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7の扉 グロッシュラー
出発準備
しおりを挟む「 ヨルへ
三人への手紙に、私の事を書いてくれてありがとう。お陰で、アドバイス通り「思い人」の事を話したら仲良くなれたわ。トリルだけは、反応が薄かったけれど、結局図書室で一番親切なのは彼女ね。
とりあえず、ここで上手くやっていけそうよ。
私の事は、大丈夫だから心配しないでそっちで頑張って?
多分、向こうの方が色んな意味で大変だろうから。
結局、アリスは帰って「たまに会いに来る」とは言ってたけれど、どの位来てくれるかは分からない。でも、私にはヨルに貰った石もあるし、ミストラスも良くしてくれてる。
礼拝も大分慣れたし、食堂のご飯は美味しい。
煩く言う人も居ないし、案外居心地良くて困ってるわ。まあ、それはいいんだけど。
セイア達の中に、光が降らなかった人はいなかったみたい。
心配してた、シュマルカルデンも大丈夫だったみたいよ?
怪我が酷い人も、そういなかったし「一応祭祀は成功だ」って。ミストラスは、言ってた。
なにしろ、ありがとう。とりあえずはみんな、「青の少女」は私だと思ってるから。できる限りは、続けるけどその気になったら、返すからね?
後は、ブラッドフォードの事だけど。
あの人、私も良くは知らないけれど婚約者がいない割に、女性の扱いに慣れているって噂。
気を付けなさいよ?あの人は、ヨルと結婚する方が都合が良いんだから。
向こうに行ったら、こっちよりは全然、周りから固められることも、多い。
まあ。
大丈夫だと、思うけれど。
あの、彼にはよく言っておく事ね?
「私が外で、どんな態度を取っても。好きなのは、貴方だけ。」とか。
じゃあ、頑張って。
追伸 色々、ありがとう。
向こうへ行ったら、銀の長老達には、気を付けて。アリスが変わってしまったのも。あの人達の所為だと、私は思ってる。
じゃあ、私も頑張るから。その件、よろしく。
アラル 」
水色の便箋、青の縁取り。
カサリと手紙を畳むと、思わず枕の下に、それを隠した。
イストリアの寝室、ハーブの香りとフカフカのベッドの上。
リラックスして手紙を読んでいた私は赤の刺繍を目でなぞり、冷静でいようとはするけれど。
「くぅ~…………。」
『私が外で、どんな態度を取っても。好きなのは、貴方だけ。』
「そんな事…………言えるかっ!」
「なぁに、してんのよ。」
ベッドでゴロゴロと転げ回る私に、冷たい声を出す、朝。
ツッコむだけで、そのまま丸くなった朝を横目に、ベッドサイドのフェザーワンドをパタパタと振る。
顔が、熱いのだ。
それに。「その件」とは。
「うぅーむ。」
以前、二人で話していた時。
「じゃあ、アラルはアリススプリングスと結婚してね。」
そう、言い出したのは確かに私で。
結局その後、話が脱線した時に「それなら、勿論ヨルもだよ?」と、言われていたので、ある。
「ちゃんと好きな人と、結婚すること」
未だこの、世界で。
難しいらしい、この当たり前の様な、こと。
「え、ウソ、だって。どうやって?そもそも、ブラッドフォードとの婚約をどうやって解消するのかも、分かんないし??しかも、あの人………。」
石だ、し?
「うぅーん??」
「おやおや。行く前から、婚約解消について悩んでるのかい?」
「ひゃっ!」
「驚かせたかな?ハハッ。」
突然、入ってきたイストリアに飛び上がった私は、ワンドを落として慌てて、拾う。
割れてない、かな………?
