透明の「扉」を開けて

美黎

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8の扉 デヴァイ

今の私の本当 2

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「そもそも。「いい」とか、「悪い」とか。私の常識でいいのかって事だよね………でもやっぱり駄目なものは駄目じゃない?………やっぱり難しいな。」

「へえ。今日はお悩みね?」

適当に相槌を打つ鏡を良い相談相手に、お肌の手入れをし髪を乾かす。
最近いつもの定番である。

「うーーん。そもそも、ここの常識で、駄目じゃない訳じゃない………うん?また分かんなくなってきたな??」

「なーんで今度はまた「ここの常識」とやらで悩み始めたのよ?仕方無いじゃない、あなたは外から来たのだから。」

「………うん。それ。そう、そうなの。すーぐ戻っちゃうよねぇ…何これ。」

カチリとガラス瓶を置き、大きな溜息を吐いた。

「なぁに?今すぐ、決めなきゃいけないの?」

「そうじゃないけど………多分?」

「なら、分かるまで放っておきなさい。自ずと「正解」は。分かるわよ。」

「「正解」………でも多分、「正解」を探してる訳じゃないんだよね………。」

「じゃあ、何を?」

あ。


「「本当」の自分?私の、真ん中??」


そうか。

「正解」なんて、無いんだ。

「私の真ん中」しか。

ない。

あり得、ない。


それだけは、確かだ。


「ん!分かった!ありがとう!」

「はいはーい。転ばないでよ?」

「うん!」

最近は鏡にまで心配されるのである。

今朝なんて、よっぽどボーッとしていたに違いないのだ。


機嫌良くテキパキと、道具を片付ける。
そうしてぐるぐるの迷路から抜け出した私は、ウキウキと緑の扉を潜った。







「あれ?」

「いや、朝どのが。寄っていけと、言うのだ。」


目に飛び込んできたのは、ウエッジウッドブルーの中の、金。

お風呂を上がった私を待っていたのは、くだんの金色だ。


朝~!!
まだ纏まってないのに~~!!

焦りの色を気取られない様に、ゆっくりと動く。
明日の支度をしているかの様に、クローゼットに頭を突っ込み、ぐるぐると考えていた。



え?
嘘!?
何話す?
婚約の、婚約。うん、婚約………。

あれ?
別に焦る事無くない?

うん??

いや、でも………。


チラリと、振り返ったのがいけなかった。

「!」

まんまと、金色に抱き竦められた私はそのままベッドへ運ばれ、厳戒態勢の、まま。

そう、あの金の瞳に、見つめられたのである。




えーーーーーー

う、うん

あの

ね  うん


うぅん?


ベッドの、上。

特に何を言われるでもなく、ただ黙って私の髪を梳くこの人は、何かを察しているのだろうか。

怖くて金の瞳は、確認できない。

多分、一目見れば。

分かるのだろうけど。


何から話そうか、まごまごしてぐるぐるしているうちに、なんだか面倒になってきてしまった。

とりあえず、婚約者の件は。

脇に置いて、「私の真ん中」から考えた方が早い気がする。

そう閃いて、モゾモゾと腕の中で座り直した。
そう、ドキドキして何も考えられないモードを変える為である。

なにしろ。
一旦、別の話をした方がスムーズに行きそうだ。


んで?

えっと?

「私の真ん中」。

白も、黒もなくて。
灰色?グレーゾーン?

いや、そういう事じゃ、ないな。

曖昧とかじゃなくて………「善」と「悪」が無い、かな?

だって。

チラリと思い浮かぶ、フワリとした茶髪。
いつだって私の背中を押してくれたレシフェは、初めは完全なる「悪人」だった。

あの時は。
やはり、私の世界のルールでは通用しないのだと。
思った、筈なんだ。

だから。

「うーん。事情が、分かれば。いいのかなぁ。でもそれで、現状が変わる訳じゃないし…。」


 「と思うな」


パッと思い浮かぶ、フリジアの言葉。

「だよね………私が、駆けずり回ってどうこうする事じゃない、って事だよね…?自ずと、、なる………ように?」

「私が、で、あれば…………?」


なる、って、事だよね…………。

いや、とまでは言ってないか?

うん??


