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7の扉 グロッシュラー
祭祀の支度
しおりを挟むこの景色を見られるのもあとどのくらいだろうか。
寝室へ入ると、出窓に腰掛ける金色が淡く光っていて目を瞬かせてしまう。
私の星屑が、溶け込んだのだろうか。
その、淡く光る金色に混ざるピンクとマスカットグリーンのキラキラがなんだか可愛らしく見える、今日の金色。
その瞳は窓の外を眺めていて。
きっと、私が入ってきたのに気が付いているとは思うが、待っているのだろう。
そう判断すると、持っていた着替えを置いて側へ行った。
何と、言っていいか。
「長湯してごめん」?
「お兄さんの事、気にしてる」?
「色々ありがとう」?
どれも、合っている。
でも、ピンとこない。
迷った挙句、いつもの様に金髪を抱き締めながら撫で始めた、私。
きっとこうして触れていれば。
私の思っている事など、筒抜けだろうから。
いいんだか、悪いんだか………。
考えながら、窓の外を眺める。
今日も曖昧な雲は「一応夜です」とばかりに灰色を塗りたくってある。
時折流れる、白い雲。
月は、どの辺りに出ているのだろうか。
雲を避けたら。
太陽が、出れば。
勿論、月も、出るよね………?
万物を成長させプラスの空気を生み出す太陽も、勿論好きなのだが夜の空気が好きな私は、月も好きなのだ。
「懐かしい、な。」
ラピスでキティラにおまじないを教えていた時のことを、思い出す。
月の光に晒すこと、桃月草のドライ、ハーブのオイル。
夜、一人でこっそりと願う、願い事。
誰かを想う、純粋な心とその想い。
天空の門で歌った、あの夜の自由な空気。
あそこに、月が、出ていたなら。
もっと歌えたかもしれない。
もっと雲が、空が。
染まったかも、しれない。
「なにしろ。いいこと、づくめ。」
私の呟きに不安になったのか、金色の瞳が見えた。
この頃、この瞳は危険だ。
特に、こんな夜は。
見るだけで、泣きそうになる。
どうして。
どうしてこんなに美しいのか。
どうしてこう、揺るぎなく「ここ」に在るのか。
何故彼は石で。
どうして私と旅をしていて。
(いや、姫様を探してるんだけど)
何故、どうして、いつから。
「私」を。
好いて、くれているのだろうか………。
ううっ、駄目だこれは。
ぐるぐるの行き着く先に失敗して、逃げ出す私。
赤くなった顔を隠しつつも、ベッドへ潜り込んだ。
「望むなら。話そう、か?」
私の心を感じたらしい、金色にそう言われるが返事はできない。
そう、危険だ。
きっとまた。
「もっと」モードになって、外に行かれても困る。
私は、癒されたいのだ。
この、金色に包まって、眠るのだ。
うん。
無言でチラリと顔だけ出し、目で訴える。
長く、小さな溜息を吐くと一瞬だけ金色を補充し、私を包んだ。
自分の中を走る、甘く、痺れる様な感覚。
この前から「もっと」と共に、感じる様になったこの感覚を沁み込ませて。
不安は、脇へ置いておく。
そこに在ることだけ、分かっていれば、いい。
そうして深く、深呼吸をするといつもの香りに落ちて行った。
「ほら。これでいいか?」
「わっ!ありがとう!早いね?」
「なんだか楽しそうにすぐ準備してくれたからな?開けてみろ。」
「うん!えー、他にも何か入ってるな………。」
レシフェが部屋に来たのは、次の日。
私のお願いを聞いて持って来てくれたのは、祭祀用の服の生地だ。
今回、私は一人で祈る。
「それ、即ち、自由ということ。」
そう決めた私は、まず何色にしようか、持っている服でいいか作るのか、考え始めた。
そもそも、今回の一番の目的は。
「みんなを送ること」である。
なら、黒?