イストリアの店から「好きに持っていっていい」と言われて私が選んだものは、このフェザーワンドだ。
幾つかの大小の美しい羽根が組み合わされたそれは、柄の部分が石で、できているのだ。
シンプルだけど力強い装飾がされているそれは、大地の「いろ」を表している様でとても気に入って手に取ったもの。
白く淡く光る石に、皮紐で縛られた羽根、グリーンのドライハーブと光の当たり方でキラリと光る、青い石。
その真ん中の石は、光の当たり具合では黒っぽいのだけれどキラリと青くも、光るのだ。
ちょっと、ベイルートさんにも似てるよね………。
実はこの頃姿の見えないベイルートは、先にデヴァイへ行ったと、聞いている。
私が目覚めた、後。
本部長に、最近姿の見えない彼の事を聞いたら「ブラッドフォードにくっ付けておいた」と言うではないか。
「ええ?!大丈夫なんですか?ブラッドフォードは、知ってるの??え?なんで??やだ!」
「落ち着け。本人の、希望だ。」
「え?…………そう、なんですか。………うん。」
そう、言われてしまうと。
本部長はその一言しか、言わなかったけれど。
多分、いや確実に。
私の為に、先に行ってくれている事は、解る。
「もう…………。心配だけど。ありがとう、なんですよね?」
「まあ、そうだな?あいつは、大丈夫だ。それは、判るだろう?」
「はい。」
もう。
ベイルートさんってば。
貰った恩が、返しきれないじゃ、ないか…。
フェザーワンドの所為で、涙が出そうになった私は誤魔化す様にこう、尋ねた。
「あの。イストリアさんから見て、「婚約解消」って。できると、思います?」
あれ?
雲行きが?
眉が下がった顔を見て、なんとなく返事を察するけれど。
でも。
私は本部長が「あの金色に反した提案」をしない事は、分かっている。
私の顔を見て、少し安心した様に小さく息を吐くとイストリアはこう答えた。
「前例は、無い。多分ね、特に銀同士は。」
キッパリと、言うけれど。
こうも、続ける。
「でも、君達には。「前例」など、関係が無い。そうだろう?」
「………です、ね?」
二人でニヤリと、笑って。
イストリアが差し出してくれた、グラスを受け取りなんとなく、二人でグラスを合わせる。
こちらに乾杯は、無いみたいだけど。
イストリアが、ウイントフークを連れて来て、くれたこと。
二人ともが、彼を信じて任せられること。
なんだかそれを、楽しみにすら、できること。
それが嬉しくて、自然と顔が綻ぶ。
「さて、シュレジエンがね………。」
「そうなんですか?見たかったなぁ。」
そうして造船所の事や、地階の事などを教えてくれるイストリアに、話を聞いたりお願い事をしたり。
「あと、何か忘れてる事ってあるかな………?」
「ああ、そう言えば。向こうに、誰か連れて行った方がいいと思って頼んでおいたよ。気にしていた様だから、丁度良かったしね。」
「え?」
「向こうでの、まあ侍女的役割だね?君は要らないと言うと思ったけど、全くいないという訳にもいかないからね。とりあえず一人、気心が知れていれば身の回りの事は頼めるだろう。」
「うん??」
未だ事情が飲み込めていない私に、説明をしてくれるイストリア。
どうやら、向こうでは。
お屋敷的、場所に住むことになるらしいのでどうしたって使用人がいるらしいのだ。
「あの、結局。私全然、分かってないんですけど向こうってどうなってるんですか??ダーダネルスは「外が無い」って言うし「美しい檻」とか魅力的なんだか何なのか、よく分かんないし…でも、「お屋敷」??うん??」
その、私の半分独り言の様な質問をニコニコしながら聞いていたイストリアは、少し考えてこう答えた。
「うーん、なんて言えば分かり易いかな?」
トレーにグラスを置き、私が置いたワンドをパタパタしている。
風が気持ちいいのか、薄水色の髪がふわふわと舞い上がって楽しそうだ。
まじないの風なのだろうか。
「そうだね。あそこは。大きな、神殿なのだろうけど、こことは少し、傾向が違っていてね?例えて言うなら、ここは「祈りの為の島」なのだけれどあそこは。「神が座す場所」という感じかな。」
「「神が座す」、場所?」
「そう。なんて言うのかな………。まぁ、君なら行けば雰囲気で判るだろうけれど。今は。いるのかは、分からないけどね?「そういう場所」として、在るのだろうとは思うよ。」
えっ。
何それ。
俄然、行く気になってきたんですけど?
