439 / 1,751
8の扉 デヴァイ
真ん中にあるもの
しおりを挟む胸の中には、あの焔。
キュッと大事に、仕舞って、きた。
私の、部屋で。
千里はウイントフークがどちらに行ったのか分かるのだろう、私の前を歩き始めた。
黙ってそれに続く、私の拳はまだ胸に当てたまま。
この、胸の中にはきちんと私がここで、立てる様に。
あの、焔を入れて、きたのだ。
「早く、行くわよ?」
朝が呼びに来た、お昼過ぎ。
半分寝ていた私は慌てて、握っていた石をその場に置いて食堂へ向かった。
そうして遅い昼食を済ませ、部屋で着替えをする前に「あっ!持ってくれば良かった!」と一人呟いていたのだ。
あの、金色に似た、焔の石を。
ま、でも。
似た石なんて、無いんだけどね………。
つらつらと考えながら青いドレスを眺める。
この、美しい服に負けない様、ありたいけれど。
一人で。
総本山に。
………できる、かなぁ?
いや、できるん、だけど。
そう、分かっては、いるのだけれど。
寂しくないワケは、ないワケで。
うーーーーーん?
どう、する?
あの石………取りに………いや、絶対途中で止められるな?
それなら………?
うん………………??
その時、フワリと私の中から橙の蝶が出て。
瞬時に悟る、その、意味。
何故だかタイミングよく、出てくる蝶、その色、「私の中」から、出てくること。
「そうか。………そう、だよね?」
そう、私の中には「あの焔」が沢山あって。
先日、補充されたばかりの金色は、まだ満ち足りているのだ。
それなら。
できない、訳が。
ないじゃあ、ないか。
「ふぅん?どう、しようか。」
多分、想えば。
そう、なるのだろう。
それなら。
どうしようかな…やっぱり、燈り?
ランプ?
うーん、でもあのチラチラ舞う、焔も綺麗だよね?
でも、フラフラしない様に何か綺麗なものにでも入れようか。
焔、燈…やっぱりランプ?
いや、ガラスに閉じ込めるのは違う。
鳥籠?
美しい、通ろうと思えば通り抜けられそうなキラキラした、鳥籠みたいなものがいいな。
うん、そうしよう。
大体の形が決まると、思い描いていく。
心の、胸の、中心に。
白金の、美しいカーブと少しの装飾がある小さな、鳥籠。
その中に、小さな羽を。
あの、触れると美しく燃え上がる焔の羽を一つ。
「お願い。」
そう言って閉じ込めた。
「フフ…。」
私だけの、羽。
いいかも………。
自分の中に、きちんと羽の入った鳥籠を確かめると頷いて着替えに取り掛かった。
そうして、私の胸の、真ん中には。
あの、焔がチラチラと揺れる事と、なったのだ。
背の高い背中、揺れる極彩色の豊かな髪。
前にあるそれを見ながら、胸の温かさを確かめる。
うん、ある。
確かに。
その、揺らめく焔の煌めきが美しくて。
「こんなに、小さいのに狡くない?」
そう、思ってしまうのは仕方が無いだろう。
そうして気を落ち着かせながら、歩いて少し。
「遅い。」
ウイントフークの声で、千里が追いついた事が知れる。
その声に安心して、再び水色の髪を追いながら進んで行った。
「………まあ。申し分、無いだろう。」
その一言だけ残して、家の主人は退出した。
黒を基調としたモダンな応接室、お茶を飲むには少し固いこの部屋での用件は、案外すぐに終わった。
応接室というより書斎に近い、本の壁があるこの部屋。
そこは私をワクワクさせるには充分な空間だったけれど、勿論勝手に彷徨く訳にはいかない。
上手い事不満顔を隠すベールに感謝しながらも、大人しくウイントフークの隣に座っていた。
だが紹介されてすぐに、「もういいぞ。」と言われて拍子抜けしてしまったのは仕方が無いと思う。
そう、緊張しながらも部屋に入ってすぐ。
目に入ったのはブラッドフォードと、この第二位という家の当主、グラディオライトだった。
広い応接室の中で、パッと目が行くそのオーラ。
何故だか私は初めて、人から感じる「色」を見た。
背後に立つブラッドフォードには何も見えない。
けれどもその前に座る、男性からは。
薄い、紫とそれを取り囲む、煮詰めた様な黄色が見えたのだ。
何だろう、あれ………。
兄弟と同じ青い瞳、ウイントフークの様子からしてこの人は二人の父親なのだろう。
しかし、その人は老人に近く、見えた。
本当なら、私の父親と歳はそう変わらない筈だ。
それに、ここデヴァイでは。
私の世界よりも、結婚や出産は早いと思うのだけど………。
見るからに顔色の悪いその人は、ウイントフークと挨拶をした後、私がベールを上げたのを、一目見ると。
鋭かった眼光が一瞬、緩んで見えた。
そして、何かを悟った様な色を浮かべた瞳を、ゆっくりと、閉じた。
そうしてベルを鳴らすと。
召使いを呼び、了承の言葉を残して部屋を出て行ったのだ。
「大分良くないな。」
「そうだ。約束の物は?」
「今日はまだ持って来ていない。誰か侍医はいないのか?」
「待て、呼んで来る。」
???
何の、話?
グラディオライトが出て行ってから、明らかに緩んだ部屋の空気。
なんだか場が軽くなった気がして、自分が随分緊張していたのが分かる。
老人の様に見え、しかし眼光鋭いあの姿を思い出してブルリと身体を震わせた。
いやいや、大丈夫。
そうして自分の胸の辺りを、チラリと見る。
軽く息を吐くと、やっと二人の会話が頭の中でぐるぐる回り出した。
ウイントフークとブラッドフォードが、話しているのは何の話だろうか。
でも、「侍医」と言うのはお医者さんの事だよね?