なんとなく、お葬式を想像してしまった私。
でも。
「そんな、暗いもんじゃないな?」
すぐにそう切り替えて、考える。
そもそも黒だとすれば、レシフェに頼む事になるだろう。
今の自分が「黒」を作れるのかどうか、自信が無かった私はやはり「白」にする事にした。
多分、本当のところ、本気を、出せば。
「黒」も作れると思う。
でも、私のまじないは。
イメージだ。
黒。
闇の色。
私の中でもうレシフェは黒ではないし。
もっと、黒いものを想像しなければならないとすれば。
そう、悪の塊の様な、夜より深い、闇の様な。
それを「今」思い浮かべ染め、纏うこと。
「それ、は。ちょっとね………。」
祭祀の前だし。
「うん、白がいいよ。丁度いいし?」
そう呟いて思い付いたのが、シャットにあるあの生地だった。
まだ、残っている筈だ。
そうしてレシフェにそれを頼んだのが、数日前。
彼が思ったよりも大きな包みを持って、私の部屋を訪れたのは予想より大分早い日だった。
そうして「楽しそうに準備していた」という彼の言葉から、きっとフローレスが何か入れてくれたのだろうと、大きな包みに手を掛ける。
「フフ、何だろうな?」
「ヨダレ垂らさないようにね?」
「それは流石に言い過ぎでしょ。」
朝に揶揄われながらも、包みを開ける手は止まらない。
紐を切って、紙をくるくると解いて。
中身が、露わになってきた。
「ん?」
大きな生地は「これで全部よ」というメモと共に、芯から外され畳まれている。
流石にあの長い棒状のままは保管も大変なので助かる。
それと一緒に、包まれていたもの。
コロリと出てきたそれは、糸巻きに巻かれた糸と、小さなケース。
ケースを開けると、出てきたのはかぎ針だ。
「うっわ!やった!かぎ針だ!」
「あら。」
「この糸で、編めって事かな?」
「そうじゃない?太さも、丁度良さそうね?」
「ね!流石フローレス先生!」
浮かれてぴょんぴょん飛び始めた私を見ながら、「もうアレ放っといた方がいいわよ」という朝の失礼なアドバイスに、男達は話を始めた。
ま、その方が?
願ったり、叶ったりですけどね?
そうしてそこから、「どう、しようか」、生地と糸を机に広げて。
考え始めたので、ある。
「とりあえず糸は。レースにしよう。」
フローレスが入れてくれたかぎ針は、きっとセフィラのものだと、思う。
何故かというと、色が。
そう、私のハサミと同じ、乳白色の光る、アレだったからだ。
「先生、お見通しだな………。」
服をどうするか考えながら、手を動かし始める。
忘れていないか、心配だったけれど。
手は覚えていた様で、サクサクとレースを編んでいく。
そう複雑な紋様は編めないが、この糸で編むには充分なモチーフは編める。
リーフが網目で繋がった様な、シンプルな紋様にピコットで少し飾り付けをしてリボンにするつもりだ。
「ふふ。」
思わず怪しい笑みが漏れるが、これはアラルとお揃いにしようと思っているリボンだ。
何かあった時の為に、ローブの石、あとは私の石も後で渡そうと思っている。
それに、コレ。
「完璧、でしょ。これで。」
多分、これで何かあっても。
きっと判るし、彼女の身も、守ってくれるかもしれない。
そうして手を動かしながらも、白生地をどうするか考え始めた。
「でも。」
正直、時間はあまり無い。
「ワンピース、かなぁ。」
真っ白では、ない白。
しかし光沢がある綸子で、地紋もある華やかなこれをあまりゴテゴテさせても仕方が無い。
袖とスカートがふんわりする様に、生地をたっぷり取れば。
後は、シンプルイズベストだろう。
「打ち合わせにする、か。でも紐を付けたくないな………。」
デザインを考えつつも、糸を切り二本目を編み始める。
考え事しながらだと、捗るな………。
襟のデザインを悩みつつ、結局打ち合わせで紐ではなくボタンで留めるデザインに決める。
その方がたっぷり生地を取れるし、何しろ楽だ。
私には、時間も無いしミシンもない。
型紙だって無いし………。
うん、まあこれでいこう。
そうと決めると、テーブルを片付け始めた。
「ん?」
「もう、とっくに出て行ったわよ?」
話していた二人がいない。
開いた寝室の出窓から朝がそう、教えてくれてやっと気が付いた私。
どうやら大分黙々と編んでいたのだろう。
まあ、いつもの事だと思って置いていかれたに違いない。
「いや、寧ろ好都合。」
そう言って包紙やらを片付けると、自分のワンピースから型を取ろうとクローゼットへ向かったのだった。
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