「外が無いと言うのは、ある意味本当だ。「無い」と言うよりは、「出られない」「出た事がない」が正解かな?実際、ここにだって来られる。「外」が「無い」訳じゃ、ないんだ。ただ、そう、言われているだけでね。聞いた事がないかい?「外は穢れている」、と。」
「ああ………。友達が。言ってました。」
「そう。だから、誰も出る事はない。外に出るとまじないも無くなる、とか弱まると言われているしね。ただ、男達だけはここへ来る事を許されている。全ての人ではないが、シャットに行ったりも、しているしね?でも多分女性でラピスまで行ったのは私だけじゃないかなぁ。」
「あれ。そうですね?シャットなら、結構いるんですか?」
「いや、殆ど無いよ。あの、何だっけな?君も習ったろう?」
「フローレス先生ですよね?」
「そうそう!彼女くらいじゃないかな?まず希望者もいないしね?」
「ええ?!みんな、出たくないんですか?」
私の勢いをやはり楽しそうに見ている薄茶の瞳は、細まってまた、懐かしい様な色を宿す。
そうして、じっと見つめられ。
やはり笑って、話すのだ。
「そうだね。話したろう?「当たり前を変えることの難しさ」を。これから君は、全く自分と正反対の場所へ行く事に、なる。」
カラン、と氷が鳴った音がして。
朝の背中が上下しているのが、目に映る。
あの時、店で。
話したこと。
覚えてる。
心配もしてくれていたが、やはり励まし背中を押してくれた、イストリア。
彼女には、いつだって気持ちのいい風が吹いていて。
私も、それに倣いたいと。
自然と思って、そうして押されて、進むんだ。
「解ってます。私は「自分の輪」を。回せば、いいんですもんね?」
その、言葉を聞いてニッコリと頷くイストリア。
フワリとワンドで風を、送ってくれる。
「そうだ。心配無さそうで安心したよ。」
「でもね?困った時は。行き詰まった時は。いつでも。逃げ出して、おいで?歓迎、するからね。」
「はい!」
差し出されたワンドを受け取り、その他にも沢山のものを受け取った事を、思う。
イストリアには、沢山、貰ったのだ。
「もの」ではない。
もっと、大切な、もの。
私の「なかみ」になる、かけがえのない、ものだ。
「なんか、ありきたりな事しか、言えないけど。」
「ありがとう、ございます。」
ちょっと、目は潤んでいるけど。
涙は、落ちていない。
私、少しは成長してるかな?
移動の度に、泣いている気がするけれど。
大丈夫、きっと。
ちょっとずつは。強くなってる、筈だから。
「さて。出発に備えて、後はゆっくり休みなさい。」
「はぁい。」
わざと明るく返事をした。
だって。
もう。
明日、移動するんだって。
込み上げる何かは、寂しさなのか何なのか。
でも。
イストリアが「期待」も、くれたから。
多分、大丈夫。
「ああ、それと一応ね?呼んで、おいたから。」
「え?」
そうして夕食後、「呼んでおいた」彼が現れて。
「一緒に眠れるのは暫く無いかも」
「最後だと思うと余計に寂しいな」
「でもやっぱりいてくれて良かった」
「今のうちに沢山チャージしよう」
「でもやっぱり余計離れ難いかも?」
「明日からいないなんて無理」
「満たして貰えば。大丈夫かな?」
沢山の、想いが。
伝わるのだろう、力を注がれたり、抱き締められたり、忙しい夜だったけど。
とりあえずは、「私の場所」で眠る事ができたから。
やっぱり。
最終的には、満たされて。
ゆっくりと、眠りに落ちて行ったのだ。
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