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8の扉 デヴァイ

披露目の茶会 2

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「此方へどうぞ。」

いつものまじない人形が扉を開けた、その先には。

黒ずくめの、案内人が待っていた。

でも多分、この人も。
まじない人形なのだろうけど。


やはり、緊張しているのだろうか。
あまり辺りを見る気にもなれなくて、黙って水色の髪を見ながら歩く。

この髪色を見ると、やはりあの人を思い出してしまうけれど。

「ただ、在ればいい」

ふと、その言葉を思い出してする事にした。

今日の私は、何を求められている訳でもない。

強いて、言うなら。

「私がこの空間をしっかり見る」、それだけだ。


後はニコニコね、ニコニコ………。

顔が引き攣らないか心配だが、そう大した事件が起こらない様祈りつつ、庭園へのアーチを潜った。





すっかりブラッドフォードの家へ向かうものだと思っていたが、案内人は庭園を途中で右へ曲がりどんどん進んで行った。

ブラッドフォードの家は左側だ。

「何処へ行くんだろう」と思いつつも、ウイントフークも何も言わないのでそのままついて歩く。


以前、千里の話をした「ガゼボ」のもう一つが遠目に見え、やはり広い庭園なのだと思っていると。


え………何アレ…。

見えてきたのは、私の心踊る、建物だ。
少し開けた芝生の真ん中に建つ、屋根の高いは温室の様に見える。


え?ウソ!
あそこに行くの?
やった!
うん?

でも何でだろう?何か見てから、お茶会に行くのかな??
お兄さんがあそこで待ってるとか?


足取りが跳ねない様に、しっかりと歩く。

今日はドレスだ。
慣れない格好で、浮かれていると足元が危険なのである。


そうして案内人が開けてくれた扉を、そのまま入って行くウイントフーク。

「よし!」

「静かにな…。」

ベールの中で小さく呟いた私にベイルートが囁く。

そうして私達一行は、温室の中へ入って行った。






「やあ、待ちかねたぞ?」

「すみません、遅くなりました。」

「まあ主役は遅れて登場するものだからな。」

うん?
なんか、好意的だな??



