透明の「扉」を開けて

美黎

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8の扉 デヴァイ

千里

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目の前に拡がる靄、形になってゆく幾つかの、もの。


それを腕組みをして見守るウイントフーク、意外と冷静なシリー。
しかし握りしめられた手から、驚いていない訳じゃない事が、分かる。

金色はそのままいつもの様に、壁際で事の成り行きを見守っている様で。

それを見て安心した私も、何が出てくるのか、ワクワクが勝ち始めた。


怖くは、ない。

それよりも、気持ちのいい靄が増えるこの空間、舞う私の蝶。

なんだか幻想的にすらなってきた、この「祈りの空間であったろう」場所に、「何が出てくるのか」という期待。

抗える、筈もないのだ。


そうしてまず、中でも一番大きな靄が二つ、形になり始めた。


「わ………。」

結構、大きいんだけど………?

しかもそれは、徐々に其々が人一人よりも大きなものに、なって。
実体を伴うにつれ、靄に色が付き「白」と「黒」に分かれ始めた。

そうしてどんどん露わになる、白と黒の毛並みと光る、四つの眼。
まじないなのか、その「スピリット」だからなのか。

背の高いウイントフークを優に超える、その素晴らしく美しい、大きな獣。
それは。

「豹?」

「かしら?」

豹なんて、動物園でチラリと見た事があるくらいだ。
しかしそれに似た大型の、動物が二頭。

真っ白な方は青い宝石の様な眼で、少し藍に似ていると思ってしまう「その色」。
真っ黒な方は。
金の、美しい眼で。

うーん、でも。
には、似ていない、かな?


その二頭が、力の籠った眼を爛々と光らせながらも悠然と座る様は、中々に圧巻なのだけれど。

でも?
うん?さっき?

「手伝う」って、言ってたよね?


私が混乱しているうちに、他にも靄が実体化した動物がいた。

気が付くと、床を走るリスの様な小動物、小鳥が上を飛んでいて。
どちらも現実ではあり得ない「色」をしているので、「スピリット」だという事が判る。
それに。
シリーの背後にある棚の横からチラチラと顔を出している、小人の様なもの。
あれも、「スピリット」なのだろうか。

どう見ても、「小人」なんだけど………。

しかしシャットの畑にいた、あの子達よりは幾分大きい。
どうやら警戒して隠れている様なのだけど、あんなにチラチラと顔を出していたら。
「見つけて下さい」と言っている様な、ものだ。


他にも何かいないかと、ぐるりと見渡し目を凝らしたが、どうやら後は靄が漂うのみの、この空間。

私の肩に乗っていたあの子は、動物達を見ながら「こんなものかな」と言っているし「そうだな?」と既に普通に答えているウイントフークがいる。

てか、誰か説明してくれないかな??

「こんなもの」って?
どんなものなの?



「さて、と。この二つが表向きの用事を済ませられれば後は何でもいいだろう。は。殆ど、誰も来ないだろう?」

「そう思うね。」

極彩色の狐と、普通に会話しているウイントフーク。
しかし内容を聞いても、全く何の話をしているのか。
分からないのは私の頭の所為ではないと、思いたい。
どう、考えても。

説明が足りないと、思うのだけど。


しかし、見ているだけでも楽しいこの空間を観察して二人を待っていた私。

どうせ、事が済む迄は。
説明なんて、して貰えないに決まっているからだ。


靄から出来上がった動物達は、あの狐の周りに集まっていてウイントフークと何やら会議中だ。
いや、多分話しているのはあの二人だけなのだけど。


金色は相変わらずで、私はシリーが心配になって近づいていた。

朝がいたから、動物が話す事には慣れているかもしれないけれど。

この、次の扉にまで一緒に来てくれて。
その上、おかしな事ばかり起こる、私の周り。

勿論、これで終わりじゃない事は「私は」分かっていて。

シリーは。

私の、事を。

どう、思っているのだろうか。


しかし意外にも、近づく私に向けられる飴色の瞳に変化の色は見えない。
どうやら、「危険人物」認定は避けられた様だ。

「………大丈夫?」

きっと私の「大丈夫」のニュアンスを感じ取ったに違いないシリーは、少し眉を下げ頷いただけだ。
そうして優しく笑うと「楽しいですね。」と、言った。


あれ。
意外と、イケるクチなのかしら…?

シリーは私が「なんなのか」は、知らないよね?
うん?
「青の少女」っぽいのは、解ってるか………。


まあ、彼女が変わらないのなら。

それはとても、有り難い、事で。


「将来、絶対ザフラと一緒に住める様にするからね!」

心の中でこっそりと誓う、靄の中。

そうしてやっと「一緒に来てくれて、ありがとう。」と言えたのだった。




「よし、じゃあ始めるか。」

「ん?」

「誰がどこをやるの?」

「ああ?それは………」


ん?
なんか?

