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8の扉 デヴァイ
私の部屋 1
しおりを挟むうーん、なんか、落ち着く。
視界に、いつもの灰色の毛並みを捉えて。
青の瞳とリボンがピッタリだと、いつもの様に自画自賛しながら朝を眺めていた。
なんだか、千里をずっと見ていたから。
目が、疲れた様な気がするのだ。
うーん、目を開けすぎてたのかもしれないな………瞬きが足りなかったのかも?
シパシパしつつも、灰色と極彩色(とは言っても光を受けないと落ち着いた色だが)を交互に見て、楽しんでいた。
部屋を彷徨く二人は、特に会話するでも無くあちこちを移動している。
私は、朝の様子が気になっていた。
シャットで、エルとは微妙な仲だったから。
千里とはどうかな?と、様子を見ていたのだ。
多分、最初に千里を見た時、朝は特に反応を示さなかったと思う。
私が気付かなかっただけかもしれないけれど、特に驚きの声も、行動も。
見えなかった気がするのだ。
朝は、普通の猫じゃない。
多分、なんとなくでも千里が「なんなのか」は。
判って、いそうだけど?
………後でこっそり、訊いてみようっと。
そうと決まれば。
「ねえ、ここって。「女の子の部屋」だよね?」
「だと、思うわよ?多分ウイントフークもそう思ってここにしたんじゃない?あっちは書斎まで作るつもりよ。」
「ええ~。自分だけちゃっかり、またあの酷い部屋を作るんだ………。」
て、言うか。
「お屋敷」に。
あの、ガラクタ部屋は作っちゃいけないと思うんだけど。
しかし妙に落ち着くあの空間を思い出して、やはり「クスリ」と笑いが出る。
あの空間が、再現されたなら。
きっと、私にとっても落ち着く場所になるに、違いない。
でも余計な事まで思い出して、寂しくなっちゃうかもな………。
フワリと頭の中に浮かんできた、灰色の髪と赤茶のフワフワ。
「いかん。」
そう、私は部屋を整えなければならない。
泣いている暇は、無いのだ。
うん、それに。
きっと、また会えるし?
少し、心配そうに私の顔を見ている朝と目が合う。
きっと私があの汚部屋を思い出す事で、何を思い出すのかが、分かるのだろう。
「大丈夫。さあ、やりますか!」
そう、自分に気合を入れて。
腰に手を当て、ぐるりと部屋を見渡し始めた。
この部屋は、そこそこ広い。
グロッシュラーの銀の部屋よりも、広いこの寝室は大きな天蓋付きのベッド、壊れた箪笥、壊れた机が残されている。
入り口の扉以外に、一つだけ少し小さ目の扉があって。
きっと、あれは洗面室じゃないかと思うのだけど?
恒例の、間取りチェックから始める事にした私は、とりあえずその扉へ近づいて行った。
カチリと、小気味のいい音がする。
「開いた。」
剥げた扉は、もしかして錆び付いて開かないかとも思ったけれど、普通に開いた。
「えっ。可愛いんだけど。」
予想より、広い空間。
まず、一番に目に飛び込んで来たのは猫脚のバスタブだ。
「何これ~、憧れの猫脚にここで出会えるとは………。」
タイルの剥がれた床を気を付けながら進む。
その、薄暗い場所は。
ある意味、予想を裏切る空間だった。
まず、大きな窓があるのだ。
その大きな窓を区切っている黒い枠、ガラスは曇っていて外は見えない。
でも、ぼんやりと灰色の雲の様な気配がして、夜ではなさそうな雰囲気だ。
その大きな窓からの明かりに、照らされているバスタブが一つ。
この、洗面室の真ん中にどーんと鎮座している。
灰色で、所々、剥げてしまっているけれど。
きっと以前は白くて綺麗なバスタブで、金色だったろう猫脚。
それが長い間ここにずっと「在るだけ」で、使われていない寂しさを醸し出している様に、見えて。
「うん、大丈夫。私が、入るから。」
頷きながらそう言いつつ、部屋の奥に進んで行く。
「えっ?根っこ…?」
光の届かない奥、剥げた床からはボコボコした何かが飛び出してきている。
ぱっと見は、「木の根」に見えるそれ。
近づいて行くと判るのだが、どうやら奥の壁には木の絵が描かれている様だ。
しかし、殆ど剥げて残っていなく、なんとなく「そうかも」という程度の緑が見える。
もしかして、これが見えたから。
「根っこ」だと、思ったのかもしれない。
ここには「木」は無いと言っていた筈だ。
「もしかしたら本か何かで読んだのかな………。」
ここの主であった女の子が、もしかして描かせたのかなぁなんて思う。
よく見ると、床も凸凹しているだけで木の根では無さそうだ。
きちんと見えないから、分からないけど。
でも、木があったなら素敵だとは、私も思う。
その周り、バスタブの奥には物を置く棚やワゴンしかない。
くるりと振り返って、入ってきた扉を確認するとその両脇にトイレと洗面台がそれぞれあるのが分かった。
しかし、どちらも。
暫く使われていないので、とても今使える様には見えない。
これは急務だわ………。
そう思って、とりあえずは洗面室から手をつける事にした。
「あら、可愛いじゃない。」
「でしょう?いいよね?てか、この窓拭いたら外見えるのかな……?」
「どうだろうね?」
お風呂嫌いの朝は、そろりそろりとタイルの上を歩いていてちょっと面白い。
とりあえずは部屋の中を把握したいのだろう、隅まで何やら調べている様だ。
何故だか一緒に来た千里は、入り口に座って私達の事を眺めているけれど。
まさか、「ここがどうだったのか」知ってる訳じゃないよね…?