明るいガラス張りの屋根、白いクロスが眩しい、長いテーブル。

そう、ここはあの温室の中だ。



「ここでやれば、楽しそうなのに」

そう思いながら温室の扉を潜った私の希望は、現実のものとなった。

中へ入ると、温室らしく沢山の花が並んでいてとても美しい場所だった、そこは。
奥へ進むと、パッと開けた場所が部屋の様になっていて。

既に、主役を待つばかりのお披露目会場に設られていたのだ。



白いクロスの長テーブル、ズラリと並んだ椅子と、人。

そう、そこには既にこのお茶会へ参加する人達が待っていた。


先程迄いた案内人は姿を消し、新しく別のまじない人形が席へ案内してくれる。

私達の席は、勿論上座だ。

しかし、上座と言っても一番奥に座っているのはアリススプリングス。
その隣には最初に声を掛けてきた、グラディオライト、ブラッドフォード、そのまた隣は知らない人だ。

ざっと見たところ、二十人弱だろうか。

知ってる顔は勿論殆ど無い。

年配の男性が多く、多分その夫人であろう人、娘くらいの歳の頃の女の子が、二人。
何故だか若い男性はいない。


ベールの中からチラチラと観察している私を他所に、ウイントフークは挨拶を終えると歓談を始めていた。

私は案内された椅子に、腰掛けたまま。

今のうちにと、辺りの様子を窺っていたのだ。




男達の話が始まってから。

私の興味は、このガラス張りの建物と女性達の様子に移っていた。

ウイントフークはまず始めに、「鐘」の話を始めたのでその人がヒプノシスだという事が解った、私。
状況把握をしようと、途中まで話を聞いていたのだが、やはり。

「薬」の話や、家同士の話、なんだかよく分からない話になってきて。

脳みそはふらりと楽しそうな方向へ舵を切ったのである。


そうしてベイルートに声を掛けられるまで、私が観察したところによると、どうやらここはガラス張りの集会場の様な場所らしい。

入り口にこそ花が並んでいたが、私達が今いる部屋は、壁がガラスな事を除けば殆ど普通の部屋と変わりは無い。

強いて言えば、外から良く、見える様になのか外が良く、見える様になのか。
壁際にある家具の背丈が、低いくらいである。


しかし、庭園の明るさとガラス天井、ここからも花が見える素敵な雰囲気をすっかり気に入った私は始めの歓迎ムードも相まってやや楽しくなってきていた。

もしかしたら。

また、考え過ぎだったのかも、しれない。

そう、「披露目の茶会」だからって。
必ずしも、何か起きる訳ではないのだ。


そうして気を良くした私は、テーブルに視線を戻すと今度はズラリと並ぶ人達を観察し始めた。

話半分で聞いていた、参列者の家の名と家族の名前。
それぞれの家に、また幾つか家があるとブラッドフォードから聞いてはいたが、勿論細かい事など覚えていない私は案の定、人の名前も覚えていなかった。

ただ、アリススプリングスの家の人だけは。
「ア」がつく人ばかりだなぁと、思っていたけれど。
なにしろ、みんな名前が長いのだ。

覚えられないのは、私の頭の所為ではない。
うん。


その中でも女性はそう多くない。
始めは、なのかと思ったけれど。

暫く見ていて、「やっぱりおかしいな?」と思い始めた。

男達が銘々話をしているのに比べて、何故だか女性はずっと黙っている事に気が付いたのだ。


えっ、まさか?
お淑やかって、そういう事………?

そんなの、無理なんですけど…。

そういった決まりでもあるのか、女達は誰も口を開こうとしなく、黙ってお茶を飲み時折アイコンタクトをしているのが分かる。

年配の女性はベールをしていないので、表情や動きが良く見えるのだ。

しかし、気の所為でなければ。

概ね、女性達からも避けられている様子は無い。

以前の庭園で感じた様な視線は感じられず、嫌な空気もない。
寧ろ、雰囲気から読み取る範囲で言えば好意的にすら、感じられる。


これは、もしかして………?
お友達、できちゃう感じかも??

そんな淡い期待を抱く頃、男達が静かになった。

そう、とうとう私達の婚約の、話が。

始まってしまったのだ。



「では、挨拶だけしてもらおうか。」

車椅子のグラディオライトが、言った。

「おい、そろそろだぞ?」

うん?
ああ、ベールを取るのね…。


「呼ばれたら立ち上がって、ベールを外す様に」

そう言われていた私は、ベイルートの呼び掛けにやっと上座へ向き直った。

どうやら私達「主役」の二人は、アリススプリングスの次席が定位置らしく、それ以外の人々は皆入り口側に座っている為に。
この話が始まる迄は、全く上座を見ていなかった、私。

しかし流石にここでみんなの方を向いている訳にもいかないので、くるりと向き直りブラッドフォードの動きを確認する。
私達は同時に立ち上がらなくては、ならないのだ。

本日一番の仕事と言っていい、このタイミングを外さない様にしっかりとブラッドフォードを見つめると。

小さく頷く彼に合わせて、立ち上がり、ベールを取った。

その時、小さな事件が起こったのだ。



アリススプリングスは、斜めに頬杖をついたまま、私を見て、いた。

私はそれを、正面から見ていた、だけ。

そう、、なのだけれど。


何故だか背後がザワザワとしているのである。

いや、本当にザワザワと煩い訳ではない。
気配が。
騒ついて、いるのである。


えっ。
ここ、今私喋る場面じゃないよね?

挨拶はブラッドフォードに任せていいと、言われている。

私は、ただ。
彼と一緒に、微笑んでいれば、いいと。


言われただけ、なんだけど………?
なんで………???


いや、もしかして。

お兄さんに、騒ついてるのかもよ?
いや、無いか………。

え?なんで?
しかも、まだそっち向いて無いし??

顔じゃない?髪?
えっ?
アキ、付いてるよね???

えーーー、なに………。


振り返っても、いいだろうか………。

いい、よね………???


ブラッドフォードがアリススプリングスに、挨拶をしているのは解っていた。
内容は、聞いていなかったけど。

しかし、私の意識は完全に背後に向いていて。

少し、少しだけ、だと。


そうして、チラリと振り返ったのだ。


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