透明の「扉」を開けて

美黎

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7の扉 グロッシュラー

辺りの様子

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「よし!」


そこそこの雲、中途半端に明るい空、冷えた朝の空気。

以前よりも暖かくなったとはいえ、まだ朝晩は寒さが残る。

特に、この白い石の廊下は。

広いし、高いし、冷たく寒い。
太い柱から下がる空色を眺め、春を思うけれど本番迄はあと一歩という所だろう。
でも私はこの白い廊下と冷えた空気の合わさった静謐さが、好きなのだけれど。


「夏は涼しいだろうな………。」

何故だか勇んで廊下へ出てきた私は、ふと立ち止まって辺りの様子を眺めていた。


彩りの良い廊下を歩くのは各家からの滞在者達だ。

多分、私の予想だと多い所で五人程度、少なくとも三人は来ている気がする。
きちんとウェストファリアに確認すれば、多少は増減するかもしれないが部屋へ滞在することを思えばその程度だろう。

どうやら銀の家だけは、館に滞在しているらしいけれど。

まぁ、そもそもアラルの部屋に男の人は入れないんだけどね…。


そう考えて気が付いたが、やはりデヴァイから来ている人は全員男性だ。
それも、偉い人が多いのかどちらかというと年配に見える人が多い。

そもそも、女の人はあそこから出れないのだろうか。

そうだと、すれば。

この祭祀で空を現すつもりの私は、向こうに行っても勿論、こちらへ来るつもりだ。

あっちに、空が無かったとしても。

ここに楽園を作っておけば、遊びに来ればいいのだ。
楽園とは言い過ぎかもしれない。

でも。

これまで灰色だった大地が緑になり、花が咲いて畑も、作れたなら。

「それは、もう楽園でしょ…。」

どこまで上手くいくかは、分からない。

しかし何故だか朝からテンションが上がっていた私は、目の端に青いローブを捉えつつウキウキと廊下を歩き出した。


朝の時間は一番カラフルになる、この廊下。

そもそも各家、滞在者は纏まって行動する事が多いので黄色の塊、白い塊、赤の塊…それが広い廊下を彼方此方歩いていて、その間を縫う灰色のローブ、一人で歩いているセイアがそれにまた色を差す。

たまにネイアが歩いていて、それを見ている私は礼拝から食堂へ行く途中だ。

基本的には皆同じ流れなので、食堂が混むだろうと柱の影で廊下を楽しんでいた私は、そろそろいいかと姿を表した。
やはり注目される事が多いので、ある程度やり過ごしてからゆっくり食事をしようと企んでいたのである。


「うん?」

遠く、正面の入り口辺りに人が集まっている。
とは言っても、四、五人程度か。

誰だろう………?

深緑の館へ殆どの人が吸い込まれて行く中、正面に現れた団体。
いつもならばそう気に留める光景でもないのだが、しかしそれは私と同じ、銀のローブなのである。

と、いう事は多分どちらかだと、思うんだけど………?

「おい。」

「?」

振り返ると同時に腕を引かれ、危うく転びそうになりながら柱の影へ移動する。

振り返った私の腕を引くのは銀のローブ。
後ろ姿の彼は、背格好からしてお兄さんに違いない。

あまり気焔以外の人からこうされる事に慣れていない私は、そのペースに戸惑いながらもとりあえずは大人しくしていた。


あの、お兄さんとの計画から。

話をするのは、初めてだからだ。


どうしたんだろうと思いつつも、きっとあの銀色の団体から私を隠そうとしている事は、すぐに察した。

気焔は、何処だろう…?

珍しく姿が見えなくなった彼は、「ブラッドフォードの婚約者」という設定に気を遣ったのだろうか。

何だかそれも寂しいな…。

仕方の無い事だと思いつつも、出てくる感情にパタリと蓋をして顔を上げる。
未だ私の手を掴むお兄さんは、柱の影から様子を窺っていた。


でも、これはこれで結構面白いかも………。

少しかくれんぼ気分で、私も顔を出そうかと動くと「こら。」と止められる。

やっぱり駄目か。

やや冷たい目を向けるお兄さんに顔だけ「すみません」という色を貼り付け、再び柱の影へ戻る。
あの集団は何処へ行くのだろうか。

しかし、お兄さんがここに居るという事は。

きっとあれはアリススプリングス達に、違いないのだけど?

