透明の「扉」を開けて

美黎

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8の扉 デヴァイ

もう 始まっている

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「で?頭は少し、冷えたか?」

「でも。もし、襲われたらどうします?その場合は、いいですよね?」

「お前、まだ。気付いてないのか?」

ウイントフークがそう、ラガシュに訊いた。


俺達は応接室から出て、青の家の図書室へ移動していた。
ラガシュの顔を見て「まだ納得しきれていない」と判断したウイントフークが、話の続きを提案したのだ。

そうしてラガシュが座るなり、話し始めたウイントフークは説教するかの様に立ったまま。
俺達を前に、仁王立ちで話をしているのである。


しかし俺も、ラガシュが「何に」気が付いていないのか。
判らない。

チラリとこちらにも視線を飛ばしたウイントフークは、仕方が無いなという風に俺たちに向かって話し始めた。

「とっくの昔に、始まっているんだ。」

ラガシュの灰色の瞳が、俺を見る。
くるりと回って、「?」の意を伝えた。

「お前達、本当に。あの、爺共がまじないで攻撃してくると思ってるのか?年寄りどものうち何人かは、確かに強い力を持っている筈だ。だがな?流石に歳だし、俺達のまじないや石の事も警戒している筈だ。そもそも。力で戦う事は、無い。」

「えっ。では、どうやって奪うつもりなんですか。」

ラガシュがまた、熱くなってきた様だ。
グロッシュラーでは教師然としていたラガシュも、まだ歳は若い。
案外血の気が多い事に、ここに来てから気が付いた。

「奪わなくとも。自然にんだよ。奴等の、計画ではな。そうなる様に。ずっと前から、仕組んであったんだ。「仕組む」と言うのも、正しいかどうか。」

そう言ってウイントフークは、いつもの様にぐるぐると部屋を回り始めた。

「そもそも、は。長老共には基本的に逆らえない。俺も途中で気が付いてヨルを自由にさせているが、アレがあのまま、ここに馴染んでいたなら。になって。どうにも、できなかったろうよ。アレは仲良くなった者を、どうこうする事は許さないだろうからな。そうして、取り込まれて行くのさ。」

成る程。

確かに、ヨルは一度仲良くなった者を見捨てる事はしないだろう。
ここにいる沢山の人間、一人一人を説得する暇は無い筈だ。
寧ろそうしている間に、どうにかされるのがオチだろう。
あの子の性格ならば。

今ならばまだ、あの姿やスピリット達のお陰で敬遠されているから、ヨルに近づく者の意図が掴みやすいのは確かだ。

少しずつ、少しずつ巻き込まれて行ったなら。

俺達が気が付かないうちに、ヨルだけ「向こう側」なんて事だって、あり得たという事か。


「流石だな?」

そう言うと、ウイントフークは何故だか顰めっ面でこう言った。

「いや。これはあの婆さんのお陰だな。面倒だが後で何か必要だろうな…。」

この言い方はメディナに対してではないだろう。
お婆さん?
誰か他に、いたか??


俺が一人、ぐるぐると回りながら考えているとずっと黙っていたラガシュが口を開いた。

「しかし危険を放置するという事に、変わりない気がします。」

チラリとウイントフークを見る。
何故だか俺も叱られる気がするのは、気の所為だろうか。

「まだ、解っていないのか?」

「何がですか。」

おいおい、喧嘩は止めてくれよ?

どうしてもラガシュはヨルの危険となるものを排除したいのだろう。
気持ちは、解る。

しかし………。

俺に意見は無いのか、そう尋ねている茶色の瞳。
しかし、俺にもウイントフークの頭の中は分からない。
排除しない、ただ捕まえるだけ?
さっきはそう言ってたよな?


彷徨くのを止め、腕組みのまま俺たちを見ているウイントフークは考える時間を与えているつもりなのだろう。
しかし俺は何も考えずに、あいつの話を待っていたけどな。

痺れを切らしたウイントフークは、再びぐるぐるしながら話し始めた。
それは長い事、ヨルと一緒にいたコイツだから。

出て来る、話だったんだ。


「もし。ラガシュの要望通り、危険というか「ヨルを軸にしようとしている勢力」を排除したと、する。」

「しかしな?を、した事で。「問題」が、解決したと思うか?ヨルが狙われない可能性は?どう思う?」

そう言って、ラガシュをじっと見つめているウイントフーク。

そこまで言われて。

俺は、初めてこいつの言いたい事を理解した。


確かに「そっち側」を排除したとしても、大元の問題が解決しない限りは意味が無いんだ。

きっと第二、第三の「そっち側」が出て来るに違いないからだ。


今はまだ殆ど知られていない、この世界を維持する方法、扉を繋ぐ手段。

「そっち側」を捕らえ、祈りを変えること。

が知られ、力を集める方法が変わるという事は、どういう事か。
きっと、素直に従う者もいれば、疑う者もいるだろうし、そもそもの根底から覆されるのだ。
祈りを捧げた者、殆どが。

