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8の扉 デヴァイ

時の鉱山

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「レイテ。」


何処かで聞いた、この名前。
何処だった?

結構前だった気がするけど………。
うーーーん?

グロッシュラーでのロウワの子かなぁ?
いや、もっと前だよね………。

うーーーーーん???


「レイテ………かぁ。」

「おい。」

「ひゃっ!!」

感覚的には、一メートルくらい飛んだ。

いや、実際そんなに飛べないんだけど。


「…びっ、くりしたぁ。やめて下さいよ、急に声掛けるの。」

「お前、入ったな?」

その、茶色のジトっとした瞳に「逃がさんぞ」という色が浮かんでいる。

ううっ。
もうバレちゃった………。

いきなり廊下で背後から声を掛けられた、私。
とりあえず自分の部屋の前迄来たので、無言で扉を開けウイントフークを招き入れた。


ウイントフークに椅子を勧め、自分はベッドに座って「小さいテーブルセットが必要だな?」なんて、思っていたけれど。

キロリと私を睨んでいる茶の瞳からは、逃れられる筈もない。
大人しく、口を開く事にした。

「………だって、開いたんですよ。「開けごま」で。」

「は?なんだ、「開けごま」って。」

「いや、初めは開かなかったんですよ?だから…扉と言えば、じゃないですか。そしたら開いちゃったから………まあ…入りますよね?」

額に手を当て、大きな溜息を吐くウイントフークを見ながら「仕方ないじゃん」と開き直っていた私。

だって絶対。
ウイントフークだって、アレを唱えて開いたならば。

「どうせ自分だって入るくせに………。」

「何かあったら、どうするつもりだったんだ。彼処は多分、まじない空間だ。何かあって、すぐに気焔が飛んで来るかは判らないんだぞ?千里は反対しなかったのか?」

「…。」

勿論、千里はあの通路に消えて行ったから。
こっそり、一人で入ったのだ。
多分、知っていたら止められたとは思うけど。


再びの大きな溜息の後、ウイントフークは椅子を傾けながら話し始めた。

「で?お前、で、その名を聞いたんだろう?」

「そうですね。」

「やはりか………。それに、この前は「黒い石」だと。言ったよな?」

「はい。」

何、この尋問。
嫌な、予感。

くるくると動く茶の瞳は、何やら頭の中で素早く推理をしているに違いない。

居た堪れなくなった私は、立ち上がりお気に入り棚に近寄ったのだがそこはウイントフークの側だ。
なんとなく怒られそうな気がして、反対側のクローゼットを開ける。
掛けられた服の下にある、荷物箱を取り出して何の気無しに中を探り始めた。


「ラピスにある、昔話のうちの、一つに。」

「はい?」

ゴソゴソと箱の中身を整理していると、いきなりラピスの話になった。
しかも、昔話だと言うその話はしかし、私が好きな不思議な話だったのだけれど。

その、内容が問題だった。

「鉱山には昔から「青い服の少女」がいる、と言われていたんだ。大勢で石を掘っている時は現れないらしいが、大体逸れている者や一人で掘っている者の前に現れて、石の在処を教えるらしいんだ。」

ああ、が。

直感的に、そう思った。

そう、言われれば。
あの男の子は一人で石を、掘っていたしその子を見つけると石の在処と、それに。

「黒」だと。


「うん………?黒??」

ポツリと呟いた私に、問い掛けるウイントフーク。

「お前、その子供の髪色や瞳の色を、見たか?」

「えーー………、多分?茶色のふわっとした髪と、瞳…………。で、石が、………え?嘘でしょ?」

心当たりが、ある。

その、「黒」という色、「他に無い」と言われた特別な色。

茶のふわりとした髪、あの、瞳。
誰かに似ていると。

思ったんだ、確かに。


無言で、細まっている茶の瞳を確認すると。

「そうだろうな」という、色を浮かべて椅子を揺らしている。

「え?でも?子供だった…けど?え?まじない空間だから??え?」

混乱してぐるぐる部屋を回り出した私を、じっと見ながら再び質問を投げてくるウイントフーク。
淡々とした声が、が事実だと、肯定している様な、気がして。

「で?その、「レイテ」は。どうやって、出てきた?」

「いや、誰か探している風だったんですけど。その男の子が、見つけてそう呼んだんです。」

「………まあ、探しに来たんだろうな。アイツの世話をしていたのは彼女だけだと、言っていたから。」


あ。

そうか。
え?
ちょっと、待って………。


その男の子が、レシフェだとすれば。

そう、何処かで聞いたと思っていたその名は、多分ハーシェルの口から出た亡くなった妻の、名だった筈だ。

それは、レシフェの姉でもあって。


え?
レシフェの、子供の頃?
お姉さん、生きてた………て言うかハーシェルさんと結婚する前だよね??
は?
まじない空間?

