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7の扉 グロッシュラー

癒し空間

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「おや。珍しいね。一人かい?」


白い扉を開け、サッと滑り込んだその部屋には。

自然に馴染んでいるイストリアが見えて、奥にどうやら白い魔法使いがいる様だ。

少し上がっている息を整えると、イストリアのいる中央へ向かって本の山を縫っていく。

奥の窓の側、いつもの辺りで作業をしている白い魔法使いは私に気が付いているのか、いないのか。

どちらにしても振り向かない彼に少し、口角が上がる。
そのままイストリアと目を合わせて微笑むと、向かい側の長椅子に腰掛けた。


「で?どうしたんだい?何かあったのか?」

読んでいた本をパタンと閉じると、その薄茶の瞳を細めるイストリア。
少し、楽しそうに私に尋ねるその態度はきっと私の様子から何かを察したに違いない。

多分、扉を開けた時の私の鼻息は、荒かったろうから。


大きな溜息を吐きながら、「………癒されたい。」とポツリと漏らした私。

そう、プリプリしながら飛び込んだのはいいもののラガシュとの話は終わっていないし、何しろ、重い話だ。


確実なのか、「本当に」なのか。

分からないけど、多分。

自分の予想が、当たっているだろうという確信が、ある。


それならば。

「癒されたいって、思う、よねぇ………。」


その私の様子を楽しそうに見ていたイストリアが立ち上がる。

「では。行こうか。」

「え?」

「癒されたいのだろう?湖と、畑、どちらにする?」

あ。

あった、癒し空間。
それに、水。

パッと、あのピンクと紫のふんわりとした空間が頭に浮かぶ。
今日は、何色だろうか。

違う色かな?
またピンクかな?

「いいですね!え~、どっちもいいな………どうしようか。」

「まあ、歩きながら決めたらいい。」

「そうですね!じゃあ!」

早速扉へ向かう私を笑いながら、「ちょっと行ってくる。」と声を掛けるイストリア。

白い魔法使いは、頷いたのか、どうか。
私には見えなかったけれどイストリアがそのまま出てきたから大丈夫なのだろう。

「ちょっと待っておいで。」

そう言って少し、本棚の森へ消えたイストリアは、多分ラガシュの所へ行ったのだろう。
あっちには、あの小さなスペースしかない筈だ。

それなら。
大丈夫、だよね………。
ちょっと心配してればいいんだよ…。


まだ少し、怒っているつもりの私は何も言わずに出掛けることに、した。

チラリと目耳が見えたから、大丈夫だろう。
イストリアさんもいるし。
フン、だ。


そうして怒っている筈の私は、ウキウキと神殿を後にしたのである。








「しかし、この扉はまた、面白いな。」

「言わないで下さい………どうしてなったのか。私にもよく、分からなくて。」

あの、いかつい扉を開け畑に着いた私達。

かなり迷ったけれど、私は畑を選ぶ事に、した。

湖も、捨て難かったけど。

まぁ、帰りに見ても、いいしね?


それに、この前。

あの子には、手伝って、貰ったから。



ハーブの間を縫って、花畑へ進む。

赤、橙、黄色、紫、白。

沢山の色の花達が、緩やかな風に揺れて囁いている。
銘々、ひそひそと近くの花とお喋りをしている様で、その光景にまず癒される。

邪魔をしない様に、静かに歩いて石柱へ向かったつもりだったけれど、やはり花達は私の噂をしている様だ。

そのまま世間話をしていてくれたら、いいのだけど。

どうしたって、自分の事を言われていると耳を側立ててしまうのだ。
仕方が無い。

だって、花達の噂の内容がまた気になる内容なのだから。


「あの子よ。」
「そうね、青いもの。」
「この前と………」
「そうそう、アレね。」
「ずっと、前にも来て。美味しいものね?」
「そうね。来なくなったからもう消えたのかと思ってた。」
「そう、人はね。」
「そう、短いから。」
「そうね。それにしてもこの色は。」
「そうね。」
「「そうそう」」

「「「「同じ。」」」」


「同じ?」

つい、訊き返してしまった。

まず、い?


ピタリと止まった花達の、話。

少し待ってみたけれど、話は始まらない。

どうやらここの子達は、私と話す気は無いみたいね…。


基本的に、植物達は話しかけると返してくれる事が多い。
急に静かになったこの空間に、少し不安を覚えたが「どうした?」という声で、空間が戻る。

そう、私が問い掛ける前のように、花達はヒソヒソ話を始め、私は我に返った。

「イストリアよ。」
「イストリアだ。」
「大丈夫。」
「そうみたいね。」


さっきよりも小さな声になっているが、イストリアの名を読んでいるのは、分かる。

彼女の畑だからなのか、どうなのか。

花達は安心した様子で再び話し始めたが、もうさっきの話の続きが聞こえる事は、無かった。


でも。

「同じ色」って。

、だよね………?


