透明の「扉」を開けて

美黎

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8の扉 デヴァイ

反芻

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緑と青の混じった空気、透明の細かな粒子が辺りを舞う。

少し冷たい空気にも、慣れてきた。

やはり、これまでとは少し、違う。


目の前を彩る星空、濃紺のビロードには「頑張ったね」という星々がチカチカと私を励ます様瞬く。
その、星達の声で。

やはり、今日はかなり緊張したのだという事に気が付いた。


特に、何も無かった。

無かったん、だけど。


パチパチと金色が弾ける湯を掬い、手のひらから溢す。

緩りと指の隙間から流れ出るお湯の感覚、森の匂い。
頭上の雲からは未だ金色の雫が降り注いで、いる。

湯船に入ってから。
あの、胸の中に仕舞っておいた橙の焔は急に燃え上がると、ブワリと雲になって頭上に舞い上がったのだ。

そうして今、私を労う様にキラキラと金の雫を降らせているのである。


これ、私………。
上がったら、金色になってるんじゃないだろうか………。


そんな事を思いながら、気持ちがいいのでそのままバスタブに身を委ねる。

この猫足のバスタブは私が寝そべろうとすると、少し形を変え肘置きと頭を置くスペースができるのだ。

どう、なっているのか分からないけど。

多分、私のまじないで、創ったから。


「まぁ、いいよね………。」

チラリと奥に目を向けると、森の木々はただ静かにそこにあって、どっしりと私を見守ってくれている。

頭上の枝は、「お疲れさま」と言って枝をしならせてくれたし、窓の外は綺麗だ。

今日もラピスの街は紺色に染まっていて、遠く中央屋敷の灯りが星の様に見える。

あの、かなり明るい灯りは。

何の、灯りなのだろうか。


もしかして、ここからこれだけ見えるのならば、私の為に。

「ここに、あるよ」と光ってくれているのだと、思うのだけど。


「思う」のだけは、自由だ。
それを「どう」、思って。

「何を」感じるのかは。

「私の、自由だしね………。」


大きく息を吐いて上を見た。

雫が止まり、少し薄くなった金色の雲、しかしそれはまだ私を助ける為そこにあるのだろう。

まだまだ、脳みそを休めていたかったけど。

「仕方ない。考えるか。」

そう言って、湯船を出た。



身体を拭き、青の鏡の前で独り言を始めた私。

しかし、独り言にはならなかった。
何故なら、丁度よくそこには。

「話し相手」よろしく、よく喋る青の鏡があるからだ。


「結局、何も無かったんだけど。いや、あったけど無かったと言うか。でも、無意識に何か意地悪とか嫌がらせされると思ってた私も大概だよね…。そもそも、部屋にお兄さんとお父さんしか、居なかったしね?もっと「うちの子にこんな嫁が!」とか、「お兄様は渡さないわ!」みたいな感じになるかと思ってたんだけど……マンガの読み過ぎ?」

「あら。でもよくある事だものね?仕方ないわ。今は平和になったのねぇ、以前はまぁ恋敵がどうとか虐められたりアレコレ…」

「なんか前も思ったけど、やっぱり先入観が抜けないんだろうな…。兎に角お兄さんに、元婚約者がいなくてよかったけど。」

「え?なぁに、泥沼展開?」

「どこで覚えてくるのよ、そういうの………。まあ、いいけど。しっかしあの、ベールは嫌だと思ったけど結構慣れると便利かもね。目だけ動かす分には、かなり都合がいいわ。」