あの、お父さんの、って事だよね…?
そういえば。
禁書室で話していた時、イストリアとブラッドフォードは何やら取り引きの様な話をしていた気がする。
もしかして、それの事だろうか。
「おい、お前達は庭でも散策してこい。」
ぐるぐるしている私の背中をポンと叩いた、ウイントフーク。
顔を上げると、ブラッドフォードが医者らしき人を連れ部屋へ入って来た。
その声を聞いていたのだろう、ブラッドフォードが頷いて私に外へ行こうと目で合図する。
勿論、異論は無い。
そうして私達二人は、応接室を後にした。
これが「後は若い二人で」ってやつじゃない?
薄茶の髪、濃灰色のジャケットの背中を見ながらそんな事を考えていた。
ここデヴァイでは、どうやらこの詰襟風のジャケットが定番の様でそう考えると千里の服が浮いて見えるのは仕方が無いかもしれない。
チラリと背後を振り返ると、私が作った臙脂の服の千里が歩いている。
どうやらウイントフークの方ではなくて、こちらについて来るつもりの様だ。
その千里の服を改めて確認すると、やはり「似合っているからいいか」という結果になり、前を向く。
そう、いいのいいの。
ウイントフークさんのまじない人形なんだから。
多少、おかしくたって、誰も何も言わないでしょう。
うん。
そんな千里が着ているのは、分かり易く言えばチャイナ服に近いだろう。
襟の立った光沢のある織り生地に、斜めに入った打ち合わせ、裾まである長さでスリットが入っている。
下には濃灰の太いパンツだ。
結局あの時、参考になりそうな人には出会えなかったので自分の好みで作ったこの服。
あの時、シンに作った服とも共通してなんだか不思議な雰囲気がピッタリ彼に合っているところが面白い。
そういえば………。
シン………。
「父上は、お前を気に入った様だな。珍しい。まあ、そうなるだろうと思ったが。」
ん?
「あっ、ごめんなさい!」
ブラッドフォードの声に顔を上げると、立ち止まっていた彼にそのままぶつかってしまった。
なんとなく、追って歩いていた薄茶の髪を見上げ、そのまま辺りの様子を確認する。
もうすぐあの庭に着くのだろう、先には明るい光が見えていた。
そう、ここ銀の区画も。
やはり、あの庭園以外は外の廊下と同じく暗いのだ。
薄暗く不思議な、通路。
多分、あの庭園から屋敷に繋がる通路を通って来た私達。
行きは、緊張していたのかあまり覚えていない。
なにやら暗い道を通って、気が付いたら黒っぽいお屋敷の入り口だったのだ。
「この、道は。お兄さんの家にしか、繋がってないんですか?」
「何も知らされていないのか?」
「………。」
「まあ、あの人ならばそんな事もあるか。それなら歩きながら話そうか。お前は向こうの主へ、戻れ。」
私の腰に手を回し、ぐっと寄せてそう言ったブラッドフォード。
その「お前」と言うのは千里の事だ。
えっ?
それって?どう、なの?
大丈夫?
でも、言う事聞かないまじない人形って、おかしい?
でも「私を」守る為って………?
ぐるぐるしている私の横で、ブラッドフォードは千里をじっと見ている。
どう、するのかと思ったけれど。
千里は一礼をすると、くるりと振り返ってそのまま屋敷の方へ戻って、行った。
えっ。
お兄さんと、二人?
いや、婚約者だけど??
えっ?千里??
そうしてぐるぐるしている、私の手を引いて。
ブラッドフォードは、庭園の明かりに向かって進んで行ったのだ。
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


【完結】私、四女なんですけど…?〜四女ってもう少しお気楽だと思ったのに〜
まりぃべる
恋愛
ルジェナ=カフリークは、上に三人の姉と、弟がいる十六歳の女の子。
ルジェナが小さな頃は、三人の姉に囲まれて好きな事を好きな時に好きなだけ学んでいた。
父ヘルベルト伯爵も母アレンカ伯爵夫人も、そんな好奇心旺盛なルジェナに甘く好きな事を好きなようにさせ、良く言えば自主性を尊重させていた。
それが、成長し、上の姉達が思わぬ結婚などで家から出て行くと、ルジェナはだんだんとこの家の行く末が心配となってくる。
両親は、貴族ではあるが貴族らしくなく領地で育てているブドウの事しか考えていないように見える為、ルジェナはこのカフリーク家の未来をどうにかしなければ、と思い立ち年頃の男女の交流会に出席する事を決める。
そして、そこで皆のルジェナを想う気持ちも相まって、無事に幸せを見つける。
そんなお話。
☆まりぃべるの世界観です。現実とは似ていても違う世界です。
☆現実世界と似たような名前、土地などありますが現実世界とは関係ありません。
☆現実世界でも使うような単語や言葉を使っていますが、現実世界とは違う場合もあります。
楽しんでいただけると幸いです。
『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作



【完結】お父様に愛されなかった私を叔父様が連れ出してくれました。~お母様からお父様への最後のラブレター~
山葵
恋愛
「エリミヤ。私の所に来るかい?」
母の弟であるバンス子爵の言葉に私は泣きながら頷いた。
愛人宅に住み屋敷に帰らない父。
生前母は、そんな父と結婚出来て幸せだったと言った。
私には母の言葉が理解出来なかった。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる