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7の扉 グロッシュラー

それによって見える新しい何か

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「そんなの、怖くって当然よ。だって、殆ど知らない男の人なんだから。」


緩く流れる茶金の髪を揺らして、そう話すパミール。

今日も落ち着いた姉の雰囲気でそう話す彼女に、捕まったのは食堂の帰りだ。

私の顔を見て開口一番「これからガリアとお茶だから。」そう言って、手を引き部屋へ連れてきてくれたパミール。

「あら、ヨル。久しぶりに話が聞きたいわね?」

そう言って既にパミールの部屋にいたガリアに迎え入れられ、お茶の支度を眺めている所である。


「あら、元気が無いのね、青の子。」

久しぶりの青の石にそう、言われてパミールが誘ってくれた理由が解る。

多分、いつもの様に顔に出ているのだろう。

とりあえずお茶の支度が調う迄、黙っている二人に感謝しながらどこまで話そうかと考えて、いた。




でも、そう、結局。

「あの人と婚約者のフリをする事にしたの。」

そう暴露したのは、お茶の支度が整ってすぐだった。
だってどうあれ近々、伝わる内容だからだ。

それなら、二人には私から言った方がいい。

それに。

「て、いうか。婚約者って、何するの?」

そう、これも聞きたかったのである。


そもそもデヴァイは未だ私の知らない世界だ。
ルールも、場所も、規模も人数も、何も知らない。
なんとなく「暗くて黒い」みたいな、イメージだけが先行して。

ここへ来た時と同じ様に「なんか嫌」と、思っているだけなのだ。


それに、私には気になっている事があった。

イストリアと話した時。

「始めは些細なことだったのかも、しれない」と言っていた事。
ここ、グロッシュラーだって悪い人ばかりじゃない、事。

それに…………。

長が、「悪の枢軸」じゃ、ないっぽい事。


そんなぐるぐるが渦巻く私に、冒頭のセリフを言ったパミール。
始めからきっと、私の不安を見抜いていたのだろう。
心配そうに、こう続ける。

「あの人って。噂は、あるの。その、ちょっと、女性関係がどうだとか、貴石が、どうだとか。でも婚約者があの歳で、決まってなくて。噂ではベオグラードとどっちが継ぐか決まってないからとか、言われてたけど。でもどう考えてもだと思うし、なんだか腹黒そうだし………。」

成る程。

パミールの評価を聞いて、ピンとくる。
確か、ベオグラードは「俺も跡を継ぐかも」的な事を言っていた気がする。
それを隠れ蓑にして、色々やっているという事だろうか。

それなら。
なんだか確かに腹黒そうだし、頭が切れそうだ。
私に、太刀打ちできるだろうか。


うん?
でも、戦う訳じゃ、ないな?

「でも具体的な浮いた噂は無いのよね。そこがまた不気味。ヨル、騙されんじゃないわよ?」

ガリアの鼻息が荒い。

「うん、多分、大丈夫…?」

「心配だなぁ。」
「確かに。」

「まあ、頑張るよ。本当になっても困るからね………。」

本部長が言う作戦だから、大丈夫だとは思うんだけど………。

全く、心配が無くなる訳じゃ、ない。

それは、仕方が無いのだ。


今度エルバにも訊いてみようかな………。

何か、分かるかもしれない。


「まあ、でもなにしろ。アリススプリングスじゃなくて、良かったわよ。一応、「フリをしてくれる」って事は、ヨルの味方なんでしょう?」

「多分。」

「そうよね、まだ分からないわよね。私達だって、読めないもの。ま、あの彼との間に入ろうと本気で思ってるならある意味見ものだけどね。」
「それ言える。見てる方が恥ずかしいもんね?」

「え。ウソ。」

「「だよ。」」

「何言ってるのかしら」と言う顔の二人に頷かれて、思わず頬を押さえる。


ううっ。
どこまで?
どこまでこの話は拡まってるの??


パタパタと手で扇いでいると、ズイ、とカップを押してくるガリア。
すっかり忘れていた私は、「ありがとう。」と黄色の花のカップを手に取った。

いい、香り。

デヴァイのお茶だけは、期待できそうだ。
それだけでも、少しだけテンションが上がる。

やっぱり、女子会必要だよね…………。
お友達、できるかなぁ?


「でも、さあ?」

「うん?」

「私は、良かったと思うけどね?」

「え?何が?」

自分もカップを揺らしながらそう言うガリア。
少し、驚いてそう訊いてしまった。

「だって。。断然、動き易いのよ。きっと。ヨルの好きな図書室だって行き放題だろうし?きっとあの部屋にも、入れるかもね。トリルが悔しがるわよ…………。フフ。」

「えっ。何それ?本が、あるって事だよね?」

トリルが悔しがる、内容。

そんなの、一つしか無い。

「そう。でも、一部の人しか、入れない。もしかしたらヨルも入れないだろうけどブラッドフォードが許可を出せば入れるでしょうね?でも実際、中に何があるのかは、知らないわ。何か、凄そうな事だけは確かだけど。」

「そうね。私は彼から、「あの中を知られたら困るから隠しているんだろう」って、聞いたけど。まあ、気をつける事ね。何にせよ。」

「えーーーー。めっちゃ、気になるんですけど…。」

「見たいのは解るけど。弱味を握られない様に気を付けなよ?借りを作らないとか。」

「そう、だね…………。」

うわぁ………危なそう。それ。

心当たりができそうな私は、その二人の言葉を心に刻む。

うっ。
実際、目の前にしたら忘れそうだけど!


