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8の扉 デヴァイ
私の日常
しおりを挟む濃紺のビロード、煌めく一等星に鈍色の小さな星。
上部の縁取りから金の縫い取りを伝い、辿り着くのはたっぷりとした生地を束ねた濃い金の紐、鈍く光る古い糸だ。
星の位置が違う気もするが、それを引っ張り出してくる気配は脳味噌の中には無い。
この前とは違う天井に、緩々と視線を彷徨わせながら考えて、いた。
実は。
私?
あんまり、進んでないよね?
ここに来てから。
なんだかぐるぐるばっかりして気負って、おんなじ事繰り返して、落ち込んで、立ち直って?
銀や白に行ったりしたけど?
特に。
何も………いや、何も、じゃないか。
うん、まあそれはいいや…。
それで…うーん?
「変えようとするな」って言われて?
「私のまま」「真ん中」「正直」
「真っ直ぐ」「ただ、在る」
そんな感じでいいんだっけ………。
えー…と。
結局?
「普通」で?
いいん、だっけな…………??
さっき、青縞の廊下を歩いて来た時。
何か、思い付いて「そうか」と思い、ベッドへ寝転がった私。
さて、考えるぞ!と意気込んだ所で天井の星の位置が違う事に気が付いた。
そして少し瞬くその不思議なビロードに目を奪われた一瞬で、まんまと閃いた内容を忘れたのだ。
「うぅ~ん、食後で眠いからかなぁ…。仕事、して。私の脳みそよ………。」
「まあ、いつもの事じゃない?」
そんなセリフを言うのは勿論、朝だ。
「あんたに眠る前に考え事なんて無理よ。そのまま寝落ちするに決まってるじゃない。」
「うっ。失礼な。でもさあ、なんか諺みたいな事だった気がするんだよね………。」
「口に出してくれてたら聞こえたでしょうけど。気焔じゃないんだから、頭の中までは流石に分からないわよ。ま、大体は分かるけどね…。」
「どっちよ………。それにしても。全然、思い出せない………いい事言った気がするんだけどな?」
でも、世界のこと、地球のことを考えていたから。
グレーの毛並みから濃紺へ視線を戻し、瞬く白金を眺める。
きっと星は、いつかの空を表していてそしてだから変化もするのだろう。
時間は流れ、変化して、行く。
まじない、だとしても。
うん?でも?
銀の家の、花は変化しないな??
「変化しない」まじないだから?
そうだよね、ただ「在る」だけのまじないなんだから。
変化するまじない、変化しないまじない、時間の流れとこの時代の慣習、止まった時間。
「私が私である」こと。
その時、大きな音が、した。
「グゥ~」という、お腹の音だ。
「あれ。」
「えっ。凄い音だけど?食べたわよね?さっき??」
「う、うん。あっ!」
「何よ?!」
「思い出した!!」
「は?」
「自然であること、だ!」
「…………まあ、その通りよね。」
ガバリと起き上がると、頭の中に言葉が戻って来る。
どうやら遊びに行っていたらしい、私のぐるぐるが教えてくれた答えは「自然のままに在り、流れること」だった。
結局。
難しい事は本部長管轄だし、私は私のまま、素直に。
普通に、そのまま、生活していればいいのだと。
そこに辿り着いたのだ。
「なるように、なる、だよ!成る程ね…上手い事言うわ。」
「まあ、思い出せた様で何より。」
「うん、それじゃちょっとお茶飲みに行かない?」
呆れた様に背を向けた朝を呼び止め、そう聞いてみた。
なにしろお腹が鳴ったのだ。
そのまま、寝れるか分からないけど一人で食堂へ行くのは少し怖い。
私が頼めば廊下は、明るくしてくれるだろうけど。
扉へ向かっていた朝は少し考えて、こう言った。
「多分、今ならまだ。シリーも食堂かもね?じゃ、早くしなさいな。」
「やった!」
そうして夜に、部屋を出るのが初めての私はルンルンしながら食堂へ向かったのである。
「て、言うか。ぶっちゃけ。明日から適当に生きるから。私。とりあえず、楽しむ!それだけ!それだけで、いいよね?」
クスクスと笑いながら私にお茶を用意してくれるシリー。
既にラフな格好になっているので、寝る前だったのかもしれない。
しかし「女子会よ」という、心躍る朝のセリフに捕まったシリーも勿論カップを持たされテーブルに座る事になった。
そう、私のグダグダに付き合わされるのに飽きた朝の作戦なのである。
ダラリとテーブルに突っ伏しながら、グダグダしている私を咎める事なく目の前にカップは用意された。
うん、こうでなくちゃね、女子会は………。
チラリと見上げたシリーの茶髪は、夜着の生成りワンピースにフワリとかかり、非常に良い感じである。
すっかり自分も柔らかい気分になった私は、つらつらと自分の欲望を述べていた。
「やっぱり。明日からは魔女部屋でハーブティーとか作って。癒しの店の為に~適当に~、アレコレして~。うーん?宣伝しないと誰も来ないかなぁ?」
「フフッ。そしたら私が行きますよ。」
「それもいいね!暫くシリーだけでいいよ…。なんか疲れたし。もうちょっと、成長してからお客さん来た方がいいし。」
「成長、ですか?」
「うん。なんか全然、私変わってないし?よく分かんないんだけど、同じ所をぐるぐるしてる気がするんだよね………。」
のそりと身体を起こし、お茶を啜る。
お行儀が悪いが、そんな事はどうだって良いのだ。
私は今。
ただ、お姉さんに愚痴っている妹気分なのである。
うん?
