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7の扉 グロッシュラー
餞別
しおりを挟む「こちら、預かって来ていますよ。」
そう言って私に、小さな箱を差し出したラガシュ。
それを受け取りお礼を言うと、説明を始めた灰色の瞳を見ていた。
今日は「これでここでは最後ですね」というラガシュの言葉に寂しくなりつつも、ちょっとしたお別れお茶会を兼ねた報告会が開かれている。
イストリアの店、大人達で窮屈に見える中二階のスペースを見上げた。
「なんか、この光景前にも見たな………。」
「ああ、アレじゃない?シャットでなんかみんな予言の話してたじゃない?エイヴォンとかもいて………。」
「成る程。それだ!」
お別れお茶会と言いつつも、私はテーブルを抜け出して、朝と一緒に階段からみんなの様子を眺めていた。
始めにラガシュに箱を貰ってから。
みんなはこれからの事を話し始めて、そこから何やら「受け取れなかった人達」の話になり。
私には、分からない名前が沢山出てきてとりあえずは狭いその場を逃げ出す事に、したのだ。
うん、イストリアさんが「好きなものを持って行っていいよ」って、言ってたし?
そうして大人達の話を小耳に挟みながらも、店の中を彷徨いているのである。
「で、それ。何だったの?」
「うん?外の方が、いいかなぁ?」
「外?」
さっき貰った、箱の中に入っていたのはミストラスからの餞別だった。
いつも、移動の時は私がみんなに「何か」を渡す事が多い。
これを貰った時に、そう気が付いたのだけど。
意外なプレゼントに嬉しくなった私は、きっとこれが素敵な「音」を響かせる事は、分かっていた。
多分、ミストラスは「音」に関するまじないが得意なのではないだろうか。
チラリと見上げると、未だみんなは話の、中。
「それなら、いいよね?ちょっと、行こう!」
「まあ、すぐそこなら………。」
一人だけこちらを見ている金色に合図を送ると、頷いて外へ向かう。
少し眉が動いていたけれど、すぐそこの桟橋の上なら大丈夫だろう。
そう、遠くへ行くとは思っていまい。
そうして朝と二人、扉を押して外へ出た。
「で?結局?何なわけ?」
「フフッ。見て、驚きなさい。」
「ナニソレ。」
ミストラスの薄灰色の髪を思い出させる、落ち着いた箱。
中に重みがあるので、そのまま蓋を持ちスッと開ける。
「う、わ。これまた、上手い具合に好みを突いてるわね?知ってたのかしら?」
「ううん、どうだろうね?…………あ、でも部屋に行った時かも………?」
もしかしたら。
お茶に行った時、私が色々と視線を彷徨わせていたのを見られていたのだろう。
その、箱の中にある物は美しく繊細な紋様が施された、ベルだった。
彫りと、浮き出る模様で飾られた、銀色のそれは。
「ミストラスさんって………。」
どう、見ても。
太陽と、月を形取った面が両側に配われ、その周りには星、その周りをまた囲む複雑な彫り紋様。
知ってるの、かな…………?
でも、もしかしたら本で読んだのかも?
図書室の、歴史の本にあったとか?
直感で「ミストラスが作った」ものだと、思ったけれど。
「そう、だよね?」
「何が?」
「いや、うん、多分そう。」
まじないの色が、同じだ。
「それより。それ、鳴るんでしょう?」
「そうそう!鳴らしに来たんだよ。」
朝に言われて、ハッとする。
すっかり、見入ってしまっていたから。
「どれどれ。凄そうだよね?じゃあ、行きますよ~。」
朝が少し離れて、座った。
空を見上げ、景色を目に映して。
変化を思い、ベルにも目を、移す。
彼がどんな思いで「これ」をくれたのか。
鳴らしてみたら、解るだろうか。
私が光を降ろしてからは、大分本物の空に近くなった、この湖の上。
桟橋の茶と、ちょこんと座る朝の灰色の毛並みが空色に、映える。
その、雲は無いが、青く、広い、空。
どこまでも、続いているこの空も、きっと。
そう、ラピスの空、私の世界の空、光が降り変化したと言う、シャットの空と、さえ。
きっと繋がっているのだと、思う。
ベルを見て、腕を上げ顔も上げて、空を見て、鳴らす。
そう、多分。
これは。
「始まり」を知らせる、鐘の音で。
きっと、私たちの世界を繋ぐ、準備ができたのだと。
「世界」に「知らせる」、音。
そんな、音がする筈なんだ。
息を吸い、チラリと朝を見て、そうして手を、振った。
「カラーン カラーン」
「えっ?音、デカっ!」
つい、そう言ってしまったけれど。
この鐘の音は青空に透き通る様に響く、心地の良い、音だ。
大きいがしかし、煩くはないその音。
それに朝が嫌な顔をしていないのを見て、辺りも大丈夫な事が、分かる。
まるで大きな教会の鐘が、鳴ったような音に驚いてしまったけれど、思った通り爽やかな始まりを告げるその音に、癒され励まされる。
なんとなくだけれどミストラスのメッセージを受け取った、私。
新しく、始まること。
それを高らかに宣言する様なこの鐘に、蝶達が集まって来たのが、分かる。
しかし畑の外で蝶を見たのは、初めてだ。
「え、畑から出れるの?」
「基本的に、あんたの中に。居るんじゃ、ないの?」
その朝の言葉に、納得して。
試しに、もう一度ベルを振ってみる。
「シャリーン」
「えっ?!」
違う音、するんですけど?!?
「えっ、凄くない?これ。」
「へぇ、面白いわね。」
色々と試していると、蝶達が喜んでいるのが、分かる。
段々と、その数も増えてきた。
青空に、嬉しそうに舞う色とりどりの、蝶。
その美しさに、思わず涙が出そうに、なる。
いかん。
「ヤバい。ミストラスさん、神かも。」
「はいはい。向こうには、あんたの好きなカードもあるんでしょう?きっと、楽しいわよ。」
「…………うん、そうだね。」
始まりの合図と、励ましと。
思わぬ餞別を貰った私の心は、ほんわりと温かくなって。
「あら。人も、増えてきたわよ?」
「ん?」
振り向くと、そこには外に出てきた大人達の姿があった。
なんだか、ラガシュの目が怖いけど。
キラキラとした灰色の瞳は、空と、私とを素早く往復している。
その視線を受け止めない様に気を付け、みんなに向かってもう一度、ベルを鳴らす。
うん、とりあえず。
元気、出た。
そうして一頻り、みんなで音を楽しんでから。
「もうですか?」というラガシュの言葉を無視して、話を聞く為に店の中へ戻ったのであった。
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