「でも、お兄さんも「その方がいいだろう」って、言ってたから。何か見返りとか言われるかなぁ…でもだと、大丈夫か…。」

ウイントフークと、イストリア。

あの二人が止めない、この話が私に不利に働くとは思えない。

うーん、あの親子、最強かも。


「あとは……まあ、ヨルだからあまり心配は無いかもしれないけど。向こうでは、あまりみんなが本音を言わないから。全部が全部、信じちゃ駄目よ?裏を、読むのよ。裏を。」

「えっ。それ、私苦手なヤツ………。」

「でしょうね。まあ、信じるなと迄は言わなくとも。本音は、中々言わないでしょうね。特に女の人は。でも女の人としか、そう話さないしね?難しいところよね。」

「そうね…。でもある意味そのままの方が。みんなの、調子が狂って、良いかもしれないわよ?」

「それあるかも。」

「えー。どういう所なんだろう…………。」

私の事で盛り上がり出した二人を他所に、少し気が重く、なる。


学校でも、よくあるけど。

そう、本音を言わないとか。
とりあえずみんなに、合わせるとか。

私が特に、苦手とする分野だ。
正直、女性ばかりの方が分かりにくくて苦手なのだ。

ラピスでも、あの噂ばかりの世間に辟易して色々言っちゃったしな………。


「うぇ~。でも、うん、だからある意味そのままで良い、って事だよね?」

「そうね。」

そう、頷いてサラリと茶髪が揺れる。

「そのままで」って。
パッツンボブのガリアに言われると、説得力があるな…。

「でも多分。あの、青の彼が婚約者のまま、向こうに行くとが大き過ぎて惑わされちゃうかもね。だから、きっと。ある意味、「普通の状態」で向こうに行く事によって、きちんとと、思う。」

「普通の状態?」

「そう。どうしたって青の彼が婚約者なら。注目され過ぎるし、余計な事も起きるかもしれない。「普通じゃない状態」に、なる訳よ。でも、ブラッドフォードだと自然だから「いつものデヴァイ」は、見えると思う。普段が、なのか。よく解るとは、思うよ。ヨルは、そうしたいんだよね?」

そう言って私を見るパミールの、灰色の瞳はキラリと光って。
きっと、私が向こうでしたいのか。
予想は付いているのだろう。

私がどうして、何をしに、向こうに行くのかは話してはいない。


でも。

こう、言ってくれるって事は。


二人は、私が「変えよう」と思っている事を分かって、くれてるって事なんだ。

それが嬉しくて、大きく、頷いた。



以前ここでみんなで話した時、二人は「私達は変わり者だ」と、言っていたけれど。

もしかしたら、向こうにも変えたいと思ってくれる人は、いるかもしれないし。
その希望は、捨てずに持っていたいと思う。
あまり、期待しない様にはするけれど。


「時間は、掛かると思うけど。そのうち、二人も帰ってきてくれるよね?」

「そうね?」
「多分。面白そうだし?」

そう言って、みんなで顔を見合わせ、笑う。

二人は再び私の話を面白おかしく話し始めて。
なんだか、盛り上がっているけれど。

その様子を見て、自分が笑っている事に気が付く。


やっぱり、こうでなくちゃ。



二人の笑顔、落ち着く生成りの部屋、春に合わせて差し色は若草に変化している。

窓からの光が、お茶の色を鮮やかに目に映す。

赤茶の鮮やかな色の中は光が反射して、白く窓の形が切り取られている。

カップを揺らし、その形を揺ら揺らと崩して楽しむ、お茶の香り。

向こうでも、こうしてお茶が飲めるだろうか。


二人の顔が明るいこと。
応援してくれること。

新しい可能性を示してくれる友達、困難であろう事を笑って話せること。

何かを話して、心が軽く、なること。


未だ暗いイメージがある、デヴァイだけど。


「そうね、希望は。、持ってなきゃ。」

きっと、楽しい事だってある筈だ。

「ま、気楽にやるといいわよ。正直、そのくらいでいいと思う。」

「それはあるかもね?真面目に構えて行くよりも、ヨルはヨルのままで。それだけで、インパクトあるから大丈夫よ。」

「えっ。」

「分かる!ある意味何もしなくて良いかも。普通でいいのよ。」

「ね。」

「う、うん………そう、なのね??」

いいんだか、なんなんだか。

でも、それならそれで。


確かにウェストファリアも「お主は、な。」とよく言うし?

どこまで、自分を貫けるのか。
ある意味、試してみるのも悪くないかも、しれない。


「なんか新しいな………。」

「何言ってるの?」
「そうそう、それでね………。」

そうして私のぐるぐるは二人に掻き消されて。

いい意味で、惑わされた私なのであった。


うん、やっぱり女子会のパワーは偉大だよね………。
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