不信感を抱く事に、変わりはないのでは、ないか。

そうして「そんな方法」で、力が集まりこの世界が維持出来るのか、と。
結局また、同じことになる可能性も高いのだ。

だからウイントフークは「大元の問題」を解決する方法を考えているに違いない。

でも、それは。


元々ラガシュが言っていた、「祈りを集める」事によって解決したいが、それが実現できるのか、どうか………?
そんな事は、結局可能なのか?

今は「人間」に力を溜めているのが問題の筈だ。
それを石に、変える。
果たしてそれは、可能なのか。

そもそも、各家にはあるがあの大きな礼拝堂に石と絵が無いのは何故だ?
ヨルは「吸い込まれた」と言っていたが、何か関係があるのか?


本当に「力をどこかへ溜めないと」、この世界が回らないのか。

そもそもの仕組みがおかしくないか?
それは。


俺が考えているうちに、ラガシュも同じ結論に至った様だ。

顔を上げたヤツは、俺と同じ疑問を口にした。

「しかし、その後。どうやって、皆の意識を「ヨルを犠牲にする」ことから、「みんなで祈りで力を溜める」方に、向けるんです?この世界は、いびつだ。一人一人を納得させる事なんて。無理だ。」

ラガシュも。
自分の考えていた事とはいえ、は難しいとも、思っているのだ。

じゃあ、結局。
俺達は…………?



シン、と静まり返る図書室。

ウイントフークはまたピタリと立ち止まり、ラガシュは微妙な表情で銀ローブを見ていた。

確かに俺も。
解決策は、思い付かない。

ウイントフークは何か、案があってそう言っているのだろうか。

ヨルは「本部長の管轄だ」と、言ってたけどな?


しかし余裕の表情のウイントフークは、きっと答えを持っているのだろう。

その表情を見て、痺れを切らしたラガシュが問い掛ける。

「どうなんですか。」

すると、得意げなウイントフークが言ったのは、いつもヨルが言っている事の。
受け売りかと、思うほど同じ事だった。


「それは。に、任せておけばいいだろうよ。」

「は?あいつ、って誰ですか?」

「ヨルだよ。本人だ。しかも、それはあいつにしか、できない事だからな。」

「………。」

不満そうにしかし、口をつぐんだラガシュ。
きっとヨルに対して「そんなの無理だ」とは、言えないのだろう。

確かに難しいとは、思うが。

ウイントフークが「あいつにしか、できない」と言うのもなんとなく分かるのだ。

それに、「あいつなら、できる」と思っている事も。


「それなら、とりあえず首謀者は捕らえて、それ以外はヨル任せって。事でいいのか?」

口にすると少し不安な、作戦だ。

しかし、本部長と呼ばれているウイントフークは自信たっぷりにこう言ったのだ。


「ああ。あいつがここへ、来た意味は。なんだろう。」





微妙な表情のラガシュに見送られながら、青の区画を出て黒い廊下を歩き始めた。

まあ、俺は肩に留まっているだけだが。

少しだけ気になっている事を、尋ねてみた。
多分、ウイントフークが言う意味は。

こういう事じゃないかと、思ったのだ。

「なあ、さっきの。あれは、ヨルの祭祀に似ているな?」

俺の言葉を聞き、少し口角が上がる。

「まあ、そうだろうな。結局あいつはどっちがどう、とかは関係ないんだ。「みんな」を。有無を言わさず、照らして。変えていくのだろうよ。」


成る程。
そうだよな…。


いつだって、俺たちの姫は。

誰も何も、見捨てる事なく歩いて、来た。

きっとだから、ここでもどうにかして、そうするのだろう。
俺達にできる事は、その手助けをする事だけだ。

あの、純粋な光は。

あの子にしか、出せないものだからな。


何故だか薄く、光って見えるヨルの事を思い浮かべる。
きっと人間には、見えているのか分からないが。

しかしあいつの周りに集まる人間は、きっとそれを感じている筈だ。

そうしてまた、きっと。


無言で歩くウイントフークは、もうすぐ俺達の区画へ着きそうである。

この男、昔だったらは言わなかったろうな………。
ヨルの影響は、流石だな。

そう思いつつ、こっそりとフードの下に潜り込んだ。
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