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7の扉 グロッシュラー

私の地図

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ここのところ、本当に思う。


無駄な事なんて、なんにも、無くて。

起こることは、いい事でも、嫌な事でも、必要な事で。

それを乗り越えて行くからこそ、見える景色があるのだと、いうこと。



子供達のこと、ロウワのこと。

貴石のこと、「あの場所」のこと。

あの子のこと、未だ時折見る、夢も。


重く、辛いことが沢山ある。

でも。

それを、見て、感じて、考えて、経験してみなければ。


結果、私はここに辿り着いていないのだと。

わかる。

そう、自分が道を、知っていること。


分からないなら、分からないなりに悩んで、泣いて、考えて。

そうしてきたからこそ、見える道があること。



それが、今心底、わかるのだ。




向かいにある、青を映すその灰色の瞳も。

さっき迄とは変わり、私に全てを話そうとしている事が判る。

どう、話そうかとか話して良いのかどうかの迷いはいつの間にか、消えていて。
今はただ、全てを出した方がいいのだと彼が思っている事がその瞳から知れる。


「さて。ラガシュは、したいんでしたっけ?迷って、ましたよね?」

そう、問いかけた私の言葉に少し考える。
青い髪が、サラリと揺れてその灰色の瞳を隠し彼に考える時間を与えた。

多分、彼も今の私の前では迷い辛かったのだろう。

そのくらい真っ直ぐ、その瞳を見つめて、いたのだ。


もう、絶対に。

「生贄」になど、ならないと。


この、クソッタレな現実を、覆してやると、きっと顔に、出ていただろうから。




少し、空間が緩んだろうか。

柔らかい、空気が流れてラガシュの音が「リン」と優しく、響く。


この音、結構好きだな………。

そんな事を考えていると、どうやら心は決まった様だ。

顔を上げた彼の瞳は、真っ直ぐに私を見て揺らぐ事は、無かったから。

そうしてからの口から出た言葉は、大体は、納得できる内容だった。


「僕、は。これまでの慣習を改めて皆が平等に祈り、力を溜めて。世界を、維持すること。それに、元凶である彼等を。断つこと、それを望みます。」


以前、ミストラスの部屋で話した時。

「世界は繋がっていた」と。
「祈り」とその「力」で維持していた、と。

そう、二人は話していた筈だ。

だから、これからは皆で祈って世界を保っていくのは、分かる。

でも、「元凶」って?
なんだろう?

それに、これまでは「生贄」に、力を溜めていた、という解釈でいいのだろうか。
私は、取ったのだけど。

その、力を。

溜める、必要があるのか。
溜めねばならないのであれば、「何に」溜めるのか。

祈るだけで、世界は維持、できるのか。


でも、ラガシュがそこまで知っているだろうか。

まあ、訊いてみるか………。

とりあえずは。
彼がハッキリ、提案したそれを訊いてみようか。


いつの間にか自分の髪をくるくると弄っていた私は、態度を改め彼に向き直る。

そうして、その、「元凶」について訊いてみたのだけれど。
ラガシュの返事は、ハッキリしているが曖昧なものだった。


「確実ではあるのですが、確定ではありません。しかし、彼等以外はあり得ない。」

そう頑なに言い張るラガシュは、何を知っているのだろうか。

容疑者だけど、証拠が無いって事だよね??
それって、駄目じゃない?


しかし、苦々しい彼の表情を見ているとそれを口にするのは憚られた。

この世界では。

私の基準は常識では、ない。


「もしかして。セフィラの、事と関係ありますか?」

私の中の心当たりはそれくらいしか、ない。

あの白の本の時に見せた、「どうなりましか?」の表情。

私達が「そっくり」と言った時の、みんなの反応。


多分、私の知らない事をラガシュは知っていて。
何かを、心配してくれているのだろうけど。


しかし、その所為で。

彼が、誰かを「断つ」と言うのならば。


「断つ」とは物騒な言い方をすれば、「消す、殺す」という事なのだろう。
この世界に来て。

そう、生ぬるく無い事は流石の私も、もう分かっているつもりだ。
それ以上の何かがあるならば、あまり想像はしたく無いけれど。
何しろ、ただでは済まない事は、分かる。



うーーーーん。

ラガシュの、気持ちも、分かる。

私だって、もしセフィラがその人達に「何とかされた」のなら。
許せないし、………どうしようか。

でも、彼女の為に。
私達の為に。

彼に、手を汚して欲しいとは、思っていないのだ。


うーーーん。

どう、言えば。

一番、いいだろうか………。




じっと、その灰色の瞳を、見る。

その、さっき迄は青が映っていたその瞳に、突然パッと橙が灯った。


ん?

あれ?

もしか、して………???


くるりと振り返った私の目に飛び込んできたのは、何故だか燃え盛る橙の、焔。


「えっ?!なんで??何が?!?」

焦る私をチラリと見ただけで、そのまま燃え続けている気焔。

意味が、分からない。

え?
どこで、地雷踏んだ??

そんなところ、無かったよね?!


「リン」と短く高い音が鳴り、一段濃くなったまじない。

それと共にラガシュは立ち上がり、青いローブをバサリと翻した。

「大丈夫ですから。収めて、下さい。」

一瞬、焔がローブに靡いたのが見えて驚く。

咄嗟に金色の腕に抱きついて、焔を収める私。


「ラガシュがこれに干渉できる」と咄嗟に解って、驚いたのだ。

こんな所で、ドンパチされたらひとたまりも無いよ………。


「大丈夫、大丈夫だから。ラガシュは。、無いから。」

その私の言葉を流して、彼にこう言う金の石。


「祈りだけだ。「穢れ」は。受けさせない。」


その言葉を少し愉しそうに聞くラガシュは、まるでこの金色を試している様にも、見える。


しかし、私の堪忍袋の、尾が切れた。


「ちょっと!!二人とも!!何なの?!」


ラガシュも、ラガシュ!

気焔も!すぐ、燃えない!!

味方なんだから!

もう!駄目だよ!!


叫ばなかった。

叫ばなかったけど。

漏れて、いたのだろう。


肩をすくめたラガシュと焔を仕舞った気焔が、顔を見合わせている。

しかし私は一人プリプリしたまま、まじない空間を抜け出したのだった。


ふんだ!
知らないもんね!




しかし、そこそこ冷静だった私は、二人が追いかけてこない様にきちんと禁書室へ、逃げ込んだのだ。

うん。エライ。





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