おか、しくない??

ウイントフークの掛け声で、振り向いた私が見たものはお屋敷の主人と使用人達の、姿。

「うん?」

なんで?

「え?まさか?」

「その、まさかよ。いい例が、に。いるでしょう?」

「えーーーー??」

しれっと朝が尻尾で指しているのは、壁際の金色だ。

と、いう事は?


思わずシリーを、見た。

同じ様に「ですかね?」という顔をしているシリーが可愛い。
いや、それは置いといて………。

「ちょ、ウイントフークさん!いい加減説明して下さいよ!最初から!はい、どうぞ。」

そう言って、椅子は無いが私の前の床を指し示して。

「そろそろいい加減にして下さいよ」という顔をして、腕組みをしたのだった。




しかし私の要望に反して、説明を始めたのはさっきの狐であった。

広い、荒れた部屋の真ん中にちょこんと座る、その姿は。
それだけ見れば、中々可愛いのだけど。


そんな事を考えつつも、急にスラスラと話し始めたその狐の話を、くるりと向き直って聞き始めた。

「私の名は千里せんりだ。ここのスピリットと呼ばれるものたちを纏めている。は、元々は「名」は無いのだが。人間達はそう、呼んでいる様だな?」

そう言ってウイントフークを見上げた千里せんり
対するウイントフークは頷きつつも、さっきと同じ様にイストリアの名を出した。

ここで「母さん」って、言ってくれてもいいんだけどね…?

説明しながらも私の顔を読んだのだろう、チラリと見た後はこちらを見ない様に話しているのが分かる。

私に説明してるんじゃ、無かったっけ??

「どこまで話した?え?そうか?………そうか。いや、は。フェアバンクスの屋敷跡だ。」

「全然ですよ」の顔を貼り付けていた私に、そう説明し始めたウイントフーク。

確かにそれならば。
「この状態」なのも、頷ける。

「ああ、そうですよね、そう言えば。」

「そう、俺達はフェアバンクスの後継ぎとして、銀に入った。まぁお前は元々養子扱いだが、俺とも親戚の設定だからな?ややこしくなるから、あまり余計な事は言うな。そしては。数代前から引き上げラピスに移っている為、こうなっている、という事だな。しかし。お陰でスピリットが住んでいる。」

「お陰で」って?

「そうなんですか??」

思わずあの子に、目が行くけれど。

素知らぬ顔をして、フサフサと尻尾を揺らしている。

「ここは少し特殊でな。誰も住まなくなって長い為、デヴァイから少し外れた場所に空間が移動している。まあ、「はみ出してる」って事だ。確かスピリットが存在するには、清浄な気と一定のまじないが満ちている場所である必要がある。少し離れた事でコイツらが住みやすい環境になっている、という事だな。」

「昔はもっと普通に居た、とイストリアは言っていた。それも本で読んだだけらしいが。まじないが落ち、あそこが澱んできたんだろうな。俺も暫くぶりに行った時、驚いた。そうして色々な部分がズレ始めている。こいつらがここにこれだけ残っているのは、奇跡としか言いようがないな。」


うーん?

しみじみと頷きながら辺りを見渡しているウイントフーク。

辺りの靄は大分薄くなってはいるものの、形にならずともふよふよと漂って「それ」がスピリットであろう事が分かる。

結局?デヴァイが「神の一族」とか言ってるくせに、逆に穢れてきて住みにくくなってるって、こと?


ウイントフークの話を聞いている間も、私の視線はずっとあの子に注いだままで。

丁度、「その考え」に辿り着いた時に。

くるりと向き直り、私に向かって頷いた、千里。


その、アーモンド型の瞳は。

ああ、あれだ。

あの、悪戯者の、眼。

なんとも不思議なその深い紫の眼は、毛並みと同じ様に金色が混じって、見えて。
少し怖い、色にも見える。


この子が、何を意図して「ああした」のか。
何故私達を受け入れたのか。

きっと、「善意」とかそんなものではない事は、分かる。


でも、多分。
「ここが変わって、穢れてきた」、それは。

「本当のこと」なのだろう。


直感的に、思う。


うん、ここにあの子達が居るのは、分かった。

で?

なんで?
その、スピリット達が?

人間の姿に、変化してるの………?

スピリットって?
結局、なに??


私がそこまで考え、その不思議な紫の眼をじっと見ていると。

「覚えてたか。」

そう、千里が言って。

「そこまで馬鹿じゃないんだけど?」の顔をした私は、そのまま話を聞く体勢を整えたのだった。








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