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8の扉 デヴァイ

複雑な、色

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「俺の部屋の事は心配するな。とりあえず今日の寝床を作れ。………まあ、この部屋がいいだろうな。」


そう言ってウイントフークが私を連れて行ったのは、礼拝室から出て少し歩いた右側の部屋だった。


あの、ホールの様な場所からずっと長く延びていた、廊下は。

この屋敷の主通路の様で、しかし他の道へ行った事のない私は「後で探検しよう」と、思っていたのだけれど。

きっともういい時間であろう、今から行けるとは流石に思っていない。
確かに提案通りに部屋を整えなければ。
今日、安眠する事はできないだろう。

「シリーは?大丈夫ですか?」

「ああ、もう部屋へ行かせた。お前はいいからな?前もって粗方なんとかしておいたから、手伝うのは止めておいてやれ。」

「…………はぁい。」

少し、想像したけれど私が「手伝う」と言っても遠慮する姿しか、想像できない。

それなら、とりあえず自分の部屋をきちんと整えた方がシリーの負担にもならないだろう。
それは、流石に判る。


「夕飯までは各自作業だな。俺の部屋はあそこだから、何かあればすぐ、教えるんだぞ?いいな?」

何故、そう念を押すのだろうか。
うーむ。解せない。

「はーい。分かりました。あ、これありがとうございます。「お母さん」からですね?」

「早く行け。」

「はぁい。」

きっとウイントフークが渡してきた包みは、イストリアからのお弁当に違いない。

お返しの返事をしつつも、とりあえず開けられた扉の中へ入った。




「て、いうか?意外と、一人って久しぶりなんだけど…?」

「そうなのかい?」

「ひゃっ!!」

誰も居ないと思って、油断していた。

「ああ~、もう!駄目だよ、千里。さっきから!」

さっきは、石を落としそうになったけれど。

今度は、本当にお弁当の包みを落としてしまったのだ。


「食べ物の恨みは、深いんだからね………?」

「まぁ、そう言わないで。」

キロリと睨んでみた私を気にする素振りも見せず、部屋を彷徨き始めた千里。


何しに、来たんだろう?
あの尻尾で、ホコリを叩いてくれないかな?

そんな、くだらない事を考えていたのだけど。

「うん?みんなは?」

他のスピリット達は、どうしているのだろうか。

「あの子達はみんな、厨房だね。」

「ああ、成る程…。」

確かに、キッチン関係が使えないと、どうにもならない事は多いに違いない。
ウイントフークは、そちらにも既に手を回したのだろうか。

流石本部長、仕事が早いね………。


「それなら、私は自分の部屋に集中していいって事ね。」

「まあ、そうだろうね。」

それなら、まずは腹ごしらえか。

そう思って、部屋を見渡した。


どうやらウイントフークが私を連れて来たのは、元々女の子の部屋であったろう、場所だ。

礼拝室と同じ様にやや朽ちた雰囲気だが、残された物は明らかに「女の子用」に見える。

とりあえず座れそうな事を確かめると、土台だけ残っているベッドに腰掛けた。
四隅に、きちんと柱が立った。
豪華な、ベッドであったろう事が想像できる。

残された柱の彫刻を眺めつつ、膝の包みを広げた。


「うーん、今日も美味しそう。ちょっと、崩れちゃったけど。」

チラリと千里に目をやるも、部屋の中を彷徨く極彩色はどこ吹く風で部屋の差し色と化している。

この子の、複雑な色は。
どうして、こんな色なのだろうか。

どう見ても、普通の動物じゃないのは、分かるんだけど?
女の子かな?男の子かな?
話し方も、微妙だしな………。


いつものハーブ入りサンドイッチを頬張りながら、その見事な毛並みを眺めていた。

茶色なのか、紫なのか。

微妙なその美しい毛並みは光の加減でまた、更に多色に見えるなんとも複雑な色合いだ。

紫ベースかと、思っていたけれど茶色の部分も多く、しかし深みがある色は根元が濃い紫なのかとも思う。
ちょっと、見せてくれないかな?

「ねえ?千里?」

「なんだい?」

「ちょっと、触って見せて欲しいんだけど………駄目かな?」

少し、離れた場所に座った千里は、そのままそこに座って私の事をじっと見ている。

その、吸い込まれそうな紫の、眼。

狐にしては大きなそのアーモンド型の眼は、やはりが普通の動物では無い事をありありと物語っていて。

ただ。
見られている、だけなのだけど。


ううっ、負けないもん………。

ついついさっきの「悪戯」の事を思い出して、負けじと見つめ返す、私。
目を離さない私をそのまま暫く見つめると、溜息を吐いてこう言った。

「仕方ないね。」

うん?
仕方ないの??

まあ、触らせてくれるならいいけど…。

千里が渋った理由は分からない。

しかしそのままスタスタと私の足元へ来て、ヒョイとベッドへ飛び乗った。


「えっ。じゃあ、失礼します………。」

さっきは軽く、抱き上げたけど。
いざ、きちんと触れるとなると少しおっかなびっくりだ。

千里は狐よりは小さいだろうが、朝よりは大きい。
朝よりも大きな動物は殆ど触った事がないので、ちょっとドキドキする。


「う、わぁ………やっぱり柔らかいね?」

「そう?」

しかし、やはり物凄く軽い。

なんでこんなに軽いんだろう?
やっぱりスピリットなのかな………?

触れた感じは、朝と同じくらいの柔らかな毛並み。
しかし見た目は狐に似ているので、なんとなく毛はもっと硬いのかと思っていた。
色も金に近い茶から、深い紫がベースで所々に赤や灰青の毛が混じっている。

こんなに複雑な色合いなのに、どうして紫に見えるんだろう?
眼の色が、紫だからかなぁ?

茶色の部分を、寄り分けて行くと。
やはり、根元に近い部分は濃い赤紫に近い色である。

「うぅ~ん?でも茶色にも見えるしな??ホント、複雑………。全部で何色あるんだろう?」

よーく、見ると。

銀色に光る様な毛や、鉄の様な色、紫が薄くなってピンクの様な毛もあって。
見れば見るほど、深く、楽しい毛色なのだ。


気の済むまで毛色のチェックをすると、包みの中に入っていたハーブティーを飲み干し、隣に置く。

サンドイッチは毛並みチェックの前に、食べ終わった。

そう、後は。
千里の、チェックをするだけなのだ。


柔らかな毛並みの脇に手を入れ、私の目の前に顔を持ってくる。

びろん、と伸びた、その姿はやはり獣には違いないのだけれど。

なんだろうな、この、違和感………。


探る私の瞳に対して、わざとくるくると眼を動かしている千里。

この、賢そうな眼。

「うーん。」

思わず、唸ってしまった。

正体が知りたい訳でもない。
問い詰めたい訳でもないし、ただ愛でたい訳でもなくて。

「なんだ、ろうな…。何か、知っている様な、懐かしい様な?でも、こんな狐、見たら絶対忘れないしな………?」

独り言を言っている私を興味深そうに見ているが、何も話さない千里。
何かと、ちょいちょい首を突っ込んできそうなこの子が。

黙っているのも、気になる。

まあ、でも。

「そのうち、分かるか。」

溜息を吐いて、そっと床に下ろした。

多分、この子が言う気になれば、言うのだろう。
それ迄は。

スピリットだと、思っておけばいいよね?
うん。

とりあえず、部屋だ、部屋。

千里の正体は判らなくてもいいけど、私の寝床は無いと、困るのよ?


そう思い直して、やっと腰を上げた私。


「あら、珍しい。張り切って創ってるかと、思ったけど?」

聞き慣れた、この声は。

閉じていない扉が少し揺れている。

そう言って、尻尾を揺らしながら入って来たのは朝だった。
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