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7の扉 グロッシュラー

敷かれたレール

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「あの光」を、見て。

希望を感じて欲しいと言うのは、私の我儘なのだろうか。


悔しさが滲む銀灰の瞳を見ながら、考える。

ロウワの、あの子達は。
希望を、見出せたと思う。

少しかも、しれないけれど。
でも、全く何も、無かったあの頃よりは。

全然、違うんだ。

目の色も。

表情、動き、まじないの出し方にも、それは如実に現れている。

何かを欲しいと思うこと、石を欲しいと「思う」ことだって。
確実な、一歩だった筈なんだ。


目の前の、この瞳は。

これまでどれだけ、努力をしてどれだけ、裏切られてきたのだろうか。

それを訊く事はできないけれど。


なんとか、光を。

感じて、もらえないだろうか。


どう、話そうか暫くまた、考えていた。


すると彼女は立ち上がり、お茶の葉を変え始める。

そしてまた違う茶葉を使い、漂う爽やかな香り。
私がそれに気を取られた事に気が付き、再び彼女は無言で袋を私に渡してくれた。


そうして私が袋を確認しているうちに、その爽やかな香りに似つかわしくない、話が始まったのだ。

それは彼女の子供の頃の話から、始まった。



「あなた、ラピスから来たんですってね。」

「うん?うん。」

まだ、茶葉に気を取られている私は微妙な返事をしていた。

「あの彼とは、ラピスから?」

「えっ?………うん、そうなるね。」

その意味深な瞳を見ながら、何の話が始まったのかと、袋を置く。

「ラピスはきっと、自由なんでしょうね。ここよりは、ずっと。」

「………。」


確かに、ここよりはきっとそうだろう。
「自由」という面だけで、言えば。

色々と、面倒な事はあるけれど。
少なくともここ、グロッシュラーやデヴァイよりはきっと何倍もマシな筈だ。


そう思うと、これからのことを考えてどうしても心が沈む。

私、何しに行くんだっけ?
ああ、姫様の石を探しに行くんだ。

それまでに、うーん?予言?
生活、するんだよね?
空の無い、という世界で?

どうすれば、いいんだろう………??


私が自分のぐるぐるの迷路にハマっていると。

それをじっと見ていた、アラルエティーが再び話し始めた。


「最後の。足掻きだったの。ここへ来るのが。」

「あそこにあのままいても、親の決めた別の人と結婚させられるのは決まってる。私は、小さい頃からあの人が好きだった。前はじゃなかったし、元々あの人の婚約者は私だったの。」

「えっ?!そうなの??」

コクリと頷く、アラルエティー。

それは、完全にまずいじゃん…。
それに、「あんなじゃなかった」って?
何?

口に手を当て、何も言えなくなっている私を見て続きを話し始める。


「小さい頃から、決まってた。銀の家の女で、丁度年の頃が釣り合うのは私しか、いなかったから。でも、ある頃から子供達は。子供ではいられなくなるの。」

「うん?」

「小さい頃はね?ただ、何も考えずに普通に遊んでた。いいお兄さんだったし、それがそのまま婚約者と言われても。違和感も無かったし、多分好きだったんだと思う。でもね、決定では無かったし「そうだろう」と言われてただけで、いろんな話があった。私は、「商品」だったから。」

この、話の流れ………。

何処かで?聞いた話に、似てない?


「ある、頃になると。大人達が値踏みする様な目で、見てくるのが分かる様になった。どのくらい、器量がいいか。まじないは、どうか。健康か、色は、どうか。そして私達は高く売られる為に、沢山の事を教えられる。私の為ではなく、その、「商品」として買う、誰かの為に。でも、「買う」と言うと語弊があるかもしれない。実際には、金銭のやり取りというよりは家同士の結び付きや相手方にどれだけ貢献できる女を送れるか、って事だから。」

「ある日突然、庭で遊んでいたのに呼ばれて着替えさせられて。給仕をさせられ、色々訊かれる。もう少し大きくなると、夜に夜会に連れて行かれ年頃の女の子達を並べて値踏みされながら、酒を注いだり。その後は、お決まり。勝手に父親達の話で誰がどこへ行くかが決まって、その家に入り、子を産み育て、家を切り盛りする。とは言っても裏方だけよ。商売してたり、何かをやるのは決まって男だけ。私達に、与えられるのは「どの籠で生きるか」だけよ。」

「私達に意思は認められていない。そりゃ、贅沢はしているわ。何を食べたいかも、決められる。でも、何をするにも制限はあって本当にしたい事はできない事が多い。は、無いの。でも、それが私は怖い。全てを持っているように贅沢ができて、その実は、何も持っていないような、この感覚。なんなの、これは。その実は、「私が私ではない」ような、この感じは、何?」

「生きては、いけるのよ。食べられる、眠れる、楽しい事も、できる。でも、本当にしたい事は大抵できない。外に出たいとか、どこにお嫁に行きたいとか。不自由は無いけれど、大切な事は決められない。それって、どう思う?私達って、「幸せ」かな?贅沢だと、思う?「ラピスやロウワに生まれるより良かっただろう?」って、言われるの。大人達には。でも、?どっちがとか。そういう、話なの?生きていくことって。」


シン、とする部屋。

冷めたお茶は入れ替えられてから二人とも、手を付けていない。

アラルエティーは、話し終わるともう一度、ぐっとブレスレットを握って下を向いた。


正直、私は何を言っていいのか、頭は真っ白だった。

でも。

身体は冷えて、ブルブルとしてくる。
想像だけで、身震いがするのだ。



なんで?
どこも、同じなの?

貴石だって、デヴァイだって、変わらないの?

少し選べる、それだけ?

これだけ与えていれば、いいだろう、とそれを勝手に決められて。

「自分にとって大切なこと」は、何一つ決められないなんて。


籠の鳥?



「わたしたち」は。

「自分」は要らなくて。

「なかみ」が、必要なくて。


「人」としては、生きられないの…?




ドプンと、自分が深いところに落ちたのが分かる。

しかし自分の中のがふわりと私を包んで、彼女の言葉を繰り返す。


「最後の、足掻きだったの」


足掻く、という事は。

やはり、抜け出したいのだ。

こんな、ところ、いやこんな状況から。

場所だけ変えても。
この、世界がこのままならば。

やはり、駄目なんだ。


どうする?

どうしたら、一番、いい?

私は、どう、したい?


湧き上がる衝動、何処にも行けない想い、「わたしたち」の存在とは。



何度も、思ったし、思ってる。


「ある」って、「いる」って。


私達は、「それ」を証明する必要が、ある。


見せつけて、やらなきゃいけないんだ。



     あの、馬鹿どもに。




「よし!行こう!」

「は?どこに?」


「とりあえず、こっち!」


やりたい事、やればいいんだ。

我慢しなくていい。

私達は「いる」し、「ある」し、「生きて」るんだから。


「歌うよ!思いっきり!」

「は、あ~?」


そうして私は、混乱するアラルエティーの手を引き「あの場所」を目指した。

そう、ここからすぐの天空の門に。

歌いに、行く為に。

走り出したんだ。












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