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8の扉 デヴァイ

フリジア

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立ち昇る湯気、ハーブのいい香り。


「ありがとうございます。」

無言でズイと出されたカップに、お礼を言う。
古いがモノは良い事が判るカップに口を付けつつ、チラリと見上げる緑色の瞳。

未だ私の事を捉えて離さないその瞳には、一体何が映っているのだろうか。
白髪に茶がかった緑の瞳のその人は、確かに見た目だけで、言えば。

少し「面倒で恐ろしい」感じも、したのだ。




ウキウキと魔女の「迎え」を待っていた割には、緊張の訪問になりやや混乱していた私。

「虹」からいきなり「禁断の部屋」的な場所に移動した私は、声を掛けられた瞬間に解けた緊張でどっと疲れていた。

今なら解るが、多分この部屋には主の許可が無いと入れない様なまじないがかかっているに違いない。
きっと、私が現れた時点ではまだそれが解かれていなかったのか、それともあの声が「許可」になっているのか。

それは分からないけど。


「とりあえずかけなさい」と言われ、示された椅子に座り、突然始まったお茶の支度を眺めていた。

多分、もう動いてもいいのだろうし辺りには沢山の魅力的なものが「見て見て」と私を誘っているのも、分かる。

でも………。
後でね………もうちょっと、回復したら絶対、見せてもらうから………。

そう心の中で返事をすると、ゆっくりといい香りの漂うテーブルに視線を戻した。


「悪かったね。私のまじないは。相手のまじないに、よるんだ。いきなり飛んで、疲れたろう。」

目が合うと、口を開いた部屋の主。
どうやらずっと、見られていた様だ。

「?相手に、よる?」

「そう。色や力の大きさに比例するのさ。今なら殆ど、小さな動物や精々鳥になって飛んで知らせるのか。その程度が多い。しかし、「虹」とはね。恐れ入ったよ。いやはや、だとは、流石に思わなかった!」

そう言ってケラケラと笑い出したその声に曇りは無く、笑い声によってパッと変化した部屋の空気にやっと、ホッとすることができた。


そもそも、ここが何処で。
この人が、何者なのかも分からない私はただ黙ってその様子を見ていた。

しかし「イストリアの師匠」とウイントフークが言うならば、危険は無いだろうしきっと、白の空間の何処かであろう事は予測できる。

とりあえず、そのお婆さんが落ち着く迄は開き直ってお茶を楽しむ事にした。

その人は、一頻り笑い終わると再び、私を観察し始めたからだ。



て、いうか。

この人、幾つくらいなんだろうな…?

多分、エルバより歳上だと思う。
でも、ここの人達は。
短命だと、聞いているけど………?

しかも、私を近くで繁々と眺め出したその人の肌艶は良く、お婆さんと言っても若々しい印象がある。

この人は私の中の誰かを、「知っている」と感じたけれどそれは一体。

ディディエライトなのか、セフィラなのか。

いや、でも流石にそこまで長生きじゃ無いか………?
だって長以外残ってないんだもんね………??


自分の頭の中の時系列が纏まらなくてぐるぐるしていると、ふわふわの白髪を揺らしながらその人が話し始めた。

「私の名はフリジア。あんたの事はイストリアに聞いた。あの子が「面白い」という子だ。どんなものかと思ったが。」

えっ。
どんなもん、でしたかね?

ピシリと姿勢良く座り、言葉を待つ。
顎に手を当て、充分に私を観察したその人からの評価は。
どんなものなのだろうか。

「あんた、に何をしに来た?」

「えっ?」

予想外の言葉に、返事が詰まる。

「既に変化は、起きている様だが。誰も想像できない力を持って。何を、するつもりだ?」

真っ直ぐに私を見つめる瞳、緑の中の茶が深く、光っている。

サワサワとお喋りをしていた部屋の中の「なにか」達も、瞬時に静かになり不思議な空気だけが残る、空間。


辺りの気配と共に冷えていく身体、ぐるぐると回る思考、答えの見つからない、問い。

まるで私がこの世界にとって悪影響の様な、この語り口の意味する事とは。


なんだ?

私の色?
チカラ?

石のこと?
鐘を鳴らしたこと??

ここへ来てからの事が頭の中をぐるぐる回るが、どれも。

ピタリと「正解」の場所に嵌るものは、未だ無い。


「頭を使うな。パッと思い付いた事を、口に出すんだ。。それだけだ。」

そのフリジアの言葉で、ピタリと止まる私のぐるぐる、そうして降って来た「私の目的」とは。


「えっ。色々、あるんですけど…。探し物をしているのと、還る場所を探してるのと。単純に、ここが見たかったのと。ついでに、みんなが。自由に、やりたい事をやれるように…率先して、しようかなって………。それくらい?………かなぁ?」

「考えるな」と言われたので、イストリアに話す方式でつらつらと頭の中を並べていった。


「探し物をしている」とは。
言わない方が、良かったろうか。

でも、この人には。
多分、言ってもいいと思った。

ただ、単純に、本当に、裏表無く。

「私が何をしに来たのか」を、「知っているのか」。

それが、聞きたいだけなんだ。
きっと。

そう、思えたからだ。


少しの沈黙の後、私の向かい側の椅子に腰掛けたフリジア。
彼女はお茶を淹れた後、ずっと立ったまま私の周りをぐるりと見回っていたからだ。

「ふむ。」

黙り込んだ彼女の、次の言葉をじっと待つ。

多分、私に対する態度はこの人の素なのだという事が分かってきて、幾分安心した私はそもそも何を言っていいのかも分からなかったので大人しくそのまま座っていた。

勿論、目線だけは。
カードの机に、注がれていたけれど。



「まあ、それも。時代ときの流れかね…。」

突然立ち上がって、私の視線の先に歩いて行くフリジア。
机の上のカードを一組、手に取りテーブルへ戻って来た。

縁に虹色のホログラムの様なキラキラが施されている、そのカードは一瞬で私の目を惹き釘付けにする。

無言でテーブルにそれを「バサリ」と広げ、一瞬私の目を見た彼女は自身の手をカードの上で彷徨わせると、私にそれを委ねた。

「一枚。取りなさい。」

すっかりフリジアが引いてくれるものだと思っていた私は、残念なのとワクワクがごちゃ混ぜになりつつもカードを眺め始めた。


白銀のカードにホログラムが散る、テーブルの上。

背面にデザインされているのはレースの様な、ベールの様な不思議な葉脈。
時折金色が入るその色を見て、ふと心に燈る、あの色を少し脇に押しやった。

あの色が、真ん中に在ったなら。

なんらかの、影響が出そうな気がする。

今は、私の。
私だけの、カードを引かなければならない筈だ。


それが分かっていた私は、その美しいカード達に心の中で呼び掛ける。

「私を呼んで?私の中の、光よ」

そう、知りたいのは「私の中の本当」で、これからの事でも、過去の事でも、私の欲しいものでも、事でもない。

多分、この人が知りたいのは、私がこのカードを引く理由は。

「私がなんなのか」を見せるため。

それは、解っていた。



一瞬、キラリと光る、一枚。

オッケー、君だね?
じゃあ、これ。

決ーめたっ。

「これにします。」

そうして一枚、フリジアに差し出した私は自分が腰を浮かせていた事に気が付いてストンと椅子に座り直した。

さて、何が出るか、どんな、柄なのか。


勿論私自身も。

楽しみに、その皺の多い手をじっと見ていたのだ。






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