くるりと振り返り、薄茶の瞳を探す。

イストリアは、もうすぐ側にある白灰の石柱を見上げていて、そのウイントフークより少し薄い水色の髪が緩く風に靡いていた。

白い、ローブ。
水色の、髪。

この前、禁書室に入ってきたウイントフークも。

白い、ローブを身に付けていた。


多分、私がここへ、来なければ。
二人が纏う、事は無かったかもしれない白。

分からないけど。

なんだか胸が、キュッと、なった。


「大丈夫。」
「そう。」
「大丈夫だよ。」

何故だか分からないけど、花達がそう言っているのが耳に入る。
私に、言っているのだろうか。

でも。


そうだ。


私が、変えたなんて。
それは、傲りだ。

彼等は彼等の、意志で、動いていて。

それで、いいのだと。

私は、私の輪を、回せばいいのだと。


そう、この人は言ってくれた筈だ。


ふるふると、頭を振って切り替える。

白いローブを見て、感傷的になってしまったのか。

なんだか色で、左右される癖をなんとかしたいものだけど。
でも、多分。

、自分の中から沢山のものが生まれて、何かに、なる事も知っているから。

うん、これは、これで。
ヨシと、しよう。

「えーと。あの、この空間って………。」

そうして私は、イストリアに頭に浮かんだ疑問を話し始めた。





「そうだね、ここを畑にしたのは私だけれど。自体は、以前から在ったのだと、思うよ?だってこれは。の要だからね。」

そう言って石柱に触れる、イストリア。

私も一緒に白灰の岩肌を見上げる。


ああ、そうだ。

「久しぶりだな」って。
言われたんだった。


あの心地よい水音がする、揺り籠の中を思い出す。
氷の様な、ガラスの様な。

透明で、硬そうだけどなんとも言えない感触で行き来できる、あの、空間。


あの子が、知っているのは。

姫様だろうか。

ディディエライトだろうか。

セフィラ、だろうか。

それとも、その全てか。


この空間に意識を通すと、どうやらこのまじない空間自体が私達を知っているのだと感じる。
なんとなくだけど。

わかる、のだ。


うーん。
だから、かなぁ?


あの、湖で私と全ては同じだと、感じたこと。

禁書室、白い魔法使いの前でこの大地と一瞬、繋がったこと。

ここ最近、何度かこの島に私のチカラが、通ったこと。


さっきも、思ったけど。
ここの所、なんだか色々な事が急に、クリアになって。

「わかる、んだよねぇ。」

「それは、いいな。」

「ん?」

閉じていた目を、パッチリと開けた。


どうやら私は一人、目を閉じて自分の空間にいた様だ。

傍らには相変わらず楽しそうに私を見ている、薄茶の瞳が、ある。

「すみません、すっかり考え事、してました。」

「ああ。しかし君は、ゆっくり考えたかったのだろう?気の済むまで、考えると、いい。それもまた君の、力になるのだろうから。」

そのイストリアの言葉に頷いて、ゆっくりと辺りを見渡した。




心地の良い風、美しく可愛い花達、揺れるハーブの香りが届く。

今日のここの空はいい感じの青緑で、ラピスの空に近いけれどもその、緑がまじないの雰囲気を醸し出している。


遠くの緑から繋がる緑のハーブ、茶の草。

遠く、どこまでも続く様なこの不思議な空間の空気を、思いっきり、吸い味わう。


背を、伸ばして。


手を、上げ、拡げて。


「あ、あーーーー。」

深呼吸と共に、吐き出される声。


この、美しい空間。


風が吹くこと。

沢山の、色があること。


それを、美しいと思うこと、感じること。


みんなに、それを感じてもらう、こと。


どうしたら、できる?

「自分」を「いっぱい」に。

すること、できること、そうしたいと、思うこと。


そう、思えること。



「結局、かも…………。」


二、三歩、歩いて短い草の上に寝転んだ。

少し離れた場所にイストリアが座ったのが分かる。


あー。癒される。

この空間。

何も、言わなくても隣にいてくれる、存在。

相談しても、しなくてもいいこの空気。


脳みそ、溶けそう………

休もう………


うん。

ちょっと、疲れたし………


うん。






でも。

この、感覚を。

アラルにも、感じて祈ってもらうには。


みんなにも、受け取ってもらうこと。



そもそも、「自分のために」祈ること。



あーーーーー


どうしよっか、なぁーーーーーー。





そう、結局は。


ぐるぐると考えてしまうのだった。






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