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8の扉 デヴァイ
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しおりを挟む「今回のは恐ろしかったな。」
「そうね…あまり思い出したくないわ。」
「うちはそこまでの被害はなかったが、やはりここはな…」
「こちらの高いものは?」
「ああ、この梯子を使うといい。」
すぐ、向こう側にいる人達の声が聞こえて来る。
禁書室から出た本部長は、しれっと近くの本の片付けを始め、助手として私と千里を使っている。
高い本棚に遮られた向こう側。
勿論、私に聞こえているのだからこの人も聞いているのだろう。
きっと、よく喋る人達の近くで作業したかったに違いない。
そう思うくらいには、その人達は「震え」についての話をしていた。
私の気になっていた事も、そこに居れば大概の情報は手に入ったのだ。
手渡された分厚い本を眺めながらも、しっかりと耳はそちらに向け動いていた。
その、「震え」は。
この頃、増えてきていること。
昔より、大きくなっていること。
「予言」と「震え」が、関係あると思っていること。
そう、話を聞いているうちにここの人達はいずれこの世界が「予言通りになる」と思っている事が分かってきた。
正確な文言は思い出せない。
でも、予言は確か「滅び」に向かうという内容だった筈だ。
しかしその話を聞いて、私の頭の中はやはりこの世界と「地震」とが結びついていた。
徐々に大きくなる揺れ、この場所が「生きている」と感じたこと。
もし、私の感じた通りここがそうならば。
それはやはり、「地球」に似ているのだ。
地球だって生きていて、活動しているから地震がある。
そう、考えれば。
この場所が「震えて」も何ら不思議は無いし、だからこそその「震え」だけで滅びるとはとても思えない。
でも、外の世界を知らないならば大きな揺れが来てここが崩壊してしまう、と。
思っても、不思議じゃないかもしれない。
なにしろ、私の常識とは全く違う環境なのだ。
心配そうに呟く声と、本の場所を示す言葉が飛び交う本棚の間。
白い石の床が少しだけ影を映して、小さな靴音も響かせる。
グロッシュラーでは厚い絨毯に覆われていた床が、石造りなのは意外だ。
だが、重厚な本達に囲まれるこの空間と場の雰囲気、少しの寂しさと沁み込んでくる時の流れの厚み。
この場所に入った時から感じていた、何か。
古いものが多く、きっと何かを知っている本も沢山収められているに違いない。
そのもの達が発している何かなのか、この場の持つ「気配」か、それとも両方か。
白い石床、もう走る人もいないであろうこの場所。
時の流れと慣習、連綿と続く何かは今、私にとっては重く感じられるものだけれど。
ここの、人達にとっては。
どう、なんだろうか………。
騒めきの中、皆が楽しそうに見えない理由もなんとなく分かってきた。
上がる揺れの頻度と、人々の不安、当て嵌まる事実が増えている予言の、こと。
この場所自体が、震えていると感じた自分の、感覚。
さっきの、きっと「禁書室」であろう場所で感じた生きている感覚と、時の流れと共に変化しているこの世界の、こと。
何かが繋がりそうだがしかし、分からない。
でも。
不安なのは、解る。
確かにしょっちゅうこの状態になるのは、普通に嫌かも………。
視線を戻すと、手際良くカートに拾った本を並べてゆくウイントフーク、それを掴んでヒョイヒョイと書棚を登って行く極彩色が眩しい。
本を読む為なのか、この場所は廊下よりは明るくフェアバンクスの空間よりは少し暗い。
それでもデヴァイの中では明るい方だろう、上まで登っている千里の毛がキラリと光ってとても綺麗だ。
どうやっているのか、口に咥えた本を棚に戻して往復しているのだが、牙の跡は付かないのだろうか。
それに、しても。
「羨ましすぎる。」
白い造りに、深い色味の厚い本が並んでいる。
上の方までビッシリと詰まった書棚は、見た感じ上に行けば行くほど貴重そうな本がある気がするのだ。
場所によっては二階の様に歩ける廊下が設られている箇所もあるが、登れる階段は見当たらない。
きっとあるのだろうが、見えない位は遠いに違いない。
しかし梯子を登る男性を目にしていた私は、勿論自分もやる気満々であった。
きっと訊いたならば、反対されるに違いない。
それなら、勝手にコッソリ登っちゃうもんね…。
いざという時の為に、ポケットに自分の石は持って来てある。
ウイントフークが本の仕分けに集中している様子を確認すると、そっと握って力を込めた。
梯子くらいなら、すぐだ。
近くの二階まで伸びるそれを創った私は、早速登り始めた。
「見つかったら、叱られるぞ?」
「大丈夫ですよ、まだ。」
いつの間にか肩に戻って来ていたベイルートと話しながら、サクサクと梯子を上っていく。
丁度極彩色が見える書棚の下に、狙いを定めて梯子を出した。
それが分かっていたのか、二階部分で待つ千里と目が合ってホッとする。
やはり、下を見ると怖くなると思ったのだ。
流石に、女性で登っている人はいない。
「確かにこれは………。」
「おい!」
グラリと揺れる梯子。
辿り着くと同時に、一瞬下を見てバランスを崩した。
瞬時に手だけが伸び私をグッと引っ張って、狐に戻った千里。
二階部分に引き上げられた私は、冷たい床をお尻に感じ改めてゾワリとした。
流石に落ちないとは、思ってたけど。
想像するとやっぱり、ね………。
「あ、ありがとう…どう、なってるの?手??」
「そんな事はどうでもいい、が。…あいつの苦労が偲ばれるな。」
「間違いない。」
何故だかベイルートが同調している。
うーん、最近?そんなに心配、かけてなくない??
