透明の「扉」を開けて

美黎

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8の扉 デヴァイ

銀の一位

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灰色の空、揺れる花達。

広い庭園を右へ折れ、あの温室を通り過ぎて辿り着いたのは重厚感のある大きな門だった。


高く聳えるその門は、ブラッドフォードの家には無かったものだ。

「流石。銀の一位だな。」

小さな声が耳元で聞こえ、我に返る。

正直、この門の大きさや重厚感、雰囲気に気圧されなかった訳ではない。
しかし、緩やかなカーブを描く鉄の質感、古い物特有の凝った造りと細部の息遣い。

多分、これも。
話すだろうな……。

直感でそう思った私は、この訪問がなんだか楽しくなってきていた。

奥に見える、大きなマホガニー色の木の扉も。
きっと素晴らしいに違いない。
離れた場所からでも判るその佇まいに、高鳴る胸は抑えられなかった。

そう、私は案の定警戒する事などすっかり忘れて。

その、建物の素晴らしさを味わう事に、集中していたのだ。




へぇ………。
意外。

流石に今日はベールを着けて来ている。
目だけを思う存分忙しく動かしながら、まじないのメイドに案内され廊下を歩いていた。


なんとなくだけど、勝手に「悪の総本山」は黒いものかと、思っていた私。
しかし、予想に反して銀の一位のお屋敷はアンティークの温もりがする、マホガニー色だった。

どちらかと言えば。
ブラッドフォードの家の方が、「悪の」お屋敷っぽい。
あちらは調度品が黒ベースで、モダンな雰囲気がある。
どちらかと言えば、こちらの屋敷の方が温かみがあるのだ。

しかし、きっと古いからだろう、そこかしこの調度品が囁く声が聞こえてくるのを無視するのが大変だ。


でも、まじないで出来てるなら人形でも。
この声は、聞こえるんじゃないかな?

そう思いながら、前を歩く女性の様子を伺うが何も読み取れはしない。

やはり、まじないで動くとは言っても違うのだろうか。
人の手で造られた「何かが込もるもの」という点で言えば。

同じ様な気が、しなくもないけれど。


そんな事をぐるぐる考えているうちに、一つの部屋へ通された。

天井の高い、額縁が沢山ある部屋。

応接室なのか、豪奢なソファーや華美な家具、所狭しと壁に掛かる沢山の絵は歴代の家人だろうか。
ぐるりと壁を囲んだ肖像画が、こちらを見ている気がして。

私は少し、居心地が悪く案内されたソファーに大人しく腰掛けていた。
沢山の目が、あるからか。

なんだか少し、キョロキョロしたくらいでも見つかりそうな雰囲気なのである。
見つかるのかは。

分からないけど。


「では、少しお待ち下さいませ。」

そう言ってメイドが去ると、シンと静まり返る部屋。

しかし視線が煩い気がして、この古い空気をゆっくり味わう気分になれない私はしっかりと耳だけは、澄ましていた。

何故だかこの、肖像画達が。
喋りそうな、気がしたからだ。



背後には極彩色が辺りを窺う気配がしている。

ベイルートは無言で、やはり飛ばずに私の肩と膝を行ったり来たり。
何かを感じているのだろう。
いつもならば、すぐに部屋の探検に出かける筈だから。

そうして、暫く待つと。

案の定、肖像画達は喋り始めた。
多分、私達が「聴こえる」事は判っていないだろう。
そんな内容の話が始まったのだ。


「懐かしいね?」
「ああ」
「あれは………どれだったか?」

「まだあるよ」「ああ、あの」
「そう、げられている、あれ」
「そうだな」

「あれから匂いがしていたんだか」
「そうさね」
「もう」「もう無いがな」
「その後は何処へ?」
「また無くなった筈」
「誰が」「何処へ」「いやいや」

「挿げ変えに失敗したのだろう」
「そうか」「左様」

「では、が?」

「同じ」

「そう」「同じ」

「同じ匂い」

「このまま、飲めばなるだろう」
「いいになる」
「そうだ」「長持ちしそうだ」
「若いからな」
「ああ」


えっ。

これ。
もしか、しなくても?


くるりと振り返ると、首を振る極彩色。
目だけは壁を見つめたまま、私に「喋るな」と言っている様だ。

確かに。

この話が、聴こえているとは気取られない方がいいのだろう。

不穏な内容には違い無いが、とりあえずは。
何事も無く、帰れれば図書館が私を待っている。

そう考え直して向き直ると、丁度部屋の扉が開く音がした。


「待たせたな。」

そう言って入って来たのは、茶会で会ったばかりのあの人だ。


て、言うか。
こんな感じだったっけ………?

シャツをラフな感じに着崩し、ふわりとした癖毛は今日は固められていない。
いつもはきちんとした格好だからか、雰囲気の違うアリススプリングスに幾らか私もリラックスムードになる。

しかし、多分。
それが、いけなかった。

明るい灰色の瞳を細め、少し私を見ると背後に手で合図してお茶の支度をさせる。
メイドはさっきとは違う人で、何故だか少しまじないが強い、気がした。
見た目の年齢が、年上だからかもしれないけれど。


「急に呼び立ててすまないな。なに、二、三訊きたい事があるだけだ。」

「いえ、はい。」

何と答えたものかと思い、微妙な返事をする。

彼の視線は正面の私を捉えて離さない。
ベイルートと話すと、完全にバレるだろう。

アドバイスを貰いたかったが、仕方が無い。
とりあえずは無難な返事をしようと、彼の質問を待っていた。


素敵なアンティークのカップが普段使いされているのを羨ましいと思いつつ、流れる様な給仕の様子を見ていた。

質問はまだ、始まらない。

それをいい事に、カップだけでなくワゴンやポットも凝視していた私は、突然の質問に取り繕う事はできなかった。

「君はもう、フリジアには呼ばれたかい?」

「えっ。は、はい。」

ん?え?
いや?

でもこれ別に答えていいやつだよね?
内緒じゃない、よね?ウイントフークさーん!


心の中で呼び掛けつつも、気を取り直して質問に備えた。

それに多分。

私は、嘘は吐けないのだ。
多分、表情で。

すぐにバレる自信が、ある。


「ふぅん、そうか。ところで。ブラッドフォードとは、どういう関係で?婚約を?」

うえっ。

打ち合わせ無しでこの質問は、キツい。
どう、答えたものかと瞬時にぐるぐるする私に、自分も口を付けながら「どうぞ」とお茶を示すアリススプリングス。

よし、お茶を飲んでいる間に考えよう!

そう思って、スッとカップを手に取り少し匂いを嗅ぐ。
少し癖のあるハーブが混じった香り、しかし時間を稼ぎたい私は躊躇いなく口を、付けた。




そう、後から聞いたのだけど。

ベイルートはお茶に飛び込んだらしいし、千里は背後から散々私に何か合図をしていたらしい。

どうやら私は自分が思っていたよりも緊張していた様だ。

そのお茶には「何か」が入っていて、少しだけあの人の匂いがする事に。

気が付かなかったの、だから。
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