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8の扉 デヴァイ
根回し
しおりを挟むなんだか、その日は。
ウイントフークが、おかしかった。
いや、ある意味。
いつも通り、なのか。
「…………何ですか?」
もう、何度目だろうか、私が視線を感じて振り向くと必ずこちらを凝視している、ウイントフーク。
あの、目。
絶対に怪しい気がするのだけど。
訊いても「何も、無い。」と言うだけで、取り付く島もないのだけれど暫くすると再び、見て、いるのだ。
いい加減。
勘弁して、吐いたらどうなの?
その日の朝食から始まり、私がホールで通路の修復をしている間も。
昼食の間も、珍しく午後のお茶にも、同席していた。
その間、ずっと怪しい瞳で見ているのだから、いい加減言ったらいいと思うんだけど。
「ねえ、朝。どう思う?アレ。」
「この前の事、心配してるんじゃない?………いや、無いか。」
この間、魔女部屋から帰ってきてからその後1日中寝ていた私。
午前中から出張って行った割に、その後ずっと。
食事もせずに、寝ていたのだから確かにおかしい。
私がお腹が空いて起きないなんて、自分でもよっぽど疲れていたのだろうと思った。
しかし、ウイントフークがそんな愁傷な心配をするわけがない。
それだけは、確実だ。
あの、目は。
絶対に、よからぬ事を企んでいるに、違いないのだ。
多分、なんか危険な話とかなんじゃないの?
気焔が反対する話とか?
もっと、石をジャンジャン出せ、とかそんな話かな………でもそれならすぐに、言いそうだしな………。
うーーん?
なんだろう?
ウイントフークさんが、言い淀む…。
いや、言い淀むっていうよりは一応、言うかどうか迷ってる?やりたいけど、反対されそうとか?
そんな感じかなぁ………。
とりあえず、ここまで来たら放っておく他無い。
段々とその視線に慣れてきていた私は、気にせずウイントフークの書斎を開けた。
最後に、少しだけここに棚でも創ろうかと思っていたのだ。
「どうしようか。とりあえずここに仕切りとして本棚を創るだけでも、違うよね?」
「そうねぇ。また、山にはなると思うけど一応体裁は整うかもね?」
チラリと白衣を視界に入れても、反応が無い。
ここに来て、本の山を崩す話をすれば絶対何か言ってくる筈だ。
これは、本格的におかしい。
「えー………ちょっと、どう思う?なんか、怖いんだけど。」
「確かにこれはマズイわね……。一応、ここの主なんだし。どうすればいいかしら。」
「なにしろ多分。私に、言いたい事言えば、いいんじゃない?逆に気になってきたわ………さっき迄は追及するのは止めようと思ってたけど。」
「まぁね。今までに無い、酷さだものね?」
確実に聞こえる範囲で、内緒話をしている私達を視界には入れているのだけど。
まだ、黙って見ている。
こ、怖い………。
「ウイントフーク、さん?」
「どう、しました?言って下さいよ。できることなら、しますから。」
一瞬、キラリとした茶の瞳はしかし、すぐに伏せられ首を振るウイントフーク。
いよいよもって、怖い。
「なんです?なんか、誰かどうかしたんですか?」
「お前、ブラッドフォードと結婚、しないか。」
「へっ?」
なんで?
その、話なの?
思ってもみなかった方向からの、話が来た。
勿論返事は「NO」だけれど、どうしてウイントフークがその話になったのか。
「婚約者」ではなく「結婚」と言ってくる辺り。
午前中いっぱい、私を見つめる程のその、原因はなんなのか。
「私に、理由を聞く権利はあると思います。」
くるりと踵を返して、フンフンと鼻息荒くソファーに腰掛けた。
この書斎にあったのは何故だかあの、ガラクタ屋敷にあったソファーを新しくした様な同じ色のソファーである。
わざわざ作ったのだろうか。
私がそれに気を取られていると、また思ってもみない方向の話が始まった。
「お前、図書館に行きたくないか。」
「えっ?行きたいに、決まってるじゃないですか。」
なんでそんな事、訊くの?
まだ新しい座面、その臙脂の革を摩りながら顔を上げる。
すると腕組みをした本部長は、真剣な顔をしてこう言った。
「どうしたって、あそこへは調べに行かないと計画がな………。」
「?図書館と、結婚?何が?どうして??」
そりゃ、私も図書館には行きたいし、本部長の計画がきちんと立てられないと困りますけど?
でも、それと結婚の関係は、何?
全っ然、分かんないんですけど??
