんの連れているスピリットも、もっと沢山いた筈だ。個人の力も、もっと強かった。この世界自体のまじないが強かったのかも知れないね?」

「もしかして、ここって。昔は、もっとたんじゃありませんか?そもそも廊下の調度達だって喋り出しそうなのばっかりだし、礼拝堂然り、図書館然り。この、だって………それなら………。」

もっと。

満ちて、いたならば。

そこに花や草、自然は無くともスピリットがいてまじないが満ちて、いれば。
圧倒的に過ごし易い筈だ。

それにグロッシュラーに自然があって、行く事ができていたならお庭感覚でもある。
この世界は、この世界で。

きちんと、自然に成り立っていたのでは、ないか。


「でもそうすると、どうして…………。」

「ほら、とりあえず冷めないうちに。」

「あ、ありがとうございます。」

どうやら私のぐるぐるの間に、お茶を淹れ替えてくれた様だ。


温かいカップを持ち、ホッと息を吐く。

チラリと、緑の瞳を見ると。
深く、再び抹茶色になった目が私をじっと見つめて、いた。

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