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8の扉 デヴァイ

箱舟

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「出立するぞ。気付かれない様、直ぐに出る。準備をしろ。」

「はっ!」

バタバタと船内を走る音、忙しなく走る男達はキビキビと動いている。

俺は。
自分の設計した船内を見回り、不備が無いかどうか確認しつつもセレネを探して、いた。


「なあ!ちょっと、セレネを見なかったか?」
「いいや?すまん、急ぐ。」
「ああ、すまない。」

途中、銀のローブを捕まえ訊いたがやはり一人の女の事など。
把握している筈が、無いのだ。


この世界が崩壊して、霧散するのかどう、なるのか。
誰も分からないが、「壊れる」事だけは確かだという予言。

それに沿って設計した箱舟、完成したのはつい先日だ。
それからこれまでの計画通りに、動植物一対ずつ、身の回りの最低限のもの、そして、何組か。

以外の長老達は、権力だろう。

年寄りばかり多くては、新しい地でどうなるのか分からない。
しかし、俺達に逆らうという選択肢は無かった。




一応、話し合って決めた事だ。

ただ、そのが。

この土地の、一部の権力者のみ、という事だけで。


俺は設計者という事もあり、銀の一族ではなかったが連れ合いのセレネ含めて乗船できることになっていた。
俺がいないと、船に何かあった時に困るからだ。


「全ての人達が。逃れられるのでは、ないの?」

そう言って美しい、金の瞳を揺らしていたセレネ。
一度は納得してもらった、この話だが。

何処かで別れを惜しんでいるのかも、知れない。


「知られるとまずい。誰にも、言うな?」

そうは言ってある。
しかし、彼女なりにお別れの時間は必要なのかもしれない。
「もう、会えない」とは言わなくとも。

顔を合わせる時間だけは、欲しいのかも、しれないから。


俺には分からない絆を彼女は沢山、持っている。

少し離れた山小屋に一人で住む、偏屈爺さん。
夫に先立たれた、子沢山の若い母親。
引き取られたが馴染まない、髪色の変わった男の子。
近所で飼われている、鳥。

山から時折、下りて来る四つ足の動物の数々は皆、セレネが好きだ。
時折うちの家畜がヤキモチを焼く程度には、セレネも彼等と戯れてはいた。

その、どれもに挨拶をしているならば。
乗り遅れるかも、しれない。


言いようのない焦りが浮かんでは消え、しかし自分に船を降りる事は許されていない事も同時に浮かぶ。

「まだか、まだか?」

その時、近所に住む動物の世話が得意な男が見えた。
この男も働き手として乗せられたに違いない。

「おい!そこの!セレネを見なかったか?!」

その男は俺の顔を見るなり。

「ああ。」

顔を曇らせ、これだけ言った。


「え?知ってるのか?何処だ?一緒に来なかったのか?」

動物が病気になった時など懇意にしているこの男と、セレネは仲が良かった筈だ。

俺の目を、見ないまま。
その男は、早口で喋り始めた。


「俺は「一緒に来い」と、言ったんだ!でも………セレネは「この子達を置いて、行けないと。」お前だけでも。行け、と。」

それ以上、男の口から言葉が出て来る事はなかった。

カッとして胸ぐらを掴んだ瞬間の、その目が。

一瞬で俺を冷静にさせた。

この、男も。
きっと、散々セレネを説得しようとしたのだろう。
普段から熱い視線を向けているのは、知っていた。
しかし、それならば。

無理矢理にでも…………。



わかっている。

わかって、いるんだ。


彼女はそれを望まないし、例えそれをするのが彼ではなく、俺だとしても。

きっとそうしたならば、彼女から永遠に笑顔は失われるだろう。


男の服を離し、壁を背にズルズルと座り込んだ。

しかし。

船は俺を休ませる気はなかったし、長老達も。

俺の頭の上で、出立の鐘が鳴る。
長老達も、五月蠅かった。
「もう時間だ」と頻りに騒ぎ立てるのが、別の世界の様に感じられる。

もう、箱舟なんて。
どうでも、良くないか?
セレネがいないなら。
何もかも、無くなっても、同じだろう?



その時ただ、その男が。

こう、言ったから。

「一つだけ、約束して欲しいと。必ず。船は、飛ばせと。」

そんな、クソみたいな約束。

しかし、伝言はもう一つ、あった。

「飛ばしてくれれば。いつか必ず。何処かで、逢えると。。お願い、だと。」


何処かって、何処だよ。

いつかって。いつだよ。

俺は生きてるうちに。
お前に、会えるのかよ?


いいや。

お前は、そういう女だ。

そうさ、きっと「来世か何処かで」とか、言うのだろう?
得意の、あの顔で。
あの、瞳で。

俺が絶対に逆らえない。
あの、声で。


クソッタレが!
絶対に、忘れないからな。

あの、金の瞳、白銀の髪、柔らかな笑顔に誰にでも手を差し伸べるその、厄介な性格。

もし、生まれ変わったとしても。

来世では、会えないとしても。


そう、きっと世界が閉じお前が終わり俺は続いて時間ときはズレていく。

しかし。


そうか。

んだな。

あの、

家を出る前に見せた、あの。


上等だ。

約束を、守ってもらおうじゃないか。


待ってろ、必ず。

お前を、見つけてやるからな。



俺の、金の月よ。


  いつか。


     何処かで必ず、また。


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