「いや、図書館自体は入れるんだ。問題は、その奥。」
「奥?」
「そう、グロッシュラーと同じ様に、禁書室がある。そこに入りたいんだ。」
成る程。
なんとなく、分かってきた。
きっとウイントフークが計画に役立つものが、その禁書室にあると踏んでいるのだろう。
たしかに、そうなれば。
話は、違うけれど。
「でも。それと、結婚。何が関係あるんです?ウイントフークさん、もう銀の家だから入れるんじゃないの?」
独り言になりながら呟く私に、こう返答が来る。
「エイヴォンが言ってたろう。新説の本が、減っていると。誰が、何の目的でどうしているのかは判らん。しかし、処分されているのかあそこに隠されたのか。何にせよ、重要な部分に関しては残っている筈だ。」
「成る程………。え?だから、結婚は?」
話が全然、行き着かない。
ウイントフークにとっては、結婚という部分は重要では無いからだ。
「………ん?ああ、あそこはな。一位と、二位が独占しているんだが入るには二人分の許可が必要なんだ。一人はブラッドフォードでいいだろうがもう一人分、必要だ。」
「ふぅん?禁書室は、って事ですよね?私は普通の図書館には入れるんですよね?」
「ああ。銀は入れる。他の家は、図書館自体に許可は必要だがな。まあそう複雑な手続きでもないが。」
「ふぅん?ベオ様のお父さんとかは駄目なんですか?そもそも、もし私が結婚するにしたって。いや、しないんだけど時間かかりますよね……?」
ウイントフークがそんなに本を待てるとは、思えない。
何故そんな提案をしたのだろうか。
「まあ、そうなんだが。しかし、お前がそうなれば、ある意味いつでも入り放題…」
「ちょ、人を図書館の鍵扱いしないで下さいよ。まだ、ここでお兄さんにも会ってないのに…。」
大きな溜息を吐いて、睨んでおいたけど。
既に他の事に頭が移ったのだろう、聞いちゃいない本部長は何かブツブツ呟きながら本の山を彷徨き始めた。
仕方が無いので禁書室のことで頭がいっぱいのウイントフークを放って、とりあえず本棚を創る事にする。
こればかりは諦めてもらわないと。
多分、もっとしっかり、考えたならば良い案が思い付くのだろうけど。
きっと、一番手っ取り早いこの方法を実行したくなったに違いない。
でも。
断られるのは、解ってたと思うんだけど?
本棚の色を考えつつも、私はその点が気になっていた。
だってきっと、ウイントフークは。
すぐに破綻する計画は、立てない。
きっと、私に話すかどうか、迷っていた理由がある気がしたのだ。
半分独り言の様に、口に出す。
返事は、あまり期待していなかった。
「て、言うか。怪しい…なんで提案したんだろう?何か、お兄さんとの事で…?うーん?」
「ああ、明日挨拶に行くからな。」
「は?」
そのまま何事も無かった様に、まだ部屋を回っている。
「依る、とりあえずシリーじゃない?」
「そう、だね?もうウイントフークさん当てになんないよね?」
「まぁね。」
「えー?!もう、早く言ってよ~!朝から黙ってたって事~?」
朝と、バタバタと部屋を出る。
廊下を走っていると、ちょっとマシロに注意されたけどそれどころではない。
えっ?何これ?
誰に、訊けばいいの??
ぐるぐると頭の中を探してみるが、心当たりは皆無だ。
シリーはロウワだ。
手伝ってはくれると思うが、どうしたらいいのか何を準備すべきなのかは、知らないに違いない。
「ええ~、これ、どうする??」
「あ。」
その、朝の声で扉に手を掛けていた私も横を見た。
シリーを求めて、食堂の前にいた私の目に映ったのは。
廊下の正面、大きな扉を開け入って来た、ハクロ。
そうして背の高いハクロの背後からは、ラガシュとパミール、ガリアの三人が入って来るのが見える。
「え?嘘?なに?なんで?え??」
「遅くなりました。いや、あなたから連絡があるかと、思っていたんですけどね?その様子だと、聞いてすぐでしょうか。」
その、ラガシュの言葉でピンと来た。
多分、ウイントフークとその話になっていたのだろう。
私が頼れる人なんて、ラガシュくらいだ。
まだ、このデヴァイでは。
きっとラガシュは私が話を聞いたらすぐに、自分に聞きに来ると思ったのだろう。
だから、二人を呼んでおいてくれたのか、それとも二人は帰って来ていたのか。
どちらかは分からないけど、有難い事に変わりはない。
「ありがとう、ございます。」
「さ、では。」
そうしてラガシュは私達三人を押しやると、自分はスタスタと書斎へ向かって歩いて行った。
どうして始めて来た筈なのに、場所を知っているのだろうか。
「ヨル、久しぶりだね?」
「はっ!なに?え?ていうか、どうして?」
「それは兎も角。部屋は?どこ?衣装は?」
「あっ!そうだった!!」
そうして私の興奮冷めやらぬまま、とりあえず二人を部屋へ案内する事にしたのだ。
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