透明の「扉」を開けて

美黎

文字の大きさ
上 下
488 / 1,700
8の扉 デヴァイ

私の日常

しおりを挟む

濃紺のビロード、煌めく一等星に鈍色の小さな星。
上部の縁取りから金の縫い取りを伝い、辿り着くのはたっぷりとした生地を束ねた濃い金の紐、鈍く光る古い糸だ。

星の位置が違う気もするが、を引っ張り出してくる気配は脳味噌の中には無い。

この前とは違う天井に、緩々と視線を彷徨わせながら考えて、いた。



実は。
私?

あんまり、進んでないよね?
ここに来てから。

なんだかぐるぐるばっかりして気負って、おんなじ事繰り返して、落ち込んで、立ち直って?

銀や白に行ったりしたけど?
特に。
何も………いや、何も、じゃないか。
うん、まあそれはいいや…。

それで…うーん?

「変えようとするな」って言われて?
「私のまま」「真ん中」「正直」
「真っ直ぐ」「ただ、在る」

そんな感じでいいんだっけ………。

えー…と。

結局?

「普通」で?
いいん、だっけな…………??


さっき、青縞の廊下を歩いて来た時。
何か、思い付いて「そうか」と思い、ベッドへ寝転がった私。

さて、考えるぞ!と意気込んだ所で天井の星の位置が違う事に気が付いた。
そして少し瞬くその不思議なビロードに目を奪われた一瞬で、まんまと閃いた内容を忘れたのだ。


「うぅ~ん、食後で眠いからかなぁ…。仕事、して。私の脳みそよ………。」

「まあ、いつもの事じゃない?」

そんなセリフを言うのは勿論、朝だ。

「あんたに眠る前に考え事なんて無理よ。そのまま寝落ちするに決まってるじゃない。」

「うっ。失礼な。でもさあ、なんか諺みたいな事だった気がするんだよね………。」

「口に出してくれてたら聞こえたでしょうけど。気焔じゃないんだから、頭の中までは流石に分からないわよ。ま、大体は分かるけどね…。」

「どっちよ………。それにしても。全然、思い出せない………いい事言った気がするんだけどな?」

でも、世界のこと、地球のことを考えていたから。

グレーの毛並みから濃紺へ視線を戻し、瞬く白金を眺める。
きっと星は、いつかの空を表していてそして変化もするのだろう。


時間ときは流れ、変化して、行く。

まじない、だとしても。

うん?でも?
銀の家あそこの、花は変化しないな??
「変化しない」まじないだから?

そうだよね、ただ「在る」だけのまじないなんだから。

変化するまじない、変化しないまじない、時間の流れとこの時代の慣習、止まった時間。

「私が私である」こと。


その時、大きな音が、した。
「グゥ~」という、お腹の音だ。

「あれ。」

「えっ。凄い音だけど?食べたわよね?さっき??」

「う、うん。あっ!」

「何よ?!」

「思い出した!!」

「は?」

「自然であること、だ!」

「…………まあ、その通りよね。」

ガバリと起き上がると、頭の中に言葉が戻って来る。
どうやら遊びに行っていたらしい、私のぐるぐるが教えてくれた答えは「自然のままに在り、流れること」だった。

結局。
難しい事は本部長管轄だし、私は私のまま、素直に。
普通に、そのまま、生活していればいいのだと。

そこに辿り着いたのだ。


「なるように、なる、だよ!成る程ね…上手い事言うわ。」

「まあ、思い出せた様で何より。」

「うん、それじゃちょっとお茶飲みに行かない?」

呆れた様に背を向けた朝を呼び止め、そう聞いてみた。
なにしろお腹が鳴ったのだ。
そのまま、寝れるか分からないけど一人で食堂へ行くのは少し怖い。
私が頼めば廊下は、明るくしてくれるだろうけど。

扉へ向かっていた朝は少し考えて、こう言った。

「多分、今ならまだ。シリーも食堂かもね?じゃ、早くしなさいな。」

「やった!」

そうして夜に、部屋を出るのが初めての私はルンルンしながら食堂へ向かったのである。






「て、言うか。ぶっちゃけ。明日から適当に生きるから。私。とりあえず、楽しむ!それだけ!それだけで、いいよね?」

クスクスと笑いながら私にお茶を用意してくれるシリー。
既にラフな格好になっているので、寝る前だったのかもしれない。

しかし「女子会よ」という、心躍る朝のセリフに捕まったシリーも勿論カップを持たされテーブルに座る事になった。
そう、私のグダグダに付き合わされるのに飽きた朝の作戦なのである。


