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8の扉 デヴァイ
平和
しおりを挟む平和だ。
そう、平和。
平和なのは、いい、ことだ。
うん。
「そう、平和は~♪素晴ら~⤴︎しいよねぇ~?何でもできる~時間が~♫あるっ、うん?」
扉の開いた、音。
「何アレ。」
「気にするな。飽きたら眠るだろう。」
「間違い無いわね。」
「しっ、失礼な!」
入って来た朝は、ヒョイと真ん中のソファーへ丸くなり落ち着いてしまった。
そこで居眠りされると、流石に歌いづらいな………?
魔女部屋を彷徨きながら私が歌っているのには、理由は、無い。
そう、無いのだ。
だって、平和、だし?
そう、所謂これは。
「暇なんだもーん。お客さん、来ないし?シリーも流石に、入り浸っては、くれないし?」
薄目を開け、尻尾を揺らした朝は極彩色に合図したに違いない。
大きな机に腰掛けていた千里は、「ここで寝るなよ」と言い残して出て行った。
一応、私の傍に居てくれた、という事なのだろうか。
いつもこの魔女部屋へは一人で来る事も、多いのだけど。
私の見張りなのか、なんなのか朝はすっかり目を閉じているが気配は分かっている筈だ。
子供の頃から一緒なのできっと私の状態は目を閉じていても分かるのだろう。
異変が無い限りは、昼寝を決め込むつもりなのだ。
邪魔をするつもりは無い。
私は私で楽しもうと、持っていた箒を置き引き出しの探検をする事にした。
カードを見つけてから何度か開けてみて、壁面の散策は終了していたがこの部屋に引き出しは沢山ある。
勿論、机にだってあるし他の棚にも楽しそうな箇所はあるのだ。
声を出して歌うのは、止めておいたけど。
鼻歌を漏らしながら、手近な机の引き出しから攻める事に、した。
「あれっ。これ、地図だ………。」
不思議で楽しそうなものばかりのこの部屋だが、どう使うのか分からないものも、多い。
その中で分かり易く私の興味を惹いたのは、一枚の地図だった。
きっとここの地図であろうその古い紙は、黄ばんで縁はボロボロだけれど和紙に近い漉き紙なので元からなのかもしれない。
何しろ見知った「形」の描かれているその地図を、丹念に調べ始める。
それには。
千里に聞いて描いた地図には無い、場所が描かれていたからだ。
「ここに。………だよね。」
確信に近い、予想。
でも、何故だか。
口には、出せなかった。
解って、いる。
私が「分かった」という事は、あの二人にも「解って」いる筈なんだ。
でも。
今、行く事はできないし、もし。
違った、なら。
落ち込む………とか、あるのかな…。
でも何だろう、この………口に出したらホントになりそうみたいな、でもホントになってもいいこと、なんだけど?
どうして?なんで?
口に出せないんだ、ろうか。
その、地図にはアリススプリングスの家の、奥に。
空間が、ある。
私達のこのフェアバンクスの空間が、少しはみ出しているのと同じ様に、銀の一位のその、後ろにも。
少しだけ、はみ出している場所が描かれているのだ。
千里は。
知らなかったのだろうか。
いや、でもあの人。
知ってて、言わない可能性あるよね………。
なんとなく、だけど。
千里は沢山の事を分かっているけれど、必要以上に私に手を貸さない気は、するのだ。
私が自分で考える、余地を。
残してくれていると、いうか。
気焔のことも、「見定める」みたいな事言ってたしな………。
しかし眺めていても、何が起きる訳でも。
ここに、行ける訳でも、ない。
ただ、平和を満喫していた私は自分のやるべき事は分かっていた。
この頃自由にしていた私は、パミールの黄の家に遊びに行ったり、ガリアの茶の家に遊びに行ったりも、していた。
そこでは、様々な反応はあったけど。
概ね良好で何も起きずに帰って来た。
きっとあの二人の家だから、という事はあったのだと思う。
それぞれの区画に入ってからの、ギャラリーの視線はやはり凄かったからだ。
敢えてベールを着けずに行った私は、「この子は誰」的な反応が来るのかと思っていた。
けれどもやはり。
この、狭い世界はそう甘くはなかった様だ。
声こそ掛けられはしないが、遠く近くから私を見るその沢山の、目は。
どう考えても、私が誰なのか知っている目だったのだ。
指で黄の家の区画をなぞりながら、くるくると円を描く。
茶の家へと指を滑らせ、そこから青へと繋ぎ、赤、白、銀へと。
順に、指を滑らせて線を繋いでいく。
実際に家々の間には通路があり、繋がってはいるのだけれどそれは一本の道で交差はしていないのだ。
真ん中には礼拝堂、その横には図書館。
そこが中継地点に、なればいいのに………。
ふと思い出す、礼拝堂の重厚感と落ち着く雰囲気、守られている大きな気配。
図書館の思いの外明るい空間と白、生きている気がする呼吸音と禁書室の落ち着き感。
ぐんと馴染む、あの。
すぐにでも、私を降ろせそうなあの、感覚は。
結局、何だったんだろうな…………。
フワリと頬に羽の感覚があり、目を開けると蝶が出ていた。
きっと私が自分を拡げた感覚を思い出していたからだろう。
小さめの蝶が沢山、舞い出て可愛らしい様子である。
ヒラヒラと羽を翻し舞う様、入れ替わる色と交差する色、色、色。
沢山の色が混じり合って、離れて。
色が。
混じり、合って。
交差、する。
うん?
素朴な疑問が、ポンと浮き出た。
「えっ?違う色の家と、結婚って。できる、よね??」
うぅん?
しかし、心当たりが。
無い。
「でも。そんな事って。ある?いや、うんどうだろ…。」
あっ。
でも、グロッシュラーの食堂で「銀の家の娘は気を付けて」って。
言われたんだった。
それなら違う色と結婚自体はできるって事だよね?
でも何処で会うんだろう?
殆ど、出ないよね?女の人は。
うぅん??
悩み始めたその時、再びあの音が、した。
「その時計。何よりも、正確ね?」
「うっ。そうでしょう!便利でしょう。」
咄嗟に開き直り、誤魔化す様に朝を抱き上げる。
千里よりもだいぶ柔らかいその毛並みを抱くのは少し久しぶりな気が、した。
この頃シリーの所にいるし、私と朝は猫と主人と言うよりも姉妹の様な関係だ。
勿論、朝が姉なのである。
だからあまり私が抱いて、どうこうする事はないのだ。
やはりすぐにスルリと腕の中を抜けると、扉へ向かい椅子の間を抜けて行く。
もう、昼なのだろう。
ここに居ると、すっかり時間の感覚を忘れ楽しんでしまう。
地図を引き出しにしまい、部屋のチェックをする。
この部屋は、私の好みに変わったり自分でやりたい様に勝手に変わったりする事があるのだ。
それに気が付いてからは、よくよく確認してから閉じる事にしている。
「さて。じゃあ、またね。」
そう、部屋に言い残して。
きちんと廊下で待っていてくれた朝と一緒に、食堂へ向かったのだ。
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