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8の扉 デヴァイ
メディナとセフィラ
しおりを挟む「友達、というか。ほぼ姉妹のようなものだと私は思って、いた。」
その、言葉とは対照的に苦々しい表情のメディナ。
「仲が良かった」という事では、ないのだろうか。
どう切り出していいのかも分からない私は、そのまま口をつぐみ続きを待っていた。
「あの人は役目を放棄した。」
「あれからは皆、大変だったんだ。」
「私はあの人の幸せも………」
勢い良く立て続けにそう話したメディナは、その続きを話す事なく口を閉じた。
眉間に皺が寄り、より一層険しい表情になる。
一体。
セフィラがこの世界を去ってから、何があったのだろうか。
フローレスからいい印象しか受けていなかった私は、メディナの言葉を聞いて少なからずショックを受けていた。
でも。
よく、考えると。
この世界では、メディナの反応の方が「普通」の筈だ。
きっと、「そのため」に引き取られたセフィラが勝手にいなくなったのだ。
結果、今はまだこうしてこの世界は存続しているけれど。
あの揺れや、この世界の暗さ、空気感。
「その影響」ではない、と。
言い切れる訳ではない。
そうじゃないとは、思いたいけど。
でも………?
恨み言の一つや二つ、いやもっとだろうか。
言いたいことが、あるんだよね、きっと………。
そう思って顔を上げると、向かいの黄緑の瞳には涙が浮かんで、いた。
「えっ?えっ?なん、いや、大丈夫ですか??」
慌ててポケットを探るが、生憎ハンカチは入っていない。
くぅ、こんな時に!
女子力!
アワアワしている私の前で、しかしメディナは自分の懐からハンカチを出して顔を拭っていた。
「すまないね。いや、違うんだ。」
「えっ?………違う?」
何が、違うのだろうか。
きっと顔に出ているであろう私に向かって一つ頷くと、立ち上がりついて来る様促すメディナ。
その目線の先には、何やらまだ話し合いをしているラガシュとベイルートがいる。
どうも決着がつきそうにない二人の話は中々に白熱していて、確かにこの隣で落ち着いて話す事はできないだろう。
チラリと紫の眼を確認すると頷いている。
それなら。
そうして私はメディナの後について、隣の部屋へ移動したのだ。
部屋を出てすぐ隣にある、濃紺のシンプルな扉へ入った。
小さな書斎の様なその部屋はしかし、スッキリとしているが手の込んだ家具が多く応接室より明らかに格が高いのが、判る。
メディナは当主だと聞いているので当主の書斎なのかもしれない。
私に紺色の長椅子を示すと、メディナは大きな机の椅子へ座った。
少し、離れた場所だ。
「いや、すまなかった。そんな事が言いたいんじゃ、ないんだ。」
距離は取ったが、真っ直ぐに私を見つめる、黄緑の瞳。
そうして何故か、謝罪からメディナの話は始まったのだ。
「気が、付いたのは。随分と時間が経ってからの事だった。それも考えがはっきりしてきたのは、ついこの間、祭祀を見てからだ。長い間、私は。あの人の事ではなくて、自分の事だけを考えていたんだ。」
?
自分の事だけ?
祭祀?
私の瞳を捉えながらもハッキリとした声で、話は続いていく。
「そう、結局。分かっていたつもりだったんだ。その役目、若い娘が負うには重過ぎる事実と未来。でも。一番近くにいた筈の私は、捻くれていた。母親の目があの人にばかり注がれていたからかも、しれない。でも、思えば。」
「私を妹の様に可愛がってくれたあの人は自分の行く末を知っていたし、それを受け入れても、いたんだ。確かに、途中、迄は。」
言葉を切ったメディナに、無言で頷く。
「途中まで」という事は、私の世界へ行った話をしているのだろう。
しかし、私にセフィラの記憶は無い。
だが私に言葉を求める事なく再び、始まる話。
それはとても、繊細で難しい、話だった。
「あの人がいなくなってから、そりゃみんな血眼で探していた。勿論、うちの母もだ。青の家は家格すら一番下だが、「長を出した」という自負がある。そして、再び「その色」を持つ、娘を引き取り育てるという役目も頂いた。どうやらそれは、長の意向らしかったけど私も直接本人に会った事は無い。ただ、時期が来たら。長の、代わりになる、と。それだけはこの世界の全員が、知っていたんだ。」
「それが。本当はどんな事なのか、深く考えもせずにね。」
一気にそこまで話すと、一旦水差しの水を飲むメディナ。
いつの間にか人型になっている千里が、私にもそれを注いでくれる。