気の、所為ではないだろう。

私を閉じ込める、腕の中が。
狭くなってきている。

既に髪を梳く手は止まり、私を抱きしめ始めた腕はまるで私を急かす様にも、思えるけれど。

きっと、本人にその気は無いのは分かる。

でも多分。
彼の、心の何処かが、そうさせているのだろう。

なんだか切なくなって、くるりと金の瞳を探した。



ああ、美しいな。


今日は鮮やかな緑が虹彩を刻む深い金は、時折違う色も含む様になった。

近くでじっと、よく見ないと判らない、程度。

だが。
が軽くも、曖昧でも、中途半端な事でもないのだけは、分かる。

彼の中では何かが、はっきりと。

変化しているのだ。


ただ純粋なだけであった石はもう、無く。

より深く美しく、透明でいて潔い、色。

そんな変化が、私にも。
できるだ、ろうか。


自然と両頬に手を当て、金の瞳を近くで捕える。


 「私の真ん中」

そこにはきっと、が、ある。

でも。


待って。

「私の」だから。
は、ちょっと、脇に置いて。

私が、どう、したいのかって、ことなんだ。


ふと思い浮かぶレシフェの変化した色、黒や茶の暗い色、アリススプリングスの変化した色。

暗い色って。

嫌いな訳じゃ、ない。

私の蝶達だって、始めは燻んだ色だった。
それでも少しずつ、変化して。

今はとても、綺麗な色だ。


それに。


「綺麗な色じゃ。つまんないし、成り立たないよね?」


返事の様に、キュッとする腕。


絵の具だって、なんだって。

白やピンク、黄色や水色、爽やかで可愛い綺麗な、色だけで良ければ。

黒は無い筈だ。

パステルカラーだけの、絵も可愛いけれど。

しっかり濃淡があって、深みのある絵だって素晴らしいものがある。


「ねえ。私が、降さなかった色って。分かる、よね?」

凡そ人では無い美しい瞳を目の前にして、訊く。

吸い込まれそうな金は少しだけ色を変え、私に返事をする様に複雑な赤を含んだ。


やっぱり。
この人は、分かっている。

見えたんだ。


そう、無意識に判断して実行した私を。

どう思ったろうか。


一瞬だけ、目を逸らした。

なんとなくだけど。

後ろめたかったのだ。


形の良い唇が動く。

がどうしたのだ?」

「いや………。うん。」

言葉が見つからない。

何を言っても、言い訳になるからだ。
私は、で。

「白黒」つけて。

「ジャッジ」を、した。

無意識のうちにでも、あの色は駄目で、この色はいいと。

善悪があると、「分けた」のだ。


「何を悩んでいる。そう、深く思い悩む事はない。」

「…………。」

そう?

そうなの?


確かに。

フリジアも「考えるな」とは、言っていた。

私の心のままに、直感で。
進めば、いいと。

朝だって「アレコレ考えない方があんたはいい」と。


「過去を憂いているのか?あれはもう「違うお前」だ。忘れろ。」

「うん?「違う私」?」

いきなり何を言い出すのだ、この人は?


離した手を握られ、真っ直ぐ私を捉える金色。

その瞳に。
混じり気は、見えない。


「あの時のお前と、今のお前。のは、分かるか?では。」

「ないであろう?」

ぐっと私に入ってくる金の瞳は、深い所へ沈まざるを得ず、私は私の中を探す。

「あの時の私」を。

「私の中」で。


確かに、私の中にはあるのだけれど、確かに。

「今の私」とは、違う。

中身も違うし、なんなら外見だって違う。
髪型、服装、色の少しの変化、どれをとっても私達が重なると「ズレ」が起こり、「同じ」ではない事が分かる。


「なる、ほど………?だから?仕方無い、の?」

「あの時のお前に戻って、やり直す事ができないならば。それはそのまま、置いておくしかあるまい。これからお前が全ての色を受け入れればいいのだ。何色であれ、大事なのだろう?」

「そう、だね………うん、大事。」

「大切なのはという事だけだ。吾輩から、してみれば。」


「うん?」

「言ったで、あろう?」

優しく揺れる、金の瞳。

「どの、色も。自分の色を懸命に燃やして煌めく様は、羨ましくも、ある。吾輩ただ、「在る」ものだった故。ああして、皆が燃えている様を見ると何故だか泣いている者も、叫んでいる者も。怒れる者、足掻きもがく者程。燃え盛り、美しいと思うがな。」

「そう、だね………。」

確かに、「色」で捉えるならば。

それはみんな個性でみんな違って当たり前で、其々がそれぞれの役割を。

懸命に、担って。

思い切り、「私はこの色なんだ!」と叫ぶから。


美しいんだ。


綺麗なの。


世界は存在しない。

少なくとも、この、世界は。

様々な色を含んで、それ特有の美しさがある、そう思うから。



もしも、天国があるのなら。

真っ白か、明るく美しい色だけなのだろうけど。


「でも。それも分かんないよね?アバンギャルド天国とか、あるかもしんないし?なんなら、ダーク天国?………フフッ、いいかもな………。」

ギュッと締まる腕、その無意識の催促に応える時が来た様だ。

確かに。

助けてもらってばかりの私に、できる事ならばなんでも。

してあげたい、したい、とは。

思っては、いるのだ。


ただ。

恥ずかしい、だけで。


いや、うーん、でも。

言わねばならぬのだ、ろうな?


そうしてスポンと腕の中から顔を出し。

金の瞳に、潔く捕まったのである。

うむ。

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