しかし先日、あのお茶を飲んで眠りこけていたばかりだ。
それを思い出して、再び顔が熱くなる。
だって………。
結局?
あの、時?
私は、確かにお茶は飲んだのだ。
ベイルートは「あの臭い水」と言っていた。
きっと私の身体の中にも。
幾分かは、入ったのだと、思うのだけど………?
「違和感は無い」という私の言葉を信じているのか、いないのか問答無用で流し込まれた金色で。
有耶無耶になった、感じがしなくもない。
「うーーーーーーーん?なんでだ、ろう??」
「コラ。何しに来たんだ。」
「え?あ、うん。見に?」
引っ張られ、二階通路の床に座り込んだままぐるぐるしている私を咎める紫の眼。
しかし頬をパタパタと冷やし落ち着くと、上ってきた目的を思い出した。
「だって。千里だけ、狡いよ。こんなに、楽しそうな本がいっぱい、あるのに?見るくらい、いいじゃない。」
「………まあ、見るだけにしておけよ?上は、特に。ヤバそうだ。」
「え~。余計気になるじゃん…まあ、ここで騒ぎを起こす訳にはいかないけど。」
そう言いつつも、手摺に掴まり階下を見ると人々の様子がよく、見える。
「あれ?思ったより片付いたね?」
入った時は「これ今日終わらないだろうな」と、思ったけれど。
人が集まっている箇所以外に、本の散らばりは見えない。
私達より早く来ていた人がやってくれたのだろうか。
そんな呑気な事を考えていた私に、ツッコミが入った。
「何を言っている。依るがさっき溢した、だろう?」
うん?
溢した?
「ああ!」
まずっ。
合点が行くと同時に出た、大きな声に視線が集まるのが分かる。
咄嗟に、蹲み込んだけれど見えただろうか。
しかし近くにいる人達からは見えなくとも、ある程度離れた場所からはどうしたって見えるのである。
今、私が蹲んでいても。
チラチラと動く人が、見えるのだから。
諦めて立ち上がると、改めて階下をチェックする。
見える範囲で言えば、人のいる場所以外に本は散らばっていない様だ。
やはり、あのキラキラはいい仕事をしたのだろう。
よく見ると、少し光る箇所があるのが分かる。
きっと私のキラキラが染み込んだ本が並んだ場所に違いない。
隣の本にも、伝染していきます様に。
どうせなら、全部。
満たしたい、と思ったのは事実だ。
しかしウイントフークの声で、パチンと弾けたあのキラキラはきっと散ってしまった筈だ。
うん?
ウイントフーク、さん?
そこまで考えが行き着くと。
そう、眼下に呆れた目をして溜息を吐く白衣が、見えたのである。
あら。
怒られる、かな…。
「とりあえず、降りるぞ。先に行って、抑える様言っておく。ゆっくり、来いよ?」
「はぁい。」
きっと抑えてもらわなくても、梯子は揺らがない筈だ。
しかし、少しでも怪しまれない様そう言ったのだろう。
キラリと光る玉虫色が、白衣に映る。
それを合図に、紫の眼に合図して降りて行った。
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