「懐かしいわね……ベール。」

「お兄さんは千里に驚いてたし…ていうか、あの人いきなり腰に手を回してくるからビックリしたんだけど。そんなものなの?!ああ、思い出したらゾワゾワしてきた…。」

「まあ、婚約者だものね?その位はするかも。でも、誰か他に男性でもいたの?二人きりで?」

「うん?…千里しかいなかったけど、まじない人形だと思ってる筈だけどな?いや、流石に二人きりでいきなり腰に手を回してきたら引っ叩くわ…。」

「あなた、お淑やかはどこ行ったの。」

「ああ、そうだった…でも、それはよくない?」


私達が、女子トークよろしくキャイキャイ言っていると。

ふと、鏡にキラキラが映る。

顔を上げると、随分小さくなってはいるが、金色の雲がこちらへ移動してきていた。
そうして、私を慰める様にキラキラを降らせているのだ。

きっとさっきのゾワゾワを感じてやって来てくれたのだろう。

「ありがとう。」

手を伸ばして触れられない金色を労う。

その、雲の中に手は入るのだけど。
感触は、無いのだ。


「まあ、でも。誰かを泣かせてる訳じゃ、無いみたいだし、顔合わせも問題無く終わった。上出来?じゃ、ない?」

「そう思うわよ。お疲れさま。」

顔合わせ………。

そう、言えば。


あの、お父さん…現当主、グラディオライトから出ていた、紫と黄色の靄。

いや、靄なのか光なのか。

うん?
でも光ってるのとはちょっと、違うかな??

なんて言うんだろ、もし私が「オーラ」というものが見えたなら。
あんな感じじゃ、ないかと思うんだけど。


「ねえ?オーラって、ある?」

大人しく私を映す鏡に訊いてみた。

もしかしたら、映した事があるかもしれない。

「勿論。あなたはオパールみたいな色ね?見た事がないわ。昔、青の家でそんな子がいたって仲間が言ってた気がしなくもない………けど、どうだったかしら。」

「えっ。」

思わぬ所から、思わぬ話が飛び出した。

多分、いや確実に。
それはセフィラの事だろう。

「え、ちょっと待って、鏡って。なに、繋がってるの?それとも?」

「いいえ、繋がっている訳ではないわ。あの、廊下や色々な所で見なかった?近くにある鏡と連絡が取れるのよ。あまり遠いと、難しいけどね。」

「そう、なんだ………。」

「でも、あなたの色は。変化してきたわ。今は光に近い。虹色の、キラリと反射する光みたいな。見た事もないから、なんて言っていいのか。分からないけれど。」

「へっ?変わってる?」

「そうね。ここへ初めに来た時は。まだ、あの色だったけどね?いつだか目が、醒めたでしょう?そこからまた一段、上がった感じね。眩しさが。これなら、良くないものもそうそう追ってこれない。」

「え?え?ちょっと待って。「良くないもの」?追ってくるとか怖いからやめて………てか、一段上がったってなに………。」

混乱してきた。

私は自分の頭を、整理する為に独り言を言う予定だったのに。
余計に混乱する羽目になってしまったのだ。


えーーーー………。

青の家にいた、セフィラの痕跡。

私の「色」の変化。

銀の家の印象、グラディオライトの色のこと。

「あっ。それで、オーラって?うん?私のその、オーラが「光色」って事なの?」

散らかりを回収する前に疑問が出た。
鏡は少し考える風な間の後、こう答える。

「そうね?あなたの場合はオーラって言っていいのか分からないけど。普通は人間を囲む様に見える色の事を言うわね?多分?確かめた事は無いけど。」

「うん?」

確かに「これがオーラです」と、教わる訳でもないだろう。
普通は、だというオーラ。

でも?
「あなたの場合は」?


「私、何か違うの?」

「そうねぇ。分からないけど。「見え方」は、違うわ。他の人は包まれてる様に見えるけど、あなたの場合は確実に「漏れ出してる」んだと、思うけど。」

「「漏れ出してる」~??なんかそれ、ウイントフークさんの「振り撒いてる」に近いな………。」

ガックリと肩を落とした私に、追い討ちをかける青の鏡。

「そう!それもいいわね!」

「何がよ………。」

テンションが上がる鏡に対して私は、落ち込み気味だ。

しかし、青の鏡は驚くべき事を言った。

「だって、あなたのその「振り撒いてる」ものが。私達をつくっているから。」

「え?」

ホントに?

ウイントフークさん、正解なの?


目を見開いた私の顔を映す鏡は「そうなのよ?知らなかったの?自分で創ったのに。」と言っている。

私は、嬉しい様な、しかし余計に混乱した様な、複雑な気分になって。

そこからは、無言で髪を乾かし、ベッドへ向かった。
これ以上、鏡から齎される情報を処理し切れるか分からなかったからだ。

とりあえず、今日は疲れている。

そう、私の脳みそ問題では、ない。


そうそう、疲れてるからだよ、うん。


そうして。

するりとベッドに入り、足元に毛並みを感じる。
この硬さは千里だろう。
朝はもっと、柔らかいのだ。


ああ、結局狐の件はどうなったかな………。

確認しようと、思ったけど。


案の定、その後の、記憶は無い。

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