ダラリとテーブルに突っ伏しながら、グダグダしている私を咎める事なく目の前にカップは用意された。

うん、こうでなくちゃね、女子会は………。

チラリと見上げたシリーの茶髪は、夜着の生成りワンピースにフワリとかかり、非常に良い感じである。
すっかり自分も柔らかい気分になった私は、つらつらと自分の欲望を述べていた。


「やっぱり。明日からは魔女部屋でハーブティーとか作って。癒しの店の為に~適当に~、アレコレして~。うーん?宣伝しないと誰も来ないかなぁ?」

「フフッ。そしたら私が行きますよ。」

「それもいいね!暫くシリーだけでいいよ…。なんか疲れたし。もうちょっと、成長してからお客さん来た方がいいし。」

「成長、ですか?」

「うん。なんか全然、私変わってないし?よく分かんないんだけど、同じ所をぐるぐるしてる気がするんだよね………。」

のそりと身体を起こし、お茶を啜る。

お行儀が悪いが、そんな事はどうだって良いのだ。
私は今。

ただ、お姉さんに愚痴っている妹気分なのである。

うん?
久しぶりだな………お姉ちゃん、元気かなぁ………。


「そうですか?ヨルは、いつも私達の前を、走ってますけどね?」

「うん?走ってる?」

くるりと隣の、飴色の瞳を見た。
優しく細まる、それは私を何とも言えない気持ちにさせる。

「そうですよ。私になんて、最初は見えませんでしたから。いつもあちこち奔走して、走って、時にはぶつかって転んだりしてますけど。」

クスクスと笑うシリーに、なんだか照れ臭くなってきた。

「でも。いつの間にか、ポーンと遠くへ飛んでるんですよ。不思議ですよね?普通に歩いている時は、ない様な気がします。いつもピョンピョン元気に飛び回って。いつの間にか、進んでますよ。」

「大丈夫。それに。大分、大人っぽくも、なりましたよね?」

「えっ。えっ?そう??」

ドキドキしながら髪に触れ、くるくると捻って誤魔化す。

シリーに隠す事は、何も無いけど。
なんだか、照れ臭いのだ。

「ええ。楽しみですよ。どんな、女性になるのか。きっと、何処にもいない、唯一の人にはなるのでしょうけど。その時まで、側に居れるといいですね………。」

「えっ。」

急に核心をついた様なシリーの言葉に、固まった。


何も、教えた訳じゃない。
危険があるといけないし。

でも………?


「解るのよ。なんとなく、だけどね。あんたに合う、人は解ると思うわよ?」

いつの間にか足元で丸くなっていた朝が、そう言った。
聞いてはいたのだろう。

その朝の言葉に釣られ、再び飴色を見つめると優しく微笑むその姿に私の中身が漏れ始めた。

そう、私の蝶達が。

食堂いっぱいに、拡がり始めたのだ。


夜の温かい空間、優しい灯りが飴色の瞳を艶めかせ、私がウルウルしているのか、シリーが美しいのか。
分からないけど、両方だろう。

部屋の中いっぱいに拡がった蝶達は銘々楽しそうに飛び回り、飴色や茶系の蝶がシリーの周りに集まり始めた。

暖かな紅の灯りと、生成りから茶への流れが美し過ぎて私の視界は余計にぼやけて、いる。


でも。

まじないと、現実、混ざった二つの世界は私の地球せかいデヴァイこことの関係を、表している様な気が、して。

見た事のない地球の「なかみ」、この空間の「生きている」という感覚。
この世界の「なかみ」だって。

多分、きっと。

どの、世界も。

ラピスもシャットも、グロッシュラーも。

きっと、その次に行くであろう、扉でさえも。


「真ん中は、「想い」で?だから…同じ?繋がって、る?」


もし。
本当に、全てが繋がっていて真ん中は「想い」で、出来ていて。

「想い」を繋げば、世界が繋がるのなら。


もしか、して。


ぐるぐると巡る青や橙の光景、泉や森、橙の川と灰色の大きな神殿。
そのどれもが共存する世界は、思ったよりも自然でスッキリ馴染んでいる様に思える。
私の世界である様な、国境、若しくは海や川に隔てられしかし、同じ空間に存在するその世界。
それならば。

