透明の「扉」を開けて

美黎

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8の扉 デヴァイ

全体礼拝

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一段明るい照明が付いたかの様な、黒の廊下。

頬を撫でる風はもう無いが、何かが違うのだけははっきり分かる、廊下の様子。

装飾などの変化は、無い。
ただ。

空気が、光が、この、空間の呼吸が。

軽くなったのが、分かるのだ。


先頭を歩く極彩色、ふわりとした白い巻毛に手を当てながら背後を振り返った。

「あの………分かり、ますか?」

千里が狐の姿に変化したので、側から見ると私とウイントフーク、人間は二人だ。

一応銀ローブを身に着けているこの人の肩には玉虫色がキラリと光る。
チラリと肩に目をやると、ウイントフークではなくベイルートが返事をくれた。

「少し………空気が違うか?」

「分かります?全然、変わりましたよね?なんでだろう………?」

「俺には分からん。しかし、変わったんだ?」

「えっ。」

ウイントフークのその言葉に、吃驚してしまった。

「俺はお前みたいに、狭間はざまの存在じゃない。」

私の驚いた顔を見つつも、そう言うウイントフーク。
狭間はざまの存在、って。

どういう、意味だろうか。

「で?どうなんだ?」

説明する気は無さそうなウイントフークに急かされ、歩きながら説明をする。
それに、きっと可愛らしい話ではなさそうだ。
後で思い出したら聞いておく程度でいいに違いない。


つらつらとなんとなく感じる雰囲気を説明しながら歩いていると、礼拝に向かうであろう人々の姿が見えてきた。

「えっ?千里?フォーレスト?」

「このままでいい。」

くるりと振り返って、それだけ言った千里。
チラリと茶の瞳を確認すると、何か考えがあるのかそのまま頷いている。

ええ~?
本当に?
大丈夫、なの??

てっきり、人が増えたら人型になるか消えるのか、と思っていた千里とフォーレストはそのまま歩いている。
廊下はそう、広くない。

私達の空間から礼拝堂へはそう遠くなく、向こう側から歩いてくる人がどんどん近くなってきた。


うーーーん??
でも?
本部長が、大丈夫って言うなら。

腹を括るしか、ない。

そうして隣の青緑の瞳を四つとも、確認すると。

顔を上げ、大きな扉へ向かって進んで行ったのだ。





私は、女優。

そう、女優なのよ。
この舞台に立って、「自然に」「どうして不思議がるのか解らない」「当然の様な」顔をして。

しれっと………いや、お淑やかに。

立っている、だけの。

そう、女優…………






いやいやいやいやいやいやいやいやいや。

気になる。

気になる、から~~~~~~~!!!!!


当然の様に針の筵状態の私は、固まったまま前を向いて、いる。

礼拝堂の大きな古い扉、その前に立った時から事件は始まっていた。


まず、私達の向かい側から歩いてきた人達の足が止まった。
そして、扉を開けてくれるまじない人形は普通だったけれど。

扉の中に入った瞬間、誰かが「ヒッ!」と声を上げた。
その、思ったよりも響いた声で。

一気に、視線が入り口に集まってしまったのだ。


まあ、これは。
ビビる、よね…………。

寧ろ、千里が普通に見えるくらいだ。
フォーレストのインパクトたるや、ハンパないのである。

私の隣にちょこんと座る、極彩色。
その隣には、この薄暗い礼拝堂でも明るく目立つ、白い巻毛に双頭の。
青緑が混じった、大きな羊なのである。

銀のベンチへ座って礼拝を待つ私達は、勿論前列に並んでいる。
沢山の視線と、ヒソヒソと聴こえてくる声。
気にしない様にと思っても、無理がある。

少しだけ開き直った私は、ヒソヒソ話の内容に耳を傾け始めた。


そもそもスピリット自体、こちら側にはもう居なくなって暫く。
先ずはきっと「話には聞いたことがある」であろう、老人達が騒めいているらしい。

「いや」「もしかして」
「そうに決まっとる」
「あり得ない」「あそこは何処の家」
「フェアバンクス」
「ラピス」
「まじないが」「新しい  か」


「ラピス」と聴こえたけれど。
大丈夫だろうか。

チラリと隣を確認すると、茶の瞳は黙って前を向いている。
どうやらベイルートは飛び立った様だ。

反対隣の極彩色も、しれっと大人しく座っているし。
フォーレストは少し、私の様子を気にしている様だ。
下の小さな子が私の事を、チラチラ見ているのである。


可愛い。

その柔らかな青緑を見て。
心配するのは、止めにした。
そう、多分本部長がこの様子ならば。

きっと、なんとかなるのだろう。

うん。
それならば。

この、大きく古い、素敵な礼拝堂での礼拝を。
楽しむことにした方がいいに決まっている。


沢山の人が集まり始めた礼拝堂は、私達の後ろに人が並び始めた所為で騒めきは混在していた。
騒ぎの元凶が見えないからだろう。

この場の雰囲気について尋ねる者、何事もない様に並ぶ者、続いている嗄れ声のヒソヒソ話。
しかし席の位置が決まっている為、大きな騒ぎにはならず人々がベンチを埋めていくのが分かる。

背後は振り向けないけれど。

この空間に人が満ちてきたのは、分かるのだ。


多分、この礼拝堂は私と相性が、いい。

初めてここに入ってから、そう感じていた私はなんとなく目を瞑り、辺りの様子に耳を傾け始めた。
背後は振り向けないし、キョロキョロする事もできない。
きっと礼拝が始まる迄はまだ時間が掛かる筈だ。

半分…………埋まってきたかな………?

この場所の広さと気配、増えていく何か人が放つ靄の様な、もの。

あれは?
なんだ、ろうか?

見たいけど………。

この場で振り向いて、空間を凝視するのは流石に悪手だ。

薄い靄と、濃い靄、この空間がそれで満たされていくのが分かり、ふと、目を開けて上を見た。
しかし、実際の目に映るものは何も無い。

うーん?

あれ………、そうあれに似てるんだけどな。


披露目の打ち合わせに、ブラッドフォードの家に行った時見えた、あのオーラの様な靄。
あれの、濃いものと薄いもの。

それに気が付くと、の様な気がしてきて本格的に目を閉じた。
多分、あれがオーラならば。

きっとどんな色があるのか見えるだろうし、その色の違いや濃さ、家によっての傾向などがあれば。
面白いかと、思ったのだ。


さてさて………。
どうかな?

そうして薄く、広く、自分を拡げ始めた私は。

見知った色があること、そしてが。

少ないことに、気が付いてしまった。


「色を変えられる」

「染まってゆく」「燻む」


白い魔法使いの言葉と、フリジアの言葉。

強い色と、弱い色、混ざり合う混沌とした靄の中で所々に見える、小さな光。

いや、光では、ない。

明るい、色だ。
純粋な、透明度の高い、純度の高い、色。


大抵が澱みのある色の中、すっきりと小さく在るその色の主までは流石に見えない。
色を、見ようとすると。
その靄しか見えないのだ。

人型には見えない。

ただ、その色だけが。

空間に在るのが見える。


そうして礼拝堂にはどんどん人がやって来て、この懐の深い礼拝堂は全ての澱んだ色も、受け入れた。

合図の様に鳴る古い蝶番、大きな扉が閉まる音。

そうして靄の中に埋もれそうな私を含んだ礼拝堂は。

その空間を、閉じたのだ。




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