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8の扉 デヴァイ
金と銀
しおりを挟む「私もすっかり朦朧したものさ。しかし、あの子を見てはっきりと思い出した。そう、なんだ。結局あの人も、そうして一人で走り回って何処かへ行って。知らぬ間に何処かへ消えて。そうしてあの子がここへ、来たならば。それは即ち、そういうことなのだろうよ。それは、もう運命としか言いようがないだろうね。」
そう言ったきり、黙り込んだメディナ。
青の家の男達は誰も口を開かない。
対して、隣のウイントフークは。
やっと、思考の海から帰ってきた様だ。
「では。青の家も、この世界を維持する他の方法を模索していく方向で、良いという事ですね?」
いきなり話が飛んだ様に聞こえるが、どうやら通じてはいる様子。
ゆっくりと頷いたメディナは、黙り込んでいる二人にこう言った。
「さて。私ゃ、疲れたよ。とりあえず今日は休ませて貰います。次を担う、お前達で策を出しなさい。兎に角、あの子に、負担をかける様な事だけは。決して、するんじゃないよ?」
「「はい。」」
借りてきた猫の様になっている二人が頷くのを見ると、部屋を出て行ったメディナ。
その瞬間、二人が大きな溜息を吐いた。
「こんなに叱られるのは久しぶりだな…。」
「我慢してたんでしょう。まあ、とりあえず良かったですよ。僕的には。」
「………。」
歳上のイオデルが縮こまっている様を、愉しそうに見ていたラガシュ。
「してやったり顔ね。」
「まぁな。これ迄は肩身が狭かったんだろう。」
ウイントフークに「とりあえず喋るな」と言われている俺達は、朝の耳元でコソコソと会話していた。
ウイントフークは俺達の事をまだ隠しておいて、色々探るつもりなのだろう。
話し声が聞こえない様に、ソファを降りた朝と部屋の隅に移動する。
怪しく思われない様に、俺達の代わりに千里を座らせるととりあえずそこから話を聞いていた。
しかし、話はそう長くはなかった。
「じゃあ今日はここ迄だな。後は、そっちの家の話だろう。」
そう言って、早々に腰を上げたウイントフーク。
確かに俺達の中では、方向性は大体決まっているのだ。
それを「どう実現するか」が、問題なだけで。
これまで二つに割れていた、青の家の意見を一致させて貰わない事には、話が進まないと判断したのだろう。
ラガシュに何やら話をしていたウイントフークは、俺達に合図をすると今日は帰る様だ。
そうして青の男二人と、ウイントフーク達を見送った俺。
前以て、何か言われていた訳ではない。
しかし、あの合図をそう受け取った俺はもう少しこの家について調べてから帰る事にしたのだ。
まあ収穫もそんなに無いしな?今の所。
しかし、ヨルを連れてきた効果は抜群だった様だが。
そうしてラガシュの肩に留まると、青の家の探検を始めたのだ。
「しかし、「金と銀」とはどういう事だ?」
「多分、メディナがそう呼んでいるだけだとは、思うのですけどね………。」
パラパラと青の本を捲るラガシュの傍で、俺はこの部屋を観察していた。
多分、青の家の図書室なのだろう。
壁一面と、いくつも本棚が連なるこの部屋は雰囲気だけで言えばグロッシュラーの図書室に、近い。
しかし中央のこの机の上には、「青の本専用」と言わんばかりの小さく、しかし豪華な本棚が設えてありこの家での青の本の扱いが伺い知れる。
信じる、信じないは別として「特別」ではあるのだろう。
ここデヴァイの中でも質素な方の青の家だが、この小さな本棚の装飾だけは。
とてつもなく、手の込んだものだという事が分かるのだ。
パタンと本を閉じると、溜息と共にラガシュはつらつらと話し始めた。
「いやね?多分、始まりは長、そのヴィルヘルムスハーフェン、いや長いので「ヴィル」と僕達も言いましょうか。そのヴィルがここ青の家に生まれた所から、始まるんですよ。」
「それが、金の瞳、ほぼ白い髪を持っていたものだから問題になった。解りますよね、とりあえず初めは「色」で判別される事。赤ん坊のうちは、まじない力なんて判らない。しかし、その特異な色合いだけは。無視、できなかったんでしょうね。とりあえず彼の為だけに、「金の家」が作られたのです。」
「そこが始まりなのか?」
「そう、書いてありますね?それ以前がどうだったのか、何故その「金の家」が作られる事になったのかは。今はその「色」以外には、判断できる術はありません。まあ、これから分かってくるかもしれませんが案外理由なんて無いのかも………。」
「しかし、あれじゃないか。結局、初めから「そのつもり」で金の家は作られた、と見ていいのか?」
「…………その、可能性は高いでしょうね。解っていたんですよ、予言もある。世界が、滅びの方向に向かっている事は、どうしても。今考えるとよく解りますが、循環していないのですよ。現状は。一方通行のみ。それでは、やはりいつかは限界が来る。それを阻止する為の「人柱」をその力のある者に負わせようとした。それが、始まりなのでしょうね。」
「そして、その後継ぎを作る為にそのディディエライトが利用される、という事か。」
「そうでしょう。あの人も。特異な「色」を、持っていた。こちらが金で、あちらが銀という事なのでしょう。結局そのディディエライトの出自は分かっていません。ただ、貴石で「いつか」の為に、こっそりと育てられていた以外は。それが、意図があっての事だったのか、ただ吹っかけようと隠しておいただけなのかは判りませんけどね。とりあえず、全ては都合の良い様に、進んでしまった訳です。この、世界のこれまでの流れに、沿うようにね。」
軋む椅子の音、疲れた様に凭れるラガシュはしかし明るい表情だ。
「しかし何しろ、今迄はっきりと意志を表明してなかったメディナがああ言ったんだ。僕の勝ちだな…。」
「誰と勝負してるんだか。それで結局、そのセフィラはどうなったんだ?メディナは「消えた」って、言ってたな?」
「…………。」
黙りこくる、ラガシュの様子から良い返答が来ない事は判る。
やはり。
亡くなって、いるのだろう。
しかし、セフィラはヨルの世界へ行った筈だ。
普通に寿命で、亡くなっているかもしれないしな?
机の上の本の周りを、ぐるぐると回っていた俺をヒョイと捕まえたラガシュ。
灰色の瞳が、よく見える顔の前に持ってくると奴は嫌な予想を口にした。
「多分。セフィラはこの世界へ戻ってきた筈です。ヨルが、青の本の一冊目を持っていた。それは、ラピスにあったものです。そうして多分、あの子は何かを追って旅をしている筈だ。それが、セフィラの痕跡ならば。この世界で、消えた可能性が高い。それに、直接、ヨルがセフィラを知っている筈でしょう?向こうで、寿命を全うしたならば。」
「…………成る程。」
「だから。僕達は、その犯人も捕まえないといけない。もし、セフィラが「従わないから排除された」のだとすれば。」
「…………もう後がないから殺されないとしても、まあ良い結果にはならんだろうな。」
「そうです。僕達はあの子を守りつつ、この世界を存続させる方法を知らしめる必要がある。まあ、それが難しいんですけどね………。あのジジイども………。」
珍しく口が悪くなっているラガシュ。
まあしかし、どこの世界でも。
年寄りの、頭は固いという事か。
なにしろウンウン唸り始めた、ラガシュを放っておいて俺は図書室を調べる事にした。
ここで一緒に唸っていても。
解決する事は無いからな。
そうして、そう広くは無いが落ち着く匂いのするこの空間を、飛び回り始めたのだ。
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