沢山の色が浮かんでは消え、最終的に並んで収まる。
そうしてそのまま、私の中がすっかり混じり切ったところで我に返った。

朝が、テーブルにヒョイと飛び乗ったのが見えたのだ。

「さて。そろそろ、お開きの時間よ。」

「そうですね。」

まだボーっとする頭で、食堂を見渡すとシリーは既に片付け終わるところだった。

数匹だけ残る私の蝶は、少しずつ戻り始めてすっかり寒く感じられるこの場所。
食堂も、もう寝る時間だ。

「結局、そうやって考えちゃうんですよ。そんなヨルだから…。じゃあ、温かくして寝て下さいね?」

キッチンから出て来たシリーが、朝と一緒に扉へ向かう。
それと同時にカチリと扉が開く音がして、極彩色が入って来た。
どうやらベッドに私が居なかったので探しに来たらしい。

「なんだ、ここにいたのか。声を掛けてくれれば良かったのに。」

「駄~目!女子会だから。朝、その目は止めたげて…。」

呆れを通り越した青い目が、一層冷たく感じられる。
そうしてシリーを促し、さっさと扉を出て行った。



千里って女の人にもなれるのかな………。

そんなくだらない事を考えつつも、フサフサの毛並みを見ながら部屋へ戻る。
朝はシリーの側だ。
まだ、その方が私が安心なのでお願いしてある。

一応、この狐もいるしね…………。


「なんだよ。」

「ううん。おやすみっ。」

そうして、その日も。

足元にフワフワと温かさを感じながら、眠りについたのである。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

【受賞】約束のクローバー ~僕が自ら歩く理由~

朱村びすりん
ライト文芸
【第6回ほっこり・じんわり大賞】にて《涙じんわり賞》を受賞しました! 応援してくださった全ての方に心より御礼申し上げます。 ~あらすじ~  小学五年生のコウキは、軽度の脳性麻痺によって生まれつき身体の一部が不自由である。とくに右脚の麻痺が強く、筋肉が強張ってしまう。ロフストランド杖と装具がなければ、自力で歩くことさえ困難だった。  ほとんどの知人や友人はコウキの身体について理解してくれているが、中には意地悪くするクラスメイトもいた。  町を歩けば見ず知らずの人に不思議な目で見られることもある。  それでもコウキは、日々前向きに生きていた。 「手術を受けてみない?」  ある日、母の一言がきっかけでコウキは【選択的脊髄後根遮断術(SDR)】という手術の存在を知る。  病院で詳しい話を聞くと、その手術は想像以上に大がかりで、入院が二カ月以上も必要とのこと。   しかし術後のリハビリをこなしていけば、今よりも歩行が安定する可能性があるのだという。  十歳である今でも、大人の付き添いがなければ基本的に外を出歩けないコウキは、ひとつの希望として手術を受けることにした。  保育園の時から付き合いがある幼なじみのユナにその話をすると、彼女はあるものをコウキに手渡す。それは、ひとつ葉のクローバーを手に持ちながら、力強く二本脚で立つ猫のキーホルダーだった。  ひとつ葉のクローバーの花言葉は『困難に打ち勝つ』。  コウキの手術が成功するよう、願いが込められたお守りである。  コウキとユナは、いつか自由気ままに二人で町の中を散歩しようと約束を交わしたのだった。  果たしてコウキは、自らの脚で不自由なく歩くことができるのだろうか──  かけがえのない友との出会い、親子の絆、少年少女の成長を描いた、ヒューマンストーリー。 ※この物語は実話を基にしたフィクションです。  登場する一部の人物や施設は実在するものをモデルにしていますが、設定や名称等ストーリーの大部分を脚色しています。  また、物語上で行われる手術「選択的脊髄後根遮断術(SDR)」を受ける推奨年齢は平均五歳前後とされております。医師の意見や見解、該当者の年齢、障害の重さや特徴等によって、検査やリハビリ治療の内容に個人差があります。  物語に登場する主人公の私生活等は、全ての脳性麻痺の方に当てはまるわけではありませんのでご理解ください。 ◆2023年8月16日完結しました。 ・素敵な表紙絵をちゅるぎ様に描いていただきました!