人数が多かった事が気になって、ぐるぐる考えていた。


「さあ、いいか。」

そう言って私の手を離したブラッドフォードは、改めて正面に立ち私を見ている。

二人でこうしてきちんと向き合うのは、あの図書室以来だろうか。

少しあの頃とはやはり印象が変わってきた彼は、ほんの少し柔らかくなったろうか。
あの時、禁書室でみんなと話をしたからなのか、きっとウイントフークとイストリアから計画を聞いているであろう彼の顔を私も観察する。

しかし未だ私を見定める様な色をした瞳は、そう変わっていなく、きっと私がこの提案を受け入れる事にした理由が分からないのだろうと思った。

「あの時と何が違うのか」

そう思っていそうな顔を見ながら、私もその理由を考えていた。



「お兄さんって。いい人なんですか?悪い人なんですか?」

「………。」

あっ。
絶対、アホな子だと思ってるわ、これ。


いきなり直球をぶん投げた私に、そんな顔をしているブラッドフォード。
しかし流石の私も、何も考えていない訳では、ない。

「一応、協力関係になるわけじゃないですか。でも、私は人の事をずっと疑っているのは疲れるし、苦手です。でもはっきり最初から言ってくれれば。お互い、楽かと思って。」

多分、この返答で大体彼の考えが判る筈だ。

私の事をどう思っているのか、自分の立ち位置をどうしようと考えているのか。
私に対して、どう対応するのか。

ある意味「悪い人だ」って言ってくれたら面白いけどね…。


その、私の意図に気が付いたのか、どうなのか。

黙って私を見るその青い瞳は、先程までとは少し変化して「私自身」に興味が出た色になっている。

さっき迄は。

多分少し、面倒そうな色が見えていたけれど。


いやあなた、自分でも提案してましたよね………。

そう思いつつも、やはりあの時彼が本気で無かったのが分かってホッとした私。

でも、やっぱり。

これから、ある程度は一緒にいるのだ。

心地良いまではいかなくとも、協力的関係くらい迄は。
築いていきたいものである。


「まあ、確かに。私にとって都合の悪い事は、無い。仲良く、やろうか。」

「それって、私の質問の答えになってませんけど………。」

「しかし、どちらと言ってもあれだろう、言葉では。なんとでも、言えるからな。」

その、彼の返事である程度歩み寄るつもりがある事を察した私。

それなら、充分だ。


「自分で判断しろ」と言っているのだろう。
しかしきっと私を騙そうとか、嘘を吐こうとしていない事は分かって、それだけで満足した。

彼の本意は、今の私には分からないだろう。

しかしそれも含めて、知っていけという事なんだ。
結局、彼の「言葉よりも行動」がこれからを示していくであろう事は、私にも分かる。

私は、それに対して「私であればいい」だけなんだ。
腹芸などできない私には、それしか、ないのだから。


そう、一人納得した私に突然降ってきた言葉を飲み込むのに、少し時間がかかった。

「ところでヨル。俺の事はブラッドと呼べ。」

??

急に全く違う話、それも「名前を呼ぶ」という親密さを表す内容に思考が停止した。

「お兄さんじゃまずいだろう。それも含めて、みんなお前の事は「ラピスから来た」と認識している筈だ。それが一番、いい。」

「………分かり、ました?」

何がどう「一番いい」のか、飲み込めていないわたしは、しかし「お兄さん」がまずいのは分かっていた。

うん?
ても、この人身分高いんだよね??

ああでも今は私も銀か………。
でも?
婚約者だから?

親密さ?

名前呼びって………そんなもの?
いやでもレシフェとかランペトゥーザとか、呼んでるしな………。

そんなものなのかな………???


とりあえず向こうの常識が分からないので、お兄さんの言う事に従う他は、ない。

辺りを確認している彼の後ろ姿を見ながら、「ブラッド、ブラッド」と練習していたら何だか笑われてしまったけど。


「さあ、もういいだろう。さっきのはユレヒドールだ。ウイントフークから話は聞いている。お前は顔を出さない方がいい。」

「はい。」

返事はしたものの、何の話かはわかっていない私。
しかしこの状況から脱出したかったので、ここで訊くのはやめておく。
何しろ慣れない男の人と二人は、なんだか落ち着かないのだ。


「依る。」

聞き慣れた声に振り向くと、青いローブがいつの間にか後ろから歩いて来る。

「ふぅん。面白いな。」

背後で聞こえた、お兄さんの言葉の意図は分からなかったけど。

何も言わずに少しだけ銀ローブに頭を下げると、私を伴い歩き出す金色。

もうすぐ、も「駄目」と言われてしまうのだろうか。


振り向くと既にブラッドフォードは居なく、礼拝堂前の廊下は白一色だ。

自分の想像からの寒気に、少し身震いする。

「それは、ちょっとね…。」

無言で、握られている手に力が入った。
多分、言いたい事は伝わったのだろう。

それが嬉しくて、気持ちを切り替える。


大丈夫、やるって決めたし。

お腹も空いた。
今日もきっと、ご飯は美味しいし。


そう、手から伝わる温かさで充電をした私は、張り切っていた始めの気持ちを思い出して勢いよく足を踏み出した。

顔を上げ、空色の布を見上げながら。


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