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8の扉 デヴァイ
私が蒔いているもの
しおりを挟む「ねえ、ヨル。これ、何?」
「私も思ってた。でも、アレじゃない?グロッシュラーにも作ってたじゃない。」
「ああ!畑?に、しては小さいわよね?」
二人は窓の側に私が設置したプランターの前で、何やら話し込んでいた。
始めは大きなまじない窓に驚いてずっと外を見ていたのだが、やはり目の前にずらりと置かれた、「アレ」が。
気に、なった様だ。
「うん?これはハーブだよ。育ててみないと何のハーブか分からないものも多いけど。あの、ホールにあったのは花とか野菜だよ。」
「えっ?何、あれもなの??」
どうやら二人はハクロに「これは何なのか」と訊きたかったらしいのだが、あの雰囲気に気圧されて訊けなかったらしい。
私的には、ピシッとしたイケメン執事だけど。
もしかしたら、野性味が出てるのかもね…。
豹の姿だとちょっと恐いもんね…。
なんとなく、本人には言えないけど。
二人の話を聞きつつ考えてみると、確かにまじない人形とスピリットでは大分雰囲気が違う事に気が付いた。
ここには、まじない人形がいないから。
気が付かなかったのだ。
しかもそもそもあの子達が私の「なにか」を食べて、あの姿を保ってるなら私が「恐い」と思う訳が無いんだよね…。
もう、なんて言うか家族?
「私の一部」で、できてるってことだもんね………?
「でもここ。明るいもの。この部屋だけじゃない。あのホールもそうだったし。まあ、ヨルの家だからあんまり驚かないけど、どうなってるのかは単純に気になるわ。」
「確かに。グロッシュラーにいた時と、そう変わらないものね?寧ろ、ここの方が明るいかも。」
「うん、少しは雲が晴れる様になってきたけど、まだ基本的には雲だもんね…。」
「ん?え?そう、なの?」
「空が見えた」「畑を作る」
その言葉で、すっかり青空になったのかと、思ったけれど。
やはり、そう簡単にスッキリとは晴れないらしいのだ。
「そうね、でも以前に比べれば雲泥の差よ。少しでも。青が見えて、あの、なに?「お日さま」って言うのかしら?あれが、見えれば。」
「みんな明るくなったわよね?ロウワが主に畑を作っているけれど、ネイアとも話したりしてるみたいよ?まあでもあのイストリアさんがいるからねぇ。」
ああ、そうか。
多分、イストリアはネイアになってくれたんだ。
きっと始めは、子供達の先生をするだけの、つもりだったのだろう。
禁書室からは殆ど出ずに、造船所へ行っていた筈だ。
しかし、雲が晴れ太陽が、出ると。
きっとイストリア自身が、我慢できなくなったに違いない。
子供達と生き生きと畑を作る姿がすぐに想像できて、つい笑ってしまう。
そんな私を見つつ、二人は植物の不思議について話していた。
「でも。ここで、これが育てられるって、事は。やっぱり、この空間には何処かしら「空」があるって事じゃない?それか、その「空」から降り注いでいる、何か?なんだろう、その、お日さま的な効果があるものが、あるって事でしょう?」
「うーん、まあ、そう、なるでしょうね?分からないけど。でも、何故だか明るい事は確かだし、ここに、いれば。」
言葉を切り顔を見合わせる二人。
なんだか、頷き合って、いるけれど。
「ここ………?」
二人の視線が同時に私へ滑ってくる。
そうして再び、顔を見合わせた二人は頷いてこう言った。
「癒されるのよ。だから。解る。」
「そう。解るわ。何故かは、解らないけど。ハーブやら、花やらが育つ意味は、解る。」
「うん、何だろうね、きっと「なにか」は出てるよね?」
「うん。」
…………えっと。
あの………。
それは、もしか、しなくても?
「私、から。何か、「漏れ出してる」って、こと?」
頷く二人に、自分の目が丸くなるのが分かる。
えっ。
なんで?
なに?
普通の人にも、分かるの??
焦って、自分をパタパタと叩いてみたり、ぐるりと回って身体を確認してみるけれど。
勿論、何も見えない。
普通の、私だけど??
「ヨル。多分、目には見えないわ。」
「そうね。私達だって。見えている訳じゃないもの。これまでのことを考えると、「そうかな」って、思うだけよ。でも、確信だけどね。」
「そうね。ヨルは何故かいるだけで明るくなるし、なんだかやる気になるのよね?できない事はない、やれば、できるって。」
「そうそう。だから私達だってここで、こうしてるし。これからどうなるのかだって、楽しみだわ?今まで、そんな事無かった。ずっと、同じ事の繰り返しだし私だってここへ帰れば結婚して家に入って。外へはそう出ずに、子供を産んで、家のことをやりまた子供も私と同じ道を、歩む。」
「そう。でも。もしかしたら、それが変わるかもしれないなんて。」
「そう「思える」こと、考えられなかった様な事を考える様になった事。それをすぐに否定せずに「思い続けられる」事。多分、「あの光」を見なければ。こうじゃ、無かったのだけは解るわ。」
あの、光。
いつの、光だろうか。
雪の祭祀の光?
「可能性の扉」の、光?