千里はいつから、ここに居るのだろうか。
私の視線を受け止めた紫の眼は、再び不思議な色を宿して部屋の中を滑っていて、きっと答える気は無いのだと感じる。
多分、私の疑問には。
気が付いて、いるだろうから。
ま、それは追々、分かるでしょう………。
それよりも私には、急務があるのだ。
うかうかしていたら。
きっと、夕飯の時間になるに違いない。
「お腹空いたら、部屋が創れない気がするしね………。」
「それは間違い無いわね。」
「まぁ、うん。」
自分で言ったけれど、こうもしっかり肯定されると、なんだか抵抗があるな………。
まあ、いい。
とりあえずは、やるか。
ポケットの中から小袋を取り出し、石を選ぶ。
青………いや、緑?
やっぱり、森がテーマかな?
大きな窓、差し込む薄明かり。
外は、どう、なっているのだろうか。
でも。
「私は」、どうしたい?
窓から。
「何が見えたら」、素敵?
空?
ううん、空はとりあえず今の所いいかな………やっぱり「緑」かなぁ?
なら、森?
そうね………森の木々と、差し込む光に小道があって四季折々の花、みたいなのはどう??
いいよね?
うん、やっぱり森にしよう。
「木」も。あった、事だし?
部屋の奥、あの壁に描かれていたであろう木は。
どんな、木だったろうか。
大きいよね?
針葉樹かな?広葉樹かな?
うーん、雰囲気的には針葉樹かなぁ………ちょっと、「冬の森」っぽい感じの…いや、お風呂は寒く無い方がいいんだけど。うぅん?
脱線し始めた自分の思考を戻して、部屋の様子を頭に描く。
そうして一つずつ、この、実際の部屋に当てはめて行くのだ。
「窓は、森。猫脚のバスタブはマーブルの白い石、床にはフワフワのマット、奥に大きな木があってお風呂に入ると上に枝がこんちにはする感じね?」
「奥にシャワースペースを作って……小物を置ける棚があれば、いいかな?洗面台には髪型チェックをしてくれる鏡、両脇に棚、トイレはやっぱ仕切らないと落ち着かないしな…そこも緑の落ち着いた空間にしよう。」
うんうん、できてきたぞ?
いつもの様に目を瞑ってブツブツ言っている私は、自分を取り巻く景色が変わっている事をきちんと、思い浮かべる。
あの、白いお風呂を創った時みたいに。
きっと、素敵な場所が、できる筈だ。
彼処は、「癒し」空間にしたけど。
うーん、ここは?
何だろうな?
そうね…「チャージ」?
「憩い」?
「リラックス」、「拡がる」、「呼吸する」?
やっぱり、「森」だから。
そうね、落ち着いたその、時々の森の様子のお風呂がいいな。
夜なら、しっとり癒されて。
月の光の様な、不思議な力の明かりが、注ぐ場所。
昼ならば。
それは、元気になる場所、チャージをする場所になって。
なんとなく、モヤモヤした気持ちも晴れやかになって次に行きたくなる様な。
そんな、場所。
爽やかな朝、なんて事ない午後、時々雨だって降れば物思いにふけれるかもしれないし?
そうね、「楽しめる」場所に。
しようかな、今回は。
そう、思って一頻りその様子を頭に思い浮かべて。
握っている緑の石に「お願いね?」と心で呟く。
「そんな、最高の空間を。みんなで。創って、いけば。いいよね?」
そう、言って最後にキュッと、力を込めた。
「………わ 」
一瞬、握った石が熱くなった気がして朝の声が聞こえて。
「場が調った」のが解って、目を、開けた。
「………確かに。」
これは、言葉が無いね………。
どう、なっているのだろうか。
奥にはどこまでも続いていそうな木々、上を見ると迫り出した枝が豊かな葉を茂らせていて。
空は、見えない。
しかし、夜なのか暗くはないが紺色の空間が広がる、天井。
迫り出した枝の下には白く光るバスタブがホンワリと存在していて。
思わず駆け寄り、チェックする。
「石?」
確かに、「マーブルの石」とは、思ったけど?
大理石よりは透明感のあるその、石は薄灰と白のマーブル模様の石をくり抜いた様な、そんな代物だ。
きちんと、金色の蛇口と猫脚も付いている。
「めっちゃお風呂入っちゃいそうじゃん………。」
「凄。うっわ!ナニコレ。凄。」
バスタブの周りをウロウロしながら舐める様にチェックしていると、奥で朝が呼んでいる。
「こっちは面白いわよ。」
「え?面白い??」
立ち上がり姿を探したが、入り口近くを彷徨く千里の姿しか、見えない。
「どこ?朝?」
「こっちよ、こっち。奥。来ないと多分、見えないわ。」
奥?
って、あの木の、奥??
私から見て、左にガラスのシャワー室がある。
それも、可愛い。
でも。
その、奥は木々が深い、森の様子で。
まじないなのか、絵、なのか。
きっと朝は、あの奥に、いるのだろうけど。
「えー。どうなってるのこれ………。」
「大丈夫よ。自分で創ったんでしょう?」
「確かに。」
それなら。
まあ、怖くは、ないかな?
そう、一つ頷いて。
とりあえず、薄暗い木々の中に足を踏み入れたのだ。
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