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

罰ゲームから始まる恋

アマチュア作家
ライト文芸
ある日俺は放課後の教室に呼び出された。そこで瑠璃に告白されカップルになる。 しかしその告白には秘密があって罰ゲームだったのだ。 それ知った俺は別れようとするも今までの思い出が頭を駆け巡るように浮かび、俺は瑠璃を好きになってしまたことに気づく そして俺は罰ゲームの期間内に惚れさせると決意する 罰ゲームで告られた男が罰ゲームで告白した女子を惚れさせるまでのラブコメディである。 ドリーム大賞12位になりました。 皆さんのおかげですありがとうございます

N -Revolution

フロイライン
ライト文芸
プロレスラーを目指す桐生珀は、何度も入門試験をクリアできず、ひょんな事からニューハーフプロレスの団体への参加を持ちかけられるが…

Eカップ湯けむり美人ひなぎくのアトリエぱにぱに!

いすみ 静江
ライト文芸
◆【 私、家族になります! アトリエ学芸員と子沢山教授は恋愛ステップを踊る! 】 ◆白咲ひなぎくとプロフェッサー黒樹は、パリから日本へと向かった。 その際、黒樹に五人の子ども達がいることを知ったひなぎくは心が揺れる。 家族って、恋愛って、何だろう。 『アトリエデイジー』は、美術史に親しんで貰おうと温泉郷に皆の尽力もありオープンした。 だが、怪盗ブルーローズにレプリカを狙われる。 これは、アトリエオープン前のぱにぱにファミリー物語。 色々なものづくりも楽しめます。 年の差があって連れ子も沢山いるプロフェッサー黒樹とどきどき独身のひなぎくちゃんの恋の行方は……? ◆主な登場人物 白咲ひなぎく(しろさき・ひなぎく):ひなぎくちゃん。Eカップ湯けむり美人と呼ばれたくない。博物館学芸員。おっとりしています。 黒樹悠(くろき・ゆう):プロフェッサー黒樹。ワンピースを着ていたらダックスフンドでも追う。パリで知り合った教授。アラフィフを気に病むお年頃。 黒樹蓮花(くろき・れんか):長女。大学生。ひなぎくに惹かれる。 黒樹和(くろき・かず):長男。高校生。しっかり者。 黒樹劉樹(くろき・りゅうき):次男。小学生。家事が好き。 黒樹虹花(くろき・にじか):次女。澄花と双子。小学生。元気。 黒樹澄花(くろき・すみか):三女。虹花と双子。小学生。控えめ。 怪盗ブルーローズ(かいとうぶるーろーず):謎。 ☆ ◆挿絵は、小説を書いたいすみ 静江が描いております。 ◆よろしくお願いいたします。

皇帝はダメホストだった?!物の怪を巡る世界救済劇

ならる
ライト文芸
〇帝都最大の歓楽街に出没する、新皇帝そっくりの男――問い詰めると、その正体はかつて売上最低のダメホストだった。  山奥の里で育った羽漣。彼女の里は女しかおらず、羽漣が13歳になったある日、物の怪が湧き出る鬼門、そして世界の真実を聞かされることになる。一方、雷を操る異能の一族、雷光神社に生まれながらも、ある事件から家を飛び出した昴也。だが、新皇帝の背後に潜む陰謀と、それを追う少年との出会いが、彼を国家を揺るがす戦いへと引き込む――。  中世までは歴史が同じだったけれど、それ以降は武士と異能使いが共存する世界となって歴史がずれてしまい、物の怪がはびこるようになった日本、倭国での冒険譚。 ◯本小説は、部分的にOpen AI社によるツールであるChat GPTを使用して作成されています。 本小説は、OpenAI社による利用規約に遵守して作成されており、当該規約への違反行為はありません。 https://openai.com/ja-JP/policies/terms-of-use/ ◯本小説はカクヨムにも掲載予定ですが、主戦場はアルファポリスです。皆さんの応援が励みになります!

処理中です...