雨の、祭祀でも。
光、は。
降った。
降らせた。
でも、あの時は。
「私の好きな色」、だけだけど。
静かな魔女部屋は、しかし温かい空気に包まれていた。
深い、木の色、古い家具は呼吸をしているのが分かる。
窓があって、空があり、光が差し込み光る、金茶の髪と濃い茶色の艶。
ガリアの髪は今日もキューティクルが綺麗だ。
二人はそれから何も、喋らなくて。
ただ静かにお茶を飲み、時折視線を彷徨わせてこの部屋を楽しんでいるのが、分かる。
私はまだ一人、窓の側に佇んでその景色を眺めていた。
この時間が止まった様な部屋に、色を差す二人、そこに流れる空気が気持ちいいこと。
私はこのハーブや花達が育つと「分かって」いて、二人も「そう思って」くれていること。
私から何か「漏れ出す」もの、それが創るこの空間と与えるもの、それは、なんなのか。
二人が受け取った「光」、そこから生まれた何かは、確実に二人の中で育って、いて。
きっと。
私が降らせたもの、「光」、「ギフト」、「可能性の扉」。
呼び名は何でも、いい。
それは、もしかして。
同種のものでは、ないだろうか。
いや、きっと。
「同じ」。
同じ、だよ、ね………?
自分の頭の中が散らかっているのが分かって、必死に回収し並べようとする。
ここで思考が乱れて、取りこぼしてしまったならきっとまた辿り着くのに時間がかかる。
何故だかそれは解って、いた。
迷っても、きっと道は分かっているから辿り着けるのだけど。
でも、そうのんびりはできない。
できれば。
この、状況を長く続けたくはないし、みんなだって。
そう、思っているだろうから。
いつの間にか揺らめく炎の石を見つめていた視線を、二人に戻す。
あの時、置いていった石。
結局、私の中にあった焔を連れて行った、あの日。
ブラッドフォードとの婚約をいつまでも続けたい訳じゃない。
パミールとガリアだって、新しい可能性を見つけたんだ。
いや、「ある」と、思えたんだ。
まだ、はっきりとは見えない、その小さな、光を。
でも、見つけてくれたんだ。
自分のやるべき事が解り、机の上に並べた石を見に移動する。
大きな文机の上には、美しく並んだ自慢の石達。
どれも「私はやるわよ」という顔で、キラリとアピールしている。
二人には。
どれが、いいだろうか。
チラリと顔を見て、すぐに決めた。
パミールはその髪と瞳に合う、カーネリアンの様な赤の石。
芯はあるが、見た目がたおやかなパミールには少し強さと華やかさを添えると丁度いい。
ガリアは複雑に青と緑を含んだ半透明のフローライトの様な石。
今日もパッキリとした赤を着ているガリアは、強い色でもいいけれど。
きっとこの色が、合う。
強そうに見えて、深く優しいガリアにピッタリだ。
そして引き出しの壁の中を、アタリをつけて探すとすぐに丁度いい紐が見つかった。
それぞれ少しチカラを通して、紐を付けペンダントに加工する。
なんだかレナとレシフェの事を思い出してしまった。
いかん。
とりあえず二人に、これを渡すんだ。
そうそう、いい出来よ?
きっと、喜んでくれる。
後ろを向いてゴソゴソと作業していた私を、そのまま放っておいてくれる二人に感謝だ。
くるりと振り向くと、既におかわりを淹れ直しているパミールとクッキーの皿を重ね片付けているガリアが、いた。
とりあえず向かいに座って、パミールが差し出したお茶を有り難く頂く。
すっかりこの部屋に慣れた二人は、将来的にここでカフェでも一緒にやれないだろうか。
あの、イオスとキティラとやっていた様に。
ああ、もう懐かしいな………。
「ちょ、ヨル、それ。大丈夫?!」
ホワホワと思い出に浸っていた私に、ツッコミが来た。
「ん?大丈夫。まだ泣いてないよ。」
「いや違う、それよ、それ!」
「ん?」
ふと、二人の視線の先を見ると私の手に握られているペンダントの、先。
その、石が。
光って、キラキラが漏れ出していたのだ。
「えっ、えっ、これか、漏れ出してるの!いや、ちょ、止まって………。」
慌ててギュッと握ってみても、止まらないキラキラにガリアが手を出す。
「ちょっと貸して?ヨル。」
「ん?大丈夫かな……。」
「大丈夫、大丈夫。多分、ヨルの所為だから。」
うん?
とりあえず、何故か私より解っていそうなガリアにペンダントを託す。
すると、ガリアの言う通りにキラキラは治って。
きちんとパミールに赤い方を渡し、そうして自分はその半透明の石をしげしげと観察し始めた。
「あの、結局、ここまできて何だけど。これは、貰ってくれるかな………?」
恐る恐る、二人の顔を窺う。
できれば、お金は貰いたくない。
私だって、二人に。
チカラを、貰っているからだ。
「うん。可愛い。」
気が済んだのか、ガリアが眺めていたペンダントをそのままスッと首に掛けた。
パミールもそれを見て、自分も首に掛ける。
お互いに見合って、「似合う」「可愛い」「分かってるわね」とか、なんとか、言っているけれど。
「あ、の………?」
「解ってる。何も言わずに、有り難く貰っておくわ。」
「うん、本当は「有り難く貰っておく」じゃなくて「ありがとう!ヨル」って軽く、貰いたいけど。ちょっとそれは無理ね。妥協してコレよ。」
「うん、なんだかよく分かんないけど………ありが、とう?」
「なんでヨルがお礼、言うのよ!」
「可笑しい…!」
そうして、無事二人に石を渡せた私は。
ミッション完了、とばかりにホッと息を吐いてお茶を啜る事に、したのだった。
うむ。
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