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8の扉 デヴァイ
彼は 鏡
しおりを挟むもしか、したら。
部屋の隅にいる、金色を見て思う。
あの時。
あの、森で私の不安を掬い上げてくれた金色。
そして次の世界へ行く、私のモヤモヤ。
今の状況って。
あれと、同じなんじゃ、ないだろうか。
静かな空間、時間の流れが違う気のするこの、場所。
あの時は、私が創ったあの美しい泉だった。
今は。
また、別の魅力がある不思議な魔女の部屋だ。
なんとなく、心に抱えるこの想い。
奥に、隅に、見えない様でしっかりある、不安の種。
気が付かない様に、わざと、浮かれて見ない様に。
していたのかも、しれない。
「悪の巣窟」と思っていた、ここデヴァイ。
雨の祭祀での、あの人達の愚行。
ディディエライトのこと、長のこと、セフィラのこと、自分の、こと。
アラルの想い、「どちらがマシ」か、というこの世界の現状。
私になんとかできるのか、という不安。
姫様の、こと。
私自身が、「生贄」かもしれない、こと。
それに。
思ったより、心地の良いこの空間と今の所悪意の無い人達しか出会っていないこと。
安心と共にある、消えない不安。
きっと、また私の中では先入観があったに違いないのだけれど。
でも。
これまでの、ことを思えば。
「そりゃ、怖いよ…………。」
ポツリと呟いた、私の声。
それにピクリと反応した金色は、しかし視線は向けずに姿勢を変えた。
どうやらまだ。
私に一人で考えさせてくれるらしい。
確かにあの、金色に包まれたならば。
すぐに、あれに満たされ何も、考えられなくなってしまうに違いない。
それに、しても。
なんだろう、焦り?
意外と心地がいいこと?
何をすればいいのか、分からない、こと??
多分、全てが当てはまるのだろうけど。
しかし、やはり簡単に解決できるような問題でもない。
そう、私は気付かぬうちにぐるぐるの沼に嵌っていて。
きっと、ぬるりと緩い、半分心地の良い泥の中に、埋もれているのだろう。
そう、半分は心地が良いのだ。
だから。
きっと、気が付かなかったし、気が付きたく、なかったのだ。
多分、「私がこの姿を表す」事に反対の、彼は。
きっと私の不安を解って、いたからなのだろう。
やらなきゃいけないとは思って、いても。
未だ心が、追いついていないこと。
それは、私と繋がる金色だけには、バレていたらしい。
うう…。
でも…仕方、ない、よね?
チラリと部屋の隅を盗み見るけれど、微動だにしていない金色。
まだこちらを見ていない、彼。
それに少し、不安になる。
あの、燃える金色が見えないだけで。
いやいや、駄目駄目。
なにか。
何か、一つでいいの。
取っ掛かり。
私が、このモヤモヤを抜け出せる、取っ掛かりが必要よ?
なんだ、ろうな…………?
落ち着いた部屋の空気、深い木目とバーガンディの革。
とりあえずウイントフークが作った、道を試す為にこの部屋へ来た私達。
しかし、金色はきっと始めから、落ち着いて考える時間をくれるつもりだったのだろう。
部屋へ着くなり、ぐるりと中を周り安全を確認すると隅へ陣取ったまま、この状況なのである。
しかし私も、その彼の様子を見てきちんと自分で考えなければならないと、思う。
きっと、ヒントはある筈なのだ。
私達はずっと、扉を旅して来たし色々な事が、あった。
それを、泣いたり笑ったり、ぐずぐずしたりうだうだしながらも。
乗り越えて、来たのだから。
一面が引き出しになっている壁の前には、長い机が設置されていて沢山の魔女の必需品の様なもの達が残されている。
その中には、不思議な石の様なものも、あって。
まじないで出来ているのか、ガラスか何かなのか、この世界では見た事もない大きさの丸い玉が幾つかあって、色もそれぞれ違う。
その中の一つ、今の気分にピッタリな白の中に灰色と黒の雲が入った玉を取り、手のひらに収めた。
白い、礼拝室、古く重い茶の重厚な礼拝堂。
光の差すフェアバンクスの空間、暗いデヴァイ。
古い慣習、それから抜け出したい人達。
美しい世界の裏で、搾取されている違う扉の人々。
白と黒、しかし混じり合う部分は灰色の、その玉が。
今の私のぐるぐるに、ピッタリとはまるのだ。
「白か、黒か。それとも。いや、私ホントはグレーは嫌いなんだけどな………。」
どちらかと言えば、ハッキリしたいタイプの性格。
「グレーゾーン」とか、嫌いだし。
「曖昧な関係」とか。
なんとなく続く「なくした方がいいこと」とかはさっさと辞めればいいと思うし、「義理」で続ける関係とかも要らないと思う。
この、玉の中には白と黒、灰色があるけれど。
これが私の心の中を、表しているとして。
私が、モヤモヤしている原因って?