そんな事、あるの………???


じゃあ、もしかしたら………?


しかし、私のその淡い期待は本部長にすぐ打ち破られた。
よく、考えれば。
やはり、無理な事はすぐに分かるのだけれど。

期待、してしまったのだ。

「こちらから彼方に干渉する事はできないだろうよ。」

ピシャリと私の考えを否定するウイントフークは、きっと私が何を考えるかすぐに察しがついたのだろう。
期待をもたせない様に、始めにそう言ったに違いない。

「そもそも、ラピスに昔から伝わるこの話は御伽噺だと思われていた。その、現れる少女が「青の少女」じゃないかと、思った事もあるが。まあそれは、お前が来て違ったと思ったんだが…あながち間違いでもなかったって事か………。」

「え。」

「しかし、いつの年代でも。「少女」と、言われていたからな。まじないか、スピリットの類いかと思っていた。フェアバンクスに、訊いてみないと分からんが元からに、繋がっているのかお前が繋げたのか………。なにしろやはり、この家はラピスと繋がりは深いんだろうな。」

洗面室を見ながら、そう言うウイントフーク。

確かに。
あの、森がラピスに繋がっているならば。

「あっちもこっちも、ラピス。………フフッ、来るべくして来た、って事ですね。」

あっ。
呆れてる。

三度目の大きな溜息を吐いて立ち上がったウイントフークは、どうやら調べ物に行くらしい。

「大人しくしてろ。」

そう、釘だけ刺して書斎へ引っ込んで行った。
暫く出てこないに違いない。


「えー、暫くって。どのくらいかなぁ………。」

ドサリとベッドに倒れ込んで、天蓋の天井を見る。

ベージュに、金色で星図の様なものが描かれている、その天井に初めて気が付いた。
基本的に、横を向いて寝るからか、それとも夜は見え辛いのか。

美しい、その模様を見ながらゴロリと横になる。


「うーーん。」

過去と繋がる、鉱山。
まじない空間の魔女の部屋。

洗面室は、きっとラピスに繋がる森があるし。

なんだか、よく、分からないんだけど。

複雑な、気分である。
一人で石を探したと言っていたレシフェ、きっとハーシェルが会いたいであろう、レイテ。

でも。
「過去」を、捻じ曲げる訳にはいかないのだ。
それは流石に、私も解る。


「はぁ~。」

声に出して、息を吐くといくらかスッキリ、した気がする。
広いベッドに手足を伸ばして、はっきりと目に星図を映した。

この空間には。
空は、あるのだろうか。

未だ謎が多い、デヴァイではあるけれども予想よりは過ごし易いと思う。

今の所は、だけど。



暫くゴロゴロした後、気持ちが落ち着いてきたのを感じた私はこれからどうしようかと考え始めた。

まだ、午前中。
まさか、一日中ここで転がっている訳にもいくまい。

なんだかんだ、分からない事も多いけど。
それでも結局、誘惑が多いのだ。
この、空間は。

「でも。やっぱりめっちゃ、ワクワクする!」

ガバリと起き上がって、「さあどうしようか」と考える。

外には行けない。
屋敷も、ほぼ完成した。
あの、部屋はまだダメか………。

それなら。

「歌っちゃおうかな?祈っちゃおう、かな?」

久しぶりに、あの。
白い礼拝室へ行ってみようか。


そうして有り余る元気を抱えた私は、ポンとベッドから飛び降りると。

部屋を見渡し、誰も居ない事を確認して扉を開ける。
朝がいたら、絶対突っ込まれるからだ。


「はいはーい、ちょっと祈るだけですよ。」

誰も聞いていないけど。

とりあえずそう呟きながら、足取りも軽く。
奥の礼拝室へ向かって行ったのだ。

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