メディナは、千里の変化にすら、気が付いていなかった。
「何年も、経ってから。私は自分の気持ちに気付き始めた。母も死に、私が当主になってから。一人の人間を、軸として何処かへ閉じ込め世界を守ること。それが。どういう事なのか。」
「それに、本当は。それで、良かったんだ。あの人は逃れて良かった。ただ。私の中の、「小さな私」が認めたくなかっただけなんだ。
母から愛されていないかも、という自分
彼女だけが注目を浴びるという事実
誰よりも美しく人目を惹くその存在
生まれながらの特別、というその有り様
その、全てに。私が、嫉妬していた、ということ。哀れみとそれにより自尊心を守る自分の在り方を、認める事ができなかったんだ。」
「ただ今は。」
キリリと瞳に、力が込もる。
「この世界のバランスが崩れ出したのも、あの人の所為じゃない。それは、解る。圧倒的な「何か」が足りないんだ。そもそもこの閉鎖された空間でひしめき合う人間、外も無い暗い、檻。昔はまだ、明るかったんだけどね。少しずつ、少しずつ変化していたんだろう、ここも。この前の祭祀を見て、その後の変化を聞いて。足りないものが何なのか、見えてきた気がするんだ。」
「お前さんがここへ来たのも、何かの運命で。新しい風をきっと、運んできたであろうお前さんが開く道を今度は助けるべきだと。そう、しなくてはならないと。思うんだよ。すまなかった。本当に、何と言って、いいか………」
言葉に詰まった様子のメディナを見て、しかし私は掛ける言葉が見つからなかった。
こんな子供の、私に。
言える事など、無いと思ったからだ。
「本当はすぐに謝らなくちゃいけなかったんだ。でも、やはり直接、目にしてしまうと。その姿は、毒だ。…あ、いいや?お前さんはそれそのままで、いい。それは私の問題だったんだ。それに、私の他にも毒に映る者はいるだろう。その話をしている筈だ。男達は。」
男達とはあの二人の事だろう。
ラガシュは向こうの図書室でも、そんな話をしていた筈だ。
もし、また、「なにか」があったなら。
それに、セフィラを隠した人達を罰するとも。
そうだ。
メディナは?
知っているだろうか、セフィラがこの世界へ戻ってからの、事を。
そう、質問した私に返ってきた答えは概ねこれまでと同じ、答えだった。
「分からないんだ。きっと古い長老達が秘密を隠したのだと思う。母なら或いは、何か知っていた可能性はあるが。日記かなにか、残っていないかかなり調べたが、分からなかった。しかし。」
えっ。
その時メディナが口にした言葉は、驚きの事実だった。
「グレースクアッドへ、行けば或いは………」
「?グレース、クアッド…?」
「ああ。そこは、長だけが入る事を許されている終焉の墓地だ。ここで、亡くなった者は。全てそこへ、埋葬される。」
「えっ。」
直感的に私の頭は、アリススプリングスの家の奥にある、あの空間を思い浮かべていた。
でも…………?
その、言葉を聞いて繋がった私の中の「なにか」は。
「私の蝶はそこにいる」と、言っている。
でもあの空間と蝶のいる場所は、別の筈だ。
私の頭の中が、ズレている?
それとも………?
「少し、お茶にしようか。」
そう言ったメディナの声で、我に返った。
再び立ち上がり、扉へ促す様子を見るときっとあの二人の所へ戻るのだろう。
きっと大事な部分は、終わったのだ。
向こうで話すのは、「これから」の話で。
「過去の想い」は。
すっきりと、彼女の中から吐き出されたろうか。
「あの。ありがとう、ございます。話をしてくれて。」
振り向いた黄緑の瞳に浮かぶ、懐かしいものを見る様な、色。
きっとまた私の顔に出ていたのだろう。
しかしメディナは。
「なぁに、心配には及ばない。これは。私が自分の墓場に、自分で持って行く想いだ。聞いてくれてありがとうよ。」
それを聞いて、また自分がお節介を焼こうとしていた事に気付く。
まーた。
すぐ、そうだ。
でも。
彼女は彼女の想いを持って、行くと。
それなら。
私の「お節介を焼こうとした後悔」を、飛ばせばいいんだ。
そう、きっとそれ自体は悪い事じゃ、ない。
きちんと相手を見て、気持ちを確認すればいいんだ。
くよくよしている、場合じゃない。
そうして自分のぐるぐるから出る、黄土色の蝶をヒラリと飛ばす。
廊下に誰も居なくて良かった。
そう、思いながらも数匹の蝶を連れ、再び応接室の扉を潜った。
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