手のひらの中で玉をくるくると回し、眺めていた。
艶のある白、銀色にも見える光る灰色、美しい漆黒。
この、一つの玉の中に共存する、正反対の色とそれが混ざり合う、部分。
なんだろう。
なに?
何が、気になるんだろうか。
白と黒があること?
物事には裏と面があると、シンも言っていた。
それは、当然の事だし理解もできる。
いい面があれば悪い面もあって、見方を変えればそれが逆になる事だって、ある。
この、「世界」を作っているものも、勿論そうだ。
デヴァイの、そもそもの前提が「神の一族」で。
「神の一族」から言わせれば、きっと自分達が白で、それ以外は黒なのだろう。
私から見れば、それが逆で。
だからそれを、変えたいと思っている私。
そう、白と黒を反転させること。
私の世界で言えば、法律に近い様なものを「辞めればいい」と「壊せばいい、無くせばいい」と。
思うのは、簡単だけれど。
それが、できるのか。
それが、「正しい」のか。
全く違う世界から来た私が。
それを「決める事はできるのか」
それを「決める事は正しいのか」
「人として生きる」「尊重される」
その、私にとっては当たり前で、正しいと思えること。
それはきっともう一方から見れば「当然」でも「正しい」ことでも、ないのだろう。
そんな中。
自分が正しいと信じて進むとしても、何をどうして、目標、目的を何処に定めて。
進めば、いいのか。
それが、全く分からない、無い状態で進めるような問題でも、ない。
この、大き過ぎる世界の前では。
確固たる、目的が無いと。
分かり易い、目印。
すぐにうっかりする、私が、それを目指して進める、もの。
それは、なに………?
「真っ直ぐ、進む自信が。無い、よ………。」
何処だ、ヒントは。
いつも、みんなが私に言ってくれる言葉、これまでの出来事。
何を、頼りに進んできた?
あの、金色に訊くのは後でもできる。
自分で、ちゃんと。
考えるんだ。
暫く、考えてみた。
自分の中を、探して、みたんだけど。
一つしか、思い付かない。
「私は私のままでいい」こと
うん?
それ以外?
なんか、あったっけ………。
え。
逆に他に無いって………そんな事、ある?
でも、確かイストリアさんが…。
言ってた、筈だ。
「私は、私の。輪を、回せばいい」って。
『君は、何の為に生まれた?
人は、何の為に生きている?
分からないから、面白いんだ。
だからこそ、自分の行きたい方向に輪を回す必要がある。
じゃなきゃ、納得いかないだろう、私達はコマでもなくおもちゃでもなく、意志を持って、持たされて生まれてきたのだから。
その意志を以てして自分の輪を回す「権利」がある。
時には努力と意志だけではどうにもならない、運命の悪戯も訪れるかもしれない。
だが全てが、思う方向に転がるばかりでも、面白くないだろう?
神の意志など、余興だとでも思っておけばいいんだ。
君は、君の輪を。
軽く、風の吹くままに転がし楽しむ権利がある。』
そう、確かに。
納得、した筈だ。
「私は私」のままで、いいと。
逆にそれしか、できないと。
みんなに、いつも言われていた筈だ。
ここへ来る時も。
あの、扉を潜って「人を傷付けない」それだけ気を付ければ。
あとは、自分のまま、進むしかないのだと。
しっかり決めて、歩いた筈なんだ。
「何、それ………。すぐ、忘れるじゃん………私って、やっぱり馬鹿………。」
祭祀の直後だったからか、あの勢いのままこの扉を潜った事を思い出す。
私は燃えていて。
勢いづいて、ここへ乗り込んだのだ。
そうして予想と違う、このフェアバンクスの空間に驚きながらも安堵したのだろう。
いきなり殺伐とした空間よりは、良かったと思う。
でも、この空間に癒された私は少しだけ臆病になっていたのだ。
気が付かない、フリを、していたけれど。
「まあ、そうして。少しずつ、進んで行くものなのだろう?「人」と、いうのは。」
いつの間にか、背後に来ていた金色にフワリと包まれる。
ホッとした自分に、自己嫌悪と、しかし抗えない安心感。
居た堪れなくなった私を、しかし金色は逃す気は無いらしかった。
「吾輩から見ると、それが。「人」たる、所以で、愛おしい、部分なのだがな?」
えっ。
「愛おしい」?
いやいや、待って、今シリアスな場面。
ぐっと締め付けられた胸の鼓動を寄せて、質問してみる。
「そう、なの?」
「ああ。人以外は持たぬ揺らぎであろう?進み、戻り、悩み、迷う。この頃少し、分かる様になってきた部分もあるが。」
言葉を切り、じっと覗き込む金の瞳。
逃げ場は、無い。
「お前のお陰で。吾輩の、色も増えた事だろうよ。」
その瞬間、ザワリと燃え上がる瞳の焔、それは彼の言葉通りに多種多様な、色を含んで。
抗えない私は、ただ、目を瞑りそれに飲み込まれていく。
目を、閉じていても。
この空間は、私の心にはっきりと映し出されるから。
いつもなら橙と金色の空間は、色とりどりの焔の羽が舞って息を飲む美しさだ。
ブワリ、ふわりと舞う羽、時折激しく燃え上がる焔が沢山の色を吸収して複雑な大きい羽になる。
所々にできる大きな羽と、小さな焔の輝き、何処からか吹く風に舞い上がる煌めく金色の小羽。
そうしてこの空間に浸っている私に、心地の良い音が染み込んで、来る。
「依る。吾輩に、色を与えたのは。お前、なのだぞ。」
そんな事、言われたら。
涙が、出ちゃうじゃないか。
激しく舞う焔の中で、一際優しい黄金が私の周りを囲む。
「何かを。変えようなどと。思わなくて、良いのだ。お前はただ、お前の道を。進むだけ。お前の「輪」を。周りを気にせず、回していけばいいだけの、こと。」
「その波紋を受け、変わるものは変わるであろうし変わらぬものも。ある、だろうよ。それは、それだけの、こと。それ以上でも、以下でも、ないのだ。変わること、変わらぬこと。それを選ぶのは、向こうでありお前ではないのだから。」
そう、だよね………。
また。
思ってしまって、いたんだ。
「私が変える」と。
「私が、変えなければならない」と。
それは、奢りだ。
何度、同じ間違いをするんたろうか。
ううっ。
穴があったら、入りたい。
「まあ、その穴に吾輩も入れるのであれば。止めは、せぬが。」
なにその真面目な答え。
………まあ、気焔らしいけど。
そう、私は再び自分の道から少し、外れていたのだろう。
それを分かって、いたのだ。この金色は。
「それでも。お前を見ていると、美しいと、思う。精一杯、輝くその様が、な。」
ああ。
悩んで、いても。
ぐるぐるしていても、ウジウジしていても、怒っていても、泣いて、いても。
それを見て、この人が、いや、この石が。
美しいと、言ってくれるなら。
そうだ。
本来は変わる事のない石の色、しかし変化をした彼は私の「色」が美しいと。
それが「人」たる、所以なのだと。
何者も受け入れる事なく、ただ、そこに「在る」筈の石が、そう言ってくれるのならば。
フワリと柔らかい羽が、私の頬を撫で涙を拭う。
私の、進む方向、進みたい方向。
「こうあるべき」ではなく、心から、そう思える、「私の、道」は。
「解った。」
そう、一言だけ、返事をして。
そのまま、後は色とりどりの羽に、ふわりと身を委ねたのだ。
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