久しぶりだな………お姉ちゃん、元気かなぁ………。
「そうですか?ヨルは、いつも私達の前を、走ってますけどね?」
「うん?走ってる?」
くるりと隣の、飴色の瞳を見た。
優しく細まる、それは私を何とも言えない気持ちにさせる。
「そうですよ。私になんて、最初は見えませんでしたから。いつもあちこち奔走して、走って、時にはぶつかって転んだりしてますけど。」
クスクスと笑うシリーに、なんだか照れ臭くなってきた。
「でも。いつの間にか、ポーンと遠くへ飛んでるんですよ。不思議ですよね?普通に歩いている時は、ない様な気がします。いつもピョンピョン元気に飛び回って。いつの間にか、進んでますよ。」
「大丈夫。それに。大分、大人っぽくも、なりましたよね?」
「えっ。えっ?そう??」
ドキドキしながら髪に触れ、くるくると捻って誤魔化す。
シリーに隠す事は、何も無いけど。
なんだか、照れ臭いのだ。
「ええ。楽しみですよ。どんな、女性になるのか。きっと、何処にもいない、唯一の人にはなるのでしょうけど。その時まで、側に居れるといいですね………。」
「えっ。」
急に核心をついた様なシリーの言葉に、固まった。
何も、教えた訳じゃない。
危険があるといけないし。
でも………?
「解るのよ。なんとなく、だけどね。あんたに合う、人は解ると思うわよ?」
いつの間にか足元で丸くなっていた朝が、そう言った。
聞いてはいたのだろう。
その朝の言葉に釣られ、再び飴色を見つめると優しく微笑むその姿に私の中身が漏れ始めた。
そう、私の蝶達が。
食堂いっぱいに、拡がり始めたのだ。
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分からないけど、両方だろう。
部屋の中いっぱいに拡がった蝶達は銘々楽しそうに飛び回り、飴色や茶系の蝶がシリーの周りに集まり始めた。
暖かな紅の灯りと、生成りから茶への流れが美し過ぎて私の視界は余計にぼやけて、いる。
でも。
まじないと、現実、混ざった二つの世界は私の地球とデヴァイとの関係を、表している様な気が、して。
見た事のない地球の「なかみ」、この空間の「生きている」という感覚。
この世界の「なかみ」だって。
多分、きっと。
どの、世界も。
ラピスもシャットも、グロッシュラーも。
きっと、その次に行くであろう、扉でさえも。
「真ん中は、「想い」で?だから…同じ?繋がって、る?」
もし。
本当に、全てが繋がっていて真ん中は「想い」で、出来ていて。
「想い」を繋げば、世界が繋がるのなら。
もしか、して。
ぐるぐると巡る青や橙の光景、泉や森、橙の川と灰色の大きな神殿。
そのどれもが共存する世界は、思ったよりも自然でスッキリ馴染んでいる様に思える。
私の世界である様な、国境、若しくは海や川に隔てられしかし、同じ空間に存在するその世界。
それならば。
沢山の色が浮かんでは消え、最終的に並んで収まる。
そうしてそのまま、私の中がすっかり混じり切ったところで我に返った。
朝が、テーブルにヒョイと飛び乗ったのが見えたのだ。
「さて。そろそろ、お開きの時間よ。」
「そうですね。」
まだボーっとする頭で、食堂を見渡すとシリーは既に片付け終わるところだった。
数匹だけ残る私の蝶は、少しずつ戻り始めてすっかり寒く感じられるこの場所。
食堂も、もう寝る時間だ。
「結局、そうやって考えちゃうんですよ。そんなヨルだから…。じゃあ、温かくして寝て下さいね?」
キッチンから出て来たシリーが、朝と一緒に扉へ向かう。
それと同時にカチリと扉が開く音がして、極彩色が入って来た。
どうやらベッドに私が居なかったので探しに来たらしい。
「なんだ、ここにいたのか。声を掛けてくれれば良かったのに。」
「駄~目!女子会だから。朝、その目は止めたげて…。」
呆れを通り越した青い目が、一層冷たく感じられる。
そうしてシリーを促し、さっさと扉を出て行った。
千里って女の人にもなれるのかな………。
そんなくだらない事を考えつつも、フサフサの毛並みを見ながら部屋へ戻る。
朝はシリーの側だ。
まだ、その方が私が安心なのでお願いしてある。
一応、この狐もいるしね…………。
「なんだよ。」
「ううん。おやすみっ。」
そうして、その日も。
足元にフワフワと温かさを感じながら、眠りについたのである。
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