透明の「扉」を開けて

美黎

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8の扉 デヴァイ

真ん中にあるもの

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胸の中には、あの焔。

キュッと大事に、仕舞って、きた。

私の、部屋で。



千里はウイントフークがどちらに行ったのか分かるのだろう、私の前を歩き始めた。

黙ってそれに続く、私の拳はまだ胸に当てたまま。
この、胸の中にはきちんと私がここで、立てる様に。

あの、焔を入れて、きたのだ。




「早く、行くわよ?」

朝が呼びに来た、お昼過ぎ。

半分寝ていた私は慌てて、握っていた石をその場に置いて食堂へ向かった。
そうして遅い昼食を済ませ、部屋で着替えをする前に「あっ!持ってくれば良かった!」と一人呟いていたのだ。

あの、金色に似た、焔の石を。


ま、でも。
なんて、無いんだけどね………。

つらつらと考えながら青いドレスを眺める。

この、美しい服に負けない様、ありたいけれど。

一人で。

総本山に。

………できる、かなぁ?
いや、できるん、だけど。


そう、分かっては、いるのだけれど。
寂しくないワケは、ないワケで。

うーーーーーん?
どう、する?

あの石………取りに………いや、絶対途中で止められるな?
それなら………?

うん………………??


その時、フワリと私の中から橙の蝶が出て。

瞬時に悟る、

何故だかタイミングよく、出てくる蝶、その色、「私の中」から、出てくること。


「そうか。………そう、だよね?」

そう、私の中には「あの焔」が沢山あって。

先日、補充されたばかりの金色は、まだ満ち足りているのだ。

それなら。

できない、訳が。
ないじゃあ、ないか。


「ふぅん?どう、しようか。」

多分、想えば。

、なるのだろう。

それなら。


どうしようかな…やっぱり、燈り?
ランプ?
うーん、でもあのチラチラ舞う、焔も綺麗だよね?
でも、フラフラしない様に何か綺麗なものにでも入れようか。

焔、燈…やっぱりランプ?
いや、ガラスに閉じ込めるのは違う。

鳥籠?
美しい、通ろうと思えば通り抜けられそうなキラキラした、鳥籠みたいなものがいいな。
うん、そうしよう。


大体の形が決まると、思い描いていく。

心の、胸の、中心に。

白金の、美しいカーブと少しの装飾がある小さな、鳥籠。
その中に、小さな羽を。
あの、触れると美しく燃え上がる焔の羽を一つ。

「お願い。」

そう言って閉じ込めた。

「フフ…。」

私だけの、羽。
いいかも………。

自分の中に、きちんと羽の入った鳥籠を確かめると頷いて着替えに取り掛かった。

そうして、私の胸の、真ん中には。

あの、焔がチラチラと揺れる事と、なったのだ。



背の高い背中、揺れる極彩色の豊かな髪。

前にあるそれを見ながら、胸の温かさを確かめる。

うん、ある。
確かに。

その、揺らめく焔の煌めきが美しくて。

「こんなに、小さいのに狡くない?」

そう、思ってしまうのは仕方が無いだろう。


そうして気を落ち着かせながら、歩いて少し。

「遅い。」

ウイントフークの声で、千里が追いついた事が知れる。

その声に安心して、再び水色の髪を追いながら進んで行った。






「………まあ。申し分、無いだろう。」

その一言だけ残して、家の主人は退出した。


黒を基調としたモダンな応接室、お茶を飲むには少し固いこの部屋での用件は、案外すぐに終わった。

応接室というより書斎に近い、本の壁があるこの部屋。
そこは私をワクワクさせるには充分な空間だったけれど、勿論勝手に彷徨く訳にはいかない。

上手い事不満顔を隠すベールに感謝しながらも、大人しくウイントフークの隣に座っていた。
だが紹介されてすぐに、「もういいぞ。」と言われて拍子抜けしてしまったのは仕方が無いと思う。

そう、緊張しながらも部屋に入ってすぐ。

目に入ったのはブラッドフォードと、この第二位という家の当主、グラディオライトだった。

広い応接室の中で、パッと目が行くそのオーラ。

何故だか私は初めて、人から感じる「色」を見た。

背後に立つブラッドフォードには何も見えない。
けれどもその前に座る、男性からは。
薄い、紫とそれを取り囲む、煮詰めた様な黄色が見えたのだ。

何だろう、あれ………。

兄弟と同じ青い瞳、ウイントフークの様子からしてこの人は二人の父親なのだろう。

しかし、その人は老人に近く、見えた。

本当なら、私の父親と歳はそう変わらない筈だ。
それに、ここデヴァイでは。
私の世界よりも、結婚や出産は早いと思うのだけど………。

見るからに顔色の悪いその人は、ウイントフークと挨拶をした後、私がベールを上げたのを、一目見ると。

鋭かった眼光が一瞬、緩んで見えた。
そして、何かを悟った様な色を浮かべた瞳を、ゆっくりと、閉じた。

そうしてベルを鳴らすと。
召使いを呼び、了承の言葉を残して部屋を出て行ったのだ。


「大分良くないな。」

「そうだ。約束の物は?」

「今日はまだ持って来ていない。誰か侍医はいないのか?」

「待て、呼んで来る。」


???
何の、話?

グラディオライトが出て行ってから、明らかに緩んだ部屋の空気。
なんだか場が軽くなった気がして、自分が随分緊張していたのが分かる。
老人の様に見え、しかし眼光鋭いあの姿を思い出してブルリと身体を震わせた。

いやいや、大丈夫。

そうして自分の胸の辺りを、チラリと見る。

軽く息を吐くと、やっと二人の会話が頭の中でぐるぐる回り出した。


ウイントフークとブラッドフォードが、話しているのは何の話だろうか。
でも、「侍医」と言うのはお医者さんの事だよね?
あの、お父さんの、って事だよね…?


そういえば。

禁書室で話していた時、イストリアとブラッドフォードは何やら取り引きの様な話をしていた気がする。
もしかして、それの事だろうか。


「おい、お前達は庭でも散策してこい。」

ぐるぐるしている私の背中をポンと叩いた、ウイントフーク。

顔を上げると、ブラッドフォードが医者らしき人を連れ部屋へ入って来た。
その声を聞いていたのだろう、ブラッドフォードが頷いて私に外へ行こうと目で合図する。

勿論、異論は無い。

そうして私達二人は、応接室を後にした。



これが「後は若い二人で」ってやつじゃない?

薄茶の髪、濃灰色のジャケットの背中を見ながらそんな事を考えていた。

ここデヴァイでは、どうやらこの詰襟風のジャケットが定番の様でそう考えると千里の服が浮いて見えるのは仕方が無いかもしれない。

チラリと背後を振り返ると、私が作った臙脂の服の千里が歩いている。
どうやらウイントフークの方ではなくて、こちらについて来るつもりの様だ。

その千里の服を改めて確認すると、やはり「似合っているからいいか」という結果になり、前を向く。


そう、いいのいいの。
ウイントフークさんのまじない人形なんだから。
多少、おかしくたって、誰も何も言わないでしょう。
うん。

そんな千里が着ているのは、分かり易く言えばチャイナ服に近いだろう。
襟の立った光沢のある織り生地に、斜めに入った打ち合わせ、裾まである長さでスリットが入っている。
下には濃灰の太いパンツだ。

結局あの時、参考になりそうな人には出会えなかったので自分の好みで作ったこの服。
あの時、シンに作った服とも共通してなんだか不思議な雰囲気がピッタリ彼に合っているところが面白い。

そういえば………。
シン………。


「父上は、お前を気に入った様だな。珍しい。まあ、そうなるだろうと思ったが。」

ん?

「あっ、ごめんなさい!」

ブラッドフォードの声に顔を上げると、立ち止まっていた彼にそのままぶつかってしまった。

なんとなく、追って歩いていた薄茶の髪を見上げ、そのまま辺りの様子を確認する。
もうすぐあの庭に着くのだろう、先には明るい光が見えていた。

そう、ここ銀の区画も。

やはり、あの庭園以外は外の廊下と同じく暗いのだ。


薄暗く不思議な、通路。

多分、あの庭園から屋敷に繋がる通路を通って来た私達。
行きは、緊張していたのかあまり覚えていない。

なにやら暗い道を通って、気が付いたら黒っぽいお屋敷の入り口だったのだ。

「この、道は。お兄さんの家にしか、繋がってないんですか?」

「何も知らされていないのか?」

「………。」

「まあ、あの人ならばそんな事もあるか。それなら歩きながら話そうか。向こうの主へ、戻れ。」

私の腰に手を回し、ぐっと寄せてそう言ったブラッドフォード。
その「お前」と言うのは千里の事だ。


えっ?
それって?どう、なの?
大丈夫?
でも、言う事聞かないまじない人形って、おかしい?
でも「私を」守る為って………?


ぐるぐるしている私の横で、ブラッドフォードは千里をじっと見ている。

どう、するのかと思ったけれど。

千里は一礼をすると、くるりと振り返ってそのまま屋敷の方へ戻って、行った。


えっ。

お兄さんと、二人?
いや、婚約者だけど??

えっ?千里??


そうしてぐるぐるしている、私の手を引いて。

ブラッドフォードは、庭園の明かりに